ETERNAL CHILDREN 2 ~静かな夜明け~

ラサ

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19 初めての交歓

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 唇が柔らかく押しつけられるのを、フジオミは驚愕とともに感じた。
「シ、シイナ!?」
 とっさにシイナから顔を離す。
 だが、頬を押さえるシイナの手は離れていない。
 あまりの驚きに、フジオミはただ、シイナを凝視するしかできなかった。
 シイナは羞恥で頬を染め、フジオミから視線をそらした。
「……どうすればいいか、わからないわ」
 震える声で、それでもシイナは言葉を探していた。
 自分の気持ちが、正直にフジオミに伝わるように。
 そんな様子が、彼の劣情をさらに煽ることに気づきもしないで。
 今のシイナは自身の葛藤で手一杯だった。
 だが、フジオミはシイナの行動や表情から、シイナの心の内を察した。

 シイナは欲情している。
 自分を求めているのだ。

 仄暗い歓喜と驚愕と恐怖が、フジオミを動けなくする。
 今まで一度として、彼女から求められたことなどなかった。
 彼女は自分が乱暴に奪った初めての時から、常に、セックス自体を嫌悪し、一度として快楽を感じることなどなかったのだから。
 シイナにも自分を求めて欲しい。
 ずっとそう思っていた。
 だが、今現実に彼女に求められ、困惑している自分がいる。
 そこに、愛があるならいい。

 だが、それが以前の自分のように、シイナにとってもただ欲望を吐き出すためだけの行為に過ぎなかったら――?

 今の自分が、彼女が、それを受け入れ、生きていけるのか。
 今まで築いてきた関係をなし崩しに白紙に戻すようなことは、フジオミには出来なかった。
 だからこそ、言葉を返すこともできず、ただ、シイナを凝視するほかなかった。





 一方、シイナは驚いて自分を凝視しているフジオミを見返すことも出来ずにいた。
 だが、フジオミが動かないからと自分が今更引くことも出来なかった。

 この胸の苦しみを、いつまでも抱えてなどいられない。
 こんなに、今も立っていられないくらい苦しいのに。

「自分でも、おかしいと思ってる。生殖能力もないくせに、欲求だけがあるなんて。でも、ごまかせないの。私に、そんな権利なんてないけれど、もしあなたが私のことまだ愛してくれているなら――」
「今までも、これからも、ずっと愛してる」
 強ばったようなフジオミの声に、シイナはゆっくりと彼へ視線を戻した。
 フジオミの表情は、心のうちの葛藤を押さえつけているようにかすかに歪んでいた。
「でも、君のそれは気の迷いだ。きっと君は後悔する」
 彼は知っている。
 肉欲と愛情は必ずしも同じにはならない。
 以前の彼のように。
 フジオミは愛しているから彼女を欲していても、シイナは愛しているから彼を求めているのではないことをも。
「しないわ。もししても、それは後のことよ。今はしない。お願い――」
 シイナの潤んだ瞳に見据えられ、フジオミは逡巡した。
 だが、やがて静かに、そしてためらいがちに手を伸ばした。
 シイナの頬に触れて、引き寄せる。
 受け入れられた安堵とともにシイナが瞳を閉じた。
「――」
 二人の唇が重なる。
 触れた瞬間、初めてくちづけを交わすように、互いの身体がおののき、震えた。
 重なったままの唇。
 それだけで、言葉にならない喜びが互いの内に沸き上がる。
 フジオミは唇を放して、シイナを見た。
 目を閉じて、大人しくしているシイナの表情には嫌悪や恐怖はどこにも見られなかった。
 安堵して、フジオミはもう一度唇を重ねて、そっと開かせた唇の間に舌を滑り込ませた。
 いつもは無反応なシイナが、同じように舌をぶつけてくる。
 その感触に、フジオミは常になく気持ちが高ぶるのを感じた。
 初めは穏やかなそれが、次第に深く執拗に繰り返される。
 一度触れてしまえば、もう自制は聞かなかった。
 フジオミは従順に応えてくるシイナを激しく求めた。
「シイナ――シイナ」
 濡れた床に縺れるように倒れこむ前に、フジオミはいささか乱暴にシイナの衣服を取り去り、その白い胸に顔を埋めた。





 胸をまさぐる指と舌。
 優しく揉み込まれ、シイナの息が乱れる。
 先端を舌が嬲り、もう片方を指先がこね上げる。
 シイナが仰け反って身を震わせると、今度は舌と指が反対になる。
 両方の先端が赤く色づき、尖ってより一層敏感になる。
 強く吸われると、夢の中のように淫らな喘ぎが漏れた。
 それを確かめると、より一層フジオミの動きが激しくなる。
 余裕のないその行動は、シイナにも伝わった。
 だが、性急なそれが逆にシイナの感情を高ぶらせた。

