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四章

1話

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 エレスティア共和国が戦時体制になったのに、辺境の村は何も変わらない平和な日常が過ぎていた。誰の日々の生活も習慣も何も変わらない。

 だけど、俺のアディへの見方や接し方はどうしても変化してしまっていた。鍛錬はよく一緒するけど、交わす言葉は前より少なくなっている気がする。あんな啖呵を切ったのに、自分が情けない。

 アディには国家機密レベルの何かが潜んでいる。それは、彼女に明確で巨大な存在理由があるってことだ。しかもその記憶の一部が、「戦争」ってキーワードで蘇るように仕組まれていた。だからなのか、アディを見ると戦争と言う単語がどうしてもチラついてしまう。意識しないようにしてみるけど、そんなの逆効果なんだ。戦争が、たくさんの人の死がそこにあるって頭から離れないようになってしまった。

 そんな俺の煩悶が現実化したかのように、戦争の影響がこの村にも突然やって来た。しかも、俺のすぐ側へだ。

 徴兵令状が届いた。母ライカ宛だった。

「ははっ、こんなん無視無視。って……言ってられないか」

 母さんは令状を一度丸めたけど、思い直したのか、もう一度広げて読み直していた。その眼はボンヤリと遠くを見ているようだった。

「母さん、戦争に行っちゃうの? 俺、嫌だよ。そんなの無視すればいいじゃん」

 今世に生まれて一番のワガママを母へぶつけた気がする。

「リデルがそんなこと言うなんて珍しいね。無視は出来るよ。どこか他の国へ逃げちまえばいい。でも、そんなことすると、村へ迷惑がかかるんだ。この国の法律じゃ、連帯責任を負わされる」

「村のみんなへ? どんな?」

「食料や物品の大規模な接収で済めばいいけど、最悪、戦えそうな奴はみんな戦場に送られるかもね。アタシは七つ星冒険者だから、それに相当するものを持ってかれる」

「……そんな。なんて国だ」

 母の冒険者としての輝ける功績が、こんな理不尽に変わるなんて。

「まあ、エレスティアはマシな方だよ。それに見合うだけの金をくれるからね。アタシの徴兵には金貨二百枚だとさ。かなり安く見られた気もするけど、しばらくは食うに困らない額だろ」

「金なんて、どうでもいいよ」

 暗く吐き捨てる俺を、母が抱きしめた。

「大丈夫、アタシは無敵さ。なんなら、この戦争終わらせてやるよ」

「母さんらしいね。でも、生き抜くことだけを考えて。俺、母さんから教わること、まだまだたくさんあるんだから」

「生き抜くか。いい言葉だね。胸に刻んでおくよ。そうだ。リデルもうすぐ六歳だろ。本当は誕生日に送ろうと思ってたんだけどね」

 母さんは椅子を移動させ、それを踏み台にして天井へ手を触れた。すると板張りのその一部が外れ暗い天井裏が覗いた。

「よっと」

 そう言って母は天井裏から何か長い物を取り出した。黒い布でぐるぐるに覆われている。

「ほら、開けてみな」

 手渡されたそれは、長さ百二十センチほどで、軽いけど布の上からも硬度を感じるものだった。布を解くと、雷雲のような鈍色の棒が姿を現した。表面に魔法式の刻印が施され、棒の両端には青白く透明で多面体にカットされた石が嵌め込まれていた。

「カザク家にはね、親の放つ雷を結晶化したものを武器にして子へ送る、なんて慣わしがあるのさ」

「じゃあ、これは母さんの雷結晶を含んだ雷合金で出来てるんだね」

「ああ、そうさ」

 言われてみると、この棒からは母ライカの魔力の波長を感じる。

「ここら辺には腕のいい魔法鍛治がいないからね。エイラに頼んで、内緒で作ってもらったのさ。でも、あいつ、魔法具は作れても、鍛治士じゃないから刃は打てないんだよ。だから、面白い細工をしてもらった。その両端の青白い石へ向かって雷を通してごらん」

