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第三章 禍つ神々
10 上書き
しおりを挟む次の土曜日、美咲は熱を出してベッドから起きあがれなかった。
慎也が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、ずっと傍にいてくれたおかげで、夜にはどうやら熱も下がった。
だが、日曜の朝が来て体調は良くなっても、美咲の恐怖は治まらなかった。
どうしても次の日のことを考えてしまう。
月曜日の朝、自分はあの図書館で何事もなかったように働けるのだろうか。
昼間は何とか大丈夫だろう。
だが、日が暮れたら?
「――」
図書館に行きたくないと思ったのは、初めてだった。
そんな美咲の心の動きを、慎也は見抜いていた。
美咲がシャワーからあがると、
「美咲さん。外行くから着替えて」
そう慎也は言った。
アパートの前には、黒い外車が止まっていた。
後部座席に乗り込むと、運転席にいた男がミラー越しに挨拶した。
慌てて、美咲も会釈する。
そのまま、車は静かに進み出す。
「何処に行くの?」
「着けばわかるよ」
慎也はそれだけしか言わなかった。
美咲には訳がわからなかった。
まず、この車は何なのだ。
なぜ、自分達を乗せているのだ。
運転手の男は?
それを使う慎也は?
だが、運転席の男が聞いているのに、ここで質問するのも躊躇われる。
そうこうしているうちに、車は見慣れた角を曲がり、裏門から敷地内へ入った。
学校だ。
この先に行くなら――図書館だ。
美咲の顔色が変わる。
「なんで……」
車が止まると、慎也は運転席の男に礼を言った。
「いつでもご連絡ください。お迎えにあがりますから」
どこか嬉しそうな男に、戸惑いながらも礼をして美咲は慎也に腕を引かれて車を降りた。
車が走り去ると、慎也は美咲の腕を掴んだまま職員玄関へと進む。
慣れた手つきでセキュリティを解除して、カードを戻すと、鍵を開けて中へと美咲を入れて、もう一度鍵をかける。
「あの車、何? 何でここに来たの?」
「建速が準備してくれた。昨日の帰りも、あれで美咲さんを運んだんだよ」
そのまま図書準備室に入る。
早朝で、まだ、少しひんやりとした空気は心地よかった。
いつもの机。
いつもの職場だ。
ほっとしたのもつかの間で、慎也はさらに進んで、館内へと続く扉へ向かっている。
そこで初めて、美咲は足を止めて抗った。
「いやっ!!」
慎也が足を止めて振り返る。
「もう金曜日みたいなことは起こらないよ。建速が言ってた。明日から仕事でしょ。ちゃんと見て、安心した方がいい。ずっと怖がってたのわかってる」
慎也の気遣いはわかる。
だが、怖いものは怖いのだ。
カウンターに立ちたくない。
襲われたときのあの恐怖感と嫌悪感、何より絶望感を、思い出すのが嫌なのだ。
「……」
どうしていいか泣きそうな顔で黙って見上げている美咲を見て、慎也は大きく溜息をついた。
そのまま、身を屈めて、美咲を子どものように抱きかかえる。
「慎也くん!?」
館内へ続くドアを開けて、美咲を抱き上げたまま中に入った。
「ほら、何ともないよ。何もない。いつもの、美咲さんの大好きな図書館のままだよ」
慎也に言われて、美咲は促されるまま館内に目を向ける。
閉じたカーテンからもれる光で、館内はうっすらと明るかった。
きれいに整頓された書架。
閲覧用の机からは椅子の背もたれが等間隔で覗いている。
いつもの図書館だ。
美咲の愛する、静けさを湛えた空間。
身体から、力が抜けていく。
だが、慎也がカウンターの中に入ると、ぎくりと身体が強ばる。
金曜の記憶が甦って、身体が冷えていく。
