どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第二章 王子殿下の悪徳

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「いい気味だ」
「あの不気味な男はやはり賄賂をしていたのだろうなあ」
「そのくせ、すぐに落ちてしまうなんて、なんと情けないことか」
「ははは、金が泡銭に消えたか」
「バロック家も地に落ちたな」
「平民なんかと付き合ってはいられませんわ」

 急に上がったバロック家の話題は、嘲笑ばかりだった。
 階級盤を見てみると、テウの名前が平民に落ちていた。
 この間の階級変動で落ちたようだ。くすくすとテウを笑う声がする。
 人の失敗を笑うあさましい声だ。嫉妬や羨望が、愉悦となって空気に溶け込んでいく。
 ずっと笑っていたテウはこの声を聞いても笑っているのではないか。ふと、そう思った。


「なんて言った?」
「はっ、なんだ、リュウ、猫みたいに爪を逆立てて。構って欲しいの?」
「クソ野郎が。いいよぉ、俺が相手してあげる。泣き出さないように覚悟しなよ」
「そっちこそ、骨が折れたぐらいでぎゃあぎゃあ騒がないでくれよ?」

 部屋に戻ったら、いつもは寝そべって本ばかり読んでいるリュウとイルが襟をつかみ合っていた。一発触発だ。
 幸いというか、くしくもと言うべきか、ギスランはいなかった。私が散歩すると言い出す前に用事があると部屋から退席したのだが、まだ戻っていないようだ。

「な、なにをやっているの?」

 恐々と声を出すと、二人の殺気だった目線が私に向く。
 怖い! 殺してやるという意思があふれきっている。

「姫、今ちょっと取り込み中なので出て行ってくれません?」
「間が悪いからもうちょっと散歩してくればぁ?」
「私の部屋なのに、その対応はおかしいでしょう!?」

 なぜ、帰ってきたことが悪いみたいに言われなくてはいけないんだ。

「いったいどうして、二人が争っているの?」
「別にぃ」
「なんでもありませんよ」

 二人してはぐらかすのが下手すぎる。

「なんでもないと言うのならば、二人とも仲良くできると言うわけね」
「……無理」

 化けの皮ははげるのが早かった。リュウは口をゆがめると、犬のように唸った。

「あんな屈辱を与えれて許せるわけないよねぇ」
「厚顔無恥とはまさにこのことだな」
「うるさい。面の皮が厚いのはそちらもおなじだよね?」
「口が悪くてたまらない。お前の主は口の利き方を教えてはくれなかったの?」
「っ。サガル様への暴言を吐いたな? 汚いその口であの方を語ることも、腹立たしいというのにさぁ!」

 やっぱり喧嘩している!
 だが、なぜ怒っているのか、やはり判然としない。お互いに屈辱的なことをされたというのは分かるのだが、思い当たることがない。私の知らないところでなにかあったのか。

「一度、腰を据えて話し合うのはどうかしら。なんなら、調停人も呼びましょうか。フィリップ兄様の部下は裁判官が多くいるという話だし。清族ならばそちらにたけたものもいると思うけれど」

 そう勧めたのは、二人の剣幕がギスランやリストの言い合いとは一線を画するからだ。
 両方、今まさに殺してやってもいいという闘志に満ちている。

「ねえ、聞いている?」
「ええ、聞いてますよ。でも、裁判は不要ですし、調停人はもっと不要です。腰を据えて話すことなんて、ありはしないんですから」
「そうだねえ。俺も、イルと話すことはないかなあ」
「そのくせモニカとは会ってるだろ、お前!」
「え、モニカと会ったの!?」

 私がモニカに会ったあと、モニカはリュウに再会していたのか。

「ん、カルディア姫もモニカに会ったんですか?」
「ええ、偶然。モニカから聞いていない?」
「いえ、あいつ喋れないので。つーか、俺はリュウとモニカが会っているところを偶然目撃しただけですし……何を話したんです?」
「リュウが生きているということよ。でも、ギルの花が浮いた水を運んでいたから、仕事があるのだと思ってすぐに別れたわ」
「……おい、リュウ」

