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3章.妹君と少年伯は通じ合う

89.少年伯は激怒する①

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「ユリウス……だって……?!」

 突きつけられた剣から逃れるように、慌てて後退したボニファーツはベッドの縁から転げ落ちた。

 背中から落ちた彼にユリウスはなおも剣を向ける。

 その瞳はひどく冷え込み、抑え切れない怒りがほとばしっていた。

 ボニファーツは一瞬怯えた表情を見せたが、ユリウスの姿を上から下まで見つめた彼は侮蔑するように鼻で笑う。

「……なんだ、子どもじゃないか……」

(そうだ……いかに辺境伯といえどこんなところに利用価値もない女を助けに来るはずがない……)

 彼は冷や汗を拭った。

「ボニファーツ・リデルだな?」

「そうだ。君は誰かな? まさかここがリデル家の別荘だと知ってて入ったわけじゃないだろう?」

 相手が子どもだと知り、ボニファーツは強気な笑みを浮かべる。

 呑気に起き上がり座る余裕すら見せている。

 ユリウスはその間、剣を突きつけ表情を変えず彼を見下ろしていた。

 身動き一つしないユリウスの無言の圧に、ボニファーツはじわじわと焦りを感じてきた。

「知らなかったとしても残念だ。どこの誰かは知らないけど彼女の大事な人狼はこれで死んだよ。君のせいでね」

「……何を言っている」

「だからっ、言っただろう? 君が僕に剣を向けたか……ら……?」

 苛立つように声を荒げ、ザシャの方を振り返った彼は言葉を失った。

 ザシャを押さえつけていたはずの男たちは、もれなく壁にもたれ昏倒している。

 その傍らに立つ黒のマントを羽織った前時代的な様相の男──テオがやったことだとすぐに理解ができた。

 どろんとした表情のロルフと騎士の装備に身を固めたアンゼルムにより枷を外されたザシャは立ち上がり、今にも飛びかかってきそうなほど怒りの色を濃くしている。

 いつの間に、とボニファーツが呆然と呟くと、

「ごめんね、君の配下の方が君より強そうだったから、つい」

 とテオは肩をすくめた。

 一瞬ぽかんとしたボニファーツは、思い出したように叫んだ。

「だ、誰か! 曲者が!」

「悪いが、入り口からこの部屋に至るまで、見張りから使用人まで全員眠ってもらった。呼んだところで誰も来ない」

「…………は……?」

(どういう……見張りどころか用心棒含めて三十人は居るはずだぞ……それを……全部……?!)

「ホント、やることも指示もえげつないよねユリウスって」

 茶々を入れるテオに、アンゼルムも心底同意した。

 ここに至るまで、全ての人間を昏倒させろというのがユリウスの指示である。

 おかげでほとんど騒がれることもなくここまで来れたが、手練れの彼らには簡単な手加減も、見習い騎士のアンゼルムには相当骨が折れる仕事だった。

 昏倒させた後も、念のためユリウスが催眠魔法をかけていたので、おそらくは一晩くらいはぐっすり眠ってくれるだろう。

「お、お前たち、一体……」

 ボニファーツはなにが起こっているのか分からない様子でユリウスたちに視線を散らした。

「……私はユリウス・シュヴァルツシルト。辺境伯といえばわかるだろうか」

「へ、辺境伯……?! 辺境伯は……こんな子どもじゃない! それに奉公人ひとり逃げたところで追いかけるような男じゃないと噂で……」

 ボニファーツは裏返った声でたじろいだ。

 辺境伯のことは彼もあまり知らないが、それでも彼より五歳は年上だろう。

 少なくとも目の前の十二、三歳ほどの少年ではないことは分かる。

 冷静に見て彼はユリウスではない──そうは思っていても、目の前の少年から放たれる歴戦の戦士が如く静かな殺気は、明らかに十二、三の男子が醸せるものではなかった。

「……私は私だ。たとえ私が辺境伯でなかったとしてもリデル家はこれで終いだ。それに……彼女はただの奉公人などではない」

 ユリウスはきっさきのように鋭い眼光でボニファーツを射抜いた。

「私の愛しい女性だ……彼女を返してもらおう」
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