10月2日、8時15分の遭遇(前編)

ライヒェル

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最初の一週間

カフェでの朝食

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目が覚めたのは思ったより早く、9時半。
ベッドに入ったのは2時過ぎで、アルコールの量と疲れ具合から考えて、多分、11時くらいまでは起きれないと思っていたけれど、ぐっすりと眠ったせいか割と目覚めはすっきりとしていた。起き上がる時に、こめかみがズキンとして、思わず頭を抱える。
やっぱり、少し二日酔いになっているみたいだ。
あれだけ、がぶ飲みしたのだから、無理もない。
でも、アルコール度数が低めだったようだから、飲んだ量からしたらマシな感じがする。
頭痛薬を飲まずになんとか耐えられそうだろう。
私は、若干、筋肉痛気味の足でゆっくりとバスルームに向かった。
昨晩は誰もタバコを吸わなかったので、バーやクラブに行く時のような煙たさが無くて本当によかったと思う。煙の匂いが染み付いた髪のままでは絶対眠れない性格なので、そういう時は、どんなに疲れていようとも、帰宅後に必ずシャワーしてから寝る。
リラクゼーション効果も期待して、ゆっくりとシャワーを浴びると、体が温まって頭痛が少し引いた気がした。ドライヤーでしっかりと髪を乾かしながら、鏡の前に置いた昨晩のシルバーチェーンのロングピアスを見て思い出す。昨日、帰宅後に気がついたのだが、ピアスの片方が無くなっていた。多分、散々踊りまくっている時に髪にひっかかったりして飛んでしまったのだろう。昨晩の片付けの時に、落ちていたポップコーンや紙切れなどを集めたけれど、その時にピアスを見なかった事を思えば、もう見つからないかもしれない。
あれは留学時代にロスで買ったお気に入りのものだったから残念だけど、無くなったものは仕方がない。
諦めて、今日は別のピアスをつけることにした。
外は快晴で気温も暖かめのようだ。
ガーデンハウスでBBQという、アウトドアイベントであることを考えて、当然、カジュアルな服装がベストだろう。BBQの煙の匂いがつかないように髪はきっちりとひとつにまとめようとしたが、縛ってみるとあまりにも素っ気ない気がして、やはりそのまま下ろしておくことにした。ピアスは、細いゴールドのリングを選ぶ。サーモンピンクの襟付コットンシャツに、デニム生地のペンシルスカートにして、足下はブラウンのショートブーツを合わせることにした。後で冷えるかもしれないので、チョコレート色の大判ストールを畳んでバッグに入れる。
BBQにフルーツの差し入れをするとメールしたので、スーパーに寄って行くつもりだ。
まだ、時間に余裕があるので、何か食べて行こうとキッチンに行き、冷蔵庫を覗き込もうとしたら、ズキン、とまたこめかみが痛む。
ふと、二日酔いにいい飲みものはないかと考えて、アパートの近くのカフェで飲んだ、ハイス・シトローネを思い出した。
ミントと生姜、レモンに蜂蜜。
いかにも、頭痛に効きそうな感じだ。
それに、あのカフェは英語で注文出来るんだったっけ。
私は冷蔵庫を閉めると、リビングのソファーに置いてあったバッグを取り、すぐさま玄関に向かった。
1人で、カフェで朝食を取ってみよう!
