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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「叶えるって……」
「大神の蛮行を食い止める。どこに行けばいいのかは分かっている。この……車という乗り物で今からそこに向かうつもりだ」
つ、都合が良すぎないだろうか。何もかも。
突然現れて、危機を救い出し解決のための糸口まで提供してくれる?
それが本当ならばとんでもない奇跡だ。検討がつかないことだらけだったのに、この男は全てを知っているというのだろうか。
「忙しないな」
「せ、ど、どこが?」
「頭の中だ。はなおとめは愉快だ。愛らしい」
ヴィクターは臆面もなくそう言い捨てる。
いや、ヴィクターの口を借りた天帝の言葉なのか?
「全てを知っているということではないが、死に神の降臨は仕組まれたことだろう。私の番を飛ばして、好き勝手にやってくれる」
「わ、私の頭の中が読めるの?!」
ありえない。そんなこと。
表情を読んで、ヴィクターがデタラメを言っているのではないか。
「ヴィクターはそこまで器用な男ではないよ。それに、この男の本質は高慢だ。あまり心を傾けすぎるのはよくはない」
「!」
本当に聴こえるのか!?
ど、どうしよう。頭の中を覗かれている?
どう構えればいい。神々しさなんて微塵も感じられないのに、人離れした能力を見せつけられると本当にハルの中に入っているのが天帝な気がしてきた。
天帝だと本心から信じていいのか?
ヴィクターは答えなかった。こいつ自身が聞こえているのではなく、天帝だけが聞こえているのか。だから、天帝が答えなければヴィクターは私の疑問には答えない?
「疑問があるならばその可愛らしい唇で告げてくれ。答えよう」
「……わ、私の頭を……。いえ、今はそんな話はいいわ。お、お前の番というのは?」
「伴侶を決める順番のことだ。神は伴侶を選ぶ。私はもう決めていたので女神に時間を譲っていたがその隙間にするりと死に神に入り込まれた」
「女神? ……女神リナリナ?」
「そうだ。死に神は眷属達を呼びあつめ、あの目に対抗するつもりのようだな」
「空に浮かぶあの目はなんなの?」
太陽ではないことは確かだが、よく分からない。巨人のものだと言われれば納得できそうだが、それだけとも思えない。
禍々しさというか、この世の物ならぬ恐ろしさを感じる。
「異世界の民だ」
「異世界の……民?」
「昔、父神が戦をした。この話を聞いたことは?」
「い、いえ……。でも、ちらりと聞いたことがあるわ。大神は昔、剣神と呼ばれていて、死に神は術神と呼ばれていたと」
そのとき思ったのだ。神は一体誰に剣を向けるのだろう、と。
神と人では相手にならないだろうし、神と並び立つほどの外敵がいたのだろうか。
それに。
全身真っ赤に染まった騎士の姿が脳内に蘇る。剣を持つ彼はおそらくなにかと戦っていた。
……あれは、きっと剣神と呼ばれていた頃の大神だ。
大きな戦があった。
彼の全身が真っ赤だったのも戦いに明け暮れていたからなのではないか。血塗れだったのだ、彼は。
「その異世界の民と戦ったときについた名前なの?」
「そうらしい。私は戦には参加していないから壮絶さを聞いただけだが。父神に生み出されたあと、天宮で天候を動かしていたので、戦地には赴いていない」
「……で、でも、勝ったのではないの? その異世界の民とやらに」
「正確には、異世界の民でもない。あれは彼らの使い魔なのやもしれない。特に腐敗した犬のヴァニタスは不死身だった。きりがないので地下深くに封印したが、抑え込むにも限度というものがある」
「か、勝っていないの?」
戦争は勝つか負けるかという単純なものではないのか?
封印して、先延ばしにしたというのが正しい?
「勝ちはしたが、本体が来なかったというのが正しい。侵略戦争だろうと警戒していたがいつまで経っても使い魔の主人は来なかった」
正直頭の中にちっとも入ってこなかった。
よく分からなすぎて。前哨戦には勝ったが、その後、戦が終わってしまったということ?
というか、あの目玉は?
そういう話だったはずだ。
「主人はああやってただ見ているだけだ。こちらを、ずっと。観察するように見つめるだけ」
「……え?」
じゃあ、そうだというのならば。
あの目玉こそ、異世界の民なのか。ずっと、ああやって、こちらを覗き込んでいた?
「天帝様は、ずっと空におられました。あの目玉を隠していらっしゃったのです。真実を覆い隠して下さっていた」
ヴィクターの言葉だった。天帝の言葉ではなく。
「だが、私の番を飛ばす馬鹿げた行為のせいで、妖精に堕ちそうになってしまった。こうなれば、あれを隠しておけるほど力は出すことも叶わない。恐ろしかっただろう、はなおとめ」
恐ろしいという言葉では足りない。
あれはこの世にあってはいけないものだと思う。
太陽とは違うのだ。恵なんてもたらさない。ただ不気味なだけの存在だ。
「め、目玉を撃退するってどうやって? あの目はずっとあそこにあるのでしょう? 倒せるならばもう倒せていたのではないの」
「そうだ。近付いてきているわけでもないのに倒せるものか。だが、死に神にも時間がない。死に神は伴侶を選ばず、この世界と心中するつもりのようだからな」
「どうして?」
「腐敗した犬のヴァニタスを、死に神は抑えているはずだ。彼が、地上に上がってきたとなれば、近くヴァニタスも地上へ蘇る。そうなれば、地は腐敗し、人など住んでいられなくなる。地もうかうかとはしていられないだろう。自分の体を揺らし、対抗するに違いない」
ヴァニタスという使い魔は、不死身だ。
だから、死に神は主人であるあの目玉を倒すことに勝機を見出したということなのだろうか。
けれど、あの目玉はあまりにも大きく、遠い。
人間が寄せ集まって出来たような姿の死に神でも、雲にも届かないだろう。
「あの目玉を倒すことが叶えば、そのヴァニタスという腐敗した犬が蘇らずに済む? そうしたら、この世界は元に戻るの?」
「いいや」
その言葉を聞いて、絶望したようにヴィクターは瞳を揺らす。空咳をして、声の震えを誤魔化しながら、言葉を続ける。
「あの目玉は異世界の民のものではなくなっている。あれは偽物だ」
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