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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
俗談 ああ! なんと恐ろしいことだろう。
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はっとして、目を開く。
顔にも、胸にも、銃弾は見当たらない。いたみもない。
ふうと息をつく。夢だったのか。
あたりを確認する。
背の皮の前だった。
ひやりと汗が滴る。この間と同じように現実と繋がらない私を見せられた?
だが、確かに私はイヴァンの音楽会に参加しようとしていた。あれは夢の話だったのか?
「お疲れ様。ますます大神のやることがえげつなくなったみたいで何よりだよ」
見知らぬ女に声をかけられた。
エルシュオンやユリウスではなかったので、最初、驚いた。
床につくほど長い髪。
ドレスのよく似合うほっそりとした体躯。小さなガラスの椅子に腰掛ける姿はまるで人形だ。
貴人だと頭が勝手に判断した。
青白い肌を持つ、貴族らしい貴族。高貴な匂いが香り立つようだった。
「私は……」
ぬめりと嫌な汗が頬を通る。荒々しく手の甲で拭う。
また来てしまったらしい。殆ど無意識のうちに。さっきまで、何をしていたのだったか……。
意識がまだ白む。夢から起きたときに感じる倦怠感を覚える。
「君が見たのは完璧な予知夢だとも! しかも君が結末を知らなければ変えられないほどの蓋然性が確かなものだ。いやあ、憎まれたものだね」
「あのままでは、私は死んでいた……?」
女は椅子の肘置きに手を置き、顔を指で支えた。
「そりゃあ死ぬだろうとも。現に君はあれで一回死にそうになった。大神が無理矢理書き換えなければ、そのまま暦は進んでいた」
「……私が、死ぬ?」
頭がほわほわする。受け止めることがうまくできない。
「死んだらそこで終わりだわ……」
「勿論だとも。死んだら、死ぬ。君達生き物はそうだろう?」
「でも、私は生きている」
「暦が変わったからねえ。君は、もう一度、あの時に戻る。とはいっても、ピンチなことに変わりはないよ。君は、自分の力でどうにかしなくちゃいけない」
「どうにかって……」
「じゃないと君は死んでしまうよ」
ぱちんと指を鳴らされる。
突然、死と言う言葉が実感を持って体を襲う。びりびりと指先が痺れて、うまく拳を握れなくなる。
私は、もう一度、ジョージと会うのか?
銃口を突き付けられて、殺される?
「死ねない……」
ギスランと結婚だってしていないのだ。それにギスランを長生きさせる方法をまだ見つけていない!
「だろうとも。まあ、せいぜい頑張りたまえよ。俺は楽しく見させてもらうから」
若草色の瞳が愉快そうに細められる。血が通っているとは到底思えないほどの硬質ななにかが瞳には流れ込んでいた。
ああ、神様だ、と本能の部分が主張している。どんなに人に似ていようとも、隠せていない部分がある。
吐き出す息の熱さに救われる。自分の息が自分と言う存在を意識させてくれる。
「とはいっても、戻るまでの時間は少しばかりある。その間、俺の相手をしてくれないかね?」
そう言って、金髪の女の神はにやにやと笑った。
気圧されてはいけないと気を取り直して、目の前の整った顔を見つめる。
「なあに、そう構えなくとも構わない。ほら、春、秋、冬と来ただろう?ならば、夏の象徴たる俺が出るのは定められたことなのさ」
俺というが、姿はどこからどう見ても深窓の令嬢だ。
それに、何だって?
どうして季節の話になるのだろう?
