どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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「ノアの親戚なのよね?」

 事態は収束した。音楽会も終わり、生徒達が変わり果てた校内に騒ぎ出した頃。
 ノア、そしてクリストファーと呼ばれた男は私の部屋を訪れていた。
 壊れた廊下一面に騒然とした私達は、それでもすぐに正気を取り戻した。
 不可思議なことが起きたが理由を追求するには、場に病人が多過ぎた。
 邪魔にならないように、私の部屋へ移動することになった。
 勿論、ノアは清族に一度見せて傷を治させている。
 ただ、ノアがきちんと休めという諫言を聞かない。
 暇になるとすぐ麻薬を服用し始めるので、暇にさせない方がいいと思い、まず、今回の騒動のあらましを尋ねようと考えた。
 怪我をして、興奮していると薬で鎮めようとするから、目が離せない。私も興奮して誰かと話していたかったから好都合だった。


「そう、クリストファー・リブラン。俺が手をあげた男」

 うん?! と変な声を出してしまった。
 手というのはノアの手のことだ。前領主がしでかしたことへと落とし前としてノアが自ら斬り落としたという。だから、ノアは義手で生活している。
 つまり、昔、敵対していたということだ。
 そんな相手と隣り合って座っている。しかも普通に親戚だと紹介できるのか。
 やっぱりノアは異次元の存在だ。同じ感性を持っていると思いたくない。
 隣に座っていたクリストファーも驚いた顔をして、ノアを見つめた。

「その説明には語弊がある」
「そう?」
「お前が勝手に俺の目の前で斬り落として差し出してきただけだ」
「落とし前をつけただけ」
「……こう言ったことを女の前で言っていいのか?」

 ノアは不思議そうに私を見た。何が悪いのか本気で訝しんでいるのだ。私が邪悪だ、粗暴だ、暴力的だと思うことが、ノアにとっては何てことがない、普通のことなのだろう。

「駄目だった?」
「もう、諦めているわ。……自己紹介をした方が?」
「まさか。流石に自国の王女のことは知っている」

 帽子を被り、厳しい立ち振る舞いをしているから勘違いするがかなり若い男だ。ノアより少し若いぐらいだろうか。
 顔立ちはノアを冷徹にした感じで冷めている。鼻梁がすっきりと通っており、眉を顰めた姿も様になっていた。
 身につけている装飾品は最高級のものだが嫌らしくない。着こなしている。

「それで、どうしてノアがここに来ているのよ。『カリオストロ』を潰し回っているとは聞いていたけれど」
「拠点を攻め込んだら思ったより人がいなかったから。ここが攻め込まれるって情報は先にあったし、加勢に」
「攻め込まれるという情報があったの!? 私は聞いていないけれど」
「女にする話でもないだろう。陣頭指揮を取ったのはサガル王子だ。知らせないと決めたのも」

 サガルの名を出されると口を噤むしかなくなる。この国には、階級、性別と分断するような壁がある。一任されていると言われれば、あとはサガルの望みのままだ。口出すことは出来ない。

「……ならば仕方がないけれど。どうせ、トーマ達は知っていたのでしょう? テウも知っていたんだわ。この頃、やけに二人でいることが多いと思ったのよ」
「除け者にされたんだ、悲しいよね」
「除け者というよりは配慮だと思うが。お前の従者は賢明だった。不安は混乱を呼ぶ。本来ならば勝てていた戦いだっただろうからな」

 その言い方、もしかしなくてもトーマ達は作戦の中核を担っていたということではないのか。
 きっと私の従者だからだ。王族の一員として、戦力を出す必要があった。私は知らないのに、あいつ達は責任を負い、裏で準備を進めていた。
 危ないことをしていたに違いない。

「『カリオストロ』は退けたのよね?」
「ほとんど捕まえたり殺したりしてる。そもそもそう数が多い訳じゃなかった」
「……無抵抗だった場合は捕らえている。だからそんな顔をするな」

 強張った顔をしていたのだろう。クリストファーに指摘されて、眉間を揉む。

「こちら側の死傷者も想定内らしいし、心配ない。今回はヴィクターの動きが緩慢だったのが悪い」
「確かに、あの科学者は対応が悪かったな。あれで、偵察部隊だというのだから面白い。ラサンドル派は高尚だな。自分では武器をとらなかった。敵には天帝が罰を与えてくれると?」
「俺に皮肉を吐かれても困る。カルディア、クリストファーは熱心なカルディア教の信者だよ」

 目をぱちぱちとしてしまう。
 硝煙と血の臭いがこびりついた土地に住んでいるのに、女神を崇めているのか。イーストンならばともかく、ゾイディックの信者はなかなか聞かない。
 クリストファーは否定も肯定もしなかった。探るように視線を向けただけ。

「ただ、ヴィクターの動き悪かったのは本当。中庭で何があったか知らないけど」

 誰かが壁を叩いた。ジョージに扉を壊されているので、扉はない。誰何の声を上げると、聴き慣れた女性の声が聞こえた。入室を許可する。
 ジョージに眠らされていた侍女が、お茶とクッキーを持ってきてくれた。外傷は見たところないようだった。
 彼女は優雅にカップを置くと、自然な動作で私を一瞥した。
 ふっと彼女の目尻が緩んだ。口端も、上がっている。
 そのまま頭を下げて退出してしまった。
 無事ならばよかった。けれど、部屋を去るとき一瞬見えた表情はなんだったのだろう。目を細めて、幸せそうで、それでいて泣きそうな顔だった。腰を浮かしかけた。追いかけようとも思った。
 だが、動く前にクリストファーが私を静止させた。正確には、その冷え冷えとした瞳がだ。

