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六章
お妃教育
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翌朝、湯浴みの後にサリーから、今後は髪を下ろさず結い上げると言われ、鏡の前に座っている。なんでも、公の場で髪を下ろすのはまだ一人前の大人でないと見られる上、貴族や王族の女性は15歳あたりから必ず髪は結うものらしい。
サリー達も私の実年齢は知らなかったようで、25歳だと言うと驚いて焦った様子だった。それもそうだろう、ラベロアの同年女性に比べたら、私は小柄で肉付きもあまりよくない上、この落ち着きのない言動も災いして、ユリアスが言ったように、20歳くらいか、下手したらそれ以下と思われていたのかもしれない。ちなみに、昨晩カスピアンに私の年齢を伝えたのだが、彼は特に年齢など気にも留めなかったのか、それとも他の話に興味があったのか、これという反応はなかった。
ここで25歳と言えば、もう立派な大人の女性で、子供の一人や二人も生んでいる年齢なのだ。
30歳くらいでそろそろ結婚か、なんて考える世界から来た私からしてみれば、20歳になる前に嫁いだりするなんて信じられない気がするけれど。
しかし、まだ20歳前後のエリサやアリアンナの仕事ぶりを見ると、この国の人々は若くてもしっかりしているのだと感心する。カスピアンのあの貫禄と威圧感なんて、私がもつ普通の23歳のイメージとはかけ離れている。
年齢という数字から作り出される固定観念。
そんな自分の物差しで他人の力量を計るべきじゃないとしみじみ思う。
一日でも早く、王妃として周りに認めてもらえるような、立派な大人にならなければ。
未熟なままで、カスピアンに迷惑がかかるような事態だけは回避したい。
彼と一緒に居るための試練。真剣に取り組まなければ、と肝に銘じながら鏡の中の自分を見る。
エリサとアリアンナが見事な櫛さばきで、器用に私の髪を結い上げていく。
髪をいくつもの房に分け、捻ったり編んだりして、すっきりと結い上げるのを感心して見ていた。
「セイラ様の髪質は普通とは違いますね。するすると滑って、しっかり編まないとほどけてしまいます」
アリアンナが不思議そうに言いながら、ダイヤの飾りが付いたシルバーのピンを髪に差していく。
「光沢が強くて、こんなに艶やかな髪は見た事ありません」
エリサも頷きながら褒めてくれる。
「ありがとう」
私は二人に笑いかけた。
単純に、彼等とは人種が違うから、髪質も異なって当然なのだが、私がそれを説明したところで彼女達には理解出来ないだろう。私の髪は直毛だから、尚更編み込むのは難しいだろうが、二人はとても奇麗に結い上げてくれた。全体にかなりの本数のピンを差し込みしっかり固定したようで、まるで帽子を被っているような心地になる。
「わぁ、サリー様、こちらにいらしてください!ピンが黒髪に反射してとっても奇麗です」」
アリアンナが嬉しそうに声をあげると、サリーが衣装室から出て来て私の髪型をチェックした。
「まぁ本当に、満天の星が瞬く夜空のようですよ」
サリーがにっこりと微笑んで、私の後方で大きな手鏡を持ち、正面の鏡に髪型が写るようにしてくれる。見てみると、確かに、結い上げた私の黒髪にたくさんの小さなダイヤのピンが差し込まれた様子は、星空のようでとても奇麗だった。
これからは、サリー達やカスピアン以外の人たちと会う事も増えるため、身なりは毎日きちんと整えなければいけないとのこと。サリーが見立てた今日のドレスは、青みを帯びたバイオレット地を、全面真っ白なレースで覆った、装飾の少ないすっきりと落ち着いたデザイン。今日はもっぱら社交とは無関係な一日なので、華美なデザインは避けた方が、私も集中出来るだろうとのこと。確かに、やたら宝石や真珠が縫い付けられた衣装など着せられたら、今以上のプレッシャーがかかって粗相をしてしまうかもしれない。装身具はやはりゼロというわけにはいかないということで、シルバーとダイヤで編み込まれたレースネックレスを首にかけてもらう。