「四季は循環する。一つもかけてはならないものだからね。いやなに、暇だから来たというわけではないよ?」
どんな言い訳だと言い返す前に、女の隣に豊満な胸を持つ女が現れた。男装をしているが、二つの大きな山のように突き出たそれは隠しきれていない。どこに目をやっていいのかと少し悩む。
「なあに、言い訳してるの?」
「わっ、こらニコラ。俺を脅かすのはやめたまえよ」
「勝手に驚いたのはそっちでしょう? それよりちゃんと伝えていた方がいいよ。春の神、エルシュオンとその伴侶たるユリウスに頼まれたってさ」
「……むう。そうは言うがね。これまたややこしいだろう。言い過ぎたり、留まらせすぎると大神がお出ましとあっては」
服装がちぐはぐな二人だ。二人とも男のような口調なのに、姿はどこからどう見ても麗しい美女達。
「それでもだ。はなおとめ、初めまして。僕の名前はニコラ。階級は見ての通り、平民だ。今でもあるのかな? ゾイディック生まれさ。で、このお姫様が僕の神たるマグ・メル。気軽にメルと呼んであげて欲しいな」
「……エルシュオン達は?」
「ふふっ、無事だよ。ただ少し死に神を警戒して近付いてこないだけ。エルシュオンは特に今大切な時期だからね。死の概念の塊たるかのお方と会いたくないんだよ」
死に神。
そうだ、このあいだここに来た時あのとき、死に神の力を感じた。エルシュオン達は死に神を嫌い近寄らず、代わりにマグ・メル、そしてニコラがここにいるのか。
「どうして、ここに?」
「エルシュオンに君に知恵をつけてやってくれと頼まれてね。なあに、気にする必要はないよ。君はどうやら大神から特別な贈り物を貰った稀有な存在らしい。放置すると文字が荒れる」
「私のせいで、文字が?」
「いやいや、神様のせいに決まってるよ。大き過ぎる力を押し付けられて困るのはいつも僕達人間のほうなんだからね」
同情を寄せられているのを強く感じる。
私は彼女を見つめた。ユリウスのように耳が尖っていないし、エルシュオンのように獣人でもない。普通の人だ。
視線に気が付き、ニコラは苦笑した。
「ユリウス達のように異形じゃない。ニコラは普通の人間みたい」
「普通と言われるとむず痒い気持ちになるね。弱ったなあ」
綺麗な鳶色の髪を撫でながら、ニコラは私に微笑みかけた。
「普通が、むず痒い?」
「……その話はまた別の機会にね。今回は、そうだなあ、神様についての話をしようか」
そう切り出して、ニコラが滔々と語り始めた。
私はそんなことよりもニコラの話を聞きたかったけれど、話出したら、意識がニコラの声に引きづられていく。ぐいぐいとひきづりこまれて、聞き惚れた。
神がこの世界を創り上げた。それは有名話だけど、さてその神様とは一体誰なのか。
これは長年、聖職者や神学者達が考え続けた謎だろうね。
偉大なる神を崇拝したい、あわよくば自分の神がそうしたことにしてしまいたい。裏で思惑が交差して、やれあっちが偽典だ、偽りの神だと狭心になる人達も多い。ああ、君達は女神が創ったと教わったのかい? 僕はこのメルが創ったと教わったよ。全く、教典など、信じるべきではないね!
僕はメルという本物の神の伴侶だからね。こういう話には一家言あるんだよね。
さて、閑話休題。主たる神の話に戻そう。
メルが言うにはそれは父神だという。名前は知らない。知ることはなかった。だが、メルを産んだのは確かに父神だって。
大神だと思っていた?
確かに、呼び名からして風格があるよね。
でも、違う。
違う、らしい。
大神は、死に神の弟に当たる。
大食い勝負をして、負けた方だ。おっと、その話はきいたことがあるの?
死に神と会ったことが……?
いや待って、君ってはなおとめなのだろう?
……ああ、いや、大したことではないんだけどね。はなおとめというのは、僕達のなかでとても意味のある言葉だから。
まあ、とにかく、大神は死に神から権利を奪い取った。
――そう、騙し取ったものだ。だが、ここがおかしなところでね、メルが言うにはそれは少し違うらしい。
どう違うのかって?
この世界の支配権を父神の人格ごと引き継いだそうなんだよ。だから、正確には父神として性質が強い。もちろん、大神ではあるのだけどね。
訳が分からないだろう?
人格ごと、などと言われても僕達には見当もつかない。
大神は支配権を譲渡され、正気がかき消えた。神として万事を取り仕切る機構になり果てた。そのときに、大神の一部が零れ落ち、形を得て、神を名乗った。これが男神だと言う話だよ。神は葉についた雫のように出来上がるということ。
無茶苦茶だよねえ。だけど、神様というのは人間である僕達とは全く違う存在だ。人間の常識は通じない。
さて、話を戻そう。
男神の名は知っているでしょう?
