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第5章
実戦
しおりを挟む木々の間を縫ってやってくる男達は、皆覆面をし、顔を隠していた。
十人以上は確実だ。
「そこにいろ」
ソイエライアが先に前に出る。
「グレン、ソイエが言ったように、どこか斬るなら確実に身体の真ん中を一撃で。腕や脚は無駄だよ」
「なぜだ?」
「刃に血や脂がつけば、斬れにくくなる。そうなったら、骨のない下腹を突くしかなくなるからさ」
生々しい言葉で、にわかに状況が現実味を帯びる。
これはお遊びでも稽古でもない。
生死をかけた戦いだ。
剣を持つ手に力が入る。
ソイエライアはすでに三人、走りざまに斬り捨てた。
今は四人を同時に相手にしている。
残りがこちらへ向かってきた。
二人の周囲を取り囲む。
「後ろは気にしないで、前の敵だけ斬りな。後ろはあたしが斬る」
「わかった」
一人目の攻撃を右にかわすと、かわしざまに脇腹に剣を滑らせた。
衣服と一緒に、肉を斬った。
思ったより柔らかで生々しい感触にぎくりとする。
だが。
休む暇もなく次の刺客が迫ってくる。
剣を受け止め、アウレシアのように力を流して横によける。
相手が力加減を計れずに体勢を崩してよろけると、その背中を斜めに斬り捨てる。
くるりと振り向きざまに別の男を狙う。
剣は受け止められたが、その素早さに驚いているようだった。
一人残さず殺さなくてはならない。
初めての戦闘に、イルグレンはやがて没頭していった。
イルグレンの戦いぶりに安堵しつつ、アウレシアは確実に刺客を足止め、倒す。
取り囲む敵が、一斉にイルグレンに向かわないために、長剣とともに短剣も使い、一度に二人の相手をする。
斬り合って気づいた。
刺客の型は、東のものとは違う。
西の――?
どういうことだろう。
追手は東からではなく西から来たということは。
まさか、サマルウェアからの刺客なのか。
「くそっ、強い」
「女を先に捕まえろ」
アウレシアはさらに驚いた。
自分を捕まえて、どうするつもりなのだ。
狙っているはずの皇子が、目の前にいるのに?
アウレシアは向かってくる刺客を斬り捨てながら、確信した。
イルグレンを狙っているのではない。
それどころか皇子だと気づいてもいないのだ。
「好都合ってもんだ」
低く呟いて、アウレシアは思い切り剣を揮った。
最後の一人が倒れたとき、アウレシアはイルグレンへ目を向けた。
「グレン、怪我は?」
「ない。大丈夫だ」
振り返らずに、イルグレンは答えた。
肩が揺れて、息が上がっている。
周りを見れば、死体だらけだ。
生きている気配はないか見回すと、視界の端に、動いているものを捉えた。
逃げようとしたのか、茂みへと這って向かうところの男の脚を、戻ってきたソイエライアが踏みつける。
それから、身体を引き上げ、手近な木の幹に押し付けた。
血で濡れた腹部を押さえて、男は呻いた。
「脇腹を刺されたんだ。死ぬまでにはまだ時間がある。その前に、懺悔してから冥府へ行け」
低く冷たく、ソイエライアの声が響く。
「誰に雇われたか言え」
「――」
ぎり、っと奥歯を噛みしめる音がした。
「!?」
ソイエライアが咄嗟に顎を押さえたが遅かった。
刺客の身体が前のめりに傾ぐ。
「くそっ、毒を飲んだ――」
刺客の男の唇から、血が滲み出していた。
ソイエライアはこと切れた男の身体を乱暴に押しのけ、訝しげに呟く。
「こいつら、皇子の顔を知らないのか?」
「そうらしいね。目の前にいたのに、気づきもしなかったよ」
「確かめてから襲ってくるぐらいの分別もないのか。最近の刺客は殺り方が杜撰だな」
「無理ないさ。皇子様が堂々と出歩いているとは、誰も思わないだろ」
そうして、二人はその皇子に視線を移した。