鏡の中の自分はいつもと違って、別人のように神妙な面持ちで、かなり緊張しているように見えた。
朝食を終えると、サリーが今日の予定を教えてくれた。
これからまず、衣装合わせの担当がやってきて、以前のように私を採寸し、現在ある衣装で調整が必要なものを選び出すらしい。続いて、王立学校から教師達がやってきて、私と面談し、どのような分野を学ぶ必要があるか判断するそうだ。昼食と休憩を挟み、午後はまず、奥宮の隣の宮にある書庫の見学。この建物の中には議会場もあるらしく、ほぼ毎日、午後には討議が行われているとのこと。
その後は、明日から始まる乗馬の練習に先立ち、講師になる騎士との面会。休憩を挟んで、マゼッタ女官長の指導のもと、王室マナーのレッスンの第一弾が開始となり、夕食もレッスンの延長になるらしい。
一通り予定を読み上げたサリーから、そのスケジュール表を渡された。
時間帯、場所や内容、面会する人の名前や役職名まで細かく載っている。
きっちりと文字が書き込まれているその紙を凝視していると、サリーが少し心配そうな顔をした。
「ラベロアで生まれ育った姫君でも、婚儀前は3ヶ月のご準備期間があるのですが、セイラ様の場合は1ヶ月しかないので、その分凝縮されることになります。王立学校の担当との面談の後、どれほどの時間が学問に費やされるか決められるので、場合によっては更に厳しいものになる可能性もあります」
言ってみれば、大学入試前の猛烈な追い込みに近いのかもしれないなと思いながら、私は覚悟して頷いた。
「大丈夫。きっと、なんとかなると思うから」
「そうでしょうか。お体を壊されるようなことにならないと良いのですが」
確かに、具合悪くなって寝込んだりしたら、その分時間をロスして後が大変だろう。でも、もともと体は丈夫な方だし、しっかり食べて眠ればそう簡単に病気にはならないはずだ。
「心配をかけないよう、自己管理に気をつけます」
私が笑ってそう言うと、サリーは少し安心したように表情を緩めた。
午前中、衣装合わせや王立学校の教師陣との面談を特に問題なく終え、昼食を取った後、今度は書庫へ向かう時間となる。基本的に、貴賓館とこの奥宮の部屋の中で過ごした経験しかないため、別の建物へ行くというイベントに少しドキドキしていた。
部屋を出る前に、本格的なマナーレッスンに先立ち、姿勢、歩き方の基本をサリーに教わる。背筋を伸ばし、絶対に足下は見ずに前方を向き、膝が擦れるように歩く。ヒールのある靴を履いているので、つま先とかかとは同時に着地することを意識しなければならない。しかも、感情の変化を顔に表さないようにということなので、躓きそうになっても眉間に皺なんかよせてはダメ、常に微笑みを浮かべていなければならない。
しばらく練習してみたが、これがものすごく難しく、言われた事を全部意識しながら歩こうとすると本当にのろのろとしか歩けず、かなり焦る。
「こんな、一歩一歩時間をかけてたら、書庫にたどり着く前に陽が暮れそう……」
すでに根を上げそうになって愚痴ると、サリーがクスクスを笑い出した。
「姫君はゆっくり歩くものです。昨日のように走られるのは、もうお控えください」
ドレスをたくしあげ猛スピードで階段を駆け上がったことを思い出し、赤面する。
「陛下が、可能な限り早くセイラ様を御公務に同行されたいとおっしゃってますので、マゼッタ女官長のレッスンにも熱が入ると思いますよ」
貫禄のある女官長の厳しそうな顔を思い出し、こくりと息を飲む。
「が、頑張ります……」
自分に喝を入れるつもりでそう呟き、鏡に写る自分を見て姿勢を正した。
サリーがにっこり頷いて、私の手を取ると、扉の方に目をやる。
「さぁ、では参りましょうか」
アリアンナとエリサが開けた扉のほうを見て、思わず目が点になる。
扉の前には、7、8人の衛兵が立って敬礼していた。驚いて固まっていると、サリーが小声で私の耳に囁いた。
「護衛ですよ。奥宮を出られる時は、必ず護衛が同行しますので、慣れてください」
一斉に自分に向けられた目の数に、否応無しに心拍数が上がる。動揺を隠そうとして、自然と視線が下がりかけたのに気がつき、ハッとして顔を上げた。
ダメだ!
