文明トカゲ

十 文明と影

２

「ごめん。行ってくる」
　二人にそう言って、僕はアパートを出ようとした。けれど、左手が確かな力で掴み止められる。
「待って」
　今この場で僕をはっきりと制止する人間は梓しかいない。目には確かな決意が宿っている。
「楓。教えて。何をしに行くの？」
　梓が僕の左手を握る力が強まった。
「――教えることはできない」
　僕の言葉を聞いた梓の顔がくしゃりと歪んで、
「……同じようなこと、前にもあったよね。喫茶店でいきなり私の手を引いて外に出て、その後は知らない人達とどこかに行っちゃって。あの時は無事に帰ってきてくれたけど」
　梓が一度息継ぎをして、
「――ねぇ、楓がやろうとしてることって、きっとすごく危ないことなんでしょう？」
　事実を、正しく言い当てた。
「楓が上手く動けないから助けてほしいって言ってきた時からおかしいって思ってた。猫ちゃんと一緒に喫茶店に入った時も楓、変だったよね？　真奈ちゃんを助けられないって落ち込んでた時も、まるで自分が死んじゃうみたいだった――いつか楓が話してくれるまで待とうって、そう思ってたけど、もう私我慢しない。楓、教えて。これから何をするつもりなの？」
　答える代わりに、僕は床に座って僕達を見上げている真奈さんの目を見た。そして、
「――ごめん、真奈さん。梓のことを頼むよ」