前世は聖女だったらしいのですが、全く覚えていません

夏目

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誓約

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 お針子達の死体は広間に置かれたままだった。
 オズを助けようとした殺されたドロシーのように、本来ならば魔女に触れることは穢れが移るとされ、禁忌とされてきた。それこそ、殺されてもおかしくないと判断されるほど。
 見知った彼女達が魔女だとは決して思わないが、否定する材料があるわけではない。

 そもそも、もし仮に証拠があったとしても孤児のドロシーの意見など黙殺されるだろう。
 異端審問官が罰した。そのことより正しいと誰も思わないだろうから。

「どうして、あんなことに。……シャイロック様は、彼女達が魔女だと思いますか?」

 台車に戻り、伸びをするシャイロックに問いかける。彼はあんな悲惨な死体を見たというのに、顔色ひとつ変わらず、涼やかなものだ。
 魔法使いには良心がない。邪悪な存在。そんな言葉が頭をかすめる。

「違うだろうな。そもそも、異端審問官が罰を食らわせたのかも怪しい」

「……え? どういうことですか」

「異端審問官どもは、聖具によって魔法使い達を磔にする。さっき見た女達は皆、巨大な釘でつるされていたがあれは聖具でもなんでもなかった」

 処刑とは宗教的儀式でもあると、シャイロックは淡々と語った。

「モナークの威光を示すという意も込められているからな。模倣犯……というものおかしいだろうが、異端審問官がやったと思わせようとしているのは確かだろう」

 ドロシーは眉を顰めた。どういうことだ?
 異端審問官がやったように見せかけるために磔にされて殺されたのか?
 でも、なぜ、そんなことを?

「ふむ」シャイロックは鷹揚に頷くと、台車から降りた。「少し、調べるとするか」
 ドロシーが止める暇もなかった。彼は速足でお針子達が作業していた家に入っていく。

「シャイロック様!」

 慌てて追いかける。
 シャイロックから貰ったこの服は動きづらい。
 扉は軽い音を立てて閉まる。扉の上に飾られた傾いた天秤が落ちそうになった。
 夕日が差し込まないので家全体は暗く、どことなく重苦しい空気が漂っていた。いつも賑やかな場所だったのに、今ではシャイロックとドロシーの足音しか聞こえない。

 シャイロックはランプに火を灯すと、ゆらゆらと部屋全体を照らしてみせた。
 机の上は綺麗に整頓されていて、争ったあともない。全体的に掃除されているのか、布切れ一つ落ちてはいなかった。

 ハサミや針も一箇所にまとめて置かれていた。仕事終わりのように見えた。
 刺繍が途中のドレスも、縫い付けているものも、綺麗にトルソーにかけられている。

「ドロシー、お前、食事を分け与えたのか?」

「ち、違……、そう、です……」

 言い訳をしようとした自分を押し殺してドロシーはゆっくり頷いた。

「異端審問官もどきは俺の魔力を感じ取ってあの女どもを殺したのかもしれん」

「……え?」

「馬鹿なことをしたものだ」

 シャイロックが指を振ると、ハサミと針が人間のように踊り出した。
 くるりくるりと身を翻しながら、懸命に机に線を残していく。それが文字を象っているようだと思ったけれど、ドロシーには読めなかった。

「お針子の皆はシャイロック様に会っていませんよね? どうして、シャイロック様が原因になるんですか」

「お前にやった料理には俺の魔力が込められていた」

「……、ま、魔力?」

「傷の治りが早くなるのでな。だがお前は少しも食べてはいないようだな」

「た、食べました!」

 ドロシーはパンのもっちりとした食感を思い出し頭を振った。
 シャイロックには惨めな自分を知られたくなかった。
 孤児達はドロシーが貰ったものを自分のものだと思い込んでいる。
 だから少しだって残らなかった。
 パンが残ったのは、子供達が腹いっぱいになったから。そのパンも千切って、千切って、小指の先ほどの大きさしかなかった。

