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ローテーブルに置きっぱなしの僕のスマホが、震えながら床に落ちた。画面には溝口さんの名前が表示されている。慌てて時刻を確認したら、溝口さんとの待ち合わせ時間を三十分も過ぎていた。
「あっ」
スマホを掴む直前で、礼央に奪い取られる。礼央は、スピーカー状態にして電話に出た。
「溝口です。マリくん、今日約束してたと思うんだけど……」
ためらいがちに話す溝口さんに返事しようとしたら、礼央のモノが深く口のなかに押し込まれた。んぐっと吐きそうになるのを我慢している隙に、礼央は言った。
「真理央は俺とセックス中だから、今日の約束ってのはナシにしてくんねえ?」
(えっ)
ははっと笑う彼が信じられない。スマホを僕の口元に持ってきて、わざと音を立てるように腰を動かすのはいったいなぜ。じゅっじゅっと水音が部屋に響いている。スマホ越しに、この音を溝口さんも聞いているなんて。
「ちょっ、君、どういう……、いや、とりあえずマリくんに代わってくれ!」
焦った溝口さんの声。
「おお、いいぜ。真理央、出てやれよ」
あごで通話するよう促される。でも、礼央があんなことを言ったあとで、何をしゃべったらいいかわからない。電話に出たくないという意思表示のつもりで、礼央のモノから口を離さずにいたら、礼央は僕の頭を撫でたあと、スマホの画面をいじり始めた。そして。
「マ、マリくん?!」
「んン!」
画面をこちらに向けられてやっと、礼央が通話モードをビデオに変えていたことに気がついた。僕が誰かのモノを咥えている様子が、ドアップでカメラに映っている。嫌だ、見ないで、嫌だ嫌だ嫌だ!
「ほら、真理央がセックス中ってのはほんとだったろ。アンタと話すより俺のを咥えていたいみたいで離さねえんだよ。悪いな」
「電話口の君は誰なんだ? マリくんのそれは、ど、同意なのか……?!」
「声で気づかねえのかよ」
礼央は、僕に向けていた画面に自分も映りこんだ。溝口さんが息を呑む。
「真理央がしゃぶってんのは俺のモノ。同意かどうかは……どうだ、真理央?」
(違う!)
同意なんかじゃない。首を振って応える。礼央に怒鳴られるかと思ったけど、礼央の機嫌は良いままだった。
「真理央は同意じゃないって言ってるけど。……それで、アンタどうすんの?」
「同意じゃないなら今すぐやめなさい! 無理矢理犯すなんて、犯罪だぞ!」
溝口さんの言葉は、正しい大人の断罪だった。そう、これは犯罪だ。だって僕は礼央とこんなことしたくなかった。脳内がクリアになる。僕は急いで礼央のモノを吐き出した。そして、スマホを奪い取って叫んだ。
「僕っ、僕……! 違うんです! 僕の意思じゃないっ! 助けてっ」
「――でも、アンタは俺を選ぶよな?」
ずしりと肩が重くなる。礼央が僕の肩にのしかかっているのだ。くっくっと喉奥で笑いながら僕を抱き込み、スマホを掴む僕の手に指先を重ねる。礼央の言葉の意味が分からなくて、ふと彼を仰ぎ見れば、彼は美しく微笑んでいた。圧倒的な美に、思わず唾を呑みこむ。
それは、溝口さんも同じだった。ごくりという音がスピーカー越しに聞こえる。
「なあ、今度アンタが創刊する雑誌の目玉に俺を使いたいって言ってたよな? 俺とマリ、どっちを選んだほうが得かよく考えてみろよ」
reonはコアなファンが多い、今世間で大注目のイケメンモデル。海外のファンもたくさんいるし、彼をメインにした雑誌を創刊したら話題性はばっちりだ。片や、読者モデルとしてはそこそこ人気っていうだけの僕。しかも、実は気持ち悪い見た目で、メイク術を披露したところで、そんなの一過性の話題に過ぎない……。
無言で通話が切られる。
それからしばらく経っても、警察も、溝口さんも、誰も来なかった。
それが答えだった。
「だから言っただろ。おまえの醜い顔なんて、誰も求めてないんだよ。俺だけが本当のおまえのこと構ってやってんだ」
――そうかもしれない。
僕がうなずくと、礼央は頭を撫でてくれた。優しい手つきだ。そう、礼央は僕がちゃんとやれたら、優しくしてくれる。だからきっと、今うなずいたのは正解なんだ。礼央だけが僕を必要としてくれる。そういうことなんだ。
「挿れるぞ」
こくりとうなずくと、背後から礼央の熱いモノが僕のなかにゆっくり入ってきた。痛い。苦しい。バックの体勢だと楽だなんて礼央は言ってたけど、本当なのかな。男同士でセックスするなんて、やっぱり間違ってるんじゃないだろうか。……でも、礼央が頭を撫でる手つきは優しいままだったから、僕はこの手を信じる。
僕たちが繋がっているのは正しいことなんだ。
「だーれも助けに来ないなんてかわいそうなヤツ。キモいおまえは、俺以外誰からも必要とされてないんだなあ」
そう、しかたない。僕の醜い顔は、誰からも受け入れられない。礼央の手のひらだけが、僕を肯定してくれる。