ここに来ている間くらい、思いつきを実際の行動に移してみたい。
ドアの外に出て鍵を閉めながら、なんだかドキドキしていた。
何かを思いついて数秒後にそれを実行しているなんて、初めてのことかもしれない。
私は自分が、少しだけ変わってきたような気がしていた。
それは、私が求めていた変化なのかもしれない。
昨晩はよろめきながら上った階段を駆け足で下りて、外へ出ると、眩しい太陽の光があたりを照らしていた。手をかざして空を見上げながら、何かその先に見えてきたような気がして、胸が高鳴るのを感じる。
鍵をバッグの内ポケットに入れると、私は歩き出した。
建物の表に出て、ほんの20mくらい歩くと、すぐにこの間、ヴィクターが連れて行ってくれたカフェに到着した。中を覗くと、今朝もそんなに込んでいない。開いている入り口にそっと足を踏み入れると、この間のヒゲのおじさんがすぐに気がついてカウンターの向こうから手をあげた。
「このあいだの、旅行に来てる子だね、ひとり?」
「おはようございます」
私はほっとしながらカウンターに近寄り、メニューボードを見上げたが、やっぱり殆ど読めなかった。
「今朝は、ここで朝ご飯を食べてみたくて来たんです。ハイス・シトローネと、なにか他に合うものってありますか?」
メニューを読むのを諦めて、直接尋ねてみる。
ヒゲのおじさんは、にこにこしながら、おすすめの朝食メニューを説明してくれた。聞いたところ、クロワッサンにスクランブルエッグ、サラダ、ハムなどが添えられた朝食メニューが一番人気のようだったので、それを注文することにした。コーヒー付だったので、それとは別に、ハイス・シトローネも注文する。
支払を済ませてカウンターで待っていたら、おじさんがまだそこに居る私に気がついて笑った。
「出来たら席に運ぶから、座って待ってておいで」
「有難うございます」
親切なおじさんにお礼を行って、カフェの中をくるりと見渡した。
奥のほうの木製テーブルの席か、窓際の黒いレザーカウチ席。
ちょっと考えて、窓際のカウチ席に座ることにした。
窓際に座ると、外を歩く人々の様子を眺められて、携帯がない私には丁度よかった。今の時代、ちょっとでも時間が空くと、つい携帯に手を伸ばしてしまう。携帯が使えないと知っていると、メールチェックしなければという強迫観念から解放されて、意外と気が楽になるらしい。つまり、四六時中、活字や写真の情報に脳を支配されることなく、自分の目で見て、耳で聞く情報をアナログ式に処理していくのだ。この作業が新鮮に感じるというだけで、日頃いかに、自分の視覚、聴覚をきちんと使っていないかということに気がつく。
DHLの黄色いバンから下りる、配達人や、大型犬を散歩させながらタバコを吸う女性。スポーツウエアに身をつつみ、イヤホンで音楽を聞きながらランニングをするカップル。
皆それぞれ違う人生を歩んでいる。
食べるものも、考えることも、着るものも、住むところも、すべて、違う。
そう考えると、世の中は永遠に知り尽くせない未知の世界だとしみじみと実感した。
「おまたせ」
頭上でおじさんの声がして、テーブルに注文した私の朝食が置かれた。
「美味しそう」
湯気のたつスクランブルエッグがふわふわしていて、出来たてほやほやだ。
クロワッサンに添えられた、大きなバターブロックに、たっぷりの苺ジャム。
赤いトマトの輪切りがレタスとキュウリ、千切り人参の上でピカピカと輝いていた。
最初に、蜂蜜を混ぜた、ハイス・シトローネに手を伸ばす。
温かく、ぴりりとした辛みと酸味が、体に染み入るようで、知らず知らず、ふう、と安堵の溜息をついた。
やっぱり、ここに来てよかった。
アパートにあったティーバッグじゃ、こんな満足感は与えてくれなかっただろう。
数口、ハイス・シトローネを飲んだ後、食事に手を付ける。
空腹だったことと、会話する相手もいないせいで、食事はあっと言う間に済んでしまう。早食いは体に良くないとはわかっているけれど、お腹が空いていたし、美味しいということもあって、つい一息に完食してしまったようだ。
きれいに食べ尽くしたプレートに、ナイフとフォークを置くと、私はコーヒーに手を伸ばした。
頭痛も和らいで、あまり気にならなくなって来たなと思いながら、再び、窓の外へ目をやると、ランニングしている女性に気がついた。
