上 下
1 / 23
プロローグ

プロローグ

しおりを挟む
「二つを渡る子が生まれる。
 尊大なる神もそれを祝福するだろう。
 しかし、あなたはその者を祝福してはならない。
 光も闇も壊してしまうから」

 彼は唸るように呟いた。黒雲を走る稲妻の音に掻き消されて、誰の耳にも届かなかっただろうが。
 空色の長い髪が波打つ。美丈夫。彼を言い表すのに、それに幾つ言葉を足されてきただろうか。その手の白く輝く大剣に比して、黒とも濃藍ともとれる甲冑は禍々しい威光を放っている。

「お前は、ルドウィク・ダナ・アーガトラム。胎を狙いやがったね。光を成す者が、アタシ達を殺すか?」

 女がゆらりと立ち上がり、言った。紫色の鎧を纏った女だ。頭頂に生えた一本角に、雷光の呻きが走る。両手へ握る十文字槍の切先をこちらへ向けた。不意を狙ったが、その槍で防がれたか。

 ルドウィクは微笑した。光を成す者か。それもまた自分に捧げられた二つ名の一つに過ぎない。云く、博愛の士。云く、正義の執行者。云く、統合せし者。云く、勇者の再来。云く、世界最強。他に、もっと仰々しいものもあったはずだ。覚えてはいないが。

「よせ。こいつと戦うな。逃げろ、ライカ」

 もう一人立ち上がる者があった。線が細い男だ。金色の髪に碧い瞳。意志の強い眼だ。女を、その胎の子を、二人を何としても守る。そんな決意が伝わって来る。

 男が杖を大地へ突き立てる。彼の身長を超える長い木杖だ。目立った装飾はないが、それに走る木の脈一つ一つから強い魔力を感じる。世界樹は小枝であっても千年樹の如き魔力を持つらしい。きっとそれかもしれない。

 男女まとめて斬るつもりで大剣を振ったが、双方の持つ業物と反射速度はやはり素晴らしい。

「ミハイル・フォン・ヴェルデ。若くして賢者の称号を持つ天才、だったか。一騎討ちと願いたいところだが、そうもいかん。ライカ・カザク。私の狙いはお前だ」

 ルドウィクは大剣で女を指す。が、その前にミハイルが割り入る。魔力の揺めきで分かった。来る。既に魔法の発動体勢に入っている。しかも、強大。

「吹き荒れろ! 千刃突風サウザンドウィンド!」

 風が、ルドウィクを締め上げるかのように蟠を巻いた。空気がぶつかり合い、幾千と薄く研がれた刃と化して行く。美しい。風の叫び。大地の鳴動。重なり合うそれは、正に万象を奏でる幾万の和音。この魔法を放った彼を讃える為に、ほんの瞬き程度なら、この無数の刃を身に浴びても良い。だが、これは個人的な強さ比べの決闘ではない。啓示だ。人類の為に、この女の胎の中へ大いなる呪詛の光を与えなければならない。

 ルドウィクは白の大剣に魔力を込めて振り上げた。その瞬間、千刃の風は大きく光り輝いたかと思うと、すぐさま崩壊した。空へ溶けて行く強大魔法の名残りの向こう側で、ミハイルは驚嘆の顔をしていた。彼ほどの者でも、この光景は信じられないか。

「知ってたさ!」

 既に雷光を纏った槍の切先が、ルドウィクの胸元にあった。咄嗟に大剣でそれを受け止める。が、押される。凄まじい怪力に加え、この電撃。女の刺突を止め切れない。

「光よ」

 ルドウィクの呼びかけに大剣が輝く。ライカはそれを見てか、後ろへ飛び退いた。

「魔剣クレイヴ・ソリッシュ。光を成し、全てを闇へと葬る大剣。噂通りだね」

 女がニヤリと笑う。虚勢を含んでいる。この剣の力を知っているなら、当然か。ただピカピカと光輝くだけの剣ではないのだから。

「何故だい? 何故アタシを? この子を?」

 ライカが槍を構えつつ、胎に手をやる。途端に表情が怒りへ変わる。

「さあ」

「さあ、だと!」

 ルドウィクの返答に、女の怒りが激昂へ昇華する。

「私は、大いなるものの手に動かされているに過ぎない。矮小なるこの私がその御心を窺い知ることなど、出来るわけなかろう。それに、もう、終わりだ」

 ライカとミハイル、共に空を見上げた。ようやく気付いたか。呼びかけた時、それを既に始めておいたのだ。

 天を埋め尽くす大いなる光がそこにあった。その前では、黒雲を走る稲妻など儚き火の粉。

光あれフィアットルクス

 大地を穿ち、黒雲を貫く巨大な光柱がそこにあった。高名な冒険者夫妻を呑み込み、墓標とするに相応しい。この光に抱かれた者は痛みもなく、大いなるものの懐へ還る。しかし、

「やはりか」

 天へ還る魂の輝きを一つしか感じない。賢者であれば、咄嗟に女一人を空間転移させることも出来るのだろう。
「私の役目はまだ続く。二人には、いずれまた会うだろう」

 光柱が消え、黒雲の只中にポッカリと空いた巨大な穴。そこからルドウィクの髪色と同じ天が覗いていた。

「光の神よ」

 彼は跪き、天のその先にいるであろう大いなるものへ祈るのだった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...