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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く
143.お姉様は追い詰められていた③
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使用人たちがヘンドリックを探し、慌ただしく駆けずり回っていた頃、コルドゥラもまた自身の主人を探して回っていた。
ヘンドリックの部屋から戻ったディートリンデはコルドゥラに酒を持ってくるように言うと、それを浴びるほど飲んだ。
今まで見たこともないほど彼女は荒れた。
それこそ部屋のありとあらゆるものを投げ、壊し、濡らし、引きちぎるほどの荒れようだった。
彼女が止めようが、ディートリンデはお構いなしに飲み続けた。
そうして思い立ったように「お父様……リーゼロッテ……」と呟き、コルドゥラに片付けを命じるとふらりと部屋から出ていった。
大方、ヘンドリックに気に入らないことを言われたのだろう。
片付けを命じる時は大抵ついてくるなと言うことだ、どうせすぐ帰ってくる、とタカを括っていたのだが、一向に部屋に戻る気配がない。
それどころか、当主とリーゼロッテが行方不明になったと言うではないか。
ディートリンデもいないことをユリウスに伝えたが、「先程リーゼロッテの部屋の前で会った」とにべもなく言われてしまった。
しかし、コルドゥラは何とも言えない胸騒ぎを感じていた。
(最近、辺境伯ともやり合ったようだから、彼女のプライドもボロボロなのでは……変な気を起こしかねないわね)
コルドゥラから見たディートリンデは非常に幼い。
幼くて短絡的で周りのことがまったく考えられない。
令嬢として見ても対外的には繕えているが、おそらく他に劣っているだろう。
よくこんなもので王太子妃に推挙されたな、というのが正直な感想だった。
とはいえ、そんな彼女でも今は一応、コルドゥラの主人だ。
急ぎでひとり、探し回っていると、とある一室の扉が半開きになっているのを見つけた。
古い家具やナターリエのあまり使わなくなった精油を一時的にしまっておくだけの、普段使われていない物置部屋だ。
そっと中を覗けば、家具の前でいじけたようにうずくまるディートリンデの小さな背中が見えた。
「お嬢様、こちらにいらしたのですね」
コルドゥラの声に、ぴくり、と肩を震わせたディートリンデはゆらり、と立ち上がった。
「ああ……あなた……なんなの? 邪魔しにきたの?」
「……御当主の姿が見えなくなったそうです。今使用人総出で探しております。お嬢様の姿も見えなかったので……」
「……」
ディートリンデは振り返ろうとしない。
その背中がどこか危うく、不気味さを感じさせる。
「……なにを……しておいでですか……?」
思わずコルドゥラは聞いた。
よくよく見てみると、ディートリンデの手元あたりだけ妙に明るい。
燭台を手にしているからだろうが、それにしては大きな光に見える。
そもそもこんな燃えやすいものばかり置いた部屋に、火のついた燭台を持ってうずくまるなど不自然だ──。
ハッとしたコルドゥラは悲鳴に近い声を上げた。
「お嬢様! おやめください!」
駆け寄る気配を感じたのか、ディートリンデは素早く振り返ると、燭台を勢いよく古い家具へと放り投げた。
「五月蝿いわね! 私に逆らわないでよ! 私は伯爵令嬢よ!? あんたみたいな名無しモブに命令なんかされたかないわよ!」
「お嬢様!」
ゆっくりと燃え上がる火を背に、ディートリンデはその瞳をギラつかせた。
(本当に、お世話が大変なお嬢様だわ)
コルドゥラは内心舌打ちをする。
しかし、今はディートリンデへの苦言よりも、燃え広がりつつある火をどうにかする方が先だ。
(この場にいるのがリーゼロッテ様なら水魔法で消せるのに)
幸いまだ、火は小さい。
「早く火を消さなければ……」
「……こんな思い通りにならない世界、燃えればいいのよ……」
ディートリンデの呟きは、鞭を打つような火の音にかき消された。
心ここに在らずといった彼女の腕をコルドゥラは引く。
「厨房に水を取りに行ってきます! お嬢様は早くお逃げく……?!」