一瞬たりとも気を抜いてはダメだ。
最初の一歩を踏み出す前にすでに怖じ気づいている自分。
きゅっと口角を上げ、一度目を閉じ精神統一してから、ゆっくりと開いた。
これは、弱い己との戦いだ。
しっかりと気合いを入れ直す。
前後左右を護衛に囲まれ、サリーに手を引かれて歩く。後ろには、エリサとアリアンナも付いて来ている。通りがかりの女官や衛兵、貴族らしい人々が左右に並び、お辞儀をしたり敬礼をするのが視界に入るが、落ち着き無く目線を動かしてはならないことを肝に命じて先へと進む。あちこちから、好奇の視線を向けられている気がして、緊張のあまり呼吸さえ忘れそうになる。
随分と長い時間をかけて、ようやく隣の宮までたどり着き、内部に入った。
「あちらは議会場です」
サリーの説明に、右手に見える大きく開かれた扉の方に視線を動かすと、かなりの数の人影が見えた。
「午後の議会に向けて、出席者の方々が到着されています」
身なりからして皆、貴族の男性らしい。
いわゆる国会議事堂という役割を持つ、政治の中心となる場所。
案の定、女性の姿は一切ないようだが、議会は女人禁制なのだろうか。
物珍しさに足を止めて眺めていると、入り口付近に居た貴族達がこちらに気づき、今度は一斉に私のほうへ視線を向けられてしまい、ドッキンと心臓が跳ねる。
「サリー!どうすればいいの?」
小声で呟くように助けを求めると、サリーが囁くように答えた。
「セイラ様が挨拶される必要はありません」
私に気がついた彼等がにわかに騒々しくなり、かと思うと、それぞれが帽子を取ったりしてこちらに向かってお辞儀をした。
「セイラ様が敬意を示される必要があるのは、王族の方々のみです」
サリーが小声で説明を付け加える。
しかし、彼等があんなに畏まったお辞儀をしているのに、ふんぞり返っているのも落ち着かない。居心地の悪さをどうにかしようと、微笑んで少しだけ首を傾げた。庶民の私が、生まれながらの貴族達に敬意を示されるという、本来とは真逆の状況。これに慣れるのも難しそうだ。
しかも日本人の私は、誰かがお辞儀をすると、条件反射でこちらも頭を下げるのが当たり前の事なので、これを禁止されるのはかなりしんどい。
「やぁ、セイラ」
聞き覚えのある明るい声がした。
サリー達も私の実年齢は知らなかったようで、25歳だと言うと驚いて焦った様子だった。それもそうだろう、ラベロアの同年女性に比べたら、私は小柄で肉付きもあまりよくない上、この落ち着きのない言動も災いして、ユリアスが言ったように、20歳くらいか、下手したらそれ以下と思われていたのかもしれない。ちなみに、昨晩カスピアンに私の年齢を伝えたのだが、彼は特に年齢など気にも留めなかったのか、それとも他の話に興味があったのか、これという反応はなかった。
ここで25歳と言えば、もう立派な大人の女性で、子供の一人や二人も生んでいる年齢なのだ。
30歳くらいでそろそろ結婚か、なんて考える世界から来た私からしてみれば、20歳になる前に嫁いだりするなんて信じられない気がするけれど。
しかし、まだ20歳前後のエリサやアリアンナの仕事ぶりを見ると、この国の人々は若くてもしっかりしているのだと感心する。カスピアンのあの貫禄と威圧感なんて、私がもつ普通の23歳のイメージとはかけ離れている。
年齢という数字から作り出される固定観念。
そんな自分の物差しで他人の力量を計るべきじゃないとしみじみ思う。
一日でも早く、王妃として周りに認めてもらえるような、立派な大人にならなければ。
未熟なままで、カスピアンに迷惑がかかるような事態だけは回避したい。
彼と一緒に居るための試練。真剣に取り組まなければ、と肝に銘じながら鏡の中の自分を見る。
エリサとアリアンナが見事な櫛さばきで、器用に私の髪を結い上げていく。
髪をいくつもの房に分け、捻ったり編んだりして、すっきりと結い上げるのを感心して見ていた。
「セイラ様の髪質は普通とは違いますね。するすると滑って、しっかり編まないとほどけてしまいます」
アリアンナが不思議そうに言いながら、ダイヤの飾りが付いたシルバーのピンを髪に差していく。