慎也は美咲をカウンター手前の業務用机に下ろした。
そのまま、顔を近づける。
「まだ怖い?」
美咲は頷く。
ちらりと後ろを振り返ると、自分が座っている机より高めに備え付けられたカウンターが見えて、思わず身を竦ませる。
そんな美咲の頬を両手で包み込むと、そっと慎也はキスをした。
一度だけでなく、何度も何度も。
強ばっていた身体から、徐々に力が抜けていく。
優しくもどかしいキスに、美咲の唇が薄く開く。
待ちかねていたように、慎也の舌が、美咲の舌に絡みつく。
いきなり深くなったくちづけに、美咲の身体が後ろに傾いだ。
慌てて慎也のシャツの両脇を捕まえる。
慎也の手が頬から美咲の背中に回って、さらに覆い被さるようにキスをする。
辛うじて、美咲は声を出した。
「誰か来たら……」
「誰も来ないよ。休館日だし」
キスをしながら、手際よく片手でシャツのボタンを外され、美咲は抗った。
「いや――見ないで……」
だが、構わず慎也はシャツをはだけた。
胸元に残る鬱血の痕を見られて、泣きたくなる。
「大丈夫」
慎也はそのまま美咲の鬱血の痕に歯を立てるように吸い付いた。
「――!!」
鋭く、甘い痛みに美咲の身体が震えた。
一度では終わらず、慎也は美咲の柔らかな肌に何度も同じことを繰り返した。
ようやく顔を放されて、胸元に目を向けると、さっきよりももっと鮮やかな鬱血の痕が散らばっていた。
「ほら、俺の痕だ。しばらく消えないよ。これ見るたびに、俺にカウンターでされたってこと思い出すよ」
羞恥で、顔が赤くなる。
恥じらう美咲に、慎也が優しく笑う。
「そこでそういう顔するから、とまらなくなるんだ」
背中に片手を回すと、慎也は優しく美咲をカウンターに押し倒した。
そのままスカートの中に手を入れ、ショーツを引き下ろされる。
ショーツが床に落ちると、両脚の間に慎也が身体を入れてきた。
素早さに、抗う暇もない。
胸の一番敏感な先端を舌と指で弄られて、美咲は弱々しく首を振った。
だが、身体は正直に慎也を迎え入れようとしている。
開かされた脚の付け根の奥は、すでに濡れていた。
慎也の熱が入り口に押し当てられて、ぎゅっと目を閉じる。
「ダメだよ、目を閉じないで」
その声に、美咲はゆっくりと目を開けて、慎也を見上げた。
カウンターについていた慎也の手が、美咲の手に重なる。
「初めて美咲さんのアパートで触れたときみたいに、俺を見てて」
指を絡めて、優しく美咲を拘束しながら、慎也は身体を重ねてくる。
「こんなとこで……駄目……」
「ここだからだよ。だって、ここにいる美咲さんが好きだから。カウンターで仕事してる美咲さんを見るたびに、すごく嬉しくなる。俺を見てくれると、好きだって気持ちが溢れてくるんだ。だから、美咲さんにはいつも笑ってここにいてほしい。ほら、今美咲さんに触ってるの、俺だよ。中に入るの、俺だけだ。他の誰でもない」
優しく、ゆっくり、慎也が入り込んでくる。
そのじれったさに、美咲は背を反らせて喘いだ。
深く入り込んで、慎也は一度息をついた。
「すごく、気持ちいい。美咲さんの中」
美咲も同じだった。
慎也が触れると、身体の全てが喜びと快さで満たされる。
慎也以外では駄目だった。
それはもう、決定事項なのだ。
遙か遠い彼方に過ぎ去った前世からの。
「ここに立つたび、思い出すよ。俺としたこと。俺が抱いてること」
暗示のように囁かれる甘い言葉。
穏やかに揺さぶられて、甘い痺れが何度も身体を震わせる。
慎也の背後に見える薄暗い木目の壁、仰け反るたびに視界に入る天井の照明。
普段カウンターから見えている景色とは違うものが、羞恥と興奮を煽る。
世界が優しく揺れている。
片手で口元を押さえても、堪えきれない声がもれる。
