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毒婦
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王都の外れにあるバロック建築の屋敷が、クロイドの屋敷だった。夜会を執り行っているのか、騒がしいほどの馬車の行き来があった。辻馬車、箱馬車と種類はあるが、降りてくる人間達は一様に着飾っていた。
ジュディは侍女に馬車の中にいるように言いつけると、制止する声を閉じ込めて、外に出た。
夜会ならば、潜り込むことが出来る。折を見てマリアナを連れ出し話を訊いてみよう。だが、ジュディ一人では浮いてしまう。未婚の娘が付き添い無しで夜会に訪れるのは褒められたことではないからだ。くるくると辺りを鳩のように見渡すと、ビジャス公爵の姿が見えた。あいも変わらず一人で出席するようだった。
「ビジャス公爵!」
駆け寄りながら名前を呼ぶと、緩慢な動きで振り返った。ジュディを見ると、苦笑するように顔を歪める。
「どうしてここに……」
「マリアナに用がありまして。よろしければ、ご一緒しても?」
「貴女が私と恋仲だという噂を気にしなければ」
「気にしません。ビジャス公爵は私みたいな小娘は眼中にないでしょう?」
からかうような口調がおかしかったのか、ビジャス公爵はくすりと笑みを浮かべた。いつもは気難しい顔をしているが、笑うとどこか幼く見えた。
「よろしい。幼子に手を出すつもりはないので、お引き受け致しましょう。お手をどうぞ、姫」
「ありがとうございます」
四角定規な人だとばかり思っていたが、なかなか女性の扱いが手慣れている。女性関係の噂がなかったことが不思議に思えるほど、ビジャス公爵のエスコートは完璧だった。
屋敷の内装は華美だった。異教徒の神の彫刻がいくつも置かれていた。剥き出しになった背中から腰の曲線美が雄雄しい。今にも動き出しそうな生々しい彫像達は、尖った鼻の先でマリアナを指し示していた。
マリアナはデコルテが出た露出が多いドレスを着て踊っていた。やはりマリアナが着ると妖艶というよりは可愛らしかった。
相対する男が首筋に顔を埋める。ダンスを踊っているにしては密着し過ぎではないだろうか。
ほっそりとした体がくるりとターンする。夜会はすでに始まっており、軽食を取り談笑する場所とダンスを行う場所の二つに分かれていた。ダンスの中心にいるのはマリアナだ。飛んだり跳ねたりして、注目を集めている。
「蜂蜜酒のようだな」
ビジャス公爵はウェイターからグラスを受け取ると、ジュディに差し出してきた。互いのグラスを軽く合わせて口に含む。とろりとした甘味の強い酒が喉の奥にひっつくような違和感があった。
「私の兄が水夫の真似をしているという話をお聞きになったことはありますか?」
マリアナをちらちらと見て、タイミングを計りながらビジャス公爵に問いかける。覚えがあったのか、ああとビジャス公爵はため息のような声を漏らした。
「ジュディ嬢、心配されずともルクセンブルク公のお遊びだ。兄君は巻き込まれているだけに過ぎない」
首を傾げると、ビジャス公爵は詳しい説明が必要だと思ったようだ。綺麗な歯を出して、早口で説明してくれた。
「貴女の兄達が家督を争っているのは把握しているだろう? それの延長だと思えばいい。ジャーファル商会のことは知っているか? あの商会は公のお気に入りでね、領土の将来的にも欠かせない存在だと思っているらしい。海軍と協力して、たまに海賊を打ち滅ぼしているからだろうね。ジャーファル商会は港町を中心に支配下に置いているから、相手の領域をよく知るために水夫の真似事に勤しんでいるんだそうだ。個人的にあれは嫌がらせに近いと思うが」
