上 下
103 / 231
3章.妹君と少年伯は通じ合う

102.少年伯は事後処理に追われていた②

しおりを挟む
「……ボニファーツ・リデルは……」

「どうなると思う?」

 食い気味に聞き返したテオはやや挑戦的な視線を向けた。

 しかし、考え込むようなそぶりを見せたユリウスはその視線に気付かない。

「おそらく、奴も父親の悪事の一部を加担していた、そしてそれを認めているか父親に証言されているのではなかろうか。さらにリーゼへの暴行や従者への殺人。本当なら国外追放あたりが適当だろうが……」

 ユリウスは渋い顔を作る。

 何十万、何百万という人間に影響が出た父親の悪事と違い、ボニファーツの場合は凶悪さも桁違いにしょぼくれたものだ。

 しかしユリウスの心情は、リーゼロッテに手を出そうとした彼の方がより重罪に思えてならない。

 こういうことは私情を挟むべきではないな、と彼はテオを真正面から見据えた。

「取引をしたのだろう?」

「あ、バレた?」

 あっさりと認めた彼をユリウスは複雑な思いで見つめる。

「伯爵……もう元伯爵か。居場所を手っ取り早く知るって点ではあの場じゃあれが最善だったからね。グズグズしてたら逃げられてたかもしれないし」

「……取引込みで考えるなら鉱山あたりで強制労働が妥当なところか」

 ため息混じりに答えたユリウスに、テオは首を傾けた。

 こきり、と骨の鳴る音が聞こえる。

「半分当たり、かな。強制労働は合ってるけど、行き先は海越えた先の極北だよ」

「……それは……」

 息を呑むユリウスをテオは静かに見つめた。

 極北は年の半分を雪や氷で閉ざされた極寒の孤島だ。

 住人は居るものの、その閉鎖的な地理的特徴からか同じ国内であっても余所者には厳しい。

 加えて、ほぼ別言語並みに方言がきついため、コミュニケーションが非常に取りづらい。

 いくら強制労働といえど、そんな地にあの成金二世を送るなど死ねと言っているようなものだ。

「うん、まあちょっとやりすぎ感は否めないけど『辺境伯が痛くお怒りだ』ということでそういうことになったんだよねぇ……。ま、命あってのものだねだからね。人も住んでる地域なんだからなんとかしようと思えばなんとかなるでしょ」

 テオはあまり反省していない様子で肩をすくめた。

「……私の気持ちを推し量るよりリーゼに謝罪してもらいたかったんだがな」

「気持ちはわかるけど、あんな目に遭ってるからね。引き合わせるのも気が引けるよ」

 平然と言い放つテオの瞳に、若干の怒りが宿るのをユリウスは見た。

 彼の言葉は半分は嘘だろう。

 辺境伯がいかにこの国で英雄視されていようが、怒っているというだけで法を曲げられるわけがない。

 大方、テオが刑を重くするよう暗躍したというところだろう。

 案外、時の聖女たるリーゼロッテに危害を加えた事を、テオは誰よりも憤慨しているのかもしれないとユリウスは思った。

 テオは「あ、そうそう」と今思い出したかのように懐から何かを取り出し、指で弾いた。

 指弾のように、しかし弧を描いてユリウスの手に収まったそれは、何重にも折りたたんだ小さな紙のようだ。

「僕らが踏み込む前に彼が彼女に書かせた魔法紙らしい。あのなんて言ったかな、ロルフ君のお兄さんの……」

「ザシャか」

「そうそのザシャ君が拾ってたのを預かってたんだよね。なんで僕に預けたのかは知らないけど」

 テオは意味ありげにユリウスを見つめる。

 小さな苦笑いが漏れた。

「一応、変な魔力とか契約とかないかこっちでも調べてはみたけど、書かれてる以外のことは何も出なかったよ。落ち着いたら彼女に魔力を解除してもらおうかと思ってたんだけど、こんな遅くなっちゃった」

 ごめんね、と付け加えた彼に、ユリウスは首を振る。

 今回、事が隣国まで及んだ結果、テオは後始末だけでなく口裏合わせやその他諸々に追われていた。

 ここまで働いているのにもかかわらず、彼自身の功績とはならず全てユリウスの功績として書き換えられる。

 報告書にもテオドールという文字は一個たりとも出てこない。

 それもこれも彼の目的のためには必要な事なのだそうだが、肝心の目的をユリウスは聞かされていなかった。

 聞いたところではぐらかされることは目に見えている。

 それに、今回のことで今まで無関心だった王太子の目が、少しでも辺境に向くのならそれはそれでいいだろう。

 利用されているにしても、彼はユリウスが不利になるような利用の仕方はしない。

 それが分かっているからこそ、彼は何も聞かなかった。

「君から渡してもらえる?」

「分かった。わざわざすまない」

 魔法紙を懐に入れたのを確認したテオは、ソファから身を乗り出した。

 思案顔を作ってはいるが、その奥に愉しげな表情が隠されているのをユリウスは知っている。

「しかし、僕にはひとつ分からないことがあるんだ」

 テオはそう切り出すとユリウスを見つめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

妾の子と蔑まれていた公爵令嬢は、聖女の才能を持つ存在でした。今更態度を改められても、許すことはできません。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、ナルネア・クーテイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。 といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。 公爵家の人々は、私のことを妾の子と言って罵倒してくる。その辛い言葉にも、いつしかなれるようになっていた。 屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められながら、私は窮屈な生活を続けていた。このまま、公爵家の人々に蔑まれながら生きていくしかないと諦めていたのだ。 ある日、家に第三王子であるフリムド様が訪ねて来た。 そこで起こった出来事をきっかけに、私は自身に聖女の才能があることを知るのだった。 その才能を見込まれて、フリムド様は私を気にかけるようになっていた。私が、聖女になることを期待してくれるようになったのである。 そんな私に対して、公爵家の人々は態度を少し変えていた。 どうやら、私が聖女の才能があるから、媚を売ってきているようだ。 しかし、今更そんなことをされてもいい気分にはならない。今までの罵倒を許すことなどできないのである。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結】ずっと一緒だった宰相閣下に、純潔より大事なものを持っていかれそうです

雪野原よる
恋愛
六歳で女王として即位したとき、二十五歳で宰相職を務めていた彼はひざまずいて忠誠を誓ってくれた。彼に一目惚れしたのはその時だ。それから十年…… シリアスがすぐに吹っ飛んでギャグしか無くなるラブコメ(変態成分多め)です。  ◆凍り付くような鉄面皮の下に変態しかない宰相閣下に悩まされる可哀想な女王陛下の話です。全三話完結。  ◆変態なのに健全な展開しかない。エロス皆無。  追記:番外終了しました。ろくに見通しも立てずに書き過ぎました……。「短編→長編」へと設定変更しました。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...