どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「聞いているわ、リスト」
「ならばよかった。惚けたように俺を見るものだから、俺の顔を忘れてしまったのかと思ったぞ」

 声の高さが少しだけ低い気がする。歴史を刻むように、声は徐々に低くなるのだろうか。

「――ここにいる理由は聞いても怒らないだろうな? 俺は一度、サガルにはもう近付くなと警告していたはずだったが」
「……怒る? やはり、私とお前、仲違いでもしたの。喧嘩していた?」
「……ふざけているならば、すぐにやめろ」

 リストの声は不機嫌さを隠そうともしていなかった。私はすぐに首を振る。

「私、どうにも記憶喪失しているようなの。ギスランが死んだことを、覚えていなかった」

 リストが息をのんだのがここまで聞こえた。戸惑うように一度視線を外して、声を震わせる。

「ギスランが死んだことを覚えていなかった?」
「ええ、原因は不明なのだけど。だから、お前と仲が悪いというのも何だか腑に落ちていなくって。私とお前、何で争っていたの?」
「些細なことだ」

 すっぱりとリストが断言した。

「お前が集めていた『女王陛下の悪徳』の初版本を誤って燃やしてしまったんだ。買って補填するといったが、どうにも俺の受け答えにお前がかちんときたらしいな」
「……なるほどね」

 誤って燃やすなと在らん限り罵ったのだろうことが簡単に予測出来た。というか今聞いても、なぜそんなことを……? と普通に怒りたい。何をやっているんだ。本を燃やすな。
 ……でも、そうか、なんというかもっと深刻な事態なのかと思っていたが、違ったらしい。殺し殺され、みたいな殺伐としたものを予想していただけにちょっと余裕が生まれる。
 クロードは、この世界の私から事情をあまり聞いていなかったのだろうな。だから、あんなに深刻そうにしていたのだろう。気負っていた自分が馬鹿みたいだ。

「エヴァ・ロレイソン」

 歯を軋ませながら、サガルが唸るように言った。

「お前、どうしてその子の隣に立っていられる?」
「エヴァ・ロレイソン……?」

 その名前は前に聞いた。
 死に神がいたあの場所で、イヴァンが口にしていたはずだ。藤の花がしな垂れかかったあのお茶会。さっきも、そのことが頭を過った。
 ぴんと頭のなかで閃いた。開くことができなかった鍵穴をやっと開けることが出来たような、開放感があった。じゃあ、もしかして。ここにいるのは。
 でも、どうしてリストをエヴァ・ロレイソンと呼ぶのだろう。だって、彼は数百年前に死んだ男だ。
 ここにいるのは、リストのはずなのに。

「やはり、何を言っているのか分からないな」
「……? え? お前サガルの言葉が分からないの?」
「お前は分かると? 唸っているようにしか聞こえない」

 見上げたサガルは、眉間に皺を寄せて、嫌悪感を露わにした。

「首をへし折ってやる」

 急降下し、サガルがリストに手を伸ばした。
 危機を覚えて、リストが後退った。腰にさした剣を鞘に入れたまま構えた。

「またこうなるのか。おい、カルディア。外に出るぞ」
「待って、サガルはどうするの!?」
「お前も俺もここにいたら殺されるぞ」

 そう言われたら、ここに残るのは難しい。後ろ手で、監視部屋に繋がる窓をしめされる。

「騎士の真似事? 僕らの王宮を壊して、女神の『聖塔』を粉々にしたお前が? 空虚な自尊心を、破壊でしか埋められない男が。まるでイヴァンのように彼女を守るのか」

 後ろ髪がひかれるような思いがする。サガルのことをここに置いていくというのもそうだが、彼の言葉を聞いていたい自分がいた。知らない情報を、サガルは口にしている。彼の言葉を知りたい。聞いていたい。情報を浴びていたい。だって彼は。

「カルディア、俺が死んでも構わないのか?」

 掴みかかろうとするサガルを剣でさばきながら、急かすようにリストが大声を出した。首を振って、さっき越えた窓を再び飛び越える。

「カルディア、どうして行くの。こいつはお前を殺しただろう。そいつと一緒にいればいずれ、首をはねられる。戻っておいで。ねえ、カルディア。どうして行ってしまうんだ」

 後ろを振り向いた瞬間、リストの剣をサガルが握りつぶしているのが見えた。まるで柔らかいケーキを潰すように、破片が散らばる。
 リストはそれを見て、すぐに踵を返した。窓枠を越えると私の手を掴む。リストが壊したのだろうか、扉は真ん中に穴があいていた。