 目線を逸らしたリュウに柳眉を逆立て、イルが怒気を発した。

「人間の屑か、お前は!」
「うるさい。なあに、イル。まさか、善良な人間を気取っているわけ? それほどモニカが好きなの? モニカのこと抱きたいの?」
「こんな奴を好きになるならば、俺を好きな方がまだ救いがあっただろうな! 顔面を殴るぐらいなら目の前で行われても、カルディア姫、気絶しません? 俺、すごく殴りたい気分なんですが」
「私も少し殴らせたくなっているけど、駄目。ねえ、モニカがどうしたというのよ」
「俺の口からは。カンドではないんだろ」
「だあれ、その薄汚い男。俺は知らないな」
「――だよな」

 二人だけで会話しないで欲しい。カンドではない?
 カンドって、貧民のカンドのことか? モニカの話をしていたはずなのに、どうしてカンドの話に変わるんだ。

「仕返しのつもりか」
「あいつの仕置きはイルの主にとって、悪くない話でしょ?」
「ギスラン様は知っているのか」
「まさか。知るわけない。協力するつもりもみじんもない。サガル様を貶めた人間に協力などするものか」

 誰のことを、なんのことを指しているんだ。
 私に分からないように、雰囲気で喋っているのではないか、こいつら。

「リュウとモニカが再会できたのでしょう? めでたいことではないの?」
「普通の再会ならよかったんですけどね」
「どういう意味? だいたい誰を仕置しているというのよ」
「お姫様のよく知る人物だよ」

 リュウがイルの手をぺちぺちと弾いた。
 イルの手が襟から離れると、襟を正して、私を酷薄な瞳で見つめて来た。

「あんたは偽善者だよねぇ」
「いきなり、なに? 私に矛先を向けるわけ?」
「助けられる人間を助けてないでしょ? 助けて、救って、私が一番被害を受けて可哀想だって、心の奥底でいつも思っている。だから、救いばかり求めて、助けようなんかしない」

 心臓を鷲掴みにされた。
 救いを求めている。助けてと叫んでいる。
 それのなにが悪いのだと開き直る自分がいる。
 あの女の姿を見て倒れたことがそんなに変なことだろうか。目の前で母親を殺されたことがないから、そう言えるのではないのか。
 救いは来ない。知っている。けれど、誰かが助けてくれる、そんな夢をみてはいけない?

「そんなんだから、最期に何もなくなって、泣くことしか出来なくなるんだ。考えなよ、自分でさあ。救われるんじゃなくて、救ってみせなよ」
「何を言っているのよ!」
「ハル。この学校にハルが居るんだよねぇ、お姫様」

 リュウは恭しく辞儀した。口から発せられた言葉が信じられず、疑う。

「……ハルがここにいる?」
「そう! じゃあねぇ、俺はこの後用事があるから。……探して、見つけてみればいいよぉ。見つけられるのなら、だけど」

 颯爽と部屋を出るリュウを追いかけることすら出来なかった。
 どうしてハルがここいるんだ。木を隠すなら森にと言うやつか? 王都よりも、学内の方が安全だから? なぜ、国外に逃亡していない?
 ハルらしい人物の噂話を一度も聞いたことがない。

「イル、リュウの話は本当なの?」
「……分かりません。ハルは学内に潜むほど馬鹿じゃないと思いますよ。……ってことはやっぱり」
「何か知っているの!?」
「落ち着いて下さい。リュウの言っていることが正しいかも分かんないんですから。ま、俺に少し任せて下さい。ハルは生かしたいと思う人間より、殺したいと思っている人間の方が多い。姫がもしハルを見つけたとしても、この学校の中じゃ逃げ出す協力も難しいでしょう」

 椅子に座るのを勧められた。息を整えて着席すると、真剣な表情のイルが自分の唇に指を置いた。

「俺の他に姫の動向を探る奴はこの学内にいくらでもいるんです。見つけたら、十中八九、ギスラン様に遅かれ早かれ情報が漏れる。ギスラン様はハルを殺したがっています。姫に庇われるハルの姿を見たらますます殺意が漲ることになると思いますよ」
「イルならば、探し出せる?」
「学内にいれば、ですがね。取り敢えず、俺に探させて下さい。それまでは軽はずみな行動は慎むようにお願いしますよ」

