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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む教訓?
罪で裁かれない陛下がいうのか?
王族だから、罰を受けない男が、きちんと罰が降るようと教訓を?
「……罪は、被害者のためにあるものだわ」
「姫様?」
「いま、強くそう思った。加害者のためだなんて、あってはいけない。大体、自分で罪を犯しておきながら、罰を受けて救われた気持ちになるだなんておかしいでしょう」
激情のまま口を開く。
「害された者が主役であるべきで、報われるべきで、救われるべきよ」
「……そおで、ございますねぇ……」
オクタヴィスは傷付いたように瞳を光らせる。
「……姫様、わたくしもぉ、罪人でぇございますぅ」
「何を言っているの」
罪人だったらいるのは王宮ではなく、牢だろうに。
「戦争がぁ、ございましたぁ。わたくしはぁ、兵士としてぇ、人をぉ殺しましたぁ」
息を呑んだ。
「数十名。わたくしはぁ、戦地にてぇ、人を殺しましたぁ。少ないと思われますかぁ? それともぉ、多いと?」
「多いでしょう、普通に考えて」
「……ええ。よかったぁ。ですがぁ、敵国の兵士でぇございますぅ。王都に帰ればぁ、わたくしのぉ殺戮はぁ、美談でございましたぁ」
「それは」
兵士の誉れとは敵国の兵士を殺すことだ。それは同等の命として見ないことを前提とした狂気であることは間違いないだろう。
「わたくしはぁ、なによりもぉ、他者の命を奪い、ぃ、誇るぅ、同胞がぁ憎うございましたぁ」
「どうして」
「嬲り殺したぁとき、悲鳴がぁ」
悲鳴が聞こえたのです。
オクタヴィスはたどたどしく言った。
「かあちゃん、かあちゃん、助けてぇ、神様ぁ」
戦場で聞こえる阿鼻叫喚。助けを求める悲鳴。その音が、やがて静かになる。血と吐瀉物と土と人の汗の臭い。この世でもっとも地獄に近い場所。
「耳にぃ、残ってぇ、おりますぅ。ずっと、ずうっと。一日たりとてぇ、思い出さぬ日はありません」
苛立ちをぶつけるように、オクタヴィスは手を握る。
「罪を犯した人間はぁ、救われてはぁならない。それはぁ、ごもっともぉ。そうでございますぅ。ええ、そうでぇ」
オクタヴィスは一度目を伏せて私を仰ぎ見た。
「だからこそぉ、わたくしはぁ、国王陛下にぃ、お仕えしておりますぅ」
「どういうこと? 陛下の元にいれば罰がくだるとでも?」
「いいえ、ぇ。ですがぁ、あの方は約束して下さいましたぁ」
約束?
あの、陛下が王族以外と、か?
「罪があるものをぉ、必ずぅ、罰する世にぃ、するとぉ」
「……なによ、それ」
頭が一瞬で湯だったような感覚がした。それを、あの人がいうのか。レオン兄様を殺していて? マイク兄様を殺しておいて?
「怒ってぇ、いらっしゃるのですかぁ」
「……怒っているというか、呆れているの。そんなの不可能でしょう」
「どうしてぇ」
無垢な目に見つめられて、詰りそうになる自分をぐっと抑え込む。こいつに、陛下は人殺しだからと打ち明けても、仕方がない。そんなのただの子供の癇癪のようなものだ。
「だって、兵士達は国のために赴いているのでしょう。そこで人殺しとなったとして、どうしてそれが悪だと言えるの。兵士として戦場に向かったのよ。人を殺せと命じられていったのよ。殺していなけば、殺されていた。……そんな極限状態のことでしょう? 普通の殺人とは切り離して考えるべきだし、お前のような罪に問われたいという人間ならともかく、国のために戦って処罰されるのはおかしいわ。処分されるならば、まず戦争を決断した国自身が処罰されるべきでしょう」
「ええ、そうでぇ、ございますねぇ」
……なんだ、この落ち着きよう。
まるで、そう問いかけられることが折り込み済みだと言わんばかりじゃないか。
「だからこそぉ、国王陛下はぁ、国連を作ろうとされていますぅ」
「国連……?」
聞いたことがない言葉だった。
「国際連盟ぃ。国同士がぁ、集まる集会とぉ、申しましょうかぁ。……この大陸のぉ、大小様々なぁ、国の王族がぁ、集結しぃ、国同士の取り決めをぉ行うのでございますぅ」
「国同士の取り決め? ……ええっとそれは全てを植民地にしてしまうということ?」
いや、同盟国の方が合っているのか?
でも、大小様々な国の王族が集まるなんて、危険すぎるのでは。
「いいえ、ぇ、むしろぉ、国王陛下はぁ、植民地を解放されようとしておられますぅ」
「――は?」
植民地を解放?!