イルグレンは剣を持ったまま背を向けて立ちつくしていた。
その様子がおかしいことに、二人は気づいた。
「――」
最後の一人を斬ってから大分時が過ぎている。
それなのに、息は整わず、鼓動は早鐘のように熱く脈打っている。
うまく息ができなかった。
見下ろした視線の先には、自分が斬り殺した刺客達が転がっている。
目を閉じている者もいれば、大きく見開いたままこと切れている者もいる。
不自然に投げ出された身体。
未だ流れる血。
衣服についた返り血の臭いが、時折ひどく鼻につく。
初めて、命を奪った。
この手で。
肉を斬る感触が、まだまざまざと残っている。
肉を斬る際に、剣が骨にぶつかった感触も。
「グレン」
名を呼ばれて、身体が震えた。
ゆっくりと振り返る。
アウレシアとソイエライアが自分を見ている。
「……レシア」
言葉は、震えて漏れた。
「グレン、しっかりしな。呆けてる場合じゃない」
「――レシア」
「あんたは生きるために殺したんだ。悪いことじゃない。あんたは最後まで生き残らなきゃ。そうだろ」
そうだ。
生き残らねば。
自分の代わりに命を落とした母の分まで。
そう言い聞かせて、今まで生きてきた。
だが、そのせいでもっと多くの命が失われるのだとしたら?
何のために生き残る?
誰のために生き残る?
どうしてそれが、自分であらねばならないのだ?
自分が生きるために死んだこの刺客達より、自分に生きる価値があるのか――?
答えの出ぬ問いが、頭の中で繰り返し自分を苛む。
そして、殺しながら、気持ちは高揚していた。
命を奪うことを躊躇いながら、もう一方で自分の命を一方的に奪おうとする者に対する、ずっと長く溜めていた怒りが、昇華されたような――そんな高揚感を感じたのだ。
そう。
自分はずっと怒りを感じていた。
命を狙われ続けるこの境遇に。
自由に生きていけない身分に。
だから、嬉しかった。
我慢しなくていいことが。
だから、喜んだ。
怒りのままに、人を殺せたことを。
そんな自分が、どうしようもなくひどい人間に思えた。
それまで、不満など感じたこともなかったのに。
生きていられるだけでありがたいと思っていたのに。
心の奥底では、全く違うものを抱えていたのだ。
産まれたことを感謝していた。
生きていくことを呪っていた。
そのままでいたかった。
全てを破壊したかった。
生きたいと切望した。
死にたいと絶望した。
相反する感情に、混乱する。
息ができない。
「レシア――」
握っていた剣が落ちる。
アウレシアの身体を抱き寄せ、溺れる者がするように、しがみついた。
「グレン、大丈夫だよ」
抱きしめ返してくれる腕を感じる。
身体の震えは止まらない。
自分ではどうにもならない衝動に、ますますアウレシアをきつく抱きしめる。
横から、ソイエライアの声がかかる。
「レシア、周りを見てくる。一時間で戻る。その間にグレンを宥めとけ」
「わかった。ありがと、ソイエ」
ざっ、と茂みをかき分ける音がしてソイエライアの気配が遠ざかる。
「グレ――」
言いかけたアウレシアの唇を、己のそれで塞ぐ。
舌を絡めると、すぐに応えてくれるその感触に、何度も求める。
くちづけたまま、二人は動いた。
アウレシアの背が、木の幹にぶつかる。
しかし、そこでアウレシアは体勢を変えて、イルグレンの背を幹に押し付けた。
そのまま、ずるずると下がって座り込むイルグレンの脚の上に跨る。
「レシア?」
「今日は、あたしが上だよ」
そうして、覆いかぶさるようにイルグレンの唇を塞いだ。
一瞬戸惑ったが、目の前の温かく柔らかい肌の感触に、熱に浮かされたようにイルグレンは夢中になった。
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