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「おつかれっ」
 中間試験最終日、六限は数学のテストだった。苦手な数学に最後の気力を持っていかれ疲労困憊だった僕は、肩を叩かれてのろのろと視線を上にやった。
「田中くん……元気だね」
 大きな口でニカッと笑うその表情には、まだまだ余力が感じられる。
「元気じゃねえよ! 今からウチ帰ってぐっすり寝れるかと思うとテンションあがるわーって思ってるだけ……てあれ? テンション上がってるってつまり俺元気なのか?! いや、これは空元気ってやつか?!」
 むむむ、と悩む田中くんに思わず僕も笑ってしまう。だけどその笑い声は、教室内の開放的なざわめきで掻き消された。ホームルームも終わって、みんな放課後の予定にワクワクしているのだ。
「卯月も家帰るんだろ? 一緒に帰ろーぜ」
「うん。準備するから待ってて」
 と、そのとき、タイミングを見計らったかのように携帯が震えた。電話だ。
「ごめん、出てもいいかな?」
「いーから早く出ろって」
「あ、うん……もしもし」
 通話ボタンを押して席を立つ。優士からかかってくるなんて珍しい。どうしたんだろう? 夕飯の買い物なんかは普段メールでやり取りしてるのに。と、首をかしげたのも一瞬。
「まだ学校にいるよな?」
 電話越しの相手に思わず、「皐月っ?」と声をあげてしまった。途端に静まる教室。みんながこの電話に注目してる。そりゃあそうだ、皐月は今をときめく芸能人なんだから。三月までうちの生徒だったとはいえ、学年が違えばそう接点もないはずだし、いろいろ気になってるんだろう。
(……っていうのはわかるけど、気まずい!)
 3moonがデビューしたばかりのときはしょっちゅういろんな人に声をかけられてたけど、最近では遠巻きに見られるようになった。今も、なんとなく探りを入れるように見られている。僕は田中くんに頭を下げて、逃げるように教室をあとにした。
「なんで優士の携帯で電話してるの?」
「俺のは充電切れた。っつーか、学校いんのかいねーのかどっちだよ?」
「い、いるけど」
「じゃー二十分後に迎えに行くから。裏門で待ってろよ」
「え? 何かあるの?」
「あー社長とメシ食ってこいって中嶋がうっさくてよーこれも仕事だ仕事。せいぜいめっちゃ高ぇもん食ってやろーぜ」
 誰もいない廊下の突き当たりに立ってるからか、耳をすませば、優士と社長の会話がかすかに聞こえる。て、皐月もしかして社長の前でそんなだるそうにしてるの?!
 焦る僕をよそに「皐月ったらあいかわらずネー」なんて笑う社長。そ、そうだ、社長は皐月が大好きなんだった。だけどあんな物言いはヒヤヒヤするよー!
「なんか食いたいもんある?」
「なんでもいいよ」
「じゃーこっちで決めとくわ。それじゃあまたあとでな」
 ブチッ、返事をする前に通話終了の画面が表示された。
 田中くんに一緒に帰れなくなったって謝らなくちゃ。それにしても社長とご飯なんて緊張するよ……。
 そわそわしながら、僕はまた教室に戻った。
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