戦争で勝ち取った領地を手放すということか?!
そんなの、実現不可能なはずだ。貴族達が許さないだろう。
「植民地を解放しぃ、国の代表者を集めぇ。そして、国際法を制定するぅ。こうすればぁ、国をぉ、裁くことがぁ可能でございますぅ」
無理だ。無理に決まっている。
頭から否定してしまう。大体、そんなこと聞いたこともない。戦争などで土地を勝ち取って傘下に加えるのではなく、あくまで国同士の同盟として考えるというのか。
国同士の頭がより集まって法律を決める? そんなの、どこも自分の国に都合がいいようにしたがるに決まっている。よしんば定められたとして、国に罰など与えられるものか。人のように殺せるものでもないのに。
それでも。――それでも。
オクタヴィスは片目しかない瞳を煌めかせていた。まるで、それが希望だと言わんばかりに。
理論的には筋が通っているのかもしれない。国が罰せられるのだから、人も罰せられる。戦争自体を起こすことが罪だとその国際連盟で決めてしまえば抑止力になるかもしれない。
けれど、そんなの机上の空論だ。人はもっと醜いし、諍いの種は理性よりも感情に根付く。どうせどこかの国が破って戦争を起こすだろう。そのときは大陸全土が戦争一色になるかもしれない。議会の席には誰もつかず、法は燦然と無人のそこに掲げられているのだ。
ぶるりと体を震わせる。何よりも、きっと国際連盟で法を作ってもも遡及はされないだろう。私でも、知っている。法律は作られてから、過去に戻って効力を発揮したりはしないのだ。だから、オクタヴィスの罪はずっと裁かれないまま。
彼の悔恨はずっとそのまま。その身に正当な裁きが下ることはないし、被害者はただ戦争で死んで、オクタヴィスはただ戦争で殺した兵士なだけ。
「……陛下はお前を裁かないのに、お前はそれでも付き従うの」
「はい、ぃ。わたくしはぁ、どうせぇ、地獄に堕ちますぅ。人殺しにはぁ、当然の罰ぅ。しかし、しかしぃ、わたくしはぁ、思うのでぇございますぅ。地獄にぃ、行く前にぃ、やれることをやろうとぉ」
やれること、と言いながら、彼は首元から何かを取り出す。それはロケットペンダントのようだった。中身を開いて、小さく折り畳まれた紙を取り出す。
「それは……」
「はあい。免罪符でぇ、ございますぅ。姫様がぁ、昔、下さったぁ」
「……私が?」
私には記憶がないが、それは確かに昔、トヴァイス・イーストンに貰った免罪符という護符だった。
詳しい説明はされなかったけれど、なんでも凄くご利益のあるもので、祝福を授けたい人間に与えると良いですよとまだ猫かぶっていたあいつが言っていた。騎士や兵士ならば大変喜ばれて、貴女に忠誠を誓うでしょうとも。
「は、はい、ぃ。覚えてはぁ、いらっしゃらないとはぁ、思っておりましたぁ……。え、えへっ、へへ。こ、これはぁ、罪を赦すぅ、符でぇ、ございますぅ。免罪符ぅ。贖宥状ともぉ、申しますぅ。わたくしがぁ、救いをぉ、求めてぇ教会へ日参を繰り返しているおりぃ、突然、下さったのでございますぅ」
「……私が?」
この世界の私が、そんなことをしたのか。
「はい、ぃ。わたくしをぉ、憐れに思われたのでしょう。姫様はぁ、こうもおっしゃられていましたぁ」
――どうやっても自分を許せないならばその免罪符を死ぬ前に誰かにあげればいい。救ってあげたいと思うものが見つかるまでは、罪の意識に苛まれるがいいわ。
……この世界の私は、もう少し言い方というものを考えるべきでは。流石に、キツすぎないだろうか。
でも、思い返せばこういう物言いを私もたまにしてしまう。根本の性格はあまり私と変わらないのかも知れない。
きっと、こう言いたかったのだ。罪の意識を忘れるほど、大切な人間に出会うといいと。罪の赦しばかり乞わずに、外に意識を向けた方がいいと。
「それで、お前はまだ救ってあげたいと思うものを見つけていないの?」
少なくとも、オクタヴィスが自分を赦したようには見えない。ならば、この世界の私の言葉通りに救ってあげたいものを探している途中なのか。
「いいえ、ぇ。見つけておりますぅ。しかしぃ、きっと受け取ってはくださらないでしょう、ぅ」
「誰に渡そうとしているの」
「国王陛下にぃ」
唾を呑み込んで、もう一度問いかける。
誰にと。
「陛下でございますぅ。わたくしはぁ、免罪符をぉ、あの方にぃ差し上げたい、ぃ」
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