「くそ、あれ以外、俺は武器を持っていない。サガルは俺の頭まで握り潰すだろう。お前も林檎みたいに砕かれるに違いない。逃げるぞ」

 扉にあいた穴を潜って外に出る。さっき必死で上がってきた階段が見えた。リストは私を抱えて、階段をおりていく。

「リスト、クロードを見なかった? さっき扉に吸い込まれたの」
「吸い込まれた? 清族の術か? 兄上を探している暇わないぞ。俺達が助かるかどうかも危うい」
「で、でも」
「くそ、やはり追い掛けてくるか!」

 振り返ると、サガルが扉の蹴り破っている姿が見えた。彼は、翼を広げると、ふわりと浮いた。

「首をへし折るだけじゃあ僕は満足できないな。喉と頭を潰そう。そのあと、縄を首にかけるんだ。罪人は絞首刑が相応しいからね」
「カルディア、口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
「まっ!」

 リストの言う通り、舌を噛み悶絶する。リストは私の背中を一度だけ軽く摩ると、三段を飛ばして降り始めた。

「カルディア、そいつと一緒にいるのは何でかな。もしかして、そいつの仲間になったの。……は、あはは! そうなんだね。僕を殺すために手を組んだんだ。そうか、お前は男ならばすぐに誑し込めるものね」

 純白の羽根がふわりと降り注いで、顔に張り付く。私達の頭の上に大鳥の影が落ちた。

「お仕置きしなくちゃいけないな」

 爪が、面前に見えた。
 真っ白な雪のような肌。月のように輝く金髪。そして、光を受けて反射する螺鈿のような瞳。サガルはもうすぐそこにいた。

「あ、ああっ、あああ」

 じゅうと、凄い音がして、燃える臭いがした。
 目の前に迫っていた指が、どろりと溶けていく。顔に張り付いた羽根が青い炎をあげて燃えていた。すぐに顔を振って振り落とす。それは、階段の上に落ちてもなお燃えていた。
 痛みにのたうち回り、サガルが手すりに体を擦りつける。リストは何が起こったのか分からないというように足を止めた。

「あ、ああ、い、いっ、あ、っ!」

 顔が、顔を覆う手が、美しい翼が、蝋燭でできているみたいに溶けていく。血が、崩れていく皮膚からこぼれた。唇が痛みに震えていた。光を反射するような瞳が、私に向けられる。

「ディっあ、か、るっディあ」

 サガルの指がーー私に伸びてくる。血がぼたぼたと落ちた。段差に落ちたそれはじゅうじゅうと熱した石のように音を立てて蒸発した。
 これはーー。

「――はっ。蝋で作った羽根は焼けて、地面に落ちる。童話みたいだな」

 冷たい声が上から降ってくる。見上げると、硝子の破片が下へと落ちていった。
 太陽の眩しさに、目を細める。手を翳すと、小さな影が動いたのが見えた。杖を、突く音が響いた。すぐに、影は見えなくなる。だが、白いローブの先がひらりと揺らめいたのが僅かに視認できた。
 あの声はトーマか?

「カルディア、怪我はないか」
「ええ……。サガルは」
「あいつの病だ。光を浴びると、肌が爛れる。特に、太陽の光はあいつにとって毒も同じ」

 私を降ろすと、リストはコートを脱いでサガルの上に翳し影を作った。

「お前は清族を呼んでこい」

 ちらりと視線を向けられる。

「でも……」
「心配するな。こうなってしまってはサガルが俺を害そうとしてもどうにでもできる。――さっさと行け」
「たす……け…………でィあ」

 イルの言葉に背中を押されるように下へと急ぐ。
 カルディア。私を呼ぶサガルを置き去りにして。
 途中で、何事かと駆け上がってきた清族と会って、そのまま踵を返して上へと戻る。
 階段からぽたりと真っ逆さまに落ちて行くものが見えた。手すりにつかまり、覗き込むと、下の階に真っ赤な血のシミが出来ていた。
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