「パンを食べたんです。あれはシャイロック様が私に下さったものだから」

「パンだけか? 他のものも与えてやっただろう。お前だけに」

「わ、私の、ものを」

 あの子達が勝手に盗ったんです。
 言いかけて、口を押さえる。シャイロックは楽しげに口元を緩めた。

「盗られたのか」

「違……い、ます。孤児院のみんなで分けたんです」

「だが、俺の渡した寸胴がここにあるようだが」

「そ、それは……」

 見ると、かまどの近くに汚れた寸胴が置いてあった。なかは空っぽだ。シチューの液だけが、取っ手についている。

「仕事を休む代わりに貰うと言われて」

 シャイロックは寸胴をふわりと魔法で浮かせると、次の瞬間には視界から消してみせた。そこにあったはずの汚れた寸胴はどこにもない。

「お前の雇い主は全員、屑ばかりか? 他人を殺そうとする能無し男に、乞食とは」

「こ、こじき……」

 強烈な毒気にドロシーは目眩がした。ここまで痛烈な批判を聞いたことがなかった。

「盗人のネズミが串刺しにされた謎を俺のような高貴な男が解かなくてはならないのか。もはや明白なのに?」

「明白って……。皆が殺された理由が分かったってことですか?」

「お前のかわりに俺のシチューを腹におさめたせいだ」

 さっと、顔から血の気が引いていく。

「俺の魔力の残滓を嗅ぎ取ったハイエナが、愚かにも魔女の集会とでも誤認して殺したんだろう」

「シチューを食べたせいって、ことですか?」

「先ほどそう言ったはずだが?」

 話を聞いていなかったのかと、シャイロックは呆れた声を出す。

「わ、私がシチューを渡したから?」

「なんだ、自分のせいだとでも言うつもりか?」

 実際、そうではないか。
 ドロシーがシチューを渡さなければ、お針子達は死ななかった。
 殺されることはなかったはずだ。
 胃酸が喉の奥から噴き上がる。
 とっさに口を押さえた。

「馬鹿らしい。豚のように貪り食った獣どもに同情が必要か? お前は盗られたのだろうに」

 意見しようとしたが、歯の奥から熱い液体が駆け上がってきて喋れなくなる。
 みんなーー串刺しになった。
 腹を刺され、目玉をくり抜かれた。
 魔女だと、晒し者にされた。

 傷つけるつもりはなかった。ドロシーはただ奪われた被害者だったはずなのに、いつの間にか彼女達が惨たらしく死んだ原因になっていた。
 ドロシーはオズを助けたかっただけなのに、人が死んでいく。どうして、こうなる?
 シャイロックのせいか? でも、彼はドロシーの傷を治すために料理を作って魔力を込めたという。

 その善意を、ドロシー自身の罪を軽くするための免罪符にするつもりなのか?

「やめておけ。そもそももう死んだ人間達を思ってどうなる? 豚どもはお前の忘れられない『仲間』だったのか」

 お針子達は貧しい商人や職人の娘だったはずだ。
 彼女達がドロシーと名前を呼ぶことはなかった。いつも、ねえ、とかあんた、とかそういう名前で呼ばれていた。
 ハサミとって、ほつれた糸を捨てて。まだ縫い終わらないの、愚図ねえ。あのこ、孤児なんでしょう。
 かわいそう、カワイソウ。
 親に捨てられるだなんてーー。

 徹頭徹尾、ドロシーは孤児の子供で彼女達にとっては同僚でしかなかったのだ。けれど、それはドロシーも同じだ。彼女達の名前が一人として出てこない。ぼんやりとして、曖昧で、一人一人の形が混ざり合っている。

 名前を進んで覚えるような人たちじゃなかった。
 そんな人達のことを本当に心配して目の前が真っ暗になっていた自分がとんでもなく恐ろしい存在に思えてきた。
 自意識過剰で、全てのことが自分のせいだと後悔しているような、そんな気分になってくる。
 名前さえ、ろくに分からないのに……。

「仲間じゃあ、ありませんでした……」

「では何の問題もない。問題なのは異端審問を気取る人間の存在だろう。魔法使いや魔女はありふれている。俺という魔法使いではなく、俺の魔力を含んだ者を始末するなど、気が違えているとしか思えん」

「ど、どういうことですか?」

「なぜ俺を襲わん」

 ――え?

 ドロシーは瞬きを繰り返す。

「シャイロック様が魔力を隠しているからではないのですか?」

「この俺がどうして魔力を隠さねばならない? 敵になるものなど、いるものか。誰よりも俺は強い。魔力を隠す方が面倒だ」

「待って下さい」

 ならば何故、シャイロック自身が狙われない?
 彼の言う通りだ。魔力が分かるのならばシャイロック自身を突き止めればいい。お針子達は魔女ではない。魔力を嗅ぎ取ってきたとしても、そもそも食事に込めた魔力だけで魔女だと断じられるものなのだろうか?

 大体、魔女の集会だと思ったとして、彼女達がやっていたのは集会ではなく、仕事だ。王都で行われる舞踏会のためのドレスを日々縫い上げていた。王都のショップで並ぶのだと聞いている。

 お針子達を殺した人間には区別がつかなかった? それとも、本当に魔女達だと信じ切っていたのか?

