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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟むぴきんと、空気が凍りつく。
フィリップ兄様は気にしないというように続けようとした。
「ま、待って下さい。マイク兄様が旅立たれてからレオン兄様がフィリップ兄様を殺そうとしたのですか?」
「そうだが」
「な、何故?」
さて、とフィリップ兄様は首を振った。
「分からない。レオン兄上本人に尋ねてみては?」
「フィリップ兄様は尋ねたのですか?」
「尋ねる理由ないだろ。というか、流石のぼくでも聞きにくい」
「そ、それはそうですね……」
自分でも馬鹿なことを聞いてしまったと思った。何故殺そうとしたのかなんて、本人に聞けるはずもない。
「というか、疑わないのか? レオン兄上がぼくを殺そうとしたことを」
「嘘なのですか」
「……お前、今までよく人に裏切られずに生きてこれたな。信用し過ぎなのでは? 人間は嘘をつく生き物だろうに、そうほいほい人の言うことを信じるなんて」
半眼でフィリップ兄様を見上げる。嘘なのか?
「恨めしそうにこちらを見るな。ディアお前案外、愛嬌があるな」
「愛嬌、ですか?」
「ああ、いきなり連絡を寄越したと思ったら、ぼくの企みを全部暴こうとしていただろ。今までぼく達のことに興味なさげだったのに、突然兄弟仲を見透かしたようなことを言って。かと思えば、ぼくの言葉を信じたりして」
「本当に嘘なのですか!?」
「……嘘なものか。本当だよ。レオン兄上に、ぼくは嫌われているらしい。いくらでも理由はつくれるだろうが、まあ、いい機会だからだろう。マイク兄上がいないから、本当にそれだけが理由だろうな」
……ずっと思っていたのけど、もしかして、レオン兄様達は本当は仲が悪いのだろうか。
父王様と宰相はそれなりに仲がいい兄弟だったと聞く。けれど、レオン兄様達にはそれがない。あんなににこやかに話していたのに。それに、フィリップ兄様とマイク兄様は仲良しだった。いや、でもそもそもフィリップ兄様はマイク兄様に殺されかけたのか?
しかも、マイク兄様は自殺願望がある。
というか、フィリップ兄様はレオン兄様に殺されかけたのに、何故か平然としている。もう、何が正常なのかすら分からない。
そういえば、サガルが兄様達ときちんと話をしている姿を見たことがない……。
でも、そもそもサガルの目をあの女が……。
強烈な怒りに目の前が真っ赤になる。じんわりと滲んできた視界を拒むように瞬きをした。
もしかして、私が思っている以上にサガルは兄様達と仲良くないのか?
そもそも、目玉をくり抜く選択を取るぐらい、誰にも頼れないのか?
表面的な関わりしかない?
「人の心というのはよく、分からない。ぼくは欠陥品なのかもしれない。でも、誰かの気持ちを完全に理解するということが本当に可能なのか? 法の元に誰もが平等だと律法家達は説いたが、現実は違う。人は明らかに格差があり、能力に明らかに差異がある。ぼくはレオン兄上より優秀で、マイク兄上より弱い。サガルより美しくない。人は誰しも同じじゃない」
「――分からないからこそ、話し合うのではないのですか」
「話し合っても何一つ解決しないこともある。むしろ亀裂を産むことさえ。ぼくはレオン兄上と何度となく会話を試みたが何一つ状態は好転しなかった。レオン兄上はぼくを殺したがり、マイク兄上に何度となく忠誠を試すような行為をした。どうしてかと問うても答え判然としない。ただ、そうなんだ。レオン兄上がおかしいのかと思ったが、違う。お前も分かるだろう? レオン兄上は、いつもならば情け深い人だ。それなのに、肌の下に悪いものを飼っているように衝動的に殺意が向く。愛おしい子だと頭を撫でて下さった手で殺せと指差す」
指をさされ、狼狽える。
フィリップ兄様は実際にその声を聞いた?
指をさされ、フィリップを殺せという命令をきいた?
