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第二章 王子殿下の悪徳
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しおりを挟む裸に剥かれて浴場に投げ込まれた。
口と耳に水が入り、苦しくて咳き込む。
サガルはそんな私を許さずに口の中に指を入れると口内をかき回した。
「そんなに抵抗するなら、僕の性器をぶち込むよ?」
低い声で囁かれた言葉は、恐ろしくて聞き返すことが出来なかった。
何もできない私を笑ってサガルが口のなかから指を抜き取る。唾液を舐めとると、体を洗おうとする。
時折、私を水の中に沈めて、全身びっしょりと濡れさせ、抵抗しようものなら首筋に噛み付いてくる。
全身にサガルの噛み跡がつき、何をされても何も感じなくなった頃、私を抱えてサガルは部屋に戻った。
サガルの部屋の中心には鳥籠のように天蓋から垂れる紗幕で囲われたベットがあった。紗幕の向こう側には男女がぐったりと寝そべっていた。
この学校に通う貴族のようだ。サガルの帰りに気がつくと、一糸纏わぬ体で擦り寄ってくる。
サガルが邪険にすると、蒼褪めてすごすごと部屋を出て行った。
愛液で濡れたシーツの上に座れと短く命令される。
嫌だと首を振る。
だが、力任せにシーツの上に座らされた。華奢なのに鋼のように強い力でねじ伏せられた。
さっきからサガルが全く違う人間にしか思えない。
せめてもとシーツを体に巻きつける。淫らで嫌な香りがするけれど、何も身につけないよりはいくらかましだった。
くすくすとサガルが私の様子を見て笑う。
サガルは湯浴びの時からシャツとズボンを履いていた。水でぐっしょりと濡れているのに脱ぐ気配はなかった。
「お前は、いつから男を誑かす悪い子になったんだろうね」
「違うわ! サガルは何か誤解をしている!」
「へえ、あの貧民の腕に抱かれていた売女の分際で?」
両頬を勢いよく叩かれた気分だった。
売女。
私のことをサガルは売女だと思っていたのか!
羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
私が売女というのならば、サガル自身はどうだというのだろう。このベッドで誰と何をしたか分かったものではないではないか!
私に向ける苛立ちに正当性はないのだと紛糾してしまいたくなる。
綺麗なものだけ見てきた。サガルが時に匂わせる汚泥じみたものからずっと目を逸らしてきた。
だって、捉えてしまえば戻れなくなる。
私はサガルと兄妹でいたかった。血は半分しか繋がっていないけれど、互いに家族の愛情を持っている、そんな関係でいたかったのだ。
どうして、そのままでいさせてくれないのだろう。
私にはサガル兄様しか家族はいないのに!
「サガルなんて、どこのだれとも知れない女と寝ているじゃない!」
「僕がどこのだれとも知れない女とだけ寝ているとでも?」
「っ……、わ、私から口にしたくない!」
「ははは、お前、僕と王妃の関係をそんなに穢らわしいと思っていたならば、さっさと止めるべきじゃなかったのかな」
喉の奥が熱くなる。最悪の予想は合っていたのだ。
「それとも本当はざまあみろと思っていたのかな。僕が穢されて、汚されて、蹂躙される姿が心地よかった? 興奮した?」
「そんなわけない! 私は……!」
「それもそうか。そうじゃなきゃ、僕をあんな場面で助けたりはしないよね。でも、カルディア、遅いんだ。遅すぎるんだよ……!」
足首を掴み、サガルが私の体をシーツから引き摺り出そうとする。気迫せまる形相に対抗するのも忘れて息をのむ。
「僕のこと忘れてたんでしょう? それとも、僕のことを怨んでいたのかな」
「怨んでなんかいないわ! 私を怨んでいるのは、サガルの方でしょう」
「怨んでいる? それ以上だよ、カルディア。僕はお前のことを、殺したくてたまらない」
真っ直ぐ私を捉える碧い目が、殺意に滾っていた。シーツを剥ぎ取られた。なにも体を隠すものがなくなってしまった。
「お前は選択を間違えたんだ。僕を助けたのが悪い。そのせいで、どうしようもなくなった。心の底から喜んでしまった自分が憎い。僕は地獄に落ちるしかなくなってしまった」
サガルの言葉の意味が分からないまま、私は仰臥した。上にサガルが馬乗りで飛び乗る。首の頸動脈をなぞり胸にしゃぶりつかれる。
私は必死に体を左右に動かして、サガルを揺すり落とそうとした。
「ギスランとはまだ性行為をしていない? 遊んでいるのに、奥手なんてちぐはぐで面白い。さっさと食べていれば、僕にとられることもなかっただろうに」
「サガル、嫌!」
「そんなことを言う悪い子にはどうしようか。鞭打ちがいいかな。目隠ししながらいれてるのもいいな。後ろから、家畜のように犯してやってもいい」