あれは、サビーナだ。
そう気がついた時、偶然にも彼女がこちらを見る。
あっと思って、自然と手をあげると、彼女が笑顔で手を振り、立ち止まった。そして、こちらに向かって歩きながら、手振りで何かを飲むジェスチャーをしたので、私は頷いた。
何か、飲んでいるのか、と聞いたのか、もしくは、彼女も何か飲む、と言う事だろう。
昨日、キッチンで話したきりだったけど、とてもいい人という印象があったので、たとえ、浮気したという話を聞いていても、彼女に対して嫌な感情はなかった。
すぐに中に入って来たサビーナが、カウンターでオレンジジュースを買って、私のほうへやってきた。
「おはよう」
「おはよう、サビーナ」
サビーナが笑顔で向いの席に座る。
小麦色の肌が健康そうで、根っから明るい感じの可愛らしい女性だ。多分、私よりちょっと背が低いと思うけど、ランニングしているだけあって、とても健康そうに見える。
オレンジジュースをストローで一気に半分くらい飲んで、彼女が尋ねた。
「昨晩、もりあがった?」
「うん、なんか、皆で踊って歌って、すごかったよ」
「そうなの!歌って踊ってなんて、あの狭いリビングで、よく出来たわね」
サビーナがびっくりしたようにそう言って笑う。
「ソファとか、はじっこのほうに寄せてはいたけど、あまり広くないしね」
「でも、6人くらいなら大丈夫だったよ。あれ以上だと、踊るのは無理かも」
「そうね」
サビーナが笑って、束ねていた髪を一度解くと、もう一度縛り直す。その時、彼女の耳にキラリとダイヤのピアスが光ったのを見て、私はふと自分の無くしたピアスの片方のことを思い出した。
「昨晩ね、シルバーチェーンのピアスを片方なくしちゃって……見なかった?」
「ピアス?」
サビーナは首を傾げてちょっと考える様子を見せ、首を振った。
「気がつかなかったわ。でも、後で、探しに来たら?私、今日はお店の仕事が遅番で、夜の9時すぎに帰って来るわ。ヴィクターも10時前くらいかしら」
「うん、ありがとう。じゃ、後でちょっとお邪魔させてもらうね」
「オッケー」
大きく頷いて、にっこり笑うサビーナを見て、私は不思議な気分だった。
長い睫毛で、メイクなしでも目元がくっきりした、いかにも情熱の国、スペインから来た女性。
どう考えても、彼女みたいな人が、浮気するとは思えない。とても、誠実な感じがするし、優しい目をしているし、人を裏切るとかそういう印象は全くうけなかった。
「ねぇ、リオ?」
私が彼女をじっと見つめているのに気がついたのか、彼女は少しくすぐったそうに微笑み、私に質問をする。
「リオは、旅行で来てて、来週、帰るって、本当?」
「うん、そう。土曜日に帰るよ。仕事も待ってるし」
そう言うと、サビーナがぷっと吹き出した。
「仕事が待ってる、なんて言い方、いかにも日本人って感じ」
「あ、そうかな」
ちょっと恥ずかしくなっていると、サビーナがふう、と溜め息をついて、少し低い声で言う。
「誰か、私のこと、なんか言ってた?」
「え?なんか、と言われても……?」
まさか、浮気の話だろうかと思って、反応に困っていると、サビーナが私の様子にどうやらそのことに気がついた様子で苦笑した。
「きっと、クリスティアンあたりがばらしたかな、と思ってたけど。私が、浮気したって話」
「あ、あぁ……その話、ね」
いきなり核心に触れるサビーナにびっくりしていると、彼女は、小さく笑って頷いた。
「それ、ほんとだから」
「……そう?」
スペインの人ってここまでオープンなのだろうか、とびっくりした。
サビーナは、まるで、吐き出したかった、というように饒舌になる。
「ヴィクターって、いいヤツなのよ。とても優しいし、男にも女にもモテて、私も、彼は好きなんだけどね」
私はこんなプライベートな話を、ほぼ初対面の私に、公けの場でペラペラと話し出す彼女に驚きながら、無言で頷く。
「でも、あの人が私と付き合ってくれたのは、多分、私がスペイン人だったからなの」
「え?」
「探ってみたら、私の前に付き合ってたのは、ポルトガル人とか、ブラジル人とか、ラテンの女ばっかり」
「ラテンの女?」
耳を疑う話に、再度聞き返す。
サビーナは、私の驚き具合に少し苦笑した。
