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第四章 青い夜と侵入者
第41話 月の踊り子
しおりを挟む骸骨剣士の動きはそこまで早くない。大体の個体は壊れかけのロボットのような不安定な動きで、ガタガタと骨か鎧かを鳴らしながら大振りな動作で襲い掛かってくる。たまに健康な骨を持った素早い個体もいるが、筋肉が無い影響なのか攻撃のパターンは機械的で直線的なものがほとんどだった。
「いや、それにしてもだよなぁ」
それにしてもだった。
いくら骸骨剣士の攻撃が避けやすいといっても、数十体の同時的な攻撃を躱し続ける事なんて常人には到底不可能な芸当なはずだ。だが、トトはそれを簡単にやってのけていた。現に今、トトは骸骨剣士の集団の中で踊る様に戦い続けている。
俺はその異様な戦いぶりに、一時目を奪われていた。
トトは運試しの様な射撃の後、勢い良く骸骨剣士の集団の中心に飛び込んで行った。手に持っていたのは小型の弓だけ。腰にぶら下げた矢筒には矢がほとんど残っていないように見えた。
トトが敵のど真ん中に飛び込んで最初にやった事は、大きな深呼吸だった。辺りの空気を全部吸い込んでしまいそうな程に大きく口を開け、とても深く長い深呼吸を数十秒かけて行っていた。
「トトなにしてんだ!」
俺はその無防備で意味不明なトトの行動に思わず大声を出した。が、俺の心配をよそにトトは鼻歌を歌い始めていた。俺はそこでやっとトトの戦い方を思い出す。
「平気だよ」
トトが俺の方を向いて小さなピースサインを見せる。
そのピースサインは長いイントロの終わりを示すように、一瞬の静寂を作った。
その空白の静寂の後、鉄と骨のぶつかり合う鈍い音が山の中に響き渡った。
じりじりとトトを取り囲んでいた骸骨剣士が一斉にトトに襲い掛かったのだ。しかし、それらの攻撃の一切を躱してトトは宙にいた。そして、眩い月を背景に華麗に宙返りをして一際大きな骸骨剣士の頭の上に着地する。
「おっとっと。――うーん、いい眺め」
ぐらぐら揺れる頭蓋骨の上でトトは気持ちよさそうに辺りを見回していた。
それからトトは矢筒から何本かの矢を手に取り、再び大きく飛んだ。トトの体の周りには薄緑色の羽が舞っている。それこそが『ウィンの魔道服』に付与されている風魔法の恩恵だった。効果は身体能力の向上と短い時間の空中浮遊。この魔法のおかげでトトの動きは以前のトトのような軽快なものになっていた。
宙に浮いたトトは自分の真下に向かって手に持った矢を全て放ち切った。
放たれた矢はトトを見上げていた数体の骸骨剣士に命中する。しかし、矢の一本や二本を受けただけで倒れる骸骨剣士はいなかった。すぐに勢いを失くして落下し始めたトトに向け、様々な形の刃が向けられる。
「やっぱり力が足りないのかな」
トトは自分に向けられた幾本もの刃の角度を弓で弾いて僅かにずらし、逆にその刃の側面を足場に変えて空中で方向を変えていた。そうしながら、集団の中に見えた小さな地面に着地する。
「これならどうだろう」
すぐ近くにトトの矢を腹に受けた骸骨剣士がいた。トトはその腹に刺さっていた矢を引き抜き、別の骸骨剣士の首元に向けて、今度は超至近距離で矢を放っていた。
パキンと、甲高い乾いた音が響く。首を射抜かれた骸骨剣士の胴体はそのまま崩れ落ち、頭部はどこまでも高く跳ね上がった。それを見上げたトトは大きく頷く。
それからの戦いは戦いと呼べるものではなかった。
数え切れない程の骸骨剣士の中を楽し気なトトが舞い踊り、時々、骸骨剣士の頭蓋骨が高く跳ね上がる。少々度の過ぎた演出を施したダンスコンテストを見ている気分だった。
まぁしかし、これがトトだ。トトはいつも楽しんでいる。
「さてさて、次は俺の番だな」
俺は流転の剣に比べるとめっぽう頼りなく見えるショートソードを握り直し、夜の番人の方へ歩き出した。
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