sandwich

nickname

　七月下旬になって、仕事の予定が増えてきた。そろそろ夏休みだからだ。
「こっから一ヶ月は昼もたくさん仕事入れるからね！ アンタ、ばてんじゃないわよ！！」
「はっ、はい！！」
　ナカさんにバシバシと背中を叩かれて、僕は背筋を伸ばす。
　八月の頭には朝のニュース番組主催のフェスに参加するし、新曲の打ち合わせもあるし、雑誌の撮影、それから郊外のショッピングモールでミニイベントもやる。それなのに、３ｍｏｏｎの仲はいまだにギクシャクしたままだ。
「シローくん、疲れてる？」
　それでもなんとか頑張れているのは、竹松さんが気を使ってくれるから。彼女と過ごす時間はすごく穏やかで、一緒にいるだけで癒される。僕も何かお返しできたらいいんだけど、とそうつぶやいたら、一緒にいてくれるだけでいいって……。はっ、恥ずかしいけど、幸せだなあ……。
　今日は本がいっぱい置いてあるこじんまりとしたカフェで、お互い好きな本を読んで、たまに話をして、のんびりと過ごしている。
「大丈夫です、ちょっと、昨日遅くまで起きてましたけど、でもそれだけです」
「睡眠不足は身体に良くないよ。ただでさえ忙しいんだから。そろそろ出よっか？」
「……は、はい」
　もう少し竹松さんと一緒にいたかったな。でも、竹松さんは僕のことを気遣ってくれてるんだから。
　席を立って、お会計。この間は竹松さんがお金を出してくれたから、今度は僕の番。あえて言葉にしなくても習慣になったこのお金のやり取りが、僕らの関係が深くなったことをあらわしているみたいで、なんだか心地いい。
「ごちそうさま。家に帰ったらまたメールするね」
「はい、気をつけて」
　近くの駅まで送り届けたとき、ニコッと笑った竹松さんは本当にかわいくて、つい見とれてしまった。そんな僕をよそに、竹松さんは左右をキョロキョロ見渡したかと思うと、――なんと、不意打ちでキスされてしまった！
　シャワーを浴びながら思い返すのは、初めてのキスの感触。お風呂から出たら僕からメールしよう。ちょっと気恥ずかしいけど、でも、好きの気持ちが今まで以上にあふれている気がして、この気持ちを伝えたいんだ。
　そのとき、リビングのほうから、ガシャンッと派手な音が聞こえてきた。
「シロー!! てめえ、ちょっと来い!!」
　怒鳴っているのは皐月。え、何、え?!
　お風呂に入るまではいたって普通だったはずだ。突然怒り出してどうしたんだろう?!
　怖くなった僕は、ろくに身体もふかず慌てて風呂場を出た。