竪琴の乙女

ライヒェル

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四章

エティグスの離宮

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翌日目が覚めた時、お日様はすでに真上まで上っていた。
ここは、国境を越えた河沿いにある、エティグス王国の離宮。
真夜中をとうに過ぎた頃に到着し、客室に案内された後、疲れのあまりすぐに倒れ込むように眠ってしまったのだ。
重厚感のある天蓋付きのベッドからおりて、真っ先に出口となる扉に向かう。取手に触れて回してみると、カチャリという音と共に扉が開き驚く。数センチほどの隙間から、恐る恐る部屋の外を見ると、真っ白な大理石の通路が見えた。
あたりには全く人気がなく静かで、扉の外に衛兵の姿も無い。
ホッとして、そのままそっと扉を閉めた。
カスピアンに捕まってから軟禁され続けていたせいか、部屋の外に監視する衛兵もおらず、扉を自由に開閉出来ることが不思議な感じだが、これがいわゆる普通なのだ。
日光の差し込むバルコニーに出てみると、開けた視界に映ったのは、鬱蒼とした緑の森。その遥か向こうには霧で霞む山脈が見えて、それはとても雄大な景色だった。
バルコニーは日差しで温かいけれど、時折吹く風で剥き出しの腕や首回りが寒くなり室内に戻る。何か上に羽織るものがないかと室内を見渡したが、何も無い。
昨晩女官に着せてもらってた薄手のナイトドレスを着ているため、扉の外に出る訳にもいかず、落ち着かない気持ちで部屋の中をうろうろする。
そろそろ、誰かが来るのではと思っていると、案の定、ノックの音がした。
「はい、どうぞ」
返事をすると扉が開き、女官二人がお辞儀をした後、荷物を抱えた兵士達を連れて入ってくる。
兵士達は荷を下ろすとすぐに部屋を出て、静かに扉を閉めた。
「セイラ様、ご気分はいかがですか」
「ありがとうございます、大丈夫です……」
恐縮していると、彼女達がテキパキと湯浴みの準備を始める。
暖炉の上に飾ってある鏡に映る自分を見たら、まだ、炭で汚れた顔のままだった。
一人で湯浴みをするからと、手伝いを断ろうとしたけれど、そういう訳にはいかないと言われて諦める。ラベロア王国でも同様の会話を経験したが、結局ここでも、断ることは出来ない。実際のところ、蛇口をひねればお湯が出てくる設備があるわけでないので、バスタブにお湯を溜めて体を清め、髪を洗ってもらい、何度かお湯を替えてもらう。これを自分一人でこなすのは至難の業だろう。
アンリが作ったお風呂の仕組みを思い出す。
鍛冶用の釜の上で温めたお湯が、パイプを通って湯船に入ってくるバスタブは本当に便利だった。澄んだ空気が美味しい大自然の中、小鳥のさえずりを聞きながら、ローズウォーターの香りの立ち籠める湯船で過ごした朝。懐かしいアンリとヘレンの顔を思い出し、一気にこみ上げた切なさで、視界が歪む。慌てて滲んだ涙を濡れた手で拭った。

ふと、昨晩はあれからどうなったのか気になり、女官の一人に聞いてみる。
「あの、国境のほうはどうだったんでしょうか」
こういった質問に果たして女官が答えてくれるか怪しいと思っていたけれど、彼女はあっさりと答えた。
「夜明けまで、ラベロア王国の部隊と激しい攻防を繰り返したと聞いております」
やっぱりという気持ちで、一気に暗い気分になる。
「ですが、岩壁の一部が崩れ落ち橋が寸断されたため、一旦休戦となったそうです」
「えっ!?」
あの危うい橋の一部が、崩れ落ちた。
ぞっとして背筋が凍る。
「あの、まさか、誰か、落ちたとか……」
真っ逆さまに深い暗闇に落ちていく人影が脳裏に浮かび、恐怖で鳥肌が立った。
「それは存じかねます」
特に動揺も見せず、淡々と答えながら私の髪を洗う女官。
誰かがあの崖から落ちたのではと想像するだけで、激しい罪悪感に苛まれる。
私のせいだ。
まさかとは思うが、カスピアンやエイドリアンは無事だろうか。
事の発端は私、たった一人。
こんな大事になるとは夢にも思わず、勢いに任せて逃亡してきた自分の浅はかさに、今更後悔する。
もっと先の事をよく考えてから行動すべきだった!