「シャイロック様は異端審問官に狙われていないんですよね」

「この街に来てから一度も襲われたことはない」

「な、何故? 魔力を隠してもいないのに。お針子の皆は食べたその日に殺されたのに?」

「どうしてだと思う?」

 シャイロックが眼鏡の奥から問いかける。黒いレンズ越しに、妖しく瞳が輝いている……。
 ドロシーが出す答えを、シャイロックは求めている。

「――殺している人間は、魔法使いと普通の人間との違いが分からないのでは。ほ、本人に、見分ける力はなくて、魔力が分かる道具を使っているんじゃないかと思って」

 ドロシーには魔力は見えない。
 そもそも、魔力とは見えるものなのだろうか。感じるもの?
 匂いがするのか。パンの匂いのように?
 魔女や魔法使い達は魔法を使う。その痕跡こそ、彼らを見分けるものだと思っていた。そうではないのだとしたら、魔力を感知する道具というのがあるのではないか。

「道具を確認したら、魔力があった。だから、魔女だと思った。殺した人間は魔法を使うということがどういうことだか分からなかった。だから、ただのお針子仕事が、魔女集会に見えた……」

 どうでしょうかと視線で問いかける。ドロシーはシャイロックの採点を待った。

「――秤とは何だ」

「え? あ、えっ、秤、ですか? あの、モナーク神は天秤を通じて、人々の罪をはかるーーですよね? モナーク神の象徴で、聖職者ならば誰でも持っていて……」

「では何故、秤が扉についている」

「あーー」

 扉に走り、秤を掴む。秤は傾いていた。最初はただ、傾いてしまっているだけだと思ったが、手にとってもぴくりとも動かない。

「こ、これ何なんでしょうか、シャイロック様」

「魔具の類だ。魔力感知機能がある。魔力を感知したら、天秤が左に傾く」

「どうしてこんなものがここに……」

「ここにでは、ないだろう」

 シャイロックはつるりとした眼鏡の縁をなぞる。伶俐な視線は一つの惑いもないように天秤へと注がれている。

「この街のどの家にもこれは飾られているだろう」

「天秤が傾けば、魔女だと、魔法使いだと、断罪するために、ですか?」

「そうだと分かっていれば、皆好んで扉に飾ったりはしまい。これはただの贈り物として渡された。そうとは知らずに皆が有り難がって扉につけたのだろう」

「シャイロック様はこの天秤が誰によって配られたのか知っているのですか?」

 首を振ったシャイロックはしかし、とはっきりと声を出した。

「誰とは言えずとも、組織の名前は分かるーー教会の連中だろう」

「神父様達が?」

「よくある話だ。万聖祭の日を記念してと秤を配り歩き、ご利益があるからと扉に秤を飾らせる。街で殺人があれば、聖職者どもはすぐに街中を見てまわる。――それが魔法使いの仕業ではないことを確認する為に」

「でも今回は殺人があとです」

 殺人が起こったあとに見回ったのではなく、見回って秤が傾いていたから、殺した。
 ぞっとする可能性が頭をよぎる。
 ドロシーの街はどうなってしまったのだろう。西の街は活気のある街で、後ろ暗い殺人なんてそうそうないはずだ。

 スリだってすぐに自警団の人が捕まえるような街なのに。


「ならば簡単だ。犯人は神父の中の誰かだ。秤の事情を知っており、町中を見回りしても怪しまれないもの。見回りをして、乞食達の家を訪ねても警戒されないもの」

「神父様が、お針子の皆を殺した?」

 ならば、オズを殺したのもその誰か分からない神父様の一人なのだろうか?
 ドロシー達が寝起きするボロ屋には扉らしいものなんてない。秤だって、貰ったことは一度もなかった。飾ってもいない。秤は売れば金になる。パン代になるものを飾るなんてしない。

 そもそも、前の二つで、オズはシャイロックの食事を食べていない。ドロシーがもらったものなんだから。
 オズに魔力なんて、あるはずがない……。

 じゃあ、オズを殺したのはお針子達を殺した人と違うのか?

「教会に、人殺しがいる?」

「その神父は人ではなく魔を殺したと信じているだろうがな。犯人が知りたいか?」

 こくりと頷いた。シャイロックは魔法使いだから、犯人を見つけるすべがあるのだろうか?

