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第5章
交流
しおりを挟むイルグレンは、改めて護衛の五人をよく見た。
皆二十歳は確実に越えているだろうに、若々しくも見えた。
全員が歳も背格好も大体同じくらいだ。
その中に、唯一見知った者がいる。
ウルファンナの婚約者だ。
自分の身代わりに馬車に篭められていることは知っていたが、きちんと話をしたこともなかった。
眼差しは鋭いが、真面目そうな青年に見える。
「お前がアルギルスだな」
声をかけられ、アルギルスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに敬礼した。
「はい、皇――グレン様」
「様もいかん」
「で、では、グレン、殿で」
「まあ、よかろう。そのぐらいなら」
イルグレンの妥協に、全員が胸を撫で下ろす。
自分達が守るべき皇子にぞんざいな口をきくなど、どうにも居心地が悪いのだ。
「ファンナとは、いつどこで知り合ったのだ」
いきなり話題を変えられて焦るが、それでも、アルギルスは真面目に答える。
「ええっと――八年前です、初めて会ったのは。ソルファレス様の下に配属されたので、宰相閣下のお屋敷に行く機会がありまして、そこで」
「八年? お前は幾つだ?」
「二十二になります」
「知り合って八年だと言うのに、未だ婚約とはどういうことだ。ファンナは私より年上だぞ。結婚していてもおかしくない歳だ」
「そ、それは――」
さらに焦るアルギルスに、横で見ていた護衛の一人――イルレオンが言を継ぐ。
「恐れながら、グレンさ――殿。ギルスは勘違いして、昇進するのを待っていたのです」
「おいっ」
アルギルスが慌てて止めるが、周りの護衛達は心なしかにやにやしている。
「どういうことだ?」
「ギルスは剣の腕を買われて十四歳という最年少で陛下直属の護衛隊に入ったのですが、身分は平民ですので、ファンナ殿をもらい受けるには身分が違いすぎると思ったのです」
「ファンナも、貴族ではないはずだが?」
「はい、ですが、宰相閣下が娘のように大事にしている侍女でしたので。実際に、ファンナ殿が年頃になってすぐ――三年後にまず閣下に申し込みに言ったら、けんもほろろに断られて、意気消沈して戻ってきましたから」
「余計なことを言うな!!」
顔を赤くしてアルギルスが止める。
だが、アルジェドがさらに言を継ぐ。
「しかも、閣下はその時、ギルスのような地位の低い貧乏人にやるくらいならファンナ殿を自分の愛妾にする、というようなことをわざとにおわせたらしく、アルギルスは勘違いしたのです」
「ファンナはエギルの愛妾だと?」
「そうです。愛妾ならば、なおのこと、エギル様が許さねばファンナ殿は手に入らない。ですが――」
その後をカルナギウスが引き受ける。
「宰相閣下の愛妾なら、閣下より上の方の――聖皇帝陛下の許しを得ればファンナ殿を閣下から貰い受けることができると、確信したわけです」
最後をアラムが引き受ける。
「それからはさらに腕を磨いて、毎年皇都で開かれる剣術大会で五年連続優勝し続け、見事聖皇帝陛下のお目に留まり、特別なお声がかりによって、ようやくファンナ殿との結婚の許しを得たのです」
「――なんと。物語のような話ではないか。アルギルスがそれほどの情熱家とは」
「ファンナは、そうまでしてでも得たい女性ですから」
ばつが悪いように、それでもアルギルスは言った。
うんうんと、イルグレンも頷く。
「そうだな。ファンナはいい女だ。私も妻に欲しいぐらいだ」
その言葉に、周りの護衛達が全員ぎょっとする。
アルギルスは傍目にもわかるほどに顔色が変わった。
「――冗談だ。驚いたか?」
一拍後に笑いながら言われて、皆安堵するも、すぐに膝で詰め寄り、
「グ、グレン様。冗談でもそれだけはやめてください!!」
「そうです、ギルスの鬱陶しさを、グレン様は知らないんです! 最初に申し込みを断られてから、俺達が何度断られてじめじめして戻ってくるギルスを宥めたか」
「こいつは落ち込めば、三日は浮上しませんから!」
「全くです!! 俺達全員が五年つぎ込んだ酒で、湖ができるくらいです!」
泣かんばかりにイルグレンに哀願する。
様を殿に変えるのも忘れるほどの真剣さだ。
本人ではなく周りのあまりの剣幕に、今度はイルグレンのほうが驚いた。
「す、すまん。私がファンナを妻にするなんてことは天に誓ってないから、安心しろ」
片手をあげて宣誓すると、ようやく皆胸を撫で下ろした。
「よかったなぁ。冗談で」
「ああ、俺は地獄の五年間再び、かと思って血の気が引いたぜ」
「悶々とするギルスほど鬱陶しい奴は見たことないからな」
「やめろ、この五年間は俺の心の傷になっている。思い出したくもない」
最後の言葉に、皆うんうんと神妙に頷く。
「――お前ら、さっきから黙って聞いてれば!!」
それまで黙っていたアルギルスが静かに立ち上がって剣を抜いた。
仲間達がびっくりする。
「こ、こら。グレン様の前で抜刀するな!」
「そうだ、そういうのを不敬って言うんだぞ!」
「お前らの軽口のほうがよっぽど不敬だ!!」
剣を抜いて追い掛け回すアルギルスと慌てて逃げ回る仲間達を見て、イルグレンは楽しそうに笑った。
少し離れてそれを見ていたアルライカとソイエライアも、微笑ましげにその様子を見ていた。
「あの天然皇子は、ホントにどこででも生きていけそうだな」
アルライカの言葉に、ソイエライアも同意する。
「そうだな。あきれるほど素直だから、周りも絆されるんだろ」
「守る対象に親しみが持てるなら、守りがいもあるってもんだ。いいことだろ」
「まあな。あの天然皇子といると、つい構いたくなるからな」
最初のぎこちなさは、すぐに取れた。
若い者達は順応が早い。
護衛の者達は、歳も近く、気さくに話しかけるイルグレンに、敬語ながらも親しみを感じて接している。
そうして紛れていると、本当に誰が皇子かわからなくなってくる。
とりあえず今日一日は、刺客の気配は全くない。
あれだけで終わるわけはないが、時間稼ぎはできたものと二人は捉えた。
次の襲撃は、もっと本格的になるだろう。
幸いなことに、護衛の者達を鍛えるのはアウレシアが皇子を鍛えたよりもはるかに短期間で終えられると踏んだ。
やはり職業軍人として鍛えられた者は違う。
今日一日の戦いぶりを見ても明らかだった。
「あんな若い奴らが死ぬのは、見たくないな」
思わず漏れたソイエライアの言葉に、アルライカは肩を竦める。
「死なせずに連れて行くのが、俺らの仕事だ。大丈夫さ――腹が減ったな。戻るか」
そうして立ち上がる。
「ああ」
二人はまだ走り回れる元気のある皇子と護衛達に声をかけるべく、歩き出した。
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