「カルディア? どうかした?」
「……何でもないわ。それよりも、よかったの? 部屋に来てくれたのは嬉しいけれど、後始末があったのでは?」
「ヴィクターに押し付けて来た。イルがいないカルディアを放っておくわけにはいかない。軽い怪我でよかったね」
「そうね。すぐ治ったから……クリストファー? お茶が口に合わない?」

 渋い顔をしてちびちび子供のように飲んでいる。巷には香辛料を入れた刺激的な茶葉が流行っていると聞くが、煎れてくれたのは澄んだ色をした香り高い紅茶だ。鼻を抜けるような匂いからして、ゾイディック産のものだろう。ノア達に合わせて味わい慣れたものを選んでくれたのだ。
 気になって口に含む。美味しい紅茶だ。

「……気にしなくていい。少し、飲みにくいだけだ」
「口の中で切ったの? 久しぶりに前線に出たからだ」

 ああと頷く。口内を傷付けているのならば、しみて痛いはずだ。


「……お前がおかしいだけだ。指揮官が前に出ていくな」
「……指揮官? 誰が?」

 ノアはどう考えても指揮官という器じゃない。暴君で考えが分からないし、単独行動が得意で思いやりに欠ける。
 幸い、本人が権力や支配欲にそこまで欲求ない。地位があり、自己顕示欲が強い奴ほど厄介ではないが、領主としてその自覚はどうなのだろうか。

「……はあ」

 クリストファーが深く、深くため息を吐いた。
 二人の関係性が短い間で読み取れるような気がした。加害者と被害者という単純な二項対立的なものではないのだろう。
 だからと言って、普通の親戚同士とも思えないが。普通の親戚を知らないので、詳しくは分からないけど。

「厄介なことに巻き込むな。次からは相応の対価を貰うからな」
「万事上手くいったのに。それに、もう法外な見返りは渡してる」
「何が見返りだ、割りに合わない。そもそも、可能性は限りなく低いが備えれば憂いがなくなると言って俺を呼び出したのでは? 俺が出なければ、戦線が崩壊していたが?」

 口に手を当て、頭を動かす。
 サガルが主となって今回の作戦は始まった。
 防衛戦だったのだろう。貴族達にばれないよう篭城し、敵を打ち負かす予定だったはずだ。
 おそらく、この城にいる剣奴や使用人達が駆り出された。
 サガルの使用人やトーマやテウ。ヨハンも叔父の命で参戦したのだろう。
 サガルの考えでは、それで十分だった。だが、ノアは念のために、ゾイディックのマフィアの手を借りたのか。

「情報戦に負けたのは確かだ。内通者がいたのは明らかだろう」
「炙り出しはサガル様の部下がやるだろうね。――ねえ、カルディアは知らない?」
「し、知らないって?」
「内通者だよ。清族の動きが筒抜けだったんだ。真っ先に潰された」

 さあと顔が青くなる。ジョージのことだ。
 けれど、ジョージだけなのか?
 彼は実行犯で、他に内通者がいたのではないのか。いたにせよ、いないにせよ、ジョージのことは知らせなければならない。ノアとクリストファーは扉が吹き飛んでいるこの部屋を見て、訝しんでいた。きっとあの場にいた理由もぼんやりとだが察しがついているのではないか。
 罪人は土葬される。それはこの国で大きな侮辱にあたる。ジョージに殺されかけたが、死んでもなお侮辱してやりたいとは思えない。
 ジョージを罪人だと突き出すのか?
 まだ、その覚悟が決められない。私が黙っていれば済む話だ。ならば、そちらの方がいいのではないか。

「そ、その……そもそも、お前はどういう経緯で私達のところまで来てくれたのよ」

 会話を逸らすために、違う話を被せる。
 クリストファーは明らかに話を変えた私に不信感を抱いたようだ。険しい顔をして、見つめてくる。

「俺が来た時、主な戦場は二つ。正面玄関と中庭。そのうち、正面玄関は優勢だった。中庭は壊滅状態。クリストファーが食い止めてた」
「やはり、内部にまで侵入されていたのね。どうしてクリストファーが? ……もしかして、トーマが中庭を任せられていたの?」
「……トーマが担当していたのではなく、トーマが中庭にいただけだ。彼は術を展開していてそこを狙われた」

 トーマが術を……。
 服を真っ赤に染めた血が関係しているのは明白だ。危険な術を使ったのではないだろうか。トーマの様子もあとで見に行かないと。
 クリストファーは私にことわってから、パイプに火をつける。甘い樹液のような臭いがした。
 煙を口から吐き出しながら、続ける。

「彼のあとを俺が引き継いだ。相性は良かったが、倒せたかどうかは分からない」
「殺していないの?」
「そもそも殺す、殺さないというくくりの外にいるような存在だったぞ、アレは。――臓器だ」
「……? 何を言っているの?」

 クリストファーは真面目な顔をして繰り返した。

「敵は人間に寄生する臓器だった」
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