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突き付けられた現実はあまりにも想像を超えるものだった。僕はてっきり友達がいたずらでデリヘルを呼んだのかと思っていた。いやそもそも友達いないから違うか。となるとやはり、僕が雇ったメイドは彼女――夜新城恋歌ということに……なってたまるか。
「えっお断り……?」
「あー……多分住所違うと思うんだけど」
「え、えとえっと……ここって、ひ、柊さんのお宅ですか? って、ひ、ひ、柊くん!?」
「あー。いや違います」
目の前の見覚えのある制服姿の少女に僕はこう言わざるを得なかった。
「えっ、あ、し、失礼しました……え、えと……この近くに柊さんはおす、おす、お住まいですか……?」
おすおす言い過ぎて空手家みたいになっている姿を見ると、やはりこいつは夜新城恋歌で間違いない。そしてこの家に住んでいるのも間違いなく柊さんだ。
「……悪い夜新城。柊舞世で合ってる。……僕もまさか夜新城が来るとは思ってなかったから驚いてな。まあ上がってくれ」
そりゃそうだ。雇ったメイドがクラスメイトだなんてイカれてるにもほどがある。
「そ、そうだったんですか……す、少し安心しました。あ、おじゃまします……」
何言ってんだこいつ。自分で言うのもなんだけど、僕と一緒に生活なんて結構ガチできついぞ。いや、割とホントに吐きそう。おい吐くなよ。夜新城をリビングに案内しつつ、僕は脳内で一人漫才をする。
「いや。いやいや何言ってんだお前……クラスメイトだぞ僕は。しかも『陰湿ナメクジ』とか言われてるんだぞ僕」
『陰湿ナメクジ』とは、僕につけられた学校でのあだ名。根暗でどことなく不衛生かつ歩き方がきもい、という理由で命名されたらしい。根暗なのは認めるが、きちんと毎日風呂には入ってるし、毎日遅くまで漫画の研究やら作業してるんだから眠くて歩き方が乱れるのは当然だろう。というかなんだ「どことなく不衛生」って。完全に偏見じゃねえか。風評被害もいいところだ。
「い、いや……わた、私も『限界ぼっち』とか言われてますし……」
「お前も災難だなー」
「あ、いえ……事実なので……」
「あぁ、そう……」
「は、はい……」
「……」
暗い。ものすごく暗い。土曜日の朝九時だよ今。一週間で一番テンション上がる時間だよ?
「ま、まあ座ってくれ」
「あ、はい……」
リビングに置かれたイスに座るよう夜新城を促す。僕はテーブルを挟んで向かいの、ちょっとボロいイスに腰かけた。
「……雇っておいてなんだけど、夜新城は雇い主が僕でもいいのか?」
「あ、はい……柊くんがよければ」
ええーなにその百パーセントの責任を僕に任せるよ的な発言。ここで僕が「いやぁちょっと嫌かも」とか言ったら「そうですよね……私みたいなのがメイドなんて無粋にもほどがありますよね……」ってなるし……かと言って「全然ウェルカムだぜっ」とか言ってしまったら本当に夜新城がメイドになっちまう。
「あ……すみません嫌ですよね。やっぱりナシって言っておきます……」
そう言うと夜新城は立ち上がり、帰ろうとしてしまう。
「あーちょ待て待てアリだから。全然アリ。むしろ夜新城でよかった。マジ夜新城。」
なんだ「マジ夜新城」って。お前は造語生成マシンか。
「そ、そそそうですか……? えへへへっ」
「お、おう」
分かりやすい。声に出てるぞ夜新城。いや、しかしながらやっぱり雇うのはナシにしないと……さてどう帰らせるか。
「あ……いや、けどクラスメイトがメイドやってるってバレたらあれだろうし、やっぱり」
「あ、そうですよね。調子に乗ってすみませんでした……ちょっとハラキリをしますので小刀を用意……」
「しなくていいしなくて。あー、でも夜新城も学校があるから忙しいし、僕も生半可な人を雇うわけにはなあ」
あ、やべ。なんか結構な地雷踏んだ気が……。
「……あ、そうですよね。私、生半可ですよね甘く考えすぎましたね。ははは、そこらへんの蜂蜜よりも甘いんでしょうね……ははは」
「あー、いやそうじゃなくて……」
卑屈な夜新城の肩越しに時計を見ると、「九時二分」の文字。全っ然時間が進んでくれない。こんなにも休日って長かったっけ? こんなにも休日って重々しいモンだったっけ?