あのまま、ラベロアの王宮に居たくはなかったが、だからといって、人の命まで左右するような問題を起こすつもりは毛頭なかった。
しかし、休戦ということなら、カスピアンは王宮へ戻ったわけだ。
このまま、もう何も起きず、静かに時が過ぎていく可能性も多いにあるのでは。
きっとそうだ。
どう考えても、たかが私一人のことで国同士が戦うなんて、馬鹿馬鹿しい話だ。
もう追ってはこないはず。
それに、私がいろいろ考えても無駄だから、今は自分の未来のことを考えるしかない。
とてつもない過ちを犯してしまったのかという恐怖感が拭えないまま、ともかく、現実を受け入れ、この先のことを考えることに徹すると決心した。
昨晩はここに宿泊させてもらったけれど、いつまでも人の好意に甘える訳にはいかない。一日も早く一人でなんとか生きていく方法を考えなければならないのだ。
しかも、全く知らないこの国で。
女官達に、ルシア王子への謁見をお願いしたが、その日は無理だと言われてしまう。
外に出なけれは部屋の周辺を自由に出歩いてよいと言われたが、特に何をするでもなく部屋に籠り、心を落ち着けるためにライアーを奏でたりして終日を過ごした。
不安や後悔が何度もぶり返して来て、その夜はろくに眠れず、時差ぼけのようにぼんやりした頭で翌朝を迎える。

前日同様、女官達が湯浴みを手伝い、身支度を整えてくれる。
女官が用意していた装身具や髪飾り類はすべて断り、シンプルなアクアブルーのドレス一枚にしてもらう。金糸で美しい刺繍が全面に施してあるオーバードレスを装着されそうになったが、それも当然断る。
女官達が頑固な私に困惑してうろたえていたが、断固拒否。
どれもこれも、私の持ち物ではない。
いい加減、他人の物で意味も無く飾り立てる事にうんざりしていたし、それに、慣れない装身具を誤って壊してしまったら、どうやって弁償すればいいのか見当もつかない。
ウエストを絞るのもただの革帯でやってほしかったが、革紐などないと言われ、淡水パールの飾りが沢山鏤められた金色の帯をあてがわれる。
衣装のことで揉めたせいか、準備にやたら時間がかかったけれど、ようやく身支度が整う。
豪華な朝食も出されたが、今日は王子に面会することが出来ると聞いたので、気もそぞろで食事などほとんど喉を通らなかった。
「それでは、殿下がお呼びですので、サロンへお連れいたします」
部屋を出て、先導する女官達の後を歩いた。
離宮とは言え、白亜の立派なお城だ。
回廊でかなりの数の使用人を見かけたが、誰も私に異質な目を向けるでもなく、好意的な表情で会釈をするなど、ラベロアの王宮で感じた四方から刺すような視線はなかった。
回廊のアーチ型の天井はとても高く開放的。
日光がたくさん差し込む明るい城内を観察しながらしばらく歩くと、サロンの入り口と思われる大きな扉の前に到着する。
立ち止まるとちょうど扉が開き、数羽の白い鳩が入った籠を抱えた臣下が退出するところだった。
あれは、伝書鳩だろう。
会釈してその臣下を見送った後、入れ違いでサロンに足を踏み入れた。
広々とした空間の奥にある、大きなバルコニーの側に立つルシア王子と、その足下に控えていた臣下達がこちらに目を向ける。
さすがにこのままサロンにずかずか入るわけにはいかない事ぐらい私でもわかるので、入り口のところで丁寧にお辞儀をした。
「セイラ様、さぁ、こちらへお越し下さい」
臣下の声が聞こえたので、顔を上げ、緊張しながらサロンを真っすぐに進み、ルシア王子の近くに歩みよる。
王子がカウチに腰をかけると、私も臣下に勧められ、向かいのカウチに腰を下ろした。
何から話せばよいのか分からず、まずは先方の話を聞こうと思い、黙って向かいの王子を見た。