 俺は頷いて、棒の中央を握った。そして肚で練った雷を通す。すると、低く短い雷鳴と共に両端の石から青白く輝く刃が出現した。刃状の雷って言った方がいいか。耳を澄ますとブンブン唸ってる。これは両端に穂を持つ双穂槍ふたぼやりか。

「すごい。ありがとう、母さん」

「礼ならエイラにも言ってやりな。……ただ、それに託つけておかしな要求して来たら、アタシにチクるって言うんだよ。あいつ、変態だし」

「うん、分かってる……」

 俺は以前に向けられたエイラの歪んだ顔を思い出した。えっちなんだよ、あの人。

「そいつは、双穂槍として作ったんだけど、片側だけ刃を出して通常の槍として中距離を闘うことも出来れば、そうやって両側に刃を出して近距離も闘うことが出来るよ。リデルは頭がいいから、自由度が高くて相手の意表を突ける武器がいいと思ってね」

 俺は両端から刃の突き出たそのを軽く振ってみる。この雷の刃は槍と薙刀、つまり突くと斬るの性質を両方備えている。刃を引っ込めれば棒として打撃武器にもなる。それに伴って、間合いも瞬時に変えられる。使いこなせればかなりトリッキーな闘い方が出来そうだ。でも……。

「俺、母さんからそんな闘い方教わってないよ」

 こんなこと言うなんて甘えだなんて分かってる。でも、今は言わずにはいられなかった。

 母ライカは、そんな俺の心持ちを覚ってか、腰を屈めて俺の眼を覗き込んだ。鋭いけど、潤みを帯びた眼だった。

「いいかい、リデル。アタシとあんたは親子でも性質が違う。それは、得意な闘い方も違うってことさ。もう基礎は充分教えた。これからは独自の闘い方を自分で考え、自分で編み出すんだ」

「俺の独自か……」

 そう言われてみれば、考えたことないかもしれない。今世では母さんの教えのままだった。病院暮らしで死ぬことばかり考えてた前世では、独自の生き方なんて欠片も考えもしなかった。

「リデルはアタシの子で天才なんだ。自由に楽しんでやれば、勝手に見出せるさ。アタシが帰って来たら驚かせておくれよ」

「うん。驚かせてみせるよ。だから、必ず帰って来て」

「ああ、楽しみにしてるよ。そうだ。その武器の名、あんたが付けるんだ。それも慣わしさ。不思議と魔力の通りが全然違うよ」

「名前……」

 何がいいのだろう。二つの刃を操り、二つの用途を使い分ける武器だ。そう言えば、俺って二つに縁があるよな。前世と今世で二つの世界を渡り、オニ族とヒト族の混血として生まれ、魂は俺と闇神の二つが合一されている。オニ族能力の雷だって、この世界では光と闇の二つを均衡に成そうとする力だ。だから、二つに因んだ名前がいい。

「……弐禍喰にかばみ。この武器なら、二つ同時に襲いかかる禍でさえも雷の牙で喰らい飲み込んでしまう。なんてどうかな……」

 少し厨二が過ぎるかな。でも、そのくらいの方が気分が高まる。きっとそれが魔力に関わるんだろう。

「弐禍喰か。いい……いいよ! なんて言うか、オニ族っぽさもあるし、強そうだし。さすが、リデル。天才だ!」

 母さんがいつもの調子で褒めてくれる。いつもの通りむず痒いけど、これがしばらく聞けなくなるのも寂しいな。

「よし、今日はご馳走作るよ! たくさん食べて力付けないとね!」

 母ライカが料理の支度を始める。母さんがご馳走と言うと、いつも肉料理だ。肉の種類と調理法は色々だけど、それによって一番適した焼き加減や煮込み加減を熟知している。使うスパイスやハーブも母さん独自なんだ。刺激的なのに鼻に抜けるのは爽やかな香りで。舌の奥に残るのは仄かな甘みで。そうか。あの味もしばらくお預けか。

 俺は、鼻歌混じりで料理をする母の背中を眺めた。母親依存でもマザコンでもいい。この光景を刻んでおかないと、どうにかなってしまう。絶対戻って来てくれ。俺はエイラが瞑想教室で教えてくれた、なったらいいなの魔法を繰り返していた。

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