どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

文字の大きさ
上 下
301 / 317
第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

287

しおりを挟む
 

 考えたって無意味だ。ぐんぐんと空は光をなくし、暗闇に近付いていく。
 音が聞こえる。剣戟の音だ。
 それに川の濁流の轟音。木々がざわざわと揺れる音がする。

 ――大神達の元に落ちるんだ。

 感覚的にそう思った。だが、落ちるというか死ににいくようなものだ。
 私はギスランのように魔術が使えない。空を飛ぶ術も、衝撃を殺す術も持っていない。
 苦労した結果がこれなのか! 叫びたい気分だった。

「は、はなおとめ!」
「――え?」
「はなおとめ、おちる、おちてる!」
「み、ミミズク!」

 真っ白でふわふわとした塊が胸に飛び込んできた。ぐわんと体が傾く。大声でミミズクは私を呼んだ。

「お、お前生きていたの!?」
「ちが、ちがう! はなおとめ、はなおとめ!」

 私の胸の中でミミズクは休もうとしたらしい。羽を畳もうとして、風にさらわれそうになった。慌てて捕まえると、ふー! ふー! と威嚇のような音を喉から出した。
 死んでいたはずのミミズクが現れた。……これは、どういうこと?
 エンドが言っていたのはこういうことなのか。運命律とかいうよく分からないものによってミミズクが蘇った?
 ならば、本当にあの男は私の願いを叶えてくれたのか。
 あとは、神達がミミズクが背の皮の記述を書き換えてくれれば……。
 いや、そもそも、それを言ってくれていたマグ・メルはニコラを殺して……。

「天帝様、いらっしゃる。ぼくのものになって、ぼくを想って。はなおとめ。天帝様の祈り、叶えて」
「……ミミズク」
「はなおとめが生き返らせた。どうして? 天帝様に会いたくないの?」
「お前が背の皮の予備だということを知っているの。どうか世界を元に戻して」

 祈るようにミミズクに訴える。ミミズクが背の皮の記述を元に戻してくれないだろうか。

「元? 元に戻すって、何? 世界は世界だよ。はなおとめは、思う通りに世界を変えたいだけ」
「変えたのは、大神じゃない!」

 こっちは体を穴ボコにされてまで頑張ったんだ。少しぐらい簡単にいかないものか。世界が変わったのだって元はと言えば大神のせいだ。私は元に戻そうとしているだけ。それの何が悪いというのだろう。

「どうして、怒るの?」
「どうして怒らずにいられるのよ。こっちは意味のわからないことに巻き込まれて、やっと元に戻れる方法を見つけたの。お前だって、死んでしまうよりも生きていたいでしょう?」
「……? 知りたい。死んでしまっても」
「は?」

 空が急激に変わる。泥のような色だった。
 死と血の臭いが溢れて、吐き気がおきた。
 ミミズクの言葉を追求できないまま背中が尖った何かにあたった。釘にあたっているみたいだった。背中が擦れて、苦悶の声をあげる。針葉樹林に飛び込んでしまったようだった。痛くてたまらない。
 胸に抱いたミミズクを庇うように丸まった。口の中に葉っぱと枝が入り込んでくる。
 目玉を貫かれないように目をしっかりと瞑った。

「何をしている!」

 いつまでたっても地面に叩きつけられるような衝撃はなかった。
 恐る恐る瞳をあける。真っ赤な髪をした男がこちらを覗き込んでいた。
 リストだと微笑もうとして、すぐに首を振った。彼はリストではない。似ているけれど、全く別物だ。
 八本の腕はどの手にも剣を握っていた。人間とはとても思えない姿だった。

「大神」

 彼が私達を助けてくれたのだ。嬉しさと気まずさで目が泳ぐ。
 そういえば大神に手を差し出されたが、手を取らずに誰かに攫われたのだったか。

「どこに行っていた! 俺の側を離れて、どこに」

 そうして、怒鳴りつけようとした大神が私の腕の中に視線を移し、目を見開き瞳孔を狭める。

「ミミズク」
「……男神様」
「馬鹿な。なぜこれがここにいる。背の皮は、もうすでに。――何を、何をした、はなおとめ。何と契約をした」

 詰問する大神の背後に、あの瞳が見えた。世界を見当たすような巨大な瞳。
 ぱちりとウィンクされた気がした。一瞬、瞳が見えなくなったから。

「このようなことがあるものか。悪魔と契約しようと、叶うことない! どの神も、ミミズクを背の皮を使わずに蘇らせることはできない! ……はなおとめ、お前」
「災厄を招く淫婦! 何をこの世に招いた。理を、ただの人間ごときが関与した!」

 マグ・メルの声だった。嵐のような風の音と共に、地鳴りが響く。

「恋に狂った神の末路がこれか! ほら、よく見よ、大神。お前の罪で星が割れるぞ。早く、俺に寄越せ。はなおとめを食らって、この狂った饗宴をご破算にしてやる!」

 マグ・メルの虫の体はヴァニタスに食らわれながら哄笑を上げている。
 大神は私を見下ろして、微動だにしなかった。ミミズクがか細い声で、世界の終わりに関する聖書の引用を始める。

「はなおとめ、そこまでして惨めに死にたいのか」
「――死にたくなんてない。私はこの終わりをどうにか変えようとしただけ」
「愚かな行為だ。こんなことに意味はない! 春の神が俺の背の皮に触れた。エルシュオン、邪魔をするな! なぜ、こんなことに」

 地面が割れ、泥と汚水が亀裂のなかに吸い込まれていく。その亀裂の中から、今度は別の黒々としたものが溢れてきた。ミミズクが目を見開く。歓喜したように羽根をばたつかせた。

「はなおとめ、背の皮の文字、文字だ!」
「ミミズク!」

 手の中からミミズクが抜け出して、文字のなかに飛び込んでいった。
 怒りに満ちた煮詰まった赤い瞳で、大神が私を見下ろす。
 柔らかい感情のひとつも見つけ出すことは出来なかった。

「愚かなはなおとめ。俺の手を取らずにいるとは。お前はいずれ後悔することになる。俺以外のものを選んだことを。――ああ、切り離したはずの恋が呻く。憎悪の蓋が開く。どうして俺ではないのか。俺を望め。全て、叶えてやれるのに」

 手首をねじ切られると思うほど強く捕まれる。

「後悔しろ」

 ミミズクが飛び込んでから、文字はぐんと嵩を増した。津波のように押し寄せて、私達を飲み込む。

「俺を選ばずに他のものを選んだことを」

 血のような赤が私を抱き締めたような、気がした。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた

いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。 一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!? 「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」 ##### r15は保険です。 2024年12月12日 私生活に余裕が出たため、投稿再開します。 それにあたって一部を再編集します。 設定や話の流れに変更はありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...