呆気にとられてしまった。兄がそんな理由で水夫の真似事をしていることも驚いたが、家族でも知らないことをビジャス公爵がよく知っていることの方が不思議でならなかった。
「お詳しいのね」
「水夫の仕事を仲介したのは私だからね。公が国王陛下に懇願し、話が私に回ってきたんだ」
「それは……兄がお世話になりまして」
「兄君が悪いわけではないだろう。あの性悪な公が悪い。貴女の親族を悪く言いたくはないが、あれほどの悪鬼はそういないよ」
「悪鬼ですか」
ビジャス公爵はしみじみと頷いている。確執があったといいう話が聞いたことがなかったが、なにかルクセンブルク公爵とあるのだろうか。ジュディ自身、交流があるわけではない。たまに挨拶を交わすだけの存在なので人となりをよく知るわけではない。上品な人だとは思っていたが、見かけ通りではないらしい。
いったいなにが原因でビジャス公爵はルクセンブルク公爵をそうも嫌悪することになったのだろうか。興味が惹かれた。
「おっと」
続きをせがもうとしたジュディに、ボーイの体が当たった。
はずみで、手に持っていた盆がぐらつき、ビジャス公爵に中身に蜂蜜酒がかかってしまった。
「も、申し訳ございません!」
「着替えをしなくては。代わりの服を貸してくれるだろうか」
「こちらへお越しください。すぐに着替えを用意いたします」
従者に引率されるビジャス公を見送る。ビジャス公爵が着替えている間にマリアナとの話をつけてしまおう。調度マリアナも踊り終えたようだ。ジュディは人の波を縫うように進み、マリアナに近付いた。マリアナの方もジュディのことに気が付いていたのか、来客に挨拶しながら、人目が少ないテラスへと足を向けている。
見失わないように注意しながら追いかけると、月の見えるテラスにたどり着いた。ジュディとマリアナ以外誰もテラスにはいなかった。
室内から楽団の音楽が聞こえてくる。その音で、会話が誰かに聞かれる心配はないように思えた。
「招待していないわよ」
倦怠感を漂わせたマリアナが休憩のために設置された椅子に座りながら言い放った。
「うん、ビジャス公爵に無理を言って一緒に入らせても貰ったの。マリアナに話したいことがあって」
「はっ、話したいことねえ。マリアナにはないわよ」
今までのマリアナの喋り方ではなかった。鼻にかかる甘い声。それに自分のことを子供のように名前で呼んでいる。幼くて、可愛らしい子供のようだった。名前とともに顔の顔つきまで変わってしまったのか、厳しく睨みつけてくる、
「あんなに酷い晩餐会のあとに、よくもマリアナのもとに顔を出せたものよね。厚顔無恥もここまでくるとかわいそう。ガイを馬鹿にできてさぞいい気分だったんでしょうね」
「なにを言っているの。あの晩餐会はサーシャが主催だったわ。口喧嘩をしたのもサーシャとマリアナだったじゃない」
「うるさい! マリアナのこと馬鹿にしたような顔をしてみてきやがって。可哀そうなものを見る目で見てきやがっただろう。憐れまれるのはマリアナじゃない。馬鹿なあんたのほうだってのに」
きっと憎悪を含んだ瞳で睨みつけられる。華奢な体躯についている双眸とは思えないほど、悪意を纏い正気を失いかけている。
「どうしてしまったの、マリアナ」
「気持ち悪いんだよ。友達一人もいないくせに、気持ち悪くすり寄ってきやがって。あんたを屋敷に呼ばなかった理由分かる? あんたみたいな商売女の体臭がマリアナの家に残ったら嫌だからよ」
首が絞められているように息がつまる。いつか家に招待してもらえると甘い夢を見ていたジュディのことを、マリアナは軽蔑していたのだ。商売女だと思われていた。じくじくと胸が痛む。親しみを感じていたのは、ジュディだけだった。親友だと勘違いしていたのはジュディだけだった。
「そんなに嫌うのに、私と友達になったのはカインとアベルがいたから?」
