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しおりを挟む秘密がバレるのは突然だった。
ガチャッ。ドアノブを回す音に、血の気が引く。待ってと声をあげる前に、侵入者が顔を出した。
「マリー! さっきの撮影なんだけど、……?!」
鏡越しに侵入者と目が合う。メイク中は誰も控室に入らないよういつもお願いしているから、こんなのは初めてだった。
(どうしようどうしよう……!)
顔をのぞかせているのは、先日僕を褒めてくれたもじゃもじゃ頭の人だった。彼は目を丸くして、言葉を失っている。ちょうど僕は撮影用のド派手な化粧を落としきったところだったからだ。
「あれっ、君、マリ?!」
一拍遅れて、もじゃもじゃの人がひっくり返った声をあげる。僕は頭が真っ白になってしまい、ろくに返事もできずに腰を浮かせたままだった。
手のひらに出した化粧水が、手首を伝って流れ落ちていく。
もじゃもじゃの人は、目を白黒させたまま僕に近づいてきた。
「え、マリだよね? そうだよね?!」
がしっと両肩をつかまれる。ガクガク揺さぶられて、思わずか細い悲鳴をあげた。
「そ、そうです……!」
「うわー、誰だかわからなかった!」
顔を見られたくなくて横を向いてるのに、彼はわざわざ僕の顔を覗き込んでくる。好奇に満ちた目が怖い。でも。
「さすがモデルさんだ! セルフプロデュースがすごい!」
彼は、そう言って僕を肯定してくれたのだ。てっきり引かれると思っていた僕は、驚いて口をぽかんと開けてしまった。
「すごいよ、マリ! 化粧でそんなに自分を変えられるなんて!」
もじゃもじゃの人は、溝口と名乗った。雑誌編集者で、今度女性向けのファッション誌を創刊するつもりなのだと言う。どういった年齢層を相手に、どんなコンセプトの雑誌にするか、いろんな現場をまわりながら模索していたところだったらしい。
「マリのその化粧のテク、みんなが真似したがると思うよ! メイクのビフォーアフターを載せたら喜ぶと思う!」
「い、いや、ビフォーを晒すのは……」
ぐいぐいと迫られて、僕はしどろもどろ。結局、強引に名刺を渡されて、気が変わったら連絡してねと言われたのだった。
と、ここで話がすめば良かったのだけど。
溝口さんは連日のように僕に連絡してきて、ご飯や遊びに連れ回した。社会人ってこんなに時間あるの? と不思議に思うくらい。そしてそのたび、メイク術を雑誌に載せるべきだって説得しにかかってくるのだ。
(……本当に、みんなに受け入れてもらえるのかな?)
僕だって隠しごとはしたくない。溝口さんのように、みんなに肯定的に見てもらえるなら、ビフォーを晒すのも悪くないのかもしれない。
そう思うようになったのは、溝口さんに名刺をもらってからひと月くらい経ったころのことだった。
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