女神と男神。ライドルではよく知られた名前だ。
男神は、今や恐ろしいほどその名を重ねている。この国では男神と呼ばれているけど、砂漠では戦神。商人達の国では金の神。海を越えれば、生贄を強請る恐ろしい悪神になる。
ほとんどの人間に信仰されているのは、女神や天帝ではなくて、死に神や男神の方だよ。
え?
あはは、そんなことも死に神から教えてもらっていたの?
つくづく、好かれているんだね。
そうだよ、死に神の言う通り、君達の世界には神様はあと三柱しかいない。
死に神、天帝、女神。
ならば、大神は?
彼はもうはなおとめの住む世界への手出しは原則出来なくなっている。世界の外にいると言ってもいいだろうね。機構になり果てたからでもあるし、それにもうそろそろ死に神に力が移ってしまうから。
背を通して干渉するのがせいぜいだ。この間の降臨は異例中の異例だと考えて構わないよ。
――では、男神は?
そう、良いところに気がついた。
かの神は僕達が語り継いだ伝承通り、人となった。
だからこそ、僕達は神を無数に生み出し、それらを男神にすることが出来るんだよ。
人の身に堕ちた神がどうなるか、僕はよくは知らないけどね。
男神は、人となったんだ。
だから、人が想像する神は、人の姿を取る。
そして、神達も人の意識に惹かれてしまう。神は祈るものを欲する厄介な性質を持っているからね。神は、人の姿を取り始めた。
そして、神の本質まで、人に似ていけば、どうなるのだろう?
おや、もう時間なの?
語り尽くせないのか。少しだけ残念。
でも仕方がない。久しぶりに同胞に会えて良かったよ。
心、穏やかでいられた。やはり、良いものだね。戻りたくなるな。ゾイディックの、美しい海を見たい。あの港は、今も変わらず潮のにおいがするだろうか。
おや、メルが拗ねてしまったかな。
――、では。
「今宵はここまで」
目を覚ました私は、扉の開けて、清族の男――ジョージを招き入れていた。
反射的に締め出そうとしても、無理だった。術で扉が壊される。
ジョージはにやにやと笑い、頭を下げてお辞儀をした。
「はじめまして、姫?」
顔にも、胸にも、銃弾は見当たらない。いたみもない。
ふうと息をつく。夢だったのか。
あたりを確認する。
背の皮の前だった。
ひやりと汗が滴る。この間と同じように現実と繋がらない私を見せられた?
だが、確かに私はイヴァンの音楽会に参加しようとしていた。あれは夢の話だったのか?
「お疲れ様。ますます大神のやることがえげつなくなったみたいで何よりだよ」
見知らぬ女に声をかけられた。
エルシュオンやユリウスではなかったので、最初、驚いた。
床につくほど長い髪。
ドレスのよく似合うほっそりとした体躯。小さなガラスの椅子に腰掛ける姿はまるで人形だ。
貴人だと頭が勝手に判断した。
青白い肌を持つ、貴族らしい貴族。高貴な匂いが香り立つようだった。
「私は……」
ぬめりと嫌な汗が頬を通る。荒々しく手の甲で拭う。
また来てしまったらしい。殆ど無意識のうちに。さっきまで、何をしていたのだったか……。
意識がまだ白む。夢から起きたときに感じる倦怠感を覚える。
「君が見たのは完璧な予知夢だとも! しかも君が結末を知らなければ変えられないほどの蓋然性が確かなものだ。いやあ、憎まれたものだね」
「あのままでは、私は死んでいた……?」
女は椅子の肘置きに手を置き、顔を指で支えた。
「そりゃあ死ぬだろうとも。現に君はあれで一回死にそうになった。大神が無理矢理書き換えなければ、そのまま暦は進んでいた」
「……私が、死ぬ?」
頭がほわほわする。受け止めることがうまくできない。
「死んだらそこで終わりだわ……」
「勿論だとも。死んだら、死ぬ。君達生き物はそうだろう?」
「でも、私は生きている」
「暦が変わったからねえ。君は、もう一度、あの時に戻る。とはいっても、ピンチなことに変わりはないよ。君は、自分の力でどうにかしなくちゃいけない」
「どうにかって……」
「じゃないと君は死んでしまうよ」
ぱちんと指を鳴らされる。
突然、死と言う言葉が実感を持って体を襲う。びりびりと指先が痺れて、うまく拳を握れなくなる。
私は、もう一度、ジョージと会うのか?