「それ以外にあんたなんかに近付く奴がいると思ってんの? 自意識過剰すぎて笑えてくる。あの双子の婚約者って肩書以外に誇れるものがあるわけ?」
辛辣に吐き捨てられる。ジュディに価値はない。価値があるのは双子だけ……。
マリアナはジュディをしっかり見てくれていると思ったのは気のせいだったのか。自分の見る目のなさに怒りがわいてきた。ただ、友達が出来たと舞い上がっていただけだったのだ。
「カインとアベルのことが好きなの」
「まさか、やめてよね。そりゃあ顔はいいけど、それだけ。見てくれがいいだけで、忠実な国王の番犬じゃない。父様の邪魔ばかりして、むかつくったらありはしないわよ」
「邪魔ってどういうこと?」
「あんたって本当に婚約者のなにもかもを知らないのねえ」
憐れな生き物を見るような目でマリアナはジュディを見つめた。何も知らない、能天気な娘だと心中で馬鹿にしているのだろう。
「あんたの婚約者達は王に密告する犬なのよ。異端分子がいないか密告するのがお仕事なの。よりにもよってクロイド領に目をつけるなんて!」
「目をつけられるようなことをやっていたということ?」
「海賊達と手を組んで積み荷から少しちょろまかしただけじゃない。それをわんわん喚き散らして、いい迷惑なのよね」
「……海賊と手を結んで、強奪の手助けをしていたということ?!」
罪悪感がないのかマリアナはあっけらかんとしていた。商人から積み荷を盗み、秘密裏に売りさばいていた。治安を改善させる立場の領主が悪党に手を貸していた。くらりと眩暈がした。
海賊の討伐に積極的ではなかったのは、海賊に加担していたからだったのだろう。海賊が捕まえれば、不利な証言をされるかもしれない。そう懸念したのか。
「もしかして、クロイド領の娘が姿を消しているというのは……」
「ふふ、知っている、ジュディ? 人っていい値段で売れるのよお。女だと特にいい値段なの」
開いた口が塞がらない。海賊を通して人身売買にも関与していたというのか。
自分と同じ年頃の娘を家畜でも売りさばくように商品にしていた。
マリアナは人間として越えてはいけない境界を越えてしまっている。これではまるで、血を浴びて微笑んでいたあの夫人と同じだ。
「マリアナ、貴女は罪を認めて罰を受けるべきだわ……」
「いい子ちゃんぶって、笑える。偉そうに説教垂れる身分じゃないこと分かってるの」
後ろから突然羽交い絞めにされた。丸太のように太い腕。体躯はジュディの二倍はあるだろうか。凶悪な顔をした男がにやにやとしながらジュディの細い腕をとらえている。
「なっ、離して!」
「残念ねえ。あの双子と乗り込んできたなら勝ち目があったんでしょうけれど。ここにはあんたを助けてくれる人間なんかいないわよ」
にんまりと裂けそうなほど笑顔を浮かべてマリアナがにじり寄ってくる。口を華奢な手で塞がれる。もがいても、手が吸い付くように離れない。じわじわと呼吸ができなくなり、喉の奥に石が詰められるような切迫感に吐き気がこみあげてきた。
「地獄をみせてあげる」
遠くで賑やかな楽団の音楽が聞こえる。踏み鳴らす靴の音。人の声。ぐちゃぐちゃと音が聞こえるのに、ジュディの声に誰も気が付いた様子はなかった。
――馬鹿だ。力もない癖に、正義を貫こうとしていた。
カインとアベル。二人に助けを求めてもしょうがない。けれど、もがきながら、ジュディの頭に浮かんだのは二人の顔だった。
二人を見分けられる人間を見つけられるだろうか。ジュディのように誰かに騙されて、傷つけてしまった人間でなければいい。与えられる愛を素直に受け止めて、返せるような人だといい。けれど、ジュディが狭心だからだろうか。そんな人間が一生現れて欲しくないとも思うのだ。純粋に面白くないからという理由だけで、名前も知らないその人物に嫉妬していた。