「光沢が強くて、こんなに艶やかな髪は見た事ありません」
エリサも頷きながら褒めてくれる。
「ありがとう」
私は二人に笑いかけた。
単純に、彼等とは人種が違うから、髪質も異なって当然なのだが、私がそれを説明したところで彼女達には理解出来ないだろう。私の髪は直毛だから、尚更編み込むのは難しいだろうが、二人はとても奇麗に結い上げてくれた。全体にかなりの本数のピンを差し込みしっかり固定したようで、まるで帽子を被っているような心地になる。
「わぁ、サリー様、こちらにいらしてください!ピンが黒髪に反射してとっても奇麗です」」
アリアンナが嬉しそうに声をあげると、サリーが衣装室から出て来て私の髪型をチェックした。
「まぁ本当に、満天の星が瞬く夜空のようですよ」
サリーがにっこりと微笑んで、私の後方で大きな手鏡を持ち、正面の鏡に髪型が写るようにしてくれる。見てみると、確かに、結い上げた私の黒髪にたくさんの小さなダイヤのピンが差し込まれた様子は、星空のようでとても奇麗だった。
これからは、サリー達やカスピアン以外の人たちと会う事も増えるため、身なりは毎日きちんと整えなければいけないとのこと。サリーが見立てた今日のドレスは、青みを帯びたバイオレット地を、全面真っ白なレースで覆った、装飾の少ないすっきりと落ち着いたデザイン。今日はもっぱら社交とは無関係な一日なので、華美なデザインは避けた方が、私も集中出来るだろうとのこと。確かに、やたら宝石や真珠が縫い付けられた衣装など着せられたら、今以上のプレッシャーがかかって粗相をしてしまうかもしれない。装身具はやはりゼロというわけにはいかないということで、シルバーとダイヤで編み込まれたレースネックレスを首にかけてもらう。
鏡の中の自分はいつもと違って、別人のように神妙な面持ちで、かなり緊張しているように見えた。
朝食を終えると、サリーが今日の予定を教えてくれた。
これからまず、衣装合わせの担当がやってきて、以前のように私を採寸し、現在ある衣装で調整が必要なものを選び出すらしい。続いて、王立学校から教師達がやってきて、私と面談し、どのような分野を学ぶ必要があるか判断するそうだ。昼食と休憩を挟み、午後はまず、奥宮の隣の宮にある書庫の見学。この建物の中には議会場もあるらしく、ほぼ毎日、午後には討議が行われているとのこと。
その後は、明日から始まる乗馬の練習に先立ち、講師になる騎士との面会。休憩を挟んで、マゼッタ女官長の指導のもと、王室マナーのレッスンの第一弾が開始となり、夕食もレッスンの延長になるらしい。
一通り予定を読み上げたサリーから、そのスケジュール表を渡された。
時間帯、場所や内容、面会する人の名前や役職名まで細かく載っている。
きっちりと文字が書き込まれているその紙を凝視していると、サリーが少し心配そうな顔をした。
「ラベロアで生まれ育った姫君でも、婚儀前は3ヶ月のご準備期間があるのですが、セイラ様の場合は1ヶ月しかないので、その分凝縮されることになります。王立学校の担当との面談の後、どれほどの時間が学問に費やされるか決められるので、場合によっては更に厳しいものになる可能性もあります」
言ってみれば、大学入試前の猛烈な追い込みに近いのかもしれないなと思いながら、私は覚悟して頷いた。
「大丈夫。きっと、なんとかなると思うから」
「そうでしょうか。お体を壊されるようなことにならないと良いのですが」
確かに、具合悪くなって寝込んだりしたら、その分時間をロスして後が大変だろう。でも、もともと体は丈夫な方だし、しっかり食べて眠ればそう簡単に病気にはならないはずだ。
「心配をかけないよう、自己管理に気をつけます」
私が笑ってそう言うと、サリーは少し安心したように表情を緩めた。
午前中、衣装合わせや王立学校の教師陣との面談を特に問題なく終え、昼食を取った後、今度は書庫へ向かう時間となる。基本的に、貴賓館とこの奥宮の部屋の中で過ごした経験しかないため、別の建物へ行くというイベントに少しドキドキしていた。