今日は髪を束ねておらず、大きな背を覆う長いブロンドの髪が日差しでキラキラ輝いていている。その眩しさに何度か瞬きをすると、王子は真っ青な目を薄く細め、じっと私を眺めた。
「疲れは取れたか」
「はい。有り難うございます」
ルシア王子は口元に僅かな笑みを浮かべた。
「何が聞きたいか言ってみるがよい」
そう言われて、正直、困惑する。
どこから質問すればいいのか。
しばし悩んだ挙げ句、一番、気になっていることを訊ねた。
「ラベロア王国の追っ手は引き返したと聞きました。この後、どうなるのでしょうか」
ルシア王子はクスッと小さく笑うと、ゆっくりと身を乗り出し、私の目を探るように覗き込んだ。
「いいだろう。セイラ、おまえに現況を教えてやろう」
「……お願いします」
覚悟して、こくり、と息をのみ、ルシア王子の次の言葉を待つ。
王子は、一度ゆっくり瞬きをすると、静かに言葉を続けた。
「おまえは、エティグス王国の内通者であったという疑いをかけられている」
「えっ?内通者?」
聞き慣れない言葉だ。
内通者とはなにかと考えて、それが、いわゆる、スパイみたいなものだと気がつき、愕然とする。
「恐らく、おまえの部屋に、エティグス王国の金貨があった事が発端であろうな」
「あっ……」
あの金貨を、そのまま部屋に置いて来たことに今頃気がつく。
では、あれを見てカスピアンは、私がエティグス王国の内通者と思い、激怒して追って来たということか。
誤解だ!
どうして、あのまま置いてきてしまったのだろう!
少し考えれば分かる事なのに!
己の愚かさにショックを受けている中、王子は淡々と話を続ける。
「おまえを捕らえ、即刻死刑にしろという声もあがっているらしい」
死刑!
その二文字に全身鳥肌が立ち、膝の上で重ねた両手をきつく握りしめた。
「カスピアンをたぶらかしたエティグスの内通者、というところが事実であれば、当然のことだ」
今にも泣き出したい衝動を必死で耐える。
「そして、そのおまえを王宮に引き入れた愚かなカスピアンの、王位継承権剥奪もありえるという、まことしやかな噂も出ている」
「そんな……!」
驚愕のあまり思わず叫ぶ。
王位継承権の剥奪!?
まさか、カスピアンまでそんな立場に追い込まれるとは!
彼は確かに、私個人にとっては鬱陶しい暴君だった。
しかし、国王代理として精力的に、朝から晩まで任務をこなしていたカスピアンの姿は、この私の目から見ても尊敬出来るものだったし、王宮の皆が畏敬の念を持って彼に仕えていることも知っている。彼が、次期君主としての威厳も、知性も、素質も備えた、カリスマ的な人間だったのは紛れも無い事実だろう。
そのカスピアンから、王位継承権を剥奪なんて!
ただ、私が逃げただけで、そんな大事件になってしまうとは!
頭の中が真っ白になる。
私が全く意図していなかった方向に物事が動いている。
一体、どうしたらいいのだ。
こんなの、間違っている。
私自身への疑いはともかく、カスピアンは全くの無実だ。
心臓がバクバクと暴走し、目の前が真っ暗になりそうな感覚に陥る。
体は凍えるように寒いのに、頭だけが燃えるように熱い。
ひざが震えてしまうのを、両手で押さえつけなんとか呼吸を整えようとするが、肩も腕も震えてそれさえうまくいかず、今にも過呼吸になりそうだ。
目の前のルシア王子は腕組みをし、しばらく黙っていたが、やがて、射るような目で私をまっすぐに見た。
「おまえは、カスピアンに抱かれたのか」
「えっ?」
あまりにも不意をつかれた質問に、呆然とルシア王子を眺めた。
「答えろ。おまえは、あのカスピアンに抱かれたのか」
有無を言わさない威圧的な声に、カッとなる。
なんでそんなくだらない事を、よりによってこんな状況で聞くのだ!