腹を殴られて、意識が遠のく。瞼の裏にいる双子に手を伸ばす。だがジュディの手を誰もつかんではくれなかった。
ジュディは侍女に馬車の中にいるように言いつけると、制止する声を閉じ込めて、外に出た。
夜会ならば、潜り込むことが出来る。折を見てマリアナを連れ出し話を訊いてみよう。だが、ジュディ一人では浮いてしまう。未婚の娘が付き添い無しで夜会に訪れるのは褒められたことではないからだ。くるくると辺りを鳩のように見渡すと、ビジャス公爵の姿が見えた。あいも変わらず一人で出席するようだった。
「ビジャス公爵!」
駆け寄りながら名前を呼ぶと、緩慢な動きで振り返った。ジュディを見ると、苦笑するように顔を歪める。
「どうしてここに……」
「マリアナに用がありまして。よろしければ、ご一緒しても?」
「貴女が私と恋仲だという噂を気にしなければ」
「気にしません。ビジャス公爵は私みたいな小娘は眼中にないでしょう?」
からかうような口調がおかしかったのか、ビジャス公爵はくすりと笑みを浮かべた。いつもは気難しい顔をしているが、笑うとどこか幼く見えた。
「よろしい。幼子に手を出すつもりはないので、お引き受け致しましょう。お手をどうぞ、姫」
「ありがとうございます」
四角定規な人だとばかり思っていたが、なかなか女性の扱いが手慣れている。女性関係の噂がなかったことが不思議に思えるほど、ビジャス公爵のエスコートは完璧だった。
屋敷の内装は華美だった。異教徒の神の彫刻がいくつも置かれていた。剥き出しになった背中から腰の曲線美が雄雄しい。今にも動き出しそうな生々しい彫像達は、尖った鼻の先でマリアナを指し示していた。
マリアナはデコルテが出た露出が多いドレスを着て踊っていた。やはりマリアナが着ると妖艶というよりは可愛らしかった。
相対する男が首筋に顔を埋める。ダンスを踊っているにしては密着し過ぎではないだろうか。
ほっそりとした体がくるりとターンする。夜会はすでに始まっており、軽食を取り談笑する場所とダンスを行う場所の二つに分かれていた。ダンスの中心にいるのはマリアナだ。飛んだり跳ねたりして、注目を集めている。
「蜂蜜酒のようだな」
ビジャス公爵はウェイターからグラスを受け取ると、ジュディに差し出してきた。互いのグラスを軽く合わせて口に含む。とろりとした甘味の強い酒が喉の奥にひっつくような違和感があった。
「私の兄が水夫の真似をしているという話をお聞きになったことはありますか?」
マリアナをちらちらと見て、タイミングを計りながらビジャス公爵に問いかける。覚えがあったのか、ああとビジャス公爵はため息のような声を漏らした。
「ジュディ嬢、心配されずともルクセンブルク公のお遊びだ。兄君は巻き込まれているだけに過ぎない」
首を傾げると、ビジャス公爵は詳しい説明が必要だと思ったようだ。綺麗な歯を出して、早口で説明してくれた。
「貴女の兄達が家督を争っているのは把握しているだろう? それの延長だと思えばいい。ジャーファル商会のことは知っているか? あの商会は公のお気に入りでね、領土の将来的にも欠かせない存在だと思っているらしい。海軍と協力して、たまに海賊を打ち滅ぼしているからだろうね。ジャーファル商会は港町を中心に支配下に置いているから、相手の領域をよく知るために水夫の真似事に勤しんでいるんだそうだ。個人的にあれは嫌がらせに近いと思うが」
呆気にとられてしまった。兄がそんな理由で水夫の真似事をしていることも驚いたが、家族でも知らないことをビジャス公爵がよく知っていることの方が不思議でならなかった。
「お詳しいのね」
「水夫の仕事を仲介したのは私だからね。公が国王陛下に懇願し、話が私に回ってきたんだ」