こんなところを、誰かに見られたらと思うと余計に感じてしまう。
あくまでも優しく、穏やかに美咲を抱く慎也の動きに、美咲は程なく達した。
「……」
いつもとは違う、もどかしいような絶頂感に、美咲は戸惑う。
だが、それも慎也に抱きしめられ、上半身を起こされて気づく。
美咲の中にいる慎也はまだ張りつめたままだ。
「慎也く――」
声をかけようとして、いきなり抱きしめられたまま抱え上げられて、咄嗟に美咲は慎也に縋り付く。
そのまま慎也はくるりと向きを変え、今度は自分がカウンター手前の机に座り込んだ。
そのため、美咲は机に膝をついて、慎也に跨るような体勢になってしまう。
身体を繋げたままの思いがけない動きに、美咲の内部がびくびくと震える。
「――美咲さん、動くよ」
声を殺すように言って、慎也は美咲の腰をつかんで自分に押しつける。
美咲はいつになく深く貫かれる感覚に短く叫んだ。
達したばかりの敏感な内部を穿たれると、声を我慢することができない。
慎也にされるがままに突き上げられて、その度に美咲は激しく喘いだ。
「――待って! ――もっと――ゆっくり!!」
揺さぶられながら、悲鳴をあげるように懇願するが、慎也の動きは止まらない。
「無理。ここで、こんな風に、抱いてみたかったんだ。こんな可愛い美咲さん見て、おさまるわけ、ない」
快感も過ぎれば痛みのように感じるものだと、美咲は初めて知った。
身体は喜んでいるのに、心はそれについていかず、翻弄されながら早く終わって欲しいと願っていた。
そうして、これ以上は耐えられないと思ったとき、美咲は慎也の肩に置いていた手を首に回して縋り付いた。
限界を越えて、繋がっていた内壁が激しく痙攣し、一際大きく、美咲は叫んだ。
苦痛のような激しい快楽に、頭が真っ白になった。
「っ!!」
激しく締めつけられて、慎也も息を詰めて美咲の腰を自分に強く押しつけたまま動きを止めた。
美咲に引きずられるように、慎也も美咲の中で何度も痙攣して熱を吐き出した。
互いの乱れた呼吸がようやく耳に入ってきたとき、美咲の身体から、力が抜けた。
何も考えられずに、美咲は慎也に凭れたまま目を閉じた。
そんな美咲の首筋にくちづけながら、慎也が囁く。
「ここで仕事するたびに、俺のこと思い出してね。美咲さんが好きで好きでたまらないってこと」
そのまま、美咲の意識は途絶えた。
美咲が目を開けたとき、館内はカーテン越しの日差しでずっと明るくなっていた。
「気がついた?」
「――」
美咲はカウンターから離れた閲覧用のソファーに横になっていた。
座っている慎也の脚に頭を横にして預けている。
視線を下げると、服をきちんと着ている。
どうやらまた慎也がしてくれたのだとわかると、ぼんやりとした意識の中でも、恥ずかしくなる。
慎也の手は美咲の髪を撫でていた。
その優しさが心地よくて、美咲はもう一度目を閉じかけたが、視界の端に奇妙なものを捕らえて目を開ける。
「――」
見間違いではなかった。
美咲は、手をついて身体を起こした。
「美咲さん?」
「慎也くん……柱が、光ってる……」
「え――?」
視線を、美咲の見ている方へ流した慎也も、動きを止める。
図書館の中央にある太い柱が、陽炎のように揺らめきながら淡く発光していた。
「天の門が開き、天の浮橋が架かった――」
低い声が、そう告げた。
二人ははっと声のした方に顔を向ける。
無造作に伸ばした髪。
すらりとしているが、逞しい体躯。
在るだけで、畏怖の念すら覚える荒ぶる神。
そこに、建速須佐之男命が立っていた。
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