銃口を突き付けられて、殺される?
「死ねない……」
ギスランと結婚だってしていないのだ。それにギスランを長生きさせる方法をまだ見つけていない!
「だろうとも。まあ、せいぜい頑張りたまえよ。俺は楽しく見させてもらうから」
若草色の瞳が愉快そうに細められる。血が通っているとは到底思えないほどの硬質ななにかが瞳には流れ込んでいた。
ああ、神様だ、と本能の部分が主張している。どんなに人に似ていようとも、隠せていない部分がある。
吐き出す息の熱さに救われる。自分の息が自分と言う存在を意識させてくれる。
「とはいっても、戻るまでの時間は少しばかりある。その間、俺の相手をしてくれないかね?」
そう言って、金髪の女の神はにやにやと笑った。
気圧されてはいけないと気を取り直して、目の前の整った顔を見つめる。
「なあに、そう構えなくとも構わない。ほら、春、秋、冬と来ただろう?ならば、夏の象徴たる俺が出るのは定められたことなのさ」
俺というが、姿はどこからどう見ても深窓の令嬢だ。
それに、何だって?
どうして季節の話になるのだろう?
「四季は循環する。一つもかけてはならないものだからね。いやなに、暇だから来たというわけではないよ?」
どんな言い訳だと言い返す前に、女の隣に豊満な胸を持つ女が現れた。男装をしているが、二つの大きな山のように突き出たそれは隠しきれていない。どこに目をやっていいのかと少し悩む。
「なあに、言い訳してるの?」
「わっ、こらニコラ。俺を脅かすのはやめたまえよ」
「勝手に驚いたのはそっちでしょう? それよりちゃんと伝えていた方がいいよ。春の神、エルシュオンとその伴侶たるユリウスに頼まれたってさ」
「……むう。そうは言うがね。これまたややこしいだろう。言い過ぎたり、留まらせすぎると大神がお出ましとあっては」
服装がちぐはぐな二人だ。二人とも男のような口調なのに、姿はどこからどう見ても麗しい美女達。
「それでもだ。はなおとめ、初めまして。僕の名前はニコラ。階級は見ての通り、平民だ。今でもあるのかな? ゾイディック生まれさ。で、このお姫様が僕の神たるマグ・メル。気軽にメルと呼んであげて欲しいな」
「……エルシュオン達は?」
「ふふっ、無事だよ。ただ少し死に神を警戒して近付いてこないだけ。エルシュオンは特に今大切な時期だからね。死の概念の塊たるかのお方と会いたくないんだよ」
死に神。
そうだ、このあいだここに来た時あのとき、死に神の力を感じた。エルシュオン達は死に神を嫌い近寄らず、代わりにマグ・メル、そしてニコラがここにいるのか。
「どうして、ここに?」
「エルシュオンに君に知恵をつけてやってくれと頼まれてね。なあに、気にする必要はないよ。君はどうやら大神から特別な贈り物を貰った稀有な存在らしい。放置すると文字が荒れる」
「私のせいで、文字が?」
「いやいや、神様のせいに決まってるよ。大き過ぎる力を押し付けられて困るのはいつも僕達人間のほうなんだからね」
同情を寄せられているのを強く感じる。
私は彼女を見つめた。ユリウスのように耳が尖っていないし、エルシュオンのように獣人でもない。普通の人だ。
視線に気が付き、ニコラは苦笑した。
「ユリウス達のように異形じゃない。ニコラは普通の人間みたい」
「普通と言われるとむず痒い気持ちになるね。弱ったなあ」
綺麗な鳶色の髪を撫でながら、ニコラは私に微笑みかけた。
「普通が、むず痒い?」
「……その話はまた別の機会にね。今回は、そうだなあ、神様についての話をしようか」
そう切り出して、ニコラが滔々と語り始めた。
私はそんなことよりもニコラの話を聞きたかったけれど、話出したら、意識がニコラの声に引きづられていく。ぐいぐいとひきづりこまれて、聞き惚れた。
神がこの世界を創り上げた。それは有名話だけど、さてその神様とは一体誰なのか。
これは長年、聖職者や神学者達が考え続けた謎だろうね。
偉大なる神を崇拝したい、あわよくば自分の神がそうしたことにしてしまいたい。裏で思惑が交差して、やれあっちが偽典だ、偽りの神だと狭心になる人達も多い。ああ、君達は女神が創ったと教わったのかい? 僕はこのメルが創ったと教わったよ。全く、教典など、信じるべきではないね!
