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第一章 甦る神々
5 夢の名残
しおりを挟む日曜日の雨の図書館は利用者も少なく、いつもよりいっそう静かだった。
今日は司書教諭の山中も休日出勤で、たまった仕事を片づけている。
穏やかでひっそりとした時間が流れる。
カウンターに座りながら、古い本の情報をコンピュータに打ち込んでいく。
仕事がはかどり、一段落つくころにはもう昼だった。
「藤堂さん、午後からカウンターには私がいるから、書庫の整理をお願い」
そう言われて、美咲は喜んで頷いた。
交代で昼食をとると、美咲は台帳を片手に書庫へ向かう。
引き戸を引くと、それまでとは違う少しひんやりした空気がまといつく。
書架の並ぶ細い通路を進むと、右手には十段ほどの階段がある。
上りきると、中二階ほどの高さにまた規則正しく書架が配置されている。
今日はこの二階の蔵書整理だ。
書庫の本の整理は、美咲には本の返却に次いで好きな業務である。
黙々と古い台帳と照らし合わせて、廃棄本を物色し、空きスペースを作り、そこにまた新たな本を入れていく地味な仕事だが、なぜか美咲には心安らぐ作業だ。
時間の経つのも忘れて、美咲は作業に没頭した。
慎也のことさえ、考えることもなかった。
「今日は、こんなところかな」
きりのいいところまで作業を進めた美咲は、そう呟くと書架から離れた。
下へ降りる階段の手前で積み上げておいた廃棄本を台帳とともに持ち上げる。
一歩踏み出したとき、がくんと右足の踵が階段の端を二段分滑って宙に浮いた。
「!!」
身体が後ろに傾いた。
咄嗟に本を抱きしめた。
落ちる――そう思った。
重力に引かれて、背中とお尻を打ちつけることを覚悟した。
その時。
ふわりと、一瞬自分の身体が宙に浮いたような気がした。
誰かに抱きとめられたように。
そして、そのままとすんと、ひんやりした階段の段にお尻が着いた。
続いて、靴の踵が。
「……?」
衝撃は全くなかった。
階段の中ほどに座っている美咲以外、何事もなかった。
辺りは静まり返っている。
今のは、一体――?
振り返って見上げると、さっきまで自分がいた空間と中二階の床が見える。
上から落ちたはずなのに、何事もなく中段に座っている。
普通なら、下の通路の床まで滑り落ちていたはずだ。
そのくらいの勢いで足を滑らせたはずだ。
だからこそ、咄嗟に本を落とさぬよう必死で抱きしめたのだ。
落ちていく以外、美咲にできることなど何もなかった。
落ちると思った恐怖で身体は強張っている。
だが、その後に来るはずの衝撃と痛みが来なかったことで、美咲は混乱した。
ただ、不可思議で、暖かい感覚。
優しい何かに包まれたような、そんな一瞬の感覚がしたことだけは確かだった。
雨の中で感じた、幸せなような、切ないような、愛おしいような感情。
どうして、こんなことを思うのだろう。
訳もなく込み上げる感情に、美咲は目を閉じた。
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