「そんなこと、どうでもいいでしょう!」
「正妃の間に通され、あやつと夜を共に過ごしたと聞く」
「ど、どうしてそんなことまで知っているの!?」
「私に偽りを申すのは許さぬぞ」
王子が突然立ち上がり、手を伸ばし私の肩を掴み寄せると、片手でぐっと首を締め付けた。
「答えろ!」
「や、めて……っ!」
結局ルシア王子も暴力男じゃないか!
紳士っぽい冷静沈着な貴公子かと思っていたのに!
首を掴む大きな手が、さらに締まるのを感じた。
「……っ、朝、起きたら、隣にいた、だけ……っ!」
苦しさに悲鳴をあげそう叫ぶと、ルシア王子は私の首から手を離した。
カウチに倒れこみ、痛む首に両手を当て、なんとか呼吸を繰り返す。
恐怖で歯がガチガチと小刻みに震えた。
恐ろしい……
このまま首を絞められ、殺されるかと思った。
この人のどこが、親切なんだ!
慈悲深い人だなんて話にうまうまと乗せられて、ここまでついて来た私が馬鹿だった!
激しい後悔と悔しさで、目頭が熱くなる。
浮かんだ涙で歪むルシア王子の姿を見ながら、これは悪夢だと、思った。
「この一件で、当然ながら、アンジェ王女と私の婚姻は白紙だ。すでに、国境は全閉鎖されている」
その言葉にハッとする。
二国の友好関係を結ぶ前提で、この婚姻が執り行われるはずだった。
「これから私は、首都で待つ父王に申し開きをせねばならぬ」
つまり、このルシア王子の立場も、カスピアン同様、危機的な状態になってしまったのか。
「私のせいで……ごめん、なさい……」
申し訳なさで声が震え、他に言葉が出てこなかった。
ルシア王子が怒るのも当然だ。
私のせいで、アンジェ王女との婚姻が立ち消えとなり、エティグス王国での立場が悪くなったのは紛れも無い事実。
まさか、ルシア王子も罰せられることになるのか。
そして、私は、その原因を作った元凶とし、処罰されるのか。
投獄レベルではすまないだろう。
死刑。
その二文字がまた頭を霞め、恐怖で気が遠くなりそうになる。
「だが、この状況は悪くない」
突然、ルシア王子はクスッと笑い、カウチに深く腰をかけ、その大きな背をクッションに傾けた。
「むしろ、これこそ、私が望んだ結果だ」
望んだ結果とはどういうことだ。
混乱し、言葉の意図が読み取れないルシア王子を見た。
「あのカスピアンの腹違いの妹など、もとより興味は無い」
そして何か思案するように顎に手をやりながら、じっとこちらを見つめる。
嫌な予感がして身構え、ルシア王子の次の言葉を待つ。
「カスピアンは、今もおまえを取り返すつもりで動いている。この期に及んで、諦める気は全くないようだ」
「え……?」
「陰で何と言われようと、あの男は間違いなくラベロアの次期国王。そして、そのカスピアンが妃にと切望するおまえは、今、私の手元にいる」
不敵な笑みを浮かべたルシア王子に、背筋が凍る。
「な、何言ってるの……?!」
「わからぬか。おまえこそ、カスピアンの唯一の弱点だ」
「そ、そんなことあり得ない!カスピアンは、私が内通者と思って怒っているはずなのに!」
「果たしてカスピアンがそれを信じているかは定かではない。現在も、血眼になっておまえの行方を探しているのは確かだ。周りの制止など耳に入らぬ様子と聞く」
「……嘘……」
「おまえにわからぬはずがない。あの男が、どれほど強くおまえに固執しているか」
言葉を失い愕然とする私を見て、ルシア王子は静かな笑みを浮かべた。
「すでにおまえが私の手に落ちたと気づいているだろう。錯乱しているあの男の様子をこの目で見たいものだ」