 もっと触れて欲しい。
 もっと強く、もっと激しく。

 夢の中よりも、もっと直接に、全身に、快感が広がった。
 こんなことは初めてだった。
「フジオミ……」
 腕を伸ばし、フジオミの頭を抱くと、彼は応えるようにシイナの肌をまさぐった。
 その所作の一つ一つが、彼女の身体が今だかつて感じたことのない、もどかしく堪えきれない疼きを与える。
 だがそれはなんと甘美な喜びだろうか。
 認めてしまえば、羞恥さえその快楽の前に消えた。
 フジオミはいささか強引だったが、決して以前のような独り善がりな抱き方はしなかった。
 シイナに触れる指も舌も、全てが彼女に切ない喘ぎを漏らさせるためだけに使われた。
 シイナもまた、与えられるままに、ただ応えた。
 自分の内側から溢れてくる熱いうねりを、フジオミの愛撫で従順に解放した。
 そこが浴室の床の上だということも、出しっぱなしのシャワーが身体にかかるのも、気にならなかった。
 濡れた身体を絡ませ、二人は濃密に求め合った。

「ああ、フジオミ、待ってフジオミ――!!」

 だが、一年ぶりにフジオミをその身に受け入れたとき、不意にシイナはそれ以上の彼の動きを封じた。
「シイナ……?」
 フジオミが少しだけ身体を離してシイナを見下ろした。
 乱れた吐息は落ち着かない。
「恐いわ。このままだと、どうなるのかわからない。初めてだわ。こんなこと、初めてだから、だから……」
 どう言っていいかわからずに頼りなげな瞳を向けるシイナに、彼は優しくくちづけた。
「僕も、初めてだよ。今まで何度も君とこうしてきたけれど、こんなに激しく君を感じたのは」
 互いの指を優しく絡ませて、そこにもくちづける。
「シイナ、僕を信じて、君を傷つけることは決してしない。ただもっと、君を感じたいんだ。君にも、僕を感じてほしい」
 宥めるように、彼はシイナにくちづけを繰り返した。
 繋いだままの身体で受けるそれは、徐々に強ばったシイナから緊張を解いていった。
 縋るものが欲しくて、シイナはフジオミの背中に腕を回した。
「いい……?」
 かすれたささやきが耳元に届くと、シイナは小さく頷いた。
 フジオミがよりいっそうの繋がりを求めて、身を沈める。
「――っ!!」
 声にならない悲鳴を、シイナはあげた。
 突き上げる激しい感覚に、何も考えられない。
 激しい快楽に、シイナは喘いだ。
 だが、漏れる声すら甘く、官能的に響いた。
 シイナの声音に刺激され、フジオミの動きが一層強まる。
 彼もまた、これまでの行為の中で一度も感じたことのない激しい快楽に酔っていた。
 愛する者と行なうセックスに、これほどの快楽があろうとは思ってもいなかったのだ。
 シイナの声、表情、動き、全てが愛しく、自分が与えている喜びを肌を通じて自身も感じていた。
 以前とは違う激しい行為にも、シイナは苦痛の色さえ見せない。
 それどころか、全てを従順に受け入れ、ただ、フジオミに応えていた。
 こんなに愛しく思える女には、例えどんなにたくさん別の女がいても、もう出会えない。
 自分の身体の下でこれまでにないほど官能的に乱れているシイナが愛しすぎて、今この瞬間に死んでもいいとさえ思えるほどに欲情していた。
 互いの荒い吐息しか、もう耳に入らない。
 同時にのぼりつめた瞬間に、シイナは激しい絶頂感に悲鳴のように喘いだ。
 そうしてそのまま、意識すら手放した。





 寝返りをうったことで、シイナは穏やかに目を覚ました。
 ベッドサイドのほのかな明かりがかろうじてあたりを照らしている。
 スクリーンを遮るブラインドの向こうは白み始めていた。

 朝が来る。

 しばらく、シイナはじっとしていた。
 気怠さの残る身体を動かしもせずに、隣に眠るフジオミの顔を見つめた。
 気を失ってから後の記憶が、シイナにはない。
 互いに何も身につけていないところを見ると、フジオミは彼女を自分のベッドに運び、自分も休んだのだろう。
 やがて、ブラインドから差し込む日の光が徐々に室内を照らし始める。
 薄墨のような視界がゆっくりとあざやかな色を纏わせる。
 そしてさらには濃い影を、そこに形づくった。
 時間そのものの大いなる流れを感じさせるひとときだった。
 こんなに穏やかな気持ちで朝を迎えたことなど、今まであっただろうか。
 そして、隣にはフジオミが眠っている。
「……」
 彼女は隣に眠る男の顔に視線を戻す。
 その寝顔はいつもより幼く見える。
 ふとシイナは悟った。

(私はこの人の、こんな表情さえ、見たことがなかった)

 張りつめていたものが、静かに消えていくのを、シイナは実感した。
「――」
 あの胸の痛みも、息苦しさも、もう感じない。
 ただ静かに込み上げてくる感情に、不意に、涙がこぼれた。
「そうなの――?」
 小さな呟きに、隣に眠る男が身動いだ。
 閉じていた目蓋が、ゆっくりとシイナを探して開けられた。
「シイナ……?」
 覚醒しきらぬ様子で、フジオミは手を伸ばしシイナの頬に触れた。
 その確かな感触に、シイナは微笑んだ。
「泣いて、いるのか……」
 シイナは小さく頭を振る。
「まだ早いわ。もう少し眠って」
「ああ……」
 フジオミは素直に目を閉じた。
 すぐに眠りにおちる彼は、子どものようにも思えた。
「――」
 込み上げてくる思いに、今は名を付けなくても受け止められる。
 ようやく全てが、自分の内で秩序を取り戻し始めていた。
 静かな感情の余韻に浸りながら、シイナももう一度目を瞑った。




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