 ハルがこの国を出たいならば、その援助がしたい。
 憎まれているから、こっそりでいい。ハルは私が工面したと言ったら怨敵に情をかけられたと歯ぎしりするはずだ。
 誰かに褒められたくて、ハルを支援するわけでない。
 首を摩る。
 殺したあんたの骸の上で、王族らしく振舞うよ。王族を虐めて、遊ぼうか。
 ハルに花園で憎悪を向けられた。あの時はこれでいいと思った。ハルに嫌われたかったし、疎まれたかった。憎まれたかった。
 けれど、それによって彼を私に縛り付ける結果になってしまったのではないだろうか。
 ハルには幸せになってほしい。なぜ学内にいるのかは不明だが、出来るならば、危険のない場所に逃げて欲しかった。
 ……でも、私を殺そうとしているから、学内に紛れている可能性もあるのか。
 死ねと言われたら、ハルのために死ぬのだろうか、私は。
 ハルが私の死が自分の幸せだと思えば、その望みを叶えてあげるのか?

「じゃあ、俺は情報収集してきますね。そうだ、それ。カルディア姫へのお手紙です。中身は確認済みなので、どうぞ」
「なんで当然のように開封しているの?!」
「リスト様の暗号、微妙に癖あって、解けないのどうにかなりませんか? 暗号解読班に頼んでもいいんですけど、その頃には別の暗号使いそうですよね」
「あ、ありえない……。謝る気が全くないのね」

 反論する必要はないと言わんばかりにイルは部屋から出て行ってしまった。
 渡された手紙は三通だ。
 二通はリストからだった。解読に時間がかかるので、読むのは後に回すことにする。
 リストの手紙はいろんな意味で心臓に悪い。覚悟を決めないと読めない。
 もう一通は、名前がなかった。だが、封蝋に刻まれた紋章には見覚えがあった。

「バロック家の紋章だね。いつの間に彼と仲良しになったの?」
「さ、サガル!?」
「ノックしたのに反応ないから勝手に入っちゃった」

 首に回る華奢なのに男らしい角張った指。耳を擽る息。そして、甘い香水の匂い。
 サガルはシャツにズボンという崩した格好をしていた。私の手の中にある手紙を指でなぞる。
 こうやってきちんと対面で話すのは、夜会ぶりだ。夜会のときに噛みつかれた首元がじくりと疼きを発する。

「カルディアはバロック家をどこまで知っているの?」
「よくは知らないわ。カリレーヌ嬢にあったことがあるだけ」
「テウを知らない? きっと、その手紙はテウからだよ」

 息を呑む。ずっと探していた相手の方から接触して来たのだ。
 サガルに見守られながらペーパーナイフで切り、中身を広げる。
 一緒にお茶会をしようという招待状だった。場所と時間だけ書かれているが、日付と名前はない。簡潔な手紙だ。香りのついた上等な紙に書かれた文字は汚かった。テウの筆跡だろう。書き慣れていないのだろうか。

「テウのことを知っているの?」

 サガルに向き直る。
 一瞬、目を逸らしそうになった。露出した喉元にはいくつも赤い跡が散らばっていたからだ。
 後ろに一歩下がる。
 見てはいけないものが目の前にある。
 サガルは私の動揺に取り合わず赤い目元を擦った。

「知っているよ。ここの生徒だからね。それに前の当主とは深い付き合いをしていたから」
「前の当主?」
「魔薬騒ぎでなくなった軍人だった人だよ。バロック家の直系ではないらしいが、家督を継いでいたのは彼だからね」
「直系ではないってどういうこと?」
「二代前のバロック伯爵には娘しかいなかったんだよ。当時、女は家督を継げなかった。だから、親戚筋の男に譲ったんだ。そして継いたのが、かの前当主だね」

 そしてその前当主も空賊の起こした強盗を受け、暴徒によって殺されてしまった。

「さて、ここからが残酷なところだよ。二代前のバロック伯爵の娘は、遺産も相続できなかった。前当主が遺産を分けるのを拒んだからだ。二代前のバロック伯爵は急死してしまっていて、奥方も娘を産んですぐに亡くなっていた。貴族の子女が、後見なしに外に放り出されれば恐ろしい目に合うのは誰もが知るところだよね」
「外に放り出されてしまったの?」
「もっとひどいよ」

 前任のバロック伯爵と二代前のバロック伯爵は親族だったが、そりが合わなかったのだと言う。その娘に対してもいい感情を持ち合わせていなかった。
 だから、屋敷に住まわせるかわりに、使用人として扱った。

「美しい少女だったんだって。使用人達の劣情を擽るぐらい」

 持っていた手紙の端を強く掴んだ。
 娘は使用人達に弄ばれた。犯され、輪姦された。
 気がつけば、子を孕んでいた。どこの男の子かもしれない赤ん坊だ。
 それがテウだとサガルは言った。

