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3 飛行少年 怒鳴る
しおりを挟むそれでもって、次の朝の学校の玄関先である。
「掲示、出てたぞ!!」
廊下でそんな声がして、皆がぞろぞろと掲示板の方へと集まっていった。
朝っぱらから、またか。
「何、掲示って?」
下駄箱の前であたしを待ってた和美が聞いた。今朝は珍しく電車が同じだったのだ。
「この間の抜き打ちテストの結果だろ」
あたしは靴をしまいながら答える。
「じゃあ、見なくてもわかってるな。きっかが一番だ」
「当然だ」
それだけのことしてるんだから。
あたしたちはすたすたと人集りの方へと向かった。
この掲示板は普通棟に続く通路にあるから、いやでも掲示には気づく。
自分の今いる位置を確認しろという先生方の涙ぐましい配慮なんだそうだ。
ざわついてる人集りを避けて通ろうとすると。
「待てよ大沢」
と、声がした。
あたしと和美が振り返る。
「掲示に気づかないのかよ」
あたしは無言でそう言った奴を見上げた。
「――」
「ああ、見なくても自分が一番だってわかってるんだな、たいした自信だ」
嫌味だということはすぐにわかった。
こいつは隣のクラスの一番だ(だからといって、全体で一番かというとそうではない)。
あたしは掲示を見る。
あたしの名前が右端にある。次の次が高館啓一――こいつだ。
「可愛げのない女だな、なんとか言ったらどうなんだよ。勉強のしすぎで言葉忘れたっていうのか」
挑戦的な言い方だなあ。
こんなところで、こいつは何を言ってるんだろう。
女なんかに喧嘩売ったって何の得にもならないじゃないか。
見苦しい真似を、自分からしてるんだってどうしてわからないんだろう。
「――」
あたしは何も言わずに高館を見てた。
そういう反応は、確かに女としては可愛くなく見えるのかもしれない。
ここで泣いてしまえばいいのだろうか。
でも、悲しくもないのに泣ける筈もなく、あたしとしてはさっさと教室に行きたいのだがやっぱりなす術もなく、とにかく、高館の次の文句を待ってた。
そして高館は黙ってるあたしがますます気にくわないのか、卑下するように見下ろして言った。
「あーあ、やだやだ、勉強するしか脳のない女はよ。ガリベンしまくったって、結局は結婚しちまえば終わりなのによ」
周りは一斉に静まりかえった。
あたしの言葉を待ってるんだろう。
「あーあ、やだやだ、結婚すれば終わっちまう女にも勝てないただの馬鹿はよ」
その場の緊張にとどめを刺すように響いた声。
もちろんあたしではない。
和美だ。
視線が和美に集中して、騒めきが広がる。
高館は顔を真っ赤にして震えてる。こういう答えが返ってくるとは思ってなかったらしい(当たり前か)。
「なんだよっ、十番内にも入れない奴が!!」
和美は不敵な笑みを返し、あたしを押し退けて高館の前に立った。
「その言葉そっくり返してやるよ。一番にもなれない奴が」
「!?」
「きっかはなあ、ちゃんと努力して一番やってんだよ。お前なんかよりずっとずっとな。
お前みたいに口ばっかで、自分の努力が足りない言い訳してるだけの奴とは格が違うんだよ!
一番になれなきゃ二番もどんじりも同じだ、ふざけんじゃねえ、この万年二番手が!!」
「――っ!!」
高館は、返す言葉を探せずに拳を震わせてただ立っていた。
「行こう、きっか」
ぐいっと腕を引かれて、突如あたしたちはその修羅場から退場した。
こ、これは言い逃げってやつじゃないか!?高館の立場がないぞ。
などと、別次元のことを考えていたら、廊下の半分程の所で、
「なんで言い返さないんだよ」
和美が少し苛立ったようにそう言った。
「は?」
「だから、高館なんかに好き勝手言われて、なんで怒んないんだよ?」
ああ、そのことか。
歩きながらあたしは答える。
「別に、怒ることじゃないだろ、あんなの」
「あんなのって、きっかぼろくそに言われてたんだぞ? あんな、大したこともない奴に好き勝手言われて腹立たないのかよ!?」
いつもみたいにのほほんとしてない、真剣な和美。
あたしは叱られているというのに、なぜかその状況が嬉しかった。
なんでだろう。
変なの。
「だって、高館の言ったこと、ほんとのことじゃないか。女はさ、勉強したってどうにもならないって。
あたしもその通りだって思うから、別に何言われたって腹は立たないよ」
「きっか?」
ただ、今しなきゃならないことをしてるだけなのに、高館は何が気にくわないのだろうか。一番か二番かなんて、そんなの関係ないのに。
「結婚しちゃえば確かに女は終わりなんだから、あたしはさ、きっと将来は平凡なOLになるん――」
「やめろよ」
鋭い一声が、あたしのそれ以上の言葉を遮った。
和美が立ち止まったままあたしを見てた。あたしも思わず立ち止まってしまう。
和美は、すごく悲しそうな顔をしてた。
「か、和美?」
あたし、何か変な事を言ったんだろうか。どうして和美はそんな悲しそうな顔をするんだろう。
「きっかは、俺等と違うんだから。やろうと思えばなんだってできるんだから、そんなこと言うな」
そうして和美はすっとあたしを離れて先を行ってしまった。
あたしは追いかけることもできないで、ただ和美が教室に入っていくのを黙って見ていた。
「――」
あたしは全然わからなかった。
なぜ、和美はあんなことを言うんだろう。
和美が、全然わからない。
何がいけなかったんだろう。
どうしてこうなったんだろう。
昔は誰よりも和美のこと一番にわかってた筈だったのに。
どうして、和美がこんなにわからないんだろう。
どうして、和美にはわからないのだろう。
こんなにあたしが悲しんでるのが、どうしてわかれないのだろう。
「――」
あたしはのろのろと歩きだす。
とても重苦しい、嫌な気分だった。
だからあたしは、それについて考えるのをやめてしまった。
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