僕はメルという本物の神の伴侶だからね。こういう話には一家言あるんだよね。
さて、閑話休題。主たる神の話に戻そう。
メルが言うにはそれは父神だという。名前は知らない。知ることはなかった。だが、メルを産んだのは確かに父神だって。
大神だと思っていた?
確かに、呼び名からして風格があるよね。
でも、違う。
違う、らしい。
大神は、死に神の弟に当たる。
大食い勝負をして、負けた方だ。おっと、その話はきいたことがあるの?
死に神と会ったことが……?
いや待って、君ってはなおとめなのだろう?
……ああ、いや、大したことではないんだけどね。はなおとめというのは、僕達のなかでとても意味のある言葉だから。
まあ、とにかく、大神は死に神から権利を奪い取った。
――そう、騙し取ったものだ。だが、ここがおかしなところでね、メルが言うにはそれは少し違うらしい。
どう違うのかって?
この世界の支配権を父神の人格ごと引き継いだそうなんだよ。だから、正確には父神として性質が強い。もちろん、大神ではあるのだけどね。
訳が分からないだろう?
人格ごと、などと言われても僕達には見当もつかない。
大神は支配権を譲渡され、正気がかき消えた。神として万事を取り仕切る機構になり果てた。そのときに、大神の一部が零れ落ち、形を得て、神を名乗った。これが男神だと言う話だよ。神は葉についた雫のように出来上がるということ。
無茶苦茶だよねえ。だけど、神様というのは人間である僕達とは全く違う存在だ。人間の常識は通じない。
さて、話を戻そう。
男神の名は知っているでしょう?
女神と男神。ライドルではよく知られた名前だ。
男神は、今や恐ろしいほどその名を重ねている。この国では男神と呼ばれているけど、砂漠では戦神。商人達の国では金の神。海を越えれば、生贄を強請る恐ろしい悪神になる。
ほとんどの人間に信仰されているのは、女神や天帝ではなくて、死に神や男神の方だよ。
え?
あはは、そんなことも死に神から教えてもらっていたの?
つくづく、好かれているんだね。
そうだよ、死に神の言う通り、君達の世界には神様はあと三柱しかいない。
死に神、天帝、女神。
ならば、大神は?
彼はもうはなおとめの住む世界への手出しは原則出来なくなっている。世界の外にいると言ってもいいだろうね。機構になり果てたからでもあるし、それにもうそろそろ死に神に力が移ってしまうから。
背を通して干渉するのがせいぜいだ。この間の降臨は異例中の異例だと考えて構わないよ。
――では、男神は?
そう、良いところに気がついた。
かの神は僕達が語り継いだ伝承通り、人となった。
だからこそ、僕達は神を無数に生み出し、それらを男神にすることが出来るんだよ。
人の身に堕ちた神がどうなるか、僕はよくは知らないけどね。
男神は、人となったんだ。
だから、人が想像する神は、人の姿を取る。
そして、神達も人の意識に惹かれてしまう。神は祈るものを欲する厄介な性質を持っているからね。神は、人の姿を取り始めた。
そして、神の本質まで、人に似ていけば、どうなるのだろう?
おや、もう時間なの?
語り尽くせないのか。少しだけ残念。
でも仕方がない。久しぶりに同胞に会えて良かったよ。
心、穏やかでいられた。やはり、良いものだね。戻りたくなるな。ゾイディックの、美しい海を見たい。あの港は、今も変わらず潮のにおいがするだろうか。
おや、メルが拗ねてしまったかな。
――、では。
「今宵はここまで」
目を覚ました私は、扉の開けて、清族の男――ジョージを招き入れていた。
反射的に締め出そうとしても、無理だった。術で扉が壊される。
ジョージはにやにやと笑い、頭を下げてお辞儀をした。
「はじめまして、姫?」
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