「すくすくと育ったテウを置いて、娘は使用人と逃げてしまったらしいよ。愛の逃避行に、子供は邪魔なだけだものね」

 腕をひかれ、サガルの方へと引き寄せられる。

「置いていかれたテウは自分の出自も知らないまま使用人として生活していた。そんななか、前バロック伯爵が逝去してしまった。残されたのは放蕩息子と二人の令嬢達」
「テウは跡取りではなかったのよね……? でも、今はテウがバロック伯爵でしょう。息子はどうしたの?」

 唇と唇が触れ合うほどの近さで見つめ合う。
 ダンスを踊った時のような密着具合だった。私を掴む爪が紅く塗られていた。唇の色だ、と質問とは全く違うことを考えてしまう。

「娼婦と心中して、ファミ河に身を投げたんだ。死体はきっちり二つ浮き上がった。残りの令嬢達は、一人は嫁ぎ先が決まっていて、もう一人のカリレーヌの方も婚約者がいたんだよ。取り消すには惜しい縁組みでね。その時、偶然親戚の人々はテウのことを思い出したんだ」

 直系の娘が生んだ嫡男だ。使わない手はない。
 使用人の立場だったテウがいきなり貴族の息子だと言われて、持て囃されるようになった。
 おりしもやられたことをやり返すかのように立場が逆転したのか。彼がバロック伯爵家の跡取りとなった。
 カリレーヌ嬢が、サラザーヌ公爵令嬢やリストに激しい嫌悪感を抱いていた理由が、今ならよく分かる。テウはサラザーヌ公爵令嬢やリストと出自が重なる部分があるのだ。

「それでテウを担ぎ上げた……」
「そういうことだね。わかった?」

 息で、唇の形をなぞられ、痺れるような充実感を覚える。
 サガルの顔を指でなぞりたくなる。耳の裏のへこんだ箇所を触りたい。

「テウに会いに行く?」

 サガルは責めるわけでも勧めるわけでもなく、純粋に尋ねるように首を傾けた。

「会いに行くわ。私、あいつに言わなくちゃいけないことがあるの」
「そう」

 返事を書こうと腕の中から出ようとした私を捕まえて、サガルは私をギチギチと腕の中に閉じ込めた。

「サガル?」

 息苦しさよりも、顔が見えない方が辛かった。
 顔をすくい上げて、顔色を見ようにも手ごと拘束されているのでかなわない。
 言葉で気をひこうと名前を呼ぶ。

「一つになれればいいのに」
「え?」
「……カルディア、花の香りがする。いい匂いだよ」

 サガルが何か言っていた。だが、きちんと聞き取れなかった。空耳だった?
 花の香りがする。同じようなことを誰かから言われた気がする。
 花の匂いなんてするのだろうか。くんくんと鼻をひくつかせるが、自分ではまったく分からない。
 かわりにサガルの肌に鼻を近付けて嗅ぐ。
 強い香水の香りに目の前がくらくらする。
 サガルは昔からこんな匂いを纏っていただろうか。

「は、はなおとめと言われることがあるの」
「男に?」

 サガルの碧い瞳と目が合う。瞳の奥に熾火のように燃えるものを見た。身を滅ぼす熱い嫉妬の眼差しに、えもいわれぬ愉悦を感じた。サガルが悋気でおかしくなっているのが、心地よかった。

「気になるの?」
「カルディアはおぼこだから、たぶらかされていないか心配なんだ」

 腰をなぞられ、からかうように一度下半身を押し付けられる。淫らな行為に、手の先まで炙られたような熱さを感じた。

「ほら、こんなに初心な生娘だもん、はなおとめ、はなおとめと持て囃されて、すぐに食われてしまう」
「う、うう」
「誰かに取られる前に、僕が食べてしまおうかな」

 華奢な腕に抱きかかえられ移動すると、ソファーに沈められる。起き上がろうとした私を遮って、馬乗りになるように私の腰をサガルが跨いだ。
 下から見上げるサガルの白い輝くような肌には、ところどころ赤い跡が残されていた。

「私も、サガルのこと食べたい」

 赤い跡に指を滑らせる。
 サガルの身体中にあるこの跡はとてもいいものとは思えない。鎖や首輪を思わせる。
 夜会でサガルに噛み付かれたように、私も噛み付いてかき消してしまいたい。