信じられない言葉ばかりが、サガルの口からこぼれていく。顔が似ている人物が凶行に及んでいると言われた方がまだ納得がいった。
「僕は他人を嬲るのが好みだ。泣く姿に興奮する。お前の涙なら、天にものぼる気持ちになるだろうね」
「嘘、嘘、嘘! サガルはそんなこと言わない!」
「本当だよ。お前をねじ伏せて、弄ぶ妄想をしたことがある。なんなら触ってみる? 初心なカルディアは舐めたこともないだろうね」
手をとられ、あらぬところへ押し付けられそうになり慌てて引っ込める。
面白いものを見たとでもいうようにサガルは破顔すると顔を寄せてきた。
唇が触れ合うという近さだ。ダンスの時もこんな距離だった。この近さに今は嫌悪感が産まれた。
「ハルと言ったね。あの男を殺すつもりだ」
「っ!」
分かっていたことだが、改めて突きつけられると慄くような恐怖が襲ってきた。ハルが死ぬ。
空賊に加担していたのだ。どれだけ貧民に人気があろうとそれは貴族達には関係がない。風紀を乱し、盗難を行った大悪漢達であることに変わりはない。罰を受けなくてはならない。それは、サガルが組織させたものだとしても変わらない。
足元を通った鼠を思い出す。あの鼠はきっと温かな日の中では死なない。それと同じようにハルもあの拷問部屋で嬲られて死ぬのではないか。
それは駄目だ。許容出来ない。
ここで見殺しにすることは絶対に出来ない。
「お前はあの男が好きなんだよね?」
責めるような厳しい眼差しを向けられる。
「身分が低い醜男に懸想するなんて、まるで小説みたいだ。知っている? そういう物語の大半はバッドエンドで締めくくられるんだ。あの時の愛を胸にこれからも生きていこうと離別する。あるいは心中する」
サガルは何を言っても聞き入れないような頑な眼差しで私を押さえつけると、ゆっくりと吐息を落として、舌を舐める。
唇に舌のぬるりとした感触があたり、触れたところからじりじりと痺れる。欲望にあてられたように、頭がぼんやりと使い物にならなくなっていく。
「僕はどうやら横恋慕する悪党役のようだ。らしく振る舞うことにしよう」
「ハルを殺さないで」
「じゃあ、お前は代わりに何を僕にくれるんだ」
カルディアがサガルに上げられるものなどかたが知れている。しかも、この場で上げられるものは、この身一つだけだった。
息を詰めて、狂気を滲ませる瞳を見つめる。暗く澱み何かを欲している。
「この唇を食むことを許してくれる?」
唇を重ねる。それ以上の意味を持っていると私でも分かった。
サガルは溜飲を下げるためになのか、私を蹂躙しようとしている。
悩むことではない。ハルの生命に比べれば私の体は安いものだ。そう思っているのに、怖さに唇が震えて使い物にならない。
自分とハルを天秤にかけて、自分を選ぼうとしているのか。
眼を見張るよう醜悪さ加減に、自暴自棄になりそうだ。
サガルのことを特別に思っている。だが、家族でいたかった。踏み越えてしまえば、一生戻れなくなってしまう。
「本当に……?」
震える声がサガルの唇にあたる。柔らかい感触が、声を出すたびに掠める。
サガルはきゅっと眼を細める。
傷付いているように見えた。
「お前からして」
返答ではなかった。命令に近い声だった。首を少し傾けるだけで口が触れる。それでもサガルは私にさせたがっている。
拒否権はないようだった。強制される酩酊感を言い訳にするように柔らかな上唇を食む。想像以上に甘くて舌で舐める。顔を押し付けられ、深いものへと変わる。
どろりとした甘い蜜を注ぎ込まれているように何もかもが甘くて、気持ちが良かった。
「あ、あははは」
口を離すなり、サガルは狂ったように笑い出す。正気とは思えないサガルの腕に抱き着く。
今の記憶をなくしてしまいたい。
「ハルを助けて」
「いいよ、カルディア。お前の言う通り生かしてあげる」
「本当に?」
鬱陶しそうに腕を退けながら、サガルは私の立ち上がる。目で追おうとして、下腹部を見て慌てて目を伏せ、なにも見なかったことにした。
「カルディアを抱き潰すのはお預けにしてあげる。お前は処女だから最初は優しくしてあげないと」
「サガルはどこに行くの」
「僕はお前以外とも寝れる尻軽だからね。適当に発散してくるよ。このままじゃあ、酷くしそうだ」
扉が閉まり、部屋に重い沈黙が落ちる。寝台から転がり下りて、着る服を探した。だが、どこにも見つからない。
部屋を出ようにも、外から鍵がかかっているのか開かなかった。
ずるずると扉に凭れながら座り込む。鈍痛のような睡魔が襲ってくる。このまま寝て起きたらなかったことにならないものか。
扉の向こうから女の嬌声が聞こえる。ぎしぎしとソファーか、寝台か、なにかがしなっている。誰がと考えるのはよくない。耳を塞ぎながら、睡魔に身を任せた。
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