「ならば、今日の夜に迎えを寄越す」

「夜、ですか?」

「ああ、腹ごしらえをして仮眠を取っておけ。夜は捕物になる」

 秤を投げ捨てて、シャイロックが家の外へと移動し始める。もう、彼の興味はここにはないのだろう。着いていくのが精一杯の速度だった。
 扉を閉める瞬間、振り返った。
 針と糸が見えた。
 最初の頃は指に何度も何度も針が刺さった。ぷくりと吹き出てくる血を服で拭うと、女将さんが衣装に色がつく! と怒鳴った。
 周りの子が色々と教えてくれて、指抜きのお古をくれた。

 給料日に孤児だからという理由で、意地悪なお針子に食事を奢らされたこともあった。それを止めなかった他のお針子がお菓子をこっそり渡してきたこともあった。
 今では誰もいない。皆、殺されてしまった。

 扉が閉まる。

 ――もう、ここには二度と来ない。

 静かな家を出る。ドロシーが縫っていた、王都に向かうはずだったドレスは中途半端な刺繍のままで捨てられるのだろうか?
 それだけが、気になった。



 孤児院に帰る途中のことだった。シャイロックの乗る台車をひきながら歩いていると、錬金術師姿のオズに出会した。先生と一緒だ。
 錬金術師は見習いであっても白い外套と黒手袋を着用していなくてならないと義務付けられていた。

 錬金術師であった英雄の一人の功績を讃えてとのことだったが、オズは暑い、重いといつも不満そうだった。
 意地悪でシスター達に服を隠されたことがあってからは孤児院に服を持ってかえるのもやめてしまった。先生の家に置いて帰るのでオズの錬金術師姿を見るのは久しぶりだった。

「何やってるんだ、ドロシー」

「オズ! おかえりなさい」

 台車を停めて、先生に頭を下げる。こんばんはと、先生はドロシーに挨拶してくれた。
 二人とも衣装が同じだ。歩いてきた方向には先生の工房がある。これから正装してどこかに向かうのだろうか?

「先生も、オズも、もしかしてまだお仕事がありますか?」

「……ドロシーこそ、仕事はどうしたんだ? お針子の」

「あ……」

 どう説明したらいいものか分からずドロシーは口を噤んだ。
 皆、魔女と間違われて死んでしまいました? 広場に磔にされています?
 言葉が見つからず視線を泳がせる。
 不審な顔をして、オズが近寄ってきた。

「ドロシー、どうした? というかなんだその格好」

「あ……。これは色々あって。仕事はその、なくなったの」

「仕事が? 王都の社交シーズンはもうすぐなのに、あの女将が仕事を休みにしたのか?」

「……違う。皆が、亡くなったの」

 先生がさっと表情をなくした。オズは咀嚼するように首を捻ると、ぽつりと落とすように声をあげる。

「広間の魔女騒ぎは、それか」

「知っていたんだ」

「先生が呼ばれた。本当に魔女かどうかを確かめて欲しいって。領主様に」

 西の街の領主様。この街の一番高い場所に住んでいる方だ。ドロシーは勿論、その姿を見たことはなかった。

「領主の知り合いが殺されでもしたか」

 振り返ると、台車の縁に肘をついてシャイロックが興味なさげに眼鏡を触っていた。

「……誰?」

「領主が市井の魔女に興味を示すとは思えん。ここの領主はそうモナークに熱心な方でもなかったはずだが」

「……領主様の従兄弟の奥方もお針子として通っていたそうです。魔女なはずはないと、直談判をして我らに召集をかけられた」

「一介の錬金術師風情に魔女の真贋がつくとは思えんが」

 一介の錬金術師ではない。ドロシーは詳しく知らないが、それでもケンタウロスと人間の混血児である先生は二百歳を越える生き物だときいていた。
 長い人生のなかで、領主の御用聞をしていたときもあったのだと噂で聞いたことがあった。

「――貴方様にとってはわたくしなど、青二才にしか思えませんか」

「先生はシャイロック様とお知り合いなんですか?」

 西の街の錬金術師である先生が、魔法使いであるシャイロックと交流があるとは思えず首を傾げる。

「知らん男だ」

「ご挨拶したことは一度もありませんでしたが、あの凱旋パレードをーー」

 メキッと音を立てて眼鏡が割れた。ぽろぽろと砂のようになりながら、ネジが落ちる。睨みつけるような視線をシャイロックは先生に向けていた。
 ぞっとするほど表情からは色がない。ただ、不快感を表すように瞳だけがギラついていた。


