3 / 18
ⅲ
しおりを挟むマリオの屋敷についたリジナは、執事に案内され、屋敷の中に入った。
執事が暗示をかけられていたのは、本当のことのようで、突き返してしまったと謝られる始末だ。
こちらこそと謝りつつ、夕日に暮れて鮮やかに照らされるマリオの屋敷を眺める。
マリオの趣味が反映されて建築された屋敷は、教会のような厳粛さを纏っている。中央は中庭になっており、リジナが通されたの応接間は、マリオの部屋に一番近い場所だった。
そわそわしながら待っていると、手櫛で髪を整えながら、慌てた様子でマリオが入ってきた。ラフなシャツとズボン姿。どこか、艶やかな色気がある。
眠っていたらしい。
厳格なマリオが寝癖をつけたままリジナの前に現れたのだ。
リジナのはつい、くすりと笑ってしまった。
マリオはきゅっと切なそうに眉を寄せると、小さな声で笑うなと呟いた。
「そこまで急がなくてもよかったんだよ?」
「……君を待たせたくなかった」
はっとしてマリオを覗き込む。淡く微笑している。鼓動が高まる。好きだと告げられているような愛おしそうな目だ。
ーーそんな目をするのに、婚約を解消したいの?
マリオの気持ちがわからない。けれど、嫌われているわけではないらしい。それに、安心する。
「突然、来てごめん。マリオと、どうしても話したくて」
「ああ、示談の書類をつくると言っていた。それを、見に来た?」
マリオは、影のある暗い表情でリジナを凝視した。責めるような眼差しに、リジナは首を振る。
「マリオと婚約を破棄したくないよ」
「それは、私の台詞だ」
早口でそう告げたマリオは、唇を引き結んだ。リジナは首を傾げる。ならば、なぜ、婚約を破棄したいのだろうか。
「私は、リジナと結婚したい。けれど、君がーー」
「私?」
マリオは視線をリジナから逸らすと、応接間を見渡した。使われていない暖炉に視線がながれ、自嘲するように笑った。
「君は、双子と結婚したいのだろう?」
「え?」
「テオドールとリチャード。君の魔術師達と」
「ええ!?」
「どうして、そうまで、えしか言わない?」
リジナが双子と結婚したい? そんなわけない。リジナが生涯をともにしたいと思うのはマリオただ一人だ。
双子は、魔術師としては可愛い子達だと思っている。けれど、それは魔術師としてだ。
マリオとは比べものにならない。
そもそも、魔術師と主は結婚を禁止されている。魔術師が主を溺愛し過ぎて屋敷に監禁し、夜な夜な快楽に溺れ、使命を忘れてしまった事例があるからだ。
「違う? ナツミもファウストも、そうだと。特にファウストは、昼間やってきて私を叩きのめしてきた。君と双子は思い合っているから、入り込む余地はないと。おかげで、ふて寝をするはめに」
ファウスト! 意地が悪い。とりなしてくれると言っていたのに、ややこしくしている。
ここにいたら叱りつけてやったのに、とリジナは拳を握った。
「ま、待って。ナツミもなにか言っていたの?」
「君が双子と、せ、接吻した姿を見たと」
「え!? そ、そんなわけない!」
唇は、マリオのためにとっているのだ。唇に手を当てて、隠す。
その姿を、邪推したのか、マリオの視線は凍てつくように冷ややかなものになる。
「あの双子、君の甘そうな唇を奪ったのだろう? 私が、一番にもらうはずだったのに」
「ま、まって!」
「嫌な妄想ばかりしてしまう。長年、私を騙し、双子と姦通していたの?」
机に手をつき乗り出したリジナを氷のような温度で視線が這う。不機嫌さを隠さずに、マリオは言葉をつらそうに捻り出す。
「私は、君が好きだ。幸せになって欲しい。双子がいいというなら、一時はそうしてやろうと。どうせ、魔術師に幻滅するようになる」
マリオは、カシスに声を奪われている。声が出せないということが、どれだけ心に傷を残したか。
言いたいことが言えず、会話に混ざれない苦痛。魔術師にあたえられた痛みは、まだ消えていないのだ。
魔術師と言ったとき、声が低くなった。
マリオ、とリジナは名前を呼んだ。
「婚約を解消したいと言ったのは、君への当てつけの部分もある。私は、一途に君を思っていたのに、他の奴に唇を奪われるなんて。不貞だ」
「でも、マリオはナツミのことが好きだって」
「確かに、ナツミのことが好きだと言ったけれど。君だって、嘘だとわかってくれただろうに。この身が熱を発していないのだから」
マリオはおずおずと手を差しのばし、リジナの手のひらの上に重ねた。
厳粛な誓いを交わした。浮気はしないと。したら、マリオは高熱に浮かされる。
「熱い」
「それは、君に触れているから」
「……うん」
なんだか、恥ずかしい。
「ナツミには芝居を頼んだ。彼女は、ああ見えて既婚者だ」
「え!?」
「今日の君は、え、ばかり言う。もっと言うといい。なんだか楽しくなってきた」
「既婚者なの!?」
どう考えても、まだ成人前の少女だ。
「子供もいるそうだ」
「こ、こども!? ニホン、摩訶不思議すぎるわ! どう考えても、十代前半……」
「それで、リジナ。やはり、双子と結ばれたい? 私をすてて?」
憂いを帯びる青い瞳は、一途で、綺麗だ。
リジナはうっとりと見惚れた。
「私はしたくない。だから、実はまだ、何も手をつけていない。君を他の奴にやるなんて、考えただけでも苛立つ」
「うん。私も。腹が立った。ナツミが、好きだなんて、嘘でも嫌だよ。それに手紙」
「手紙?」
マリオはどうしたと言わんばかりに首を傾げた。
「手紙くれなくなったから」
「それは……君が手紙を寄越すなと書いたじゃないか」
「え?」
きっと、双子だ!