泣きはらしてぐしゃぐしゃになった、ことさら醜悪な顔で、僕は礼央にキスをした。
~END~
「あっ」
スマホを掴む直前で、礼央に奪い取られる。礼央は、スピーカー状態にして電話に出た。
「溝口です。マリくん、今日約束してたと思うんだけど……」
ためらいがちに話す溝口さんに返事しようとしたら、礼央のモノが深く口のなかに押し込まれた。んぐっと吐きそうになるのを我慢している隙に、礼央は言った。
「真理央は俺とセックス中だから、今日の約束ってのはナシにしてくんねえ?」
(えっ)
ははっと笑う彼が信じられない。スマホを僕の口元に持ってきて、わざと音を立てるように腰を動かすのはいったいなぜ。じゅっじゅっと水音が部屋に響いている。スマホ越しに、この音を溝口さんも聞いているなんて。
「ちょっ、君、どういう……、いや、とりあえずマリくんに代わってくれ!」
焦った溝口さんの声。
「おお、いいぜ。真理央、出てやれよ」
あごで通話するよう促される。でも、礼央があんなことを言ったあとで、何をしゃべったらいいかわからない。電話に出たくないという意思表示のつもりで、礼央のモノから口を離さずにいたら、礼央は僕の頭を撫でたあと、スマホの画面をいじり始めた。そして。
「マ、マリくん?!」
「んン!」
画面をこちらに向けられてやっと、礼央が通話モードをビデオに変えていたことに気がついた。僕が誰かのモノを咥えている様子が、ドアップでカメラに映っている。嫌だ、見ないで、嫌だ嫌だ嫌だ!
「ほら、真理央がセックス中ってのはほんとだったろ。アンタと話すより俺のを咥えていたいみたいで離さねえんだよ。悪いな」
「電話口の君は誰なんだ? マリくんのそれは、ど、同意なのか……?!」
「声で気づかねえのかよ」
礼央は、僕に向けていた画面に自分も映りこんだ。溝口さんが息を呑む。
「真理央がしゃぶってんのは俺のモノ。同意かどうかは……どうだ、真理央?」
(違う!)
同意なんかじゃない。首を振って応える。礼央に怒鳴られるかと思ったけど、礼央の機嫌は良いままだった。
「真理央は同意じゃないって言ってるけど。……それで、アンタどうすんの?」
「同意じゃないなら今すぐやめなさい! 無理矢理犯すなんて、犯罪だぞ!」
溝口さんの言葉は、正しい大人の断罪だった。そう、これは犯罪だ。だって僕は礼央とこんなことしたくなかった。脳内がクリアになる。僕は急いで礼央のモノを吐き出した。そして、スマホを奪い取って叫んだ。
「僕っ、僕……! 違うんです! 僕の意思じゃないっ! 助けてっ」
「――でも、アンタは俺を選ぶよな?」
ずしりと肩が重くなる。礼央が僕の肩にのしかかっているのだ。くっくっと喉奥で笑いながら僕を抱き込み、スマホを掴む僕の手に指先を重ねる。礼央の言葉の意味が分からなくて、ふと彼を仰ぎ見れば、彼は美しく微笑んでいた。圧倒的な美に、思わず唾を呑みこむ。
それは、溝口さんも同じだった。ごくりという音がスピーカー越しに聞こえる。
「なあ、今度アンタが創刊する雑誌の目玉に俺を使いたいって言ってたよな? 俺とマリ、どっちを選んだほうが得かよく考えてみろよ」
reonはコアなファンが多い、今世間で大注目のイケメンモデル。海外のファンもたくさんいるし、彼をメインにした雑誌を創刊したら話題性はばっちりだ。片や、読者モデルとしてはそこそこ人気っていうだけの僕。しかも、実は気持ち悪い見た目で、メイク術を披露したところで、そんなの一過性の話題に過ぎない……。
無言で通話が切られる。
それからしばらく経っても、警察も、溝口さんも、誰も来なかった。
それが答えだった。
「だから言っただろ。おまえの醜い顔なんて、誰も求めてないんだよ。俺だけが本当のおまえのこと構ってやってんだ」
――そうかもしれない。
僕がうなずくと、礼央は頭を撫でてくれた。優しい手つきだ。そう、礼央は僕がちゃんとやれたら、優しくしてくれる。だからきっと、今うなずいたのは正解なんだ。礼央だけが僕を必要としてくれる。そういうことなんだ。
「挿れるぞ」
こくりとうなずくと、背後から礼央の熱いモノが僕のなかにゆっくり入ってきた。痛い。苦しい。バックの体勢だと楽だなんて礼央は言ってたけど、本当なのかな。男同士でセックスするなんて、やっぱり間違ってるんじゃないだろうか。……でも、礼央が頭を撫でる手つきは優しいままだったから、僕はこの手を信じる。
僕たちが繋がっているのは正しいことなんだ。
「だーれも助けに来ないなんてかわいそうなヤツ。キモいおまえは、俺以外誰からも必要とされてないんだなあ」
そう、しかたない。僕の醜い顔は、誰からも受け入れられない。礼央の手のひらだけが、僕を肯定してくれる。
泣きはらしてぐしゃぐしゃになった、ことさら醜悪な顔で、僕は礼央にキスをした。
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