「それは……兄がお世話になりまして」
「兄君が悪いわけではないだろう。あの性悪な公が悪い。貴女の親族を悪く言いたくはないが、あれほどの悪鬼はそういないよ」
「悪鬼ですか」
ビジャス公爵はしみじみと頷いている。確執があったといいう話が聞いたことがなかったが、なにかルクセンブルク公爵とあるのだろうか。ジュディ自身、交流があるわけではない。たまに挨拶を交わすだけの存在なので人となりをよく知るわけではない。上品な人だとは思っていたが、見かけ通りではないらしい。
いったいなにが原因でビジャス公爵はルクセンブルク公爵をそうも嫌悪することになったのだろうか。興味が惹かれた。
「おっと」
続きをせがもうとしたジュディに、ボーイの体が当たった。
はずみで、手に持っていた盆がぐらつき、ビジャス公爵に中身に蜂蜜酒がかかってしまった。
「も、申し訳ございません!」
「着替えをしなくては。代わりの服を貸してくれるだろうか」
「こちらへお越しください。すぐに着替えを用意いたします」
従者に引率されるビジャス公を見送る。ビジャス公爵が着替えている間にマリアナとの話をつけてしまおう。調度マリアナも踊り終えたようだ。ジュディは人の波を縫うように進み、マリアナに近付いた。マリアナの方もジュディのことに気が付いていたのか、来客に挨拶しながら、人目が少ないテラスへと足を向けている。
見失わないように注意しながら追いかけると、月の見えるテラスにたどり着いた。ジュディとマリアナ以外誰もテラスにはいなかった。
室内から楽団の音楽が聞こえてくる。その音で、会話が誰かに聞かれる心配はないように思えた。
「招待していないわよ」
倦怠感を漂わせたマリアナが休憩のために設置された椅子に座りながら言い放った。
「うん、ビジャス公爵に無理を言って一緒に入らせても貰ったの。マリアナに話したいことがあって」
「はっ、話したいことねえ。マリアナにはないわよ」
今までのマリアナの喋り方ではなかった。鼻にかかる甘い声。それに自分のことを子供のように名前で呼んでいる。幼くて、可愛らしい子供のようだった。名前とともに顔の顔つきまで変わってしまったのか、厳しく睨みつけてくる、
「あんなに酷い晩餐会のあとに、よくもマリアナのもとに顔を出せたものよね。厚顔無恥もここまでくるとかわいそう。ガイを馬鹿にできてさぞいい気分だったんでしょうね」
「なにを言っているの。あの晩餐会はサーシャが主催だったわ。口喧嘩をしたのもサーシャとマリアナだったじゃない」
「うるさい! マリアナのこと馬鹿にしたような顔をしてみてきやがって。可哀そうなものを見る目で見てきやがっただろう。憐れまれるのはマリアナじゃない。馬鹿なあんたのほうだってのに」
きっと憎悪を含んだ瞳で睨みつけられる。華奢な体躯についている双眸とは思えないほど、悪意を纏い正気を失いかけている。
「どうしてしまったの、マリアナ」
「気持ち悪いんだよ。友達一人もいないくせに、気持ち悪くすり寄ってきやがって。あんたを屋敷に呼ばなかった理由分かる? あんたみたいな商売女の体臭がマリアナの家に残ったら嫌だからよ」
首が絞められているように息がつまる。いつか家に招待してもらえると甘い夢を見ていたジュディのことを、マリアナは軽蔑していたのだ。商売女だと思われていた。じくじくと胸が痛む。親しみを感じていたのは、ジュディだけだった。親友だと勘違いしていたのはジュディだけだった。
「そんなに嫌うのに、私と友達になったのはカインとアベルがいたから?」
「それ以外にあんたなんかに近付く奴がいると思ってんの? 自意識過剰すぎて笑えてくる。あの双子の婚約者って肩書以外に誇れるものがあるわけ?」
辛辣に吐き捨てられる。ジュディに価値はない。価値があるのは双子だけ……。