「ん……?」
と、ここで僕は漫画家生命の危機に気が付いた。
「やべっ……! 今日、締め切りだっ!!」
時計の文字が「十二時」になったときが原稿締め切りのデッドライン。昨日、メイドに渡す手土産を選ぶのにデパートで手間取ったせいか。……まあ幸い、あと三ページベタ塗りするだけだからいい。あ、けどあのページ塗る範囲多いよな。……間に合うか? それに夜新城もどうしたもんか。うぬぅ……悩ましい。
「え、っと……悪い夜新城。大事な用があるの忘れてた。帰りたいときに帰ってくれて構わないから、その……悪い!」
そう言い残し、僕は階段を上って自室に駆けこむ。
言葉を探そうにも、「悪い」以外の言葉が浮かんでこなかった。結構ガチで申し訳ない。雇った本人がこんな態度じゃ、きっと夜新城といえど怒るだろう。学校で会ったらちゃんと謝ろう。
「いや、今は原稿だ……」
僕の夢、この漫画をアニメ化させること。他人のことばかり慮ることはできない。尊重できる意思には限界があって、僕は自分以外を取れるほど優しくはない。
「それに多分、僕は他人と仲良くはできないだろうし」
結局のところ、これが彼女を雇いたくない理由だ。僕に他人とのかかわりは向いていない。あの時刻まれた記憶が僕にそう告げる。メイドで、しかもクラスメイトとなれば嫌でも親近感は沸くし、心も許してしまう。それが――その先に起こりうる可能性が、きっと怖いのだ。
自嘲気味に笑い、部屋に戻ってノートパソコンを立ち上げると、僕は原稿完成に努めた。
「えっお断り……?」
「あー……多分住所違うと思うんだけど」
「え、えとえっと……ここって、ひ、柊さんのお宅ですか? って、ひ、ひ、柊くん!?」
「あー。いや違います」
目の前の見覚えのある制服姿の少女に僕はこう言わざるを得なかった。
「えっ、あ、し、失礼しました……え、えと……この近くに柊さんはおす、おす、お住まいですか……?」
おすおす言い過ぎて空手家みたいになっている姿を見ると、やはりこいつは夜新城恋歌で間違いない。そしてこの家に住んでいるのも間違いなく柊さんだ。
「……悪い夜新城。柊舞世で合ってる。……僕もまさか夜新城が来るとは思ってなかったから驚いてな。まあ上がってくれ」
そりゃそうだ。雇ったメイドがクラスメイトだなんてイカれてるにもほどがある。
「そ、そうだったんですか……す、少し安心しました。あ、おじゃまします……」
何言ってんだこいつ。自分で言うのもなんだけど、僕と一緒に生活なんて結構ガチできついぞ。いや、割とホントに吐きそう。おい吐くなよ。夜新城をリビングに案内しつつ、僕は脳内で一人漫才をする。
「いや。いやいや何言ってんだお前……クラスメイトだぞ僕は。しかも『陰湿ナメクジ』とか言われてるんだぞ僕」
『陰湿ナメクジ』とは、僕につけられた学校でのあだ名。根暗でどことなく不衛生かつ歩き方がきもい、という理由で命名されたらしい。根暗なのは認めるが、きちんと毎日風呂には入ってるし、毎日遅くまで漫画の研究やら作業してるんだから眠くて歩き方が乱れるのは当然だろう。というかなんだ「どことなく不衛生」って。完全に偏見じゃねえか。風評被害もいいところだ。
「い、いや……わた、私も『限界ぼっち』とか言われてますし……」
「お前も災難だなー」
「あ、いえ……事実なので……」
「あぁ、そう……」
「は、はい……」
「……」
暗い。ものすごく暗い。土曜日の朝九時だよ今。一週間で一番テンション上がる時間だよ?
