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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む「俺に何のご用ですか」
躊躇うことなく見つめ返す。動揺を悟らせてはいけない。イルの行動でギスランへの評価が決まる。特に、このように上に立つものは部下を見て、主人の性根を見る癖がある。
「ノアに、お前には会っておけと言われた。今回の一件、俺の家族も参加する。世話をしてくれるな?」
「ええ、俺に出来ることがあれば、ですが。貴方も参加されるので? ドン・リブラン」
「必要とあらば。そうならないことを願うばかりだが」
眼鏡を押し上げ、時間を稼ぐ。
彼らは平民だ。だが、貴族よりも権力がある。また、彼らはゾイディック家と深く関わりがある。親戚であったときもあるとか。ならば、貴族の血も混じっている。
ゾイディックは、王都でさえ手出し無用の危険地帯。階級とて、マフィア達を前に屈服しているときく。
ゾイディックに関しては、リブランについてすらよく知らなかったので、調べた。
悪徳の都の話は興味深く、危険の臭いに溺れそうになる。
自分がここに生まれていればというたらればを考えてしまいそうになるのだ。
「アハトはよろしいのですか? かなり手を焼いていらっしゃるとお聞きしますが」
ゾイディックに存在するマフィアのうちの一つ。新興勢力で、他国との貿易で金を稼いでいる。勿論、それだけではなく、裏でかなり悪どいことをしているようだ。ゾイディックで頻発している人攫いも、アハトのせいではないかと言われている。
「心配してもらっているようで悪いが、お前には関係のない話だ」
「いえ、気もそぞろな奴らのお守りをしろと言われると困るので」
「てめぇ! よくぞ、俺たちのことを馬鹿にしたな?」
直情的な男が、イルに掴みかかってくる。男の勢いを殺し簡単に捩伏せた。
懐の銃を取り出そうとする流れは流石だが、一歩遅い。銃を先んじて取り出して、弾を抜く。ついでに腰に隠した短剣を取り上げ、蹴り飛ばす。
「お、これトデルフィ製の自動拳銃じゃないですか。しかも十二発撃てるように改造されてる」
「て、てめっ! 返しやがれ!」
「うるさいなあ。次は本気でいきますよ?」
「やめろ、カルロ」
冷たい声にカルロと呼ばれた男が黙り込んだ。
「お前もだ、イル。挑発するな」
「俺にそんなつもりはありませんでしたよ。ただ、確認をしただけです」
「それが、煩わしい。俺達の事情に首を突っ込んで何とするつもりだ? ゾイディックは王都から離れているだろう。俺達がここにいるというだけでは不満か」
「……いえ、そのお言葉があればよかったんですよ。首を突っ込むつもりは毛頭ありません」
頭を下げ、銃とナイフを返す。
射殺さんばかりの視線を向けられているが、無視だ。
それにしても驚いた。連れている部下にもあんな高価な銃を与えているのか。羽振りはいいようだ。ゾイディックを三つの組織で割っているとの話だったが、案外リブランが優勢なのか。あるいは、いい銃を与えて身を守らせねばならないほど、抗争が激化しているのか。
どちらにせよ、今回は頼りにしてもいいようだ。練度はともかく、武器は申し分ない。
「ならばいい。挨拶は済んだ。帰るぞ」
部下を引き連れ、消えていく背中。その背中を見て、大広間に集まった者達がほうと息をついたのを感じる。
肩を竦め、食事を再開する。
ハルはマフィア達の姿が見えなくなっても、ずっと去っていた方向に視線を向けていた。
結局、酒盛りになった。よくある流れだ。夜も深く、寝るには目が冴えすぎている。そうなれば、酒が持ち込まれるわけで、今では食事を肴に各々持ち込んだものでどんちゃん騒ぎだ。
イルはせっかくの機会だからとハルに酒を勧めた。この男、うまく逃げ回りなかなか酒を飲まない。酔った姿が見てみたいと悪戯心が湧いたのだ。
ヨハンも巻き込んで、酒を飲ませる。