「貴女は、日本人だから、恐らく同じ道を辿る事はないと思うけど……それに、旅行者だし」
「私?別に、友達だし」
「それもそうね。ヴィクターも、自分から口説くタイプじゃないし、リオが彼に興味ないなら、まず問題はないと思うけど」
「問題って、その、さっき言ってた、同じ道を辿るとかなんとか?」
「そう、それ。詳しくは知らないんだけど、何か、理由があると思うのよね。ヴィクターが、ラテンの女としか付き合わないっての」
「ラテン……そういえば、クリスティアンが、ヴィクターはスペイン人に弱いとか言ってたかな……?」
「そうなの。基本的に、ラテンの女なら、よほどじゃなければ来るもの拒まず、みたいな?」
「えー、そんな、適当な感じなの……?あのヴィクターが?」
誠実そうに見えた彼が、来るもの拒まずだなんて、にわかには信じられないけれど、元彼女が言うならまんざら嘘でもないのだろう。
想像だにしなかったヴィクターの話に、唖然としていると、サビーナは残りのオレンジジュースを見下ろして、少しだけ悲しそうな微笑みを浮かべた。
「一緒に居ても、愛されてるって自信は持てなくて、私はどんどん寂しくなっちゃって。でも、ヴィクターはいつも優しい、いいヤツなのよ」
「……」
その言葉になぜか私が罪悪感を覚える。理由を考えてみて、それはきっと、私に対する拓海の気持ちと重なるからだと気がつく。拓海の想いに気がついていながら、私は同じほどの想いを彼に与えられない。
「私が浮気しているの知っていて、何も言わずに何ヶ月も見守っていたヤツよ。それに耐えられなくなって私が告白したけど、彼は怒らなかった。その上、私に都合のいいように、私が契約したアパートの更新期日が来るまで同居するということも、彼が提案してくれた。私一人じゃ、払えなかったし……私が無理言って、彼と同棲するために借りたアパートだったから、彼が責任を感じる必要はなかったのに……普通の男なら、すぐに出て行っていたと思うけどね」
「そうなんだ……なんか、大変だったね」
他に言いようが無くて、ありきたりな相づちを打つ。
サビーナは、少し黙って、それから、言いにくそうに思わぬ言葉を吐く。
「もしかしたら……ヴィクター、実は、女には興味がないのかも……なんて、思ったり」
「え、それって……ゲ、ゲイ?」
今度こそ心底驚いて、目が点になる。
サビーナは周りの誰もが聞いていないか確かめるように辺りを見渡し、私の方に身を乗り出した。
「同棲してて、キスしかしないって、普通、変でしょ?」
「えっ」
持っていたコーヒーカップを落としそうになり、慌ててそれをテーブルに置いた。
「今、ものすごく、信じられないことを聞いた気がするんだけど……」
「そりゃ、あたりまえの反応だと思うわ。リオもそう思うでしょ?」
サビーナは気まずそうにそう呟いて、窓の外に目を向けた。
「私のどこがいけないのか、何故なのかって、すごく悩んだわ。だって、いい歳した大人の男女よ?死に間際の老夫婦じゃあるまいし、一緒のベッドで寝てるのに?結婚するまで処女、童貞とかいう時代じゃないし、大体とうの昔にそんなの捨ててる」
「それは、確かに……もう時代は違うしね」
「そうよ。それで、気になって、ヴィクターの昔の恋人を数人探し出して聞いたら、体の関係があった人も一応いたけど、それも、彼女達が襲うみたいな感じだったとか、彼から来ることは全然なかったみたいなのよね。それで、彼女達も我慢出来なくなって、結局他の男に乗り換えたって感じだったわ」
「……」
「そんなこと考えてたら、もしかして、やっぱり、女には興味ないのかとか考えちゃって。その割に、何故か、ラテンの女に言いよられると弱いっていうのは周知の事実。本人も認めてるしね」
「ふ、不可解すぎて、私、ついていけないかも……」
ぶっ飛んだ話に、動揺しまくりだ。
ラテンの女性に弱いという話は充分、まともな世界に属していたけれど、今度は、実はゲイで女性に興味ないとかいう話まで出て来ると、どうそれを解釈すればいいのかわからない。
黙り込んでしまったサビーナを見ているうちに、私は少しずつ、理性を取り戻して行く。
彼女もいろいろと悩み苦しんだのだろう。でも、あのヴィクターが彼女を傷つけようとかそういう悪意を持っていたということはないはずだ。
「ねぇ、リオ?」