コルドゥラの耳に、何かが複数パリン、と割れた音が響く。
──精油の瓶。
「お嬢様!」
「……え……?」
二人の影が折り重なるように合わさるその瞬間、影すら打ち消すほどの光が爆ぜた。
ヘンドリックの部屋から戻ったディートリンデはコルドゥラに酒を持ってくるように言うと、それを浴びるほど飲んだ。
今まで見たこともないほど彼女は荒れた。
それこそ部屋のありとあらゆるものを投げ、壊し、濡らし、引きちぎるほどの荒れようだった。
彼女が止めようが、ディートリンデはお構いなしに飲み続けた。
そうして思い立ったように「お父様……リーゼロッテ……」と呟き、コルドゥラに片付けを命じるとふらりと部屋から出ていった。
大方、ヘンドリックに気に入らないことを言われたのだろう。
片付けを命じる時は大抵ついてくるなと言うことだ、どうせすぐ帰ってくる、とタカを括っていたのだが、一向に部屋に戻る気配がない。
それどころか、当主とリーゼロッテが行方不明になったと言うではないか。
ディートリンデもいないことをユリウスに伝えたが、「先程リーゼロッテの部屋の前で会った」とにべもなく言われてしまった。
しかし、コルドゥラは何とも言えない胸騒ぎを感じていた。
(最近、辺境伯ともやり合ったようだから、彼女のプライドもボロボロなのでは……変な気を起こしかねないわね)
コルドゥラから見たディートリンデは非常に幼い。
幼くて短絡的で周りのことがまったく考えられない。
令嬢として見ても対外的には繕えているが、おそらく他に劣っているだろう。
よくこんなもので王太子妃に推挙されたな、というのが正直な感想だった。
とはいえ、そんな彼女でも今は一応、コルドゥラの主人だ。
急ぎでひとり、探し回っていると、とある一室の扉が半開きになっているのを見つけた。
古い家具やナターリエのあまり使わなくなった精油を一時的にしまっておくだけの、普段使われていない物置部屋だ。
そっと中を覗けば、家具の前でいじけたようにうずくまるディートリンデの小さな背中が見えた。
「お嬢様、こちらにいらしたのですね」
コルドゥラの声に、ぴくり、と肩を震わせたディートリンデはゆらり、と立ち上がった。
「ああ……あなた……なんなの? 邪魔しにきたの?」
「……御当主の姿が見えなくなったそうです。今使用人総出で探しております。お嬢様の姿も見えなかったので……」
「……」
ディートリンデは振り返ろうとしない。
その背中がどこか危うく、不気味さを感じさせる。
「……なにを……しておいでですか……?」
思わずコルドゥラは聞いた。
よくよく見てみると、ディートリンデの手元あたりだけ妙に明るい。
燭台を手にしているからだろうが、それにしては大きな光に見える。
そもそもこんな燃えやすいものばかり置いた部屋に、火のついた燭台を持ってうずくまるなど不自然だ──。
ハッとしたコルドゥラは悲鳴に近い声を上げた。
「お嬢様! おやめください!」
駆け寄る気配を感じたのか、ディートリンデは素早く振り返ると、燭台を勢いよく古い家具へと放り投げた。
「五月蝿いわね! 私に逆らわないでよ! 私は伯爵令嬢よ!? あんたみたいな名無しモブに命令なんかされたかないわよ!」
「お嬢様!」
ゆっくりと燃え上がる火を背に、ディートリンデはその瞳をギラつかせた。
(本当に、お世話が大変なお嬢様だわ)
コルドゥラは内心舌打ちをする。
しかし、今はディートリンデへの苦言よりも、燃え広がりつつある火をどうにかする方が先だ。
(この場にいるのがリーゼロッテ様なら水魔法で消せるのに)
幸いまだ、火は小さい。
「早く火を消さなければ……」
「……こんな思い通りにならない世界、燃えればいいのよ……」
ディートリンデの呟きは、鞭を打つような火の音にかき消された。
心ここに在らずといった彼女の腕をコルドゥラは引く。
「厨房に水を取りに行ってきます! お嬢様は早くお逃げく……?!」
コルドゥラの耳に、何かが複数パリン、と割れた音が響く。
──精油の瓶。
「お嬢様!」
「……え……?」
二人の影が折り重なるように合わさるその瞬間、影すら打ち消すほどの光が爆ぜた。
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