ハルはいける口だった。イルも強い方だが、負けず劣らずだ。むしろ、ヨハンの方が崩れて寝こけてしまった。むにゃむにゃとだらしのない顔をしている。
これが騎士の中の騎士と讃えられた男だと信じたくない。
ハルの杯に酒を注ぐ。くいっと呷り、一気に飲み干した。酔った様子はない。少しだけおしい気持ちになる。
「それで、ドン・リブランとなにかあったの」
リブランの方はハルを見て、顔色ひとつ変えなかった。ハルが一方的に知っているだけだろうが、聞いておかなければならないと思った。
「……いや、あの人のことは知らなかった。ただ、あの人の親戚にお世話になってたから」
「リブランの構成員として働いてたってこと?」
「違う。ゾイディックにいれば分かるけど、あの港街はリブランが仕切ってるんだ。働き口の斡旋も彼らがやってる。生活のあらゆることにマフィアの名前が出てくるんだよ」
「そりゃあな。じゃあ、仕事を斡旋して貰ってたってわけ?」
そうだと言って頷いた。
マフィアに仕事を斡旋して貰う。貧民街ではない話だった。王都にいるマフィア達は子飼いを飼っていて、貧民街のろくでなしどもと居住区を同じにしなかった。貧民街では、盗みや殺人が日常茶飯事だったが、彼らの子飼いの家を荒らすものは誰もいなかった。いたとしてもすぐに消された。
「ふーん、何かやらかしたの? びくびくしてた」
「違うけど……。ゾイディックにいたときは荒れてたから。それを思い出して、気まずかっただけ」
「荒れてた? ハルが?」
「俺だって、いろいろあるんだよ」
それは知っているが。
昔を思い出して、苦々しい想いに駆られる。その言葉は興味深い。
素面ならばまず突っ込んで話を聞かないが、今は酒が入っている。舌が回り、尋ねていた。
「いろいろって?」
「……その、悪いこと」
「具体的には? 俺は人殺しに窃盗と罪を重ねてるけど、それ以上? 案外、極悪人だったりする?」
「違うけど。……というかイル、そんなこと俺に教えていいの」
「馬鹿、俺は剣奴だぞ。人を殺すのが仕事みたいなもんだ」
酒が入っているせいか、尊大な態度をとってしまう。誇れることでは決してないし、剣奴の中には殺人を犯さない奴も多い。
だが、イルの知っている剣奴は血を血で洗い流すような者達ばかりだった。
「それで、悪いことって?」
「ゾイディックの屋敷にいた人間を一人を運んだことがある。血塗れで、呻いてた」
「ゾイディック家のお方か?」
「分からない、けど。身なりは良かった」
一瞬にして背中が炎で炙られたような緊張感が走る。
ゾイディックで起こった抗争、命を落とした人物。しかも屋敷の身なりのいい人物となるとまず思い浮かぶのは先代のゾイディック伯だ。マフィアに粛清された貴族。
「俺はリブランの屋敷に男を運んだだけ。金になったし、そのあとのことは聞かなかった。詳しく事情を聞いたら戻れなくなることも知っていたしね」
「でも、それだけじゃ気まずい思いになることもない。それだけじゃないんだろ」
「……その男が呟いてるのを聞いたんだ。リブランは女神に呪われている。だから、アハトの台頭を許しているんだって」
「――女神に呪われている?」
「そう言ってた。何のことだか、最初は分からなかったけれど、リブランのボスであるあの人は魔眼を持っているって聞いた。しかもかなり珍しい、攻撃を跳ね返す魔眼だって」
「だから、女神に呪われているって?」
馬鹿げた話だ。魔眼は魔眼でしかない。魔眼を持つものは少ない。だが、決して呪われているから与えられるものではない。むしろ逆だ。恩恵だと言われる方が多い。
「そうじゃなくて。リブランの直系の男子はあの人しかいないんだ。あの人が死んだら、血が薄い親族にリブランの全権が転がり込む」
「ああ、だから、女神に呪われている」
魔眼を持つものは貴重だ。そのため、命を狙われる。目玉だけでも、莫大な金を生み出す。リブランの首領ともなれば、人に恨まれることは、道端の石の数より多いはずだ。そこに魔眼も加われば、命を狙われる確率はますます増えることに。