執事のときのように、双子が勝手に妨害したのだ。
「双子の仕業だと思う」
マリオは、むっと唇の端を下げた。
「ひどい奴らだ、私のリジナの唇も奪っている癖に」
「奪われてないよ!」
あらん限り声をしぼりあげる。恥ずかしくて、顔が真っ赤だ。
「なら、なんで唇を許したの」
「それをきちんと説明させて。ナツミは、いつ、私がテオドールとリチャードと口付けているところを見たの?」
リジナも、双子も、滅多に一緒に外に出ることがない。ナツミはいつ、そんな場面を見たというのだろうか。
「この間、ファウストの主宰した夜会があっただろう。それに、ナツミも参加していた。そのときに見たと言っていた」
「あっ……」
その日、双子にせがまれて頬に口付けをした。もしかしたら、それが唇にしたように見えたのだろうか。
マリオは、リジナをじっと熱心に見つめている。唇がぷるぷると震えていた。
「やっぱり、君は」
「違うよ! たぶん、ナツミは頬にしたのを、錯覚したのだろうと思う」
「本当に? ファウストも言っていた」
「ファウストの言葉は事実無根だから、信じないで欲しい。……あのね、マリオ」
リジナは机を回り込んで、マリオの椅子の前に跪く。
手をとって、マリオの手に自分の頭を擦り付ける。
「私、マリオのために、誰にも唇を捧げていないよ」
マリオの纏う雰囲気が軟化した。
さわさわと頭を撫でられる。双子が、リジナにもっとしてとせがむ理由がわかった。とても、気持ちがいい。
マリオを見上げた。
「では、双子のことは好きではない?」
「私、マリオのことが大好きだもの」
「大好きなだけ? 私は、君を愛しているのに?」
「うん……愛している」
「口付けても?」
頷いて、すぐに、マリオの顔が近づいてくる。
とろけそうなほど、甘く、深い愉悦が走る。
リジナは、ぎゅっとマリオの手をつかんだ。
ゆっくりとマリオの唇が、口内に入り込んでくる。
じんじんと甘い疼きが胸に広がる。
顔を離したマリオは、にっこりと柔順に微笑んだ。
「リジナはお菓子のように甘い」
「うん、マリオも」
「もっと、味わっていい。私も、リジナの唇が食べたい」
唇が重なる。もっともっととリジナがせがむと、マリオはそれにこたえた。
10
お気に入りに追加
260
あなたにおすすめの小説
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
伯爵様の恋はウール100%
cyaru
恋愛
ヘリン8歳、スカッド10歳で結ばれた婚約は期限のある婚約。
スカッドのゼスト公爵家にへリンのボーン子爵家が資金を融資する事が起因の婚約は完済をするまでの10年間と期限を設けた婚約だった。
顔合わせの日、スカッドはへリンを一目見て恋に落ちる。ヘリンも兄を慕うような感情からやがてスカッドに恋心を抱き、周囲も2人を結婚させてもいいのでは?と思うようになっていた。。
15歳となったへリンのデヴュタントの翌月、領地で暮らしていたスカッドの従妹スナーチェが婚約が締結されたため王都に戻ってきた事でスカッドとヘリンの間に距離が出来始める。
スナーチェが領地に行くまでは双子のように育ったスカッドとスナーチェは距離が近い。まるで恋人か蜜月の夫婦の距離感。
スカッドもスナーチェも「異性として見ていない」というが、ヘリンはその感覚がよく判らない。
スナーチェの婚約者も交えて2組だけで茶の席を設けても「恋人同士は向かい合うもの」だとスナーチェは言い、ヘリンの隣には何故かスナーチェの婚約者。
スナーチェの婚約者フェルメルも目の前の光景には首を傾げる。
嫉妬からくる我儘なのだと我慢を重ねるヘリンだったが、我慢にも限界があった。
スカッドはカッとなってしまいヘリンの頬を張ってしまったのだった。
★プロローグは前半のダイジェストみたいなものです。ここに書ききれない内容紹介と思ってください。
★外道な作者なので息抜きの為に世界観を全てぶち壊す「閑話休題」を投げ込みます。「ショウワァ警報」が発令中ですので、冒頭にはスルーを強く推奨する文言を入れますが、ブラウザバック、シャットダウンなど回避にご協力頂けますと幸いです。
★9月22日22時22分にプロローグ投稿(←作者がこだわってます)
★本編は9月23日10時10分が第1話。完結は9月24日22時22分です。
★24日の始め位までが出会いから婚約破棄に至るまで。イラっと展開長いです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】昨日までの愛は虚像でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。
「好き」の距離
饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。
伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。
以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる