上 下
2 / 9

2

しおりを挟む
 突き付けられた現実はあまりにも想像を超えるものだった。僕はてっきり友達がいたずらでデリヘルを呼んだのかと思っていた。いやそもそも友達いないから違うか。となるとやはり、僕が雇ったメイドは彼女――夜新城恋歌ということに……なってたまるか。

「えっお断り……?」
「あー……多分住所違うと思うんだけど」
「え、えとえっと……ここって、ひ、柊さんのお宅ですか? って、ひ、ひ、柊くん!?」
「あー。いや違います」

 目の前の見覚えのある制服姿の少女に僕はこう言わざるを得なかった。

「えっ、あ、し、失礼しました……え、えと……この近くに柊さんはおす、おす、お住まいですか……?」

 おすおす言い過ぎて空手家みたいになっている姿を見ると、やはりこいつは夜新城恋歌で間違いない。そしてこの家に住んでいるのも間違いなく柊さんだ。

「……悪い夜新城。柊舞世で合ってる。……僕もまさか夜新城が来るとは思ってなかったから驚いてな。まあ上がってくれ」

 そりゃそうだ。雇ったメイドがクラスメイトだなんてイカれてるにもほどがある。

「そ、そうだったんですか……す、少し安心しました。あ、おじゃまします……」

 何言ってんだこいつ。自分で言うのもなんだけど、僕と一緒に生活なんて結構ガチできついぞ。いや、割とホントに吐きそう。おい吐くなよ。夜新城をリビングに案内しつつ、僕は脳内で一人漫才をする。

「いや。いやいや何言ってんだお前……クラスメイトだぞ僕は。しかも『陰湿ナメクジ』とか言われてるんだぞ僕」

『陰湿ナメクジ』とは、僕につけられた学校でのあだ名。根暗でどことなく不衛生かつ歩き方がきもい、という理由で命名されたらしい。根暗なのは認めるが、きちんと毎日風呂には入ってるし、毎日遅くまで漫画の研究やら作業してるんだから眠くて歩き方が乱れるのは当然だろう。というかなんだ「どことなく不衛生」って。完全に偏見じゃねえか。風評被害もいいところだ。

「い、いや……わた、私も『限界ぼっち』とか言われてますし……」
「お前も災難だなー」
「あ、いえ……事実なので……」
「あぁ、そう……」
「は、はい……」
「……」

 暗い。ものすごく暗い。土曜日の朝九時だよ今。一週間で一番テンション上がる時間だよ?

「ま、まあ座ってくれ」
「あ、はい……」

 リビングに置かれたイスに座るよう夜新城を促す。僕はテーブルを挟んで向かいの、ちょっとボロいイスに腰かけた。

「……雇っておいてなんだけど、夜新城は雇い主が僕でもいいのか?」
「あ、はい……柊くんがよければ」

 ええーなにその百パーセントの責任を僕に任せるよ的な発言。ここで僕が「いやぁちょっと嫌かも」とか言ったら「そうですよね……私みたいなのがメイドなんて無粋にもほどがありますよね……」ってなるし……かと言って「全然ウェルカムだぜっ」とか言ってしまったら本当に夜新城がメイドになっちまう。

「あ……すみません嫌ですよね。やっぱりナシって言っておきます……」

 そう言うと夜新城は立ち上がり、帰ろうとしてしまう。

「あーちょ待て待てアリだから。全然アリ。むしろ夜新城でよかった。マジ夜新城。」

 なんだ「マジ夜新城」って。お前は造語生成マシンか。

「そ、そそそうですか……? えへへへっ」
「お、おう」

 分かりやすい。声に出てるぞ夜新城。いや、しかしながらやっぱり雇うのはナシにしないと……さてどう帰らせるか。

「あ……いや、けどクラスメイトがメイドやってるってバレたらあれだろうし、やっぱり」
「あ、そうですよね。調子に乗ってすみませんでした……ちょっとハラキリをしますので小刀を用意……」
「しなくていいしなくて。あー、でも夜新城も学校があるから忙しいし、僕も生半可な人を雇うわけにはなあ」

 あ、やべ。なんか結構な地雷踏んだ気が……。

「……あ、そうですよね。私、生半可ですよね甘く考えすぎましたね。ははは、そこらへんの蜂蜜よりも甘いんでしょうね……ははは」
「あー、いやそうじゃなくて……」

 卑屈な夜新城の肩越しに時計を見ると、「九時二分」の文字。全っ然時間が進んでくれない。こんなにも休日って長かったっけ? こんなにも休日って重々しいモンだったっけ?

「ん……?」

 と、ここで僕は漫画家生命の危機に気が付いた。

「やべっ……! 今日、締め切りだっ!!」

 時計の文字が「十二時」になったときが原稿締め切りのデッドライン。昨日、メイドに渡す手土産を選ぶのにデパートで手間取ったせいか。……まあ幸い、あと三ページベタ塗りするだけだからいい。あ、けどあのページ塗る範囲多いよな。……間に合うか? それに夜新城もどうしたもんか。うぬぅ……悩ましい。

「え、っと……悪い夜新城。大事な用があるの忘れてた。帰りたいときに帰ってくれて構わないから、その……悪い!」

 そう言い残し、僕は階段を上って自室に駆けこむ。

 言葉を探そうにも、「悪い」以外の言葉が浮かんでこなかった。結構ガチで申し訳ない。雇った本人がこんな態度じゃ、きっと夜新城といえど怒るだろう。学校で会ったらちゃんと謝ろう。

「いや、今は原稿だ……」

 僕の夢、この漫画をアニメ化させること。他人のことばかり慮ることはできない。尊重できる意思には限界があって、僕は自分以外を取れるほど優しくはない。

「それに多分、僕は他人と仲良くはできないだろうし」

 結局のところ、これが彼女を雇いたくない理由だ。僕に他人とのかかわりは向いていない。刻まれた記憶が僕にそう告げる。メイドで、しかもクラスメイトとなれば嫌でも親近感は沸くし、心も許してしまう。それが――その先に起こりうる可能性が、きっと怖いのだ。

 自嘲気味に笑い、部屋に戻ってノートパソコンを立ち上げると、僕は原稿完成に努めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ひなまつり

はゆ
青春
茉莉は、動画配信チャンネル『ひなまつり』の配信者。 『そんな声でよう生きてけるな』言われてから、声にコンプレックス持って、人と話すの怖なった。 現実逃避先はライブ配信サイト。配信時に絡んでくる<文字列>が唯一の相談相手。 やかましくて変な<文字列>と、配信者〝祭〟の日常。 茉莉は、学校の友達が出来へんまま、夏休みに突入。 <文字列>の後押しを受け、憧れの同級生と海水浴に行けることになった。そやけど、問題が発生。『誘われた』伝えてしもた手前、誰かを誘わなあかん――。 * * * ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。 https://novelba.com/indies/works/937809 別作品、桃介とリンクしています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活

アダルト小説家 迎夕紀
青春
 バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。  彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。  ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。  ---  主人公の女の子  名前:妙子  職業:女子学生  身長:163cm  体重:56kg  パスト:105cm  ウェスト:60cm  ヒップ:95cm  ---  ----  *こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。  https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d  ---

私の話を聞いて頂けませんか?

鈴音いりす
青春
 風見優也は、小学校卒業と同時に誰にも言わずに美風町を去った。それから何の連絡もせずに過ごしてきた俺だけど、美風町に戻ることになった。  幼馴染や姉は俺のことを覚えてくれているのか、嫌われていないか……不安なことを考えればキリがないけれど、もう引き返すことは出来ない。  そんなことを思いながら、美風町へ行くバスに乗り込んだ。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...