「何を、誰を見たと?」

「竜、様」

「お前はあの時、王都にいたと? ならば、あの悪趣味な処刑にも立ち会ったのか」

「お、お許しを、どうか、お許しを」

「立ち会ったのかと訊いている」

 今にも跪きそうな先生を見てギョッとしたドロシーは台車に近付き、眼鏡の破片を取り上げた。

「怪我をしてしまいます」

「……ん」

「レンズが……。似合っていらしたのに、割れてしまいましたね」

 ぱちんと、指を鳴らすと眼鏡はゆるゆると浮き上がり、元の姿に戻っていく。縁が矯正され、レンズがハマる。シャイロックは掛け直すと、ふっと不敵に笑ってみせた。

「似合っているか?」

「は、はい」

「――あんた、魔法使いか?」

 鋭いオズの声が飛ぶ。

「ドロシー、そこから離れて。この男、魔法使いだ」

「おやめなさい。オズ」

「先生、魔女じゃなくて、魔法使いがいた。領主様に突き出さなくては」

「そのお方は私やお前などでは敵わないよ。文字通り、年季の違う方だから」

 先生の言葉を無視してオズはドロシーの腕を掴むと、シャイロックと間をあけるように遠ざけた。

「オズ、シャイロック様は悪い魔法使いじゃないよ」

「魔法使いに善いも悪いもあるものか。ドロシー、魔法使いと仲良くしてるってだけで魔王に通じてると思われてもおかしくないんだ」

「シャイロック様が! 私の怪我の傷を治して下さったの。オズも食べたでしょう? 昨日パンを下さったのだって、シャイロック様だ」

「それは賄賂みたいなものだろ。懐柔しようとしてるんだよ」

「孤児の私を? どんな理由があって?」

「――ドロシーを魔法か何かの実験に使おうとしてるんだ。孤児だったら親もいない。いなくなっても探そうとする奴なんていないからって。お菓子につられて人攫いにあった孤児の話を聞いたことがある。それと同じだ」

 違う、違う。首を振った。ドロシーにオズの言葉を否定できるところなんてない。
 馬鹿なドロシーにだって分かる。シャイロックには裏がある。
 けれど、信じていたい自分もいた。彼のお世話をして、お金を稼ぐ。オズのことも救って胸を張って生きられるーー孤児の自分でも。

 シャイロックは奇特で、孤児にも優しい人なのだと、信じたかった。

「随分な言われようだな」

「違うって誓えるか? 魔法使いは誓約をするんだろ? 出来るならばやってみろよ」

「誓約……?」

 さっぱり分からない。魔法使いを魔法使いたらしめる何か、なのだろうか?

「賢神たる俺、シャイロックに誓う。ドロシーを実験の被験体にすることはない」

「――は」

「重ねて誓う。俺はこの女のことを必ず雇い、何不自由ない暮らしをさせてやる」

「な、何を」

「お前が言っていた誓約を交わしてやったというのに、何を驚いている?」

 狼狽したオズはドロシーを守るように前に立った。

「その誓いを破れば、力を失うって話だろ」

「だとして、それに何の問題がある? 俺が俺に誓いを立て破ったことなど一度たりともない」

「――あんた、本当に何なんだ? ドロシーに何で近づくんだ」

 シャイロックは何も答えずただじいっとドロシーを見つめた。
 オズの体を押して、シャイロックに近づく。彼は満足そうに頷くと、ドロシーを見上げてきた。

「だ、大丈夫なんですか? その、誓約というのをして」

 尋ねたいことはたくさんあったが、まずそれを知りたかった。
 ドロシーにとっては願ってもないことだ。オズを助けた後、働き口が手に入る。
 けれど、魔法使いにとって誓約をすると危ないのではないか。現にオズは力を失うと言っていた。

「構わんだろう。古いまじないのようなものだ。今ではこういう誓約ごとに使われることも少ない」

「そう、なんですか?」

「ああ、それに俺が誓いを破るはずもない」

 透徹とした瞳は先ほどの激情を消してしまったように静かだった。
 安心して、シャイロックを見下ろす。視界の端に難しい顔をしたオズが映った。

「シャイロック様、その、竜様というのは?」

「知らずにこの方の側にいたのか」

 呆れよりも驚愕を露わにして先生が呟いた。

「も、申し訳ありません。有名な人だったのですか?」

 ジルのように、伯爵と呼ばれる人なのだろうか。
 六色貴族の話を彼は言っていた。英雄達の一族。シャイロックもその中の一人なのだろうか。
 シャイロックも色を冠する?

「六色貴族様、なのでしょうか」

 竜と呼ばれるということは竜の末裔?
 ――あれ、だがそれはジルのことではなかったか。
 青伯爵。竜の血を引く一族。

「六色貴族? とんでもない。この方は救国の英雄。魔王を倒した聖女の竜。伝説そのものだ」

「――はい?」




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