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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む怪物になった? サガルが?
どうして、そんなことになるのだ。困惑したまま、クロードを見つめ返す。
それも覚えていないのかと言わんばかりにため息をつくと、彼は言いにくそうに口を開いた。
「背中から羽根が生えてきて、言葉が通じなくなった。何をしようとするにも暴れ回って、どうしようもない。そのくせあの美貌は変わらないときたもんだ。眼差し向けられただけで自殺者が出てな。『聖塔』に運ばれた」
「ま、待って! 『聖塔』ってだから何なの? 清族が管理している、病院のようなもの?」
「病院ーー言い得て妙だな。たしかに、あれは病院と言えるのかもしれない。治療なんかろくにされないが。……隔離施設という認識で構わん。あいつの信奉者が自分の目を抉って捧げるという事件が多発してな。離宮や別荘へは置いておけなかった」
「ーーそんな」
サガル兄様が、『塔』のように幽閉された?
頭が真っ白になる。腹の中がぐつぐつと怒りで煮える。また幽閉されたのか。一人っきりで?
怒りを堪える私に、クロードは驚いた様子だった。目を開き、唇を何度も舐めている。
目頭に熱が集まってきて、頭の中が白んでいく。怒りで、我を忘れそうになった。だが、浮かび上がってきた疑念に、冷や水を浴びせられたようにその熱が冷めて行く。
「私は、そのことを止めなかった?」
どうして私は止めなかったのだろう。止めるべきだったのに。
「ああ、お前とサガルの仲は良くなかった。正直、お前がそんなに感情的になる意味が俺には分からない」
「仲が良くなかった。ーー疎遠だったと言うこと?」
「違う。お前が嫌っていた」
顎が外れそうになった。
私が嫌っていた。サガルを?
悪い冗談のような台詞だ。
私がサガルを嫌う? サガルに嫌われるではなく?
いったい、何があったというのだろう。サガルと私の間に諍いがあったのだろうか。
とはいえ、クロードが詳しい事情を知っている風ではない。本当に不思議そうにしているのだ。
「……『聖塔』への出入りは禁止されているが、サガルが可哀想だろう。身分を最大限利用させて貰って見舞いに行っている。もともと、王族という身分にも関わらず迫害を受けていた奴だ。あのまま誰にも気にかけられずにいるのは、良心が痛む。ーーただ、俺という存在を認識してるって感じじゃないがな」
「私が会いに行くことは出来ない?」
「会いに行きたいのか?」
本当に、変なことを言っているのだろう。クロードは確かめるように尋ねた。頷くと、思案するように顎を撫でて、ゆっくり頷く。
「少し時間はかかるだろうが、手配しておく。といっても、言葉はかわさせない。見に行くだけだ」
「分かった。……ありがとう、クロード」
クロードはデザートが出てきたタイミングで食事を再開し始める。
桃のタルトとオレンジのシャーベットだ。タルトは桃のコンポートが何個ものっていてとても美味しそうだった。
「それにしても、『聖塔』が反政府組織っていうのはどこから出たんだ?」
「正確には、反王政組織だと思っていたのよ。……そうだと勘違いしていて」
「ふうん。反王政組織と言えば空賊だろうに。この間も、サラザーヌ家が盗みに入られたと聞いた。あの家にはもう盗れるものなんてほとんど、残ってないだろうが」
「サラザーヌ公爵家に?」
「いいや、六年前の反逆の咎で、公爵位は剥奪されてる。そのあとは、サラザーヌ領はリストの土地になったしな。……っと。すまん」
サラザーヌ公爵家が没落した。その事実を受け止めていると、クロードが急に殊勝な顔をした。
「何?」
「いや、リストの名前を聞くのが嫌じゃないのか」
……?