とんでもない事実に気がつく。
つまり、これは、私が人質になっているということだ。
「ひ、卑怯者!!」
ショックのあまり、我慢出来ずに叫んだ。
私の暴言に臣下が即座に立ち上がり、両側から私の腕を拘束したが、ルシア王子が臣下に手で下がれ、と合図をする。
臣下が私の腕を離し、王子に指示されたようにサロンから出て行く。
「なんとも、気の強い姫君だ。あのカスピアンを翻弄するだけのことはある」
独り言のようにそう呟き、ルシア王子はゆっくりと立ち上がる。
視界を遮るその巨大な陰に覆われ、思わず後ずさりする。
カスピアンとはまた違う、別の恐ろしさがあるこの王子。
凍て付く氷のように真っ青な目にまっすぐに見下ろされ、足がすくんで身動きができなくなる。
左右に大きな手が伸びてきたかと思うと、身構える間もなくルシア王子の腕の中に捕らえられてしまう。
「は、離してっ」
もがこうとしても、自由になるのは首の向きくらいで体は微動だにしない。
「おまえは、カスピアンが探していた、エランティカの乙女と聞く」
「ち、違う!」
「しかし、おまえの竪琴の音色は確かに神懸かりであった」
「やめて!離してっ!」
「セイラ。あの市場で、なぜ私がおまえを見逃したかわからぬか」
情けをかけてくれたと思っていたが、それが違うことはすでに気がついた。
悔しさにルシア王子を睨みつけるが、全く効き目もなく、王子は愉快気に笑いをこぼした。
「あの場で連れ去ると騒ぎになるからだ。おまえを後々手に入れるつもりで、見逃したのだ」
今の今までその真意に気づかなかった自分に激しい憤りを感じ、きつく唇を噛みしめた。
「カスピアンに先手を取られたが、おまえは、自身の意思で私のもとへ来た」
「いいえ!エティグスにも、貴方のところにも、来るつもりは一切なかった!」
悔しさに反論するが、ルシア王子は怒る風もなく、余裕の笑みを浮かべて私を見下ろした。
「ここを出て、ラベロアに戻れば、死刑が待っている。カスピアンがおまえをどう守ろうとしても、世継ぎ王子を騙した内通者という疑いは晴れないだろう。それでも、ここを出てラベロアへ戻りたいと申すか」
「そ、それは……」
「おまえにはもう、帰る場所などないのだ」
とどめを刺すその言葉に、絶句した。
ラベロア王国に戻れば死刑。
つまり、私には、ここで人質として生きるしか道はないのか。
しかも、カスピアンの首を絞めるような策略の駒として。
絶望のあまり、息が止まる。
「よくぞ私のもとへ来た」
満足げに微笑むルシア王子が、片手で私の頭を掴み寄せたかと思うと、なんの前触れもなく口づけてきた。
片腕できつく抱かれ身動きも出来ず、叫ぼうにも一切声が出ないほどの強引さに気が動転する。
必死にもがき、なんとか手探りで掴んだ王子の髪を思い切りひっぱると、ようやくルシア王子は唇を離した。
突然、何をするのだ!
事態が理解出来ずに混乱している私を見下ろすルシア王子。
静かな笑みを浮かべて私を見据えた。
「よく聞くがいい」
ルシア王子は私の耳元に唇を寄せると、ゆっくりと、そしてはっきりと囁いた。
「セイラ。おまえを、このルシアの妃に迎えてやろう」
「……な……」
驚きのあまり、茫然とルシア王子を見上げた。
私を捕らえる刺すような強い視線に、それが冗談ではないと気づく。
ショックのあまり、思考が停止する。
力を失った私の両手から、掴んでいたブロンドの髪がはらりと滑り落ちていった。
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