そのことがネックになり、リブランは活動を制限せざるを得ない状況なのかもしれない。ならば、ほかの組織に台頭されたのも彼のせいか。
「その仕事を終えてしばらくしてから王都に来たんだ。だから、なんだか決まりが悪くて。恐ろしい魔眼の話も聞いてたしね」
ハルの瞳はそれだけではないと語っていた。大方、見てはいけない何かをそのとき見たのだろう。魔眼の話程度では、警戒する理由にならない。だが、今聞いたところで、口を割りそうにない。
悪いことをしていた自分を知られたくないのかもしれない。あるいは、何か、ハルのもっと深い部分と関係があるのか。世話になったリブランの親戚と関わりがあるのかも。
酒で口を滑らせるつもりはないらしいのが憎い。
「イル、そろそろ飲むのやめたら? だんだん呂律が怪しくなってる」
「うるさい。別に怪しくなんかなってない」
「いま噛みそうになってただろ」
「うるさいって。……今回の『カリオストロ』の討伐が終われば、さ。過激派に潜入せずに済むんじゃないか」
杯に酒をなみなみ注ぐ。
ずっと思っていたことだった。リストの狙いは過激派の殲滅、あるいは幹部達のすげ替えだろう。サガルが、空賊を利用して反王政派の動きを抑制しようとしたように、過激に傾かないよう舵取りをしたいのだ。
過激派を動かしていたサンジェルマンは行方不明になった。所属している『カリオストロ』も今では虫の息だ。
過激派の動きはこれで制限されるはず。
裏切り者を探す必要もなくなる。カンドは探さなくてはならないが、ハルが死地に赴くような真似はしなくて済むのではないか。
「それを決めるのはリスト様で、俺じゃない」
「でも、そうなったらさ。悪いけど、カルディア姫の前にはあまり顔を出さないで欲しい」
「分かってる。もうすぐ人妻になるしね」
からかうような口調に一滴、切なさが混じる。恋しいと、心から叫んでいるようだった。
「そう、あの人はギスラン様のものになるんだ」
「イルは、前にギスラン様じゃあカルディアを、姫を幸せにできないと言っただろ」
「言ったね。よく覚えてるな。ハルを案内した後、リスト様に怒られたんだよね、俺だけ」
「そりゃあ、イルが立ち入り禁止の場所にいこうとするから。……あれってさ、今でもそう思ってる?」
聞き流していても構わなかったことを、ハルは尋ねてくる。イルは視線を彷徨わせた。どうしてだが、答えに詰まったからだ。
「今でも、そう思っている。でも、カルディア姫はギスラン様のものだ。姫が幸せにならなくても、あの人が幸せにーー」
違う、違うと胸がどくりと動く。
この思考はいけないと思っても、酔った頭は思考を止めない。不敬だ、反逆だとイルの心は囁いているのに。
「なりさえすればいい」
ギスランは、カルディアの幸せが自分の幸せだと言っていた。
イルに迷いが生じる。本当に、ギスランはカルディアと結ばれていいものなのか。
ギスランの執着は度を超えている。淡い恋着ではなく、狂気的な恋慕だ。ギスランを蝕み、カルディアを侵食する狂愛だ。
二人とも壊れるのではないか。ギスランがカルディアを壊してしまうのではないか。
イルはギスランの道具だ。使い潰されるために存在している。だから、この思考は停止させなければならない。
自己の判断は決断を鈍らせる。戦闘中はその一瞬の隙も見せてはならない。だから、常日頃から思い悩むことがないように自分を律している。
――俺は道具だ。
悩むことなどない。イルはギスランの願いを叶えるために生きている。
溝鼠のイルには、光栄すぎる役割だ。掃き溜めのなかにいた泥塗れのイルには、ギスランやカルディアは煌びやかな宝石のようだ。輝きを曇らせてはいけない。彼らを磨くために、この身はあるのだ。
ハルの制止を振り切って、酒を飲み干す。
喉を焼く液体は、美味だった。
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