どういうことだろうか。そういえば、ハルも不思議なことを言っていた。リストからの間者ではないとかなんとか。もしかして、ここにいる私は、リストとも不仲なのだろうか。
サガルとも不仲なのに? 何が起こっているんだ。
「いいえ。お前の弟でしょう」
「……そうか。とはいえ、俺はあまり進んでお前の耳に吹き込みたい名前じゃない。――サラザーヌ家が所有していたザルゴ公爵の『売られた娼婦』が盗まれたという話だ。誰もサラザーヌ家にあったところを見たことがないから、ただの噂話だろうがな」
「ザルゴ公爵!」
「なんだ、いきなり」
「ザルゴ公爵はどこにいるのか知っている?」
この世界のザルゴ公爵がどうかは知らないが、サンジェルマンの屋敷に来たあの男は事情を大分知っていそうだった。もし、まだザルゴ公爵として生活しているのならば、話を聞いてみたい。もしかしたら、私のこの不可思議な状態についても、何か知っているかもしれない。
「どこ? ……天国か地獄か俺には分からんが。地獄に堕ちていろとは思うがな」
強い言葉に、ひゅっと喉が鳴る。言い方からして、おそらく存命しているわけではないのだろう。
――死んでいるのか。
「……亡くなっているということよね? 偽装ではなく?」
クロードは不愉快そうに、眉を寄せた。
「……? 何を疑っているんだ。偽装はありえん。俺が殺したからな」
「クロードが!?」
「ああ、議会で突然、銃を向けられ怒鳴り散らされた。俺の隣にいたルコルス家の長兄が銃殺されてな。その他、十数人頭を撃ち抜いて殺したので、鎮圧のために俺が手にかけた。――これも覚えていないのか」
「ええ」
寝台の上に寝そべって、天井を見上げる。どうなっているんだ。ザルゴ公爵がなんでそんな真似を……?
「全く、覚えていなかったわ」
「……そうか」
何だというのだろう、この世界。
私の知っている世界と全然違う。だというのに、知っている人間が、登場している。名前も見た目もそのままで、舞台でも演じているよう。
髪をくしゃりと握る。私が作り出している、荒唐無稽な夢だと言われた方がまだ納得できる。
「一度、清族に見せるか?」
クロードの方を見ると、コンポートをスプーンですくって口に入れていた。
私に言ったというよりは、呟きのような声だった。
「記憶の混同というよりは、まるで夢を見ていたことを鵜呑みにして覚えているといった方がいいな。清族の術に、俺は詳しくはない。判断がつかんが、何か呪いをかけられた可能性もなくはない。明日か、明後日、ユリウスを呼ぼう」
「――ユリウス?」
「ああ、少し、電話をしてくる」
……電話?
いや、それより、ユリウスだ。ユリウスってまさか、あのユリウスなのか?
クロードが慌ただしく部屋を出て行く。混乱したまま、彼の帰りを待った。だが、いつまで経ってもクロードは戻らない。
おかしいと思って寝台から降りて、扉へと手をかける。
――開かない。
鍵なんかついていないのに。回しても押しても引いても、びくともしない。
幸い窓があった。誰か呼ぼうと、窓に手をかける。
だが、窓は開かなかった。
怖くなって、鈴を鳴らした。すぐに侍女が飛んできた。
「何かご用でしょうか、奥様」
「扉が開かなくて」
「ああ!」
納得したように、侍女が相槌を打つ。そして微笑みながらこう言った。
「奥様がご用の時はお呼び下さい。何でもご用意致します」
「で、でも、外に出たいときは?」
「お申し付け下さい」
「……一人で扉の開閉ぐらい出来るわ」
とんでもないと声を荒らげ、彼女は首を何度も横に振る。
「いけません、奥様。そんなことをさせては旦那様に怒られてしまいます。奥様は我々にお任せ下さればいいのです」
にこり。
彼女は笑みを湛えて、クロードが食べた空の皿をさげて出て行く。
扉の閉まる音が妙に重苦しいものに聞こえた。
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