「ま、まあ座ってくれ」
「あ、はい……」
リビングに置かれたイスに座るよう夜新城を促す。僕はテーブルを挟んで向かいの、ちょっとボロいイスに腰かけた。
「……雇っておいてなんだけど、夜新城は雇い主が僕でもいいのか?」
「あ、はい……柊くんがよければ」
ええーなにその百パーセントの責任を僕に任せるよ的な発言。ここで僕が「いやぁちょっと嫌かも」とか言ったら「そうですよね……私みたいなのがメイドなんて無粋にもほどがありますよね……」ってなるし……かと言って「全然ウェルカムだぜっ」とか言ってしまったら本当に夜新城がメイドになっちまう。
「あ……すみません嫌ですよね。やっぱりナシって言っておきます……」
そう言うと夜新城は立ち上がり、帰ろうとしてしまう。
「あーちょ待て待てアリだから。全然アリ。むしろ夜新城でよかった。マジ夜新城。」
なんだ「マジ夜新城」って。お前は造語生成マシンか。
「そ、そそそうですか……? えへへへっ」
「お、おう」
分かりやすい。声に出てるぞ夜新城。いや、しかしながらやっぱり雇うのはナシにしないと……さてどう帰らせるか。
「あ……いや、けどクラスメイトがメイドやってるってバレたらあれだろうし、やっぱり」
「あ、そうですよね。調子に乗ってすみませんでした……ちょっとハラキリをしますので小刀を用意……」
「しなくていいしなくて。あー、でも夜新城も学校があるから忙しいし、僕も生半可な人を雇うわけにはなあ」
あ、やべ。なんか結構な地雷踏んだ気が……。
「……あ、そうですよね。私、生半可ですよね甘く考えすぎましたね。ははは、そこらへんの蜂蜜よりも甘いんでしょうね……ははは」
「あー、いやそうじゃなくて……」
卑屈な夜新城の肩越しに時計を見ると、「九時二分」の文字。全っ然時間が進んでくれない。こんなにも休日って長かったっけ? こんなにも休日って重々しいモンだったっけ?
「ん……?」
と、ここで僕は漫画家生命の危機に気が付いた。
「やべっ……! 今日、締め切りだっ!!」
時計の文字が「十二時」になったときが原稿締め切りのデッドライン。昨日、メイドに渡す手土産を選ぶのにデパートで手間取ったせいか。……まあ幸い、あと三ページベタ塗りするだけだからいい。あ、けどあのページ塗る範囲多いよな。……間に合うか? それに夜新城もどうしたもんか。うぬぅ……悩ましい。
「え、っと……悪い夜新城。大事な用があるの忘れてた。帰りたいときに帰ってくれて構わないから、その……悪い!」
そう言い残し、僕は階段を上って自室に駆けこむ。
言葉を探そうにも、「悪い」以外の言葉が浮かんでこなかった。結構ガチで申し訳ない。雇った本人がこんな態度じゃ、きっと夜新城といえど怒るだろう。学校で会ったらちゃんと謝ろう。
「いや、今は原稿だ……」
僕の夢、この漫画をアニメ化させること。他人のことばかり慮ることはできない。尊重できる意思には限界があって、僕は自分以外を取れるほど優しくはない。
「それに多分、僕は他人と仲良くはできないだろうし」
結局のところ、これが彼女を雇いたくない理由だ。僕に他人とのかかわりは向いていない。あの時刻まれた記憶が僕にそう告げる。メイドで、しかもクラスメイトとなれば嫌でも親近感は沸くし、心も許してしまう。それが――その先に起こりうる可能性が、きっと怖いのだ。
自嘲気味に笑い、部屋に戻ってノートパソコンを立ち上げると、僕は原稿完成に努めた。
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