「これは人の移り気か? それとも精神疾患の一つか。人間の根幹には疑心と悪意が固まっている? 一つ確かなことは、誰のことも理解出来ないが、自分のことならば分かるということだ。ぼくは、レオン兄上のことが好きだ。マイク兄上のことも。どれだけ殺されかけても恨みはするが、好きなことは変わらない」
「…………フィリップ兄様は、マイク兄様に殺されかけたことがありますか?」
へし折られそうに強い力で、首を絞められたと国王になったフィリップ兄様のことを思い出す。
謝ったら、許してくれるかな。死ぬのが怖いな。
明るくないと眠れないから、ランプは灯ったままだった。
だから、マイク兄様の顔がはっきり見えた。
そう、言っていた。
答えはなかった。ただ、フィリップ兄様は微笑んだ。
肯定も否定もされてはいない。けれど、答えが分かった。
口にしたくないことだと、思ったから。
「不気味な方ですね。というか、普通に怖いです。殺されかけても好きってイカれてるのか? って思いましたよ」
フィリップ兄様の部屋を出て、先ほどクロードに連れて行かれた四阿に戻る。腰掛けて、肩を揉むとイルは無礼とも呼べる言葉を切り出してきた。
「………………イカれてるわよね」
「その沈黙、怖いんですけど」
イルはじっと無表情で私を見つめた。そっと視線を外す。マイク兄様とフィリップ兄様が私を殺そうと計画していたことをこいつには話さない方がいい気がした。
正直な話、私もフィリップ兄様と同じようなところがある。
お二人のことを嫌いにはなれない。ハルのことだって、私を殺したいと言った時だって嫌いにはなれなかった。
「フィリップ兄様が凶行に走らないように止めるにはどうしたらいいと思う?」
「そううまく行くとは思えませんでしたけど。一度、レオン殿下を倒れさせたのに、脚を使い物に出来なかったんですし」
「……レオン兄様が倒れられたのは偶発的なものではないと?」
「あの語り口から察するにそうでしょうね。何か、盛ったんじゃないですか? 倒れ方が悪かったと喧伝しているが、毒の麻痺の後遺症では? と疑ってはいました」
眼鏡の奥の瞳がどんよりとした澱みを映す。夜の底を見たような、暗い眼差し。本能的に瞬きをして、イルを瞳に映さないようにする。
暗殺者としてイルが言葉を口にしているのが本能的に分かった。
「一度失敗したものは警戒されます。それに、誰がやったかバレているものは反撃に合う。今度はフィリップ王子がされる番だ」
「レオン兄様は、フィリップ兄様のように甘くはないでしょうね」
「当たり前です。殺す気でしょうね。……骨肉の争いに巻き込まれるのはごめんです。実際殺されかけたと本人も言っていましたし。監視もされているようだった。――ほら、来た」
何が? と問いかけようと開いた口を閉じる。
レオン兄様のところにいた護衛が私達へ近付いてきていた。ヒースと呼ばれていた男だ。
四十代ぐらいで、見た限り優秀そうな男。レオン兄様も信頼しているとこぼしていた。
「ずっと、レオン殿下の使用人が廊下で聞き耳を立てていたんですよね。扉の前に控えてはいたんですが」
「は、はあ?」
「――フィリップ王子も気がついた様子でしたがね。だから、俺を外に本当に出そうとはしていなかった。何だかうまく番犬として使われた気がして嫌だったんですよ。俺はギスランと貴女のものなんで」
こ、こいつ。なんか、イルすごく……。
なんといっていいか分からないがとても、ギスランと私のものだと口にするとき、幸せそうに笑うものだから妙な気分になった。
「カルディア姫、ご機嫌麗しゅう。申し訳ございませんが、レオン殿下がお呼びでございます。よろしければ、ご案内してもよろしいでしょうか?」
「ええ。私も兄様にご挨拶したいと思っていたの」
頷いて、視線をイルに向ける。彼は懐に忍ばせたナイフをちらりと見せて口の端をあげる。
「案内して」
ヒースの案内をうけて、離宮へと急ぐ。
兄様が、待っている。
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