マリアナはジュディをしっかり見てくれていると思ったのは気のせいだったのか。自分の見る目のなさに怒りがわいてきた。ただ、友達が出来たと舞い上がっていただけだったのだ。
「カインとアベルのことが好きなの」
「まさか、やめてよね。そりゃあ顔はいいけど、それだけ。見てくれがいいだけで、忠実な国王の番犬じゃない。父様の邪魔ばかりして、むかつくったらありはしないわよ」
「邪魔ってどういうこと?」
「あんたって本当に婚約者のなにもかもを知らないのねえ」
憐れな生き物を見るような目でマリアナはジュディを見つめた。何も知らない、能天気な娘だと心中で馬鹿にしているのだろう。
「あんたの婚約者達は王に密告する犬なのよ。異端分子がいないか密告するのがお仕事なの。よりにもよってクロイド領に目をつけるなんて!」
「目をつけられるようなことをやっていたということ?」
「海賊達と手を組んで積み荷から少しちょろまかしただけじゃない。それをわんわん喚き散らして、いい迷惑なのよね」
「……海賊と手を結んで、強奪の手助けをしていたということ?!」
罪悪感がないのかマリアナはあっけらかんとしていた。商人から積み荷を盗み、秘密裏に売りさばいていた。治安を改善させる立場の領主が悪党に手を貸していた。くらりと眩暈がした。
海賊の討伐に積極的ではなかったのは、海賊に加担していたからだったのだろう。海賊が捕まえれば、不利な証言をされるかもしれない。そう懸念したのか。
「もしかして、クロイド領の娘が姿を消しているというのは……」
「ふふ、知っている、ジュディ? 人っていい値段で売れるのよお。女だと特にいい値段なの」
開いた口が塞がらない。海賊を通して人身売買にも関与していたというのか。
自分と同じ年頃の娘を家畜でも売りさばくように商品にしていた。
マリアナは人間として越えてはいけない境界を越えてしまっている。これではまるで、血を浴びて微笑んでいたあの夫人と同じだ。
「マリアナ、貴女は罪を認めて罰を受けるべきだわ……」
「いい子ちゃんぶって、笑える。偉そうに説教垂れる身分じゃないこと分かってるの」
後ろから突然羽交い絞めにされた。丸太のように太い腕。体躯はジュディの二倍はあるだろうか。凶悪な顔をした男がにやにやとしながらジュディの細い腕をとらえている。
「なっ、離して!」
「残念ねえ。あの双子と乗り込んできたなら勝ち目があったんでしょうけれど。ここにはあんたを助けてくれる人間なんかいないわよ」
にんまりと裂けそうなほど笑顔を浮かべてマリアナがにじり寄ってくる。口を華奢な手で塞がれる。もがいても、手が吸い付くように離れない。じわじわと呼吸ができなくなり、喉の奥に石が詰められるような切迫感に吐き気がこみあげてきた。
「地獄をみせてあげる」
遠くで賑やかな楽団の音楽が聞こえる。踏み鳴らす靴の音。人の声。ぐちゃぐちゃと音が聞こえるのに、ジュディの声に誰も気が付いた様子はなかった。
――馬鹿だ。力もない癖に、正義を貫こうとしていた。
カインとアベル。二人に助けを求めてもしょうがない。けれど、もがきながら、ジュディの頭に浮かんだのは二人の顔だった。
二人を見分けられる人間を見つけられるだろうか。ジュディのように誰かに騙されて、傷つけてしまった人間でなければいい。与えられる愛を素直に受け止めて、返せるような人だといい。けれど、ジュディが狭心だからだろうか。そんな人間が一生現れて欲しくないとも思うのだ。純粋に面白くないからという理由だけで、名前も知らないその人物に嫉妬していた。
腹を殴られて、意識が遠のく。瞼の裏にいる双子に手を伸ばす。だがジュディの手を誰もつかんではくれなかった。
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