「いいよ、食べて」

 唇に指の腹が押し付けられる。舌を出して舐めると、擽ったそうに微かに声が漏れた。
 甘噛みした指には私の歯型がついた。それを、サガルは舐めとると上機嫌に笑う。

「もっと」

 差し出されたのは赤い跡が散らばる首筋だ。

「僕を食べて」

 浮き出る血管を食む。口をつけた瞬間、びくんと体が震えた。離れたようとした私の頭を掴んで、サガルは顔を押し付けた。興奮した嬌声に煽られる。浮き上がる血管をなぞるように鎖骨へと降りた。
 いくつも咲いた紅い花を上書きするために噛み付く。

「カルディア、見て、僕の肌が汗で滴っている。ほかのどんな奴の愛撫でもこうはならないのに。お前の唇は、気持ちがいいよ」

 その言葉に暴力的な気分にさせられた。ひどい目に合わせてやろう。サガル兄様には私しかいらないのに。他の誰かと比べないで。
 ――これはなんなのだろう。強烈な独占欲なのか?
 噛り付いたサガルの首筋は、私の歯型で埋め尽くされていく。充実感を抱くことに罪深さを感じる。
 サガルの白い肌はもう見えなくなってしまった。私の噛みあと以外、なにもない。

「髪、切ってしまったんだよね。もったいないなあ。僕は好きだったのに」
「……暑かったもの」
「首筋が晒されて、艶めかしいよ。ねえ、カルディア。僕も噛んでいい?」

 首の裏に、生温かい舌の感触がした。がりっと、強めに肌に歯がつきたてられる。
 ふるふると体の芯の部分から震える。
 おかしなことにやはり最初に感じたのは途方もない嬉しさだった。
 私に嗜虐趣味はないはずなのに、サガルから与えれる痛みは心地よいものだった。

「同意を得る前に噛んじゃった。痛くなかった?」

 覗き込んできたサガルの頬は紅潮していた。瞳のなかにいる私も同じように、火照った顔をしているに違いない。
 見つめ合ううちに、熱が迸った。サガルの瞳の色が溶けそうなほど潤む。熱に浮かされた奇妙な熱はやがて情欲をしっかり湛えた。
 サガルの唇が近付いてくる。衝動的に、唇を合わせなければならないと思った。

「あ」

 もう少しで、唇がくっつくというところで正気に返り首を振る。
 私は、サガル兄様と何をしようとしていたんだ!?
 挨拶の口づけではない。まるで、ギスランとするような種類のものだった。

「カルディア」

 切なげに声を呼ばれる。サガルは悶えるように私の頬を掴んだ。

「やっぱり、テウに手紙を出すわ!」

 サガルの呼びかけに答えず、体を起き上がらせる。サガルの体は押せば拒むことを知らないように簡単に動いた。
 私とサガルの血は半分同じだ。父親が同じで、母親も姉妹同士。
 感情に歯止めがきかない。いつもならば、考えてはいけないと拒絶するところまで思考がやってきてしまう。
 サガルは私のことをどう思っているのだろう。
 首に散らばっていたあの赤い跡はきっと、情愛の証だ。初心な私だってそれぐらいは分かる。
 相手は、誰なのだろう。サガルは誰と睦み合ったというのだろうか。
 私とサガルのようにお互いに体を密着させ、首を噛み合った?
 でも、所有の跡を私にかき消させたということは、サガルは嫌だったのだろう。
 だが、王族のサガルが嫌がれない相手って誰なのだろうか。

「……そうするといいよ」

 サガルのことをあまり考えないようにしながら、テウへの手紙を書いた。
 返事はすぐに来た。拙い文字だった。
 明日、夕方はいかがでしょうか。
 すぐに了解の返事を書く。その頃になると、サガルは従者に呼びかけられ、私の部屋を出て行ってしまった。声はかけられなかった。これで、いいのだ。
 そのはずだ。


 数時間後、息を切らせながらやってきたギスランは、私をみるなりぎゅっと抱きしめた。

「お会いしたかった」
「数時間前までずっと一緒にいたでしょう」
「私はずっとカルディア姫の近くで侍っていたいです」

 はいはいとあしらいながら、ギスランを抱き寄せる。ギスランの匂いを嗅ぐ。安心して、力が抜けた。

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