サビーナが興味深げな視線を私に向けた。
「あの晩、私のミスでヴィクターを閉め出した時、貴女の部屋に泊めたんでしょ?」
「うん」
「その時」
サビーナが少し声を潜め、私の目を覗き込んだ。
「何か、身の危険とか感じなかった?」
「身の危険?え、ヴィクター?それは、全然。だって、ほんの数回会っただけの友達」
あの晩、我が身の危険を感じた相手は、拓海だ。
再会してホテルの部屋まで連れて行かれた時と、あの突然の来訪。
本当に散々振り回されて、ギリギリのところで理性を保っていたと言えるくらい、危険なものだった。
「それなのよね。それが、おかしいの!絶対、おかしいのよ!」
サビーナがはぁっと溜め息をついて、足を組むとじっと私を見つめて、肩をすくめた。
「だって、女の私から見ても、貴女はとても魅力的だわ。普通の男だったら、夜に貴女と二人きりだったら、何かしらちょっかいを出そうとするはずよ?ううん、手を出すそぶりくらい、社交辞令よ!私だったら、招き入れた男が、私に全く興味も示さず爆睡したら、女としてのプライドが傷つくわ」
「……そう、かなぁ……?私だったら、逆に、そんなことされたら、友達として幻滅しちゃうかも……」
「えっ」
今度はサビーナが驚いたように目を丸くしている。そして、やがて呆れたように笑った。
「貴女、ヴィクターと似てる。律儀っていうか、真面目よね。約束は、絶対に守るとか、そういうタイプ?」
「律儀か真面目かはわからないなぁ……約束は、勿論、守る方だけど……」
「恋人がいる男や女が、他の異性に惹かれて浮気とか、ありえないとか思ってない?」
「それは、そうかもね。やっぱり、一応付き合っている相手には誠実でいたい。嘘は付きたくないし、つかれたくないな。もし、自分の気持ちがわからなくなったら、先に別れるよ。でも、浮気されたこともあるし、その時は、自分にも責任があったなと思って、素直に別れたし」
「まっすぐな性格ね」
サビーナはくすっと笑った。それから、私を気遣うような優しい微笑みを浮かべる。
「勿論、そのまっすぐな所が貴女の魅力なんだとは思うわ。でも、いろんなルールを決めて、自分をガチガチに固めてしまうのは、やめたほうがいいかもね。自分の人生は、自分のものよ。誰かを傷つけてしまう結果になっても、自分の幸せにもっと貪欲にならないと、いつまで経っても幸せを掴めなくなるわ」
「うん、そうかもね……サビーナ、貴女は、今は幸せなの?」
私が聞くと、彼女は顔をあげて微笑み、小さく頷いた。
「幸せよ。来年から、彼と一緒に暮らすの。このクリスマスには、彼の家族に会いにいくことになっているし、正真正銘の恋人よ」
「よかった!」
私はほっとして頷いた。
「今の彼は、家族のこととか、何でも話してくれるし。愛されてるってわかるの。ヴィクターの時は、ほとんど何も教えてもらえなかったから、彼の家族のことも全く知らなかったわ。やっぱり、私達、違ったのね。ううん、私が、選ぶ人を間違ってたんだわ」
「うん……そういうこともあるよ。私も、疑問を持ちながら、付き合った人、いるし……100%確信して付き合うなんて難しいと思うよ」
「そうね」
サビーナは大きく頷くと、とてもすっきりした笑顔を浮かべた。
「聞いてくれて有り難う。リオ、最後にひとつ聞いていい?」
彼女は情熱的な目を煌めかせて私の顔を覗き込んだ。
「貴女も、追われる人でしょう?」
「追われる?」
「誰かを追いかけた事、ある?」
「そういわれてみたら……ないかも」
「やっぱりね。そんな感じする。貴女に惹かれる人はきっと多いから、探さなくても誰かがアプローチしてくるんでしょ?でも、たまには、追いかけてみたら、何かを発見出来るかもしれないわよ」
サビーナはそう言うと、空になったグラスを取って立ち上がった。
「それじゃ、また後でね」
「うん。じゃまた」
サビーナは爽やかな笑顔でウインクをすると、グラスをカウンターに戻し、軽やかに外へ走り出して行った。
1人残された私は、カップ半分だけ残っているコーヒーを見下ろした。
すっかり冷めて、もう飲む気にはなれない。
カウチの背もたれに寄りかかると、ゆっくり、深呼吸した。
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