部屋を出る前に、本格的なマナーレッスンに先立ち、姿勢、歩き方の基本をサリーに教わる。背筋を伸ばし、絶対に足下は見ずに前方を向き、膝が擦れるように歩く。ヒールのある靴を履いているので、つま先とかかとは同時に着地することを意識しなければならない。しかも、感情の変化を顔に表さないようにということなので、躓きそうになっても眉間に皺なんかよせてはダメ、常に微笑みを浮かべていなければならない。
しばらく練習してみたが、これがものすごく難しく、言われた事を全部意識しながら歩こうとすると本当にのろのろとしか歩けず、かなり焦る。
「こんな、一歩一歩時間をかけてたら、書庫にたどり着く前に陽が暮れそう……」
すでに根を上げそうになって愚痴ると、サリーがクスクスを笑い出した。
「姫君はゆっくり歩くものです。昨日のように走られるのは、もうお控えください」
ドレスをたくしあげ猛スピードで階段を駆け上がったことを思い出し、赤面する。
「陛下が、可能な限り早くセイラ様を御公務に同行されたいとおっしゃってますので、マゼッタ女官長のレッスンにも熱が入ると思いますよ」
貫禄のある女官長の厳しそうな顔を思い出し、こくりと息を飲む。
「が、頑張ります……」
自分に喝を入れるつもりでそう呟き、鏡に写る自分を見て姿勢を正した。
サリーがにっこり頷いて、私の手を取ると、扉の方に目をやる。
「さぁ、では参りましょうか」
アリアンナとエリサが開けた扉のほうを見て、思わず目が点になる。
扉の前には、7、8人の衛兵が立って敬礼していた。驚いて固まっていると、サリーが小声で私の耳に囁いた。
「護衛ですよ。奥宮を出られる時は、必ず護衛が同行しますので、慣れてください」
一斉に自分に向けられた目の数に、否応無しに心拍数が上がる。動揺を隠そうとして、自然と視線が下がりかけたのに気がつき、ハッとして顔を上げた。
ダメだ!
一瞬たりとも気を抜いてはダメだ。
最初の一歩を踏み出す前にすでに怖じ気づいている自分。
きゅっと口角を上げ、一度目を閉じ精神統一してから、ゆっくりと開いた。
これは、弱い己との戦いだ。
しっかりと気合いを入れ直す。
前後左右を護衛に囲まれ、サリーに手を引かれて歩く。後ろには、エリサとアリアンナも付いて来ている。通りがかりの女官や衛兵、貴族らしい人々が左右に並び、お辞儀をしたり敬礼をするのが視界に入るが、落ち着き無く目線を動かしてはならないことを肝に命じて先へと進む。あちこちから、好奇の視線を向けられている気がして、緊張のあまり呼吸さえ忘れそうになる。
随分と長い時間をかけて、ようやく隣の宮までたどり着き、内部に入った。
「あちらは議会場です」
サリーの説明に、右手に見える大きく開かれた扉の方に視線を動かすと、かなりの数の人影が見えた。
「午後の議会に向けて、出席者の方々が到着されています」
身なりからして皆、貴族の男性らしい。
いわゆる国会議事堂という役割を持つ、政治の中心となる場所。
案の定、女性の姿は一切ないようだが、議会は女人禁制なのだろうか。
物珍しさに足を止めて眺めていると、入り口付近に居た貴族達がこちらに気づき、今度は一斉に私のほうへ視線を向けられてしまい、ドッキンと心臓が跳ねる。
「サリー!どうすればいいの?」
小声で呟くように助けを求めると、サリーが囁くように答えた。
「セイラ様が挨拶される必要はありません」
私に気がついた彼等がにわかに騒々しくなり、かと思うと、それぞれが帽子を取ったりしてこちらに向かってお辞儀をした。
「セイラ様が敬意を示される必要があるのは、王族の方々のみです」
サリーが小声で説明を付け加える。
しかし、彼等があんなに畏まったお辞儀をしているのに、ふんぞり返っているのも落ち着かない。居心地の悪さをどうにかしようと、微笑んで少しだけ首を傾げた。庶民の私が、生まれながらの貴族達に敬意を示されるという、本来とは真逆の状況。これに慣れるのも難しそうだ。
しかも日本人の私は、誰かがお辞儀をすると、条件反射でこちらも頭を下げるのが当たり前の事なので、これを禁止されるのはかなりしんどい。
「やぁ、セイラ」
聞き覚えのある明るい声がした。
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