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 自分の名前の由来を調べるという宿題があった。たぶん、小学校低学年のことだったと思う。
「ひいおじいちゃんの名前が一郎、おじいちゃんが二郎、お父さんが三郎で、僕は四郎です」
 授業参観のときに発表したら、後ろの大人たちがちょっとざわついたのを覚えている。
「由緒あるおうちなんですねえ」と先生も驚いていた。
 僕の父方の家系は、一族経営で会社をやっている。食品業界ではそこそこ有名みたいだ。おじいちゃんちはとても大きいし、父方の親戚はみんな私立の学校に通っていてすごくお金持ちってかんじなんだけれど、僕は近くの公立校に通っている。
 お母さんの意向で中学までは公立、高校からはお父さんの望み通り私立……て決まっていたのだけれど、文化祭で見たABCに影響されて、どうしても同じ学校に通いたくて、お父さんを必死に説得したんだ。
 変更させてもらうには、僕だけではうまくいかなくて。お母さんと一緒に何回もお父さんにお願いした。
「シロー、美浜高校行けるようになって良かったね!」
「う、うん……! あ、でも、お父さんには許してもらえたけど、試験に受からなくっちゃ行けないよ……」
「あはは、そうだよね! でもシローなら大丈夫!」
 そう言って背中を押してくれたお母さんはもういない。
 僕の進路のことをきっかけに夫婦の喧嘩が増えて、ついにこの間、お母さんは出て行ってしまったんだ。
「あんな低学歴女と結婚するんじゃなかった……そもそもアイツと一緒になったのが間違いだったんだ……」
 お父さんはお酒を飲むとお母さんの悪口を言うようになった。日曜日の夜だというのに、リビングのテーブルにはビールの空き缶がゴロゴロ転がっている。
(明日から仕事なのに大丈夫なのかな……?)
 お父さんは部活から帰ってきた僕を見るなり鼻を鳴らした。
「おい、おまえとにかく勉強するんだぞ! 勉強して大学こそいいところに行くんだ! アイツみたいに頭の悪い大人にはなるなよ!」
 お母さんは高卒で働き始めて、お父さんと社内恋愛したらしい。学歴なんて出会ったときからわかりきっていたことだったはずなのに、どうして今さら、そんなふうにお母さんを悪く言うんだろう。
 お母さんのことが好きだから、それを聞いているのが辛い。僕はそっとリビングの扉を閉めた。

「優士、ごめんね」
 自分の部屋に閉じこもっていたら、優士から連絡があった。バイト帰りにファミレスで夕飯を食べるから、暇だったら一緒にどうかという誘いだった。
 優士は僕とお父さんの仲が良くないことを知っているから、たまにこうして外に出る口実をくれるのだ。それに乗っかって夕飯を食べに出た僕は、家に戻りたくなくて、つい優士を引き止めてしまった。
 日付が変わるかどうかという夜更けに、近くの公園でベンチに腰掛けながら、僕らは缶ジュースを飲む。
 梅雨前でだいぶ暑くなってきたけれど、夜はまだ肌寒い。それなのに。
「付き合わせてごめん」
「そもそも夕飯に付き合わせたのは僕だよ」
 優士は僕が気負わないように笑ってくれる。それがありがたいやら申しわけないやらで、僕は小さくうつむいた。
(このままじゃだめなのはわかってるんだ)
 それでも優士や皐月と過ごす時間が楽しくて、お父さんの言う「いい大学に行くための勉強」がどうしてもはかどらない。そもそもいい大学に行って、僕は何がしたいんだろう。今はバンドのことしか考えられないのに。
「あともう二ヶ月で優士たちは引退しちゃうんだよね」
 寂しいなあ。
 二人が引退したら、僕は同学年の誰かか、新入生と新しくバンドを作ることになる。またオリジナルをやってもいいし、コピバンだって構わない。この一年で、僕はすっかり音楽そのものが好きになったから、演奏できればなんだって楽しいはずだ。
 だけど、3moonとして過ごした一年間が濃密すぎて、物足りなく感じてしまう予感がある。
 優士も皐月も、バンドメンバーとしてだけじゃなく、いろいろよくしてくれた。人見知りの僕が先輩である二人とこんなに打ち解けられるなんて思いもしなかった。今では二人とも一番の親友だ。
 だからこそ、会える時間が減るのがさびしい。まだまだ一緒にバンドをしたい。
 ぽつりと漏らしたら、優士が「それじゃあさ」といたずらっぽく笑った。
「もっとバンドやろうよ」
「え?」
「シローが寂しがってくれるなら、僕らはいくらだって一緒にやるよ。部室が使えなくなっちゃうから、バイトしてお金貯めながらスタジオ練したりしてさ」
「でも……二人とも受験生でしょ」
「なんとかなるよ。それに、僕らだってバンド続けたいと思ってるんだよ」
 優士の言葉がとても魅力的で、僕は申しわけないと思いながらも、ついうなずいてしまった。
「シローはこれからもずっと、僕らがいなくちゃだめだって思っててよ」
「それじゃあダメ人間になっちゃうよ」
「いいんだよそれで」
 優士がかけてくれる言葉の真意は分からなかったけれど、たぶん、もっと頼っていいよってことだと思う。
 だから僕は「ありがとう」ってつぶやいた。
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