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第二章 ゲームの世界へ

第19話 あの子

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「以上って……。もう少し説明が欲しいんですけど」

 俺が不満の声を上げると、八千代さんはわざとらしく腕時計を見る素振りをした。しかし、目をやったその先には時計が巻かれておらず、八千代さんは困ったように頬を掻いていた。

「うーん、ごめんね。もう少しちゃんと説明してあげたかったんだけどさ……。ほら、今はこの世界でおかしな事がたくさん起きててね。ゲームマスターさんもちょっと忙しいんだ。だからこれ以上の説明はまた今度ね。ちゃんと説明するからさ」

 八千代さんはそう言いながら何やら異様な身支度を始めていた。茹だるような真夏日だというのに背負っていたバッグの中からファーの付いたコートやら厚手の手袋、ネックウォーマー、果てには耳当てにニット帽までを引っ張り出し、それらを手際よく身に着け始めている。

「それよりさ、さっきイヨ君がノノちゃん達に聞いてた質問にちゃんと答えておくよ、ゲームマスターとして。『この世界がゲームの中なのか』ってやつ。まぁ答えは分かりきってると思うけれど。一応お互いの確認の為にも、ね」

 八千代さんはそこまで言い終えると、着替えの手を止めてこちらに向き直った。そして、猫背気味だった背筋をしっかりと伸ばしてから口を開き始める。

「もうお気付きだとは思うのだけれど、イヨ君にトトちゃん、あなた達二人は今、ゲームの世界に迷い込んでいます。いえ、この世界に取り残されていると言った方が正しいのかもしれません。『レジェンドクエスト』の最終日に起こった何かしらのトラブルの影響で、あなた達二人は未だログアウトができておらず、なぜか現実の姿でこのゲームの世界に取り残されています。原因は今のところ分かってないのだけれど、ログアウト時のトラブル、もしくはサービス最終日の魔王城で何かしらの問題があったと私は考えています」

 八千代さんはそこまでの言葉を業務的な口調で淡々と話し終えると、今度は先程までのような明るく優しい口調で続きを話し始めた。

「だけど心配しないでね。ちょっと時間はかかるかもしれないけど二人ともちゃんと現実の世界に戻れるように段取りするし、それまでに困った事があったらサポートするからさ、安心してよ。それに君達だって――」

「八千代さん、そろそろ行かないと。ほら、もうこんな時間!」

 話の途中、ノノが少し慌てた様子で八千代さんの肩を叩いていた。彼女の手には懐中時計が握られており、二人はその針の位置を入念に確認しているようだった。

「あの、行くってどこに?」

 俺がそう訊ねると、八千代さんは小さな子どもに向けるような優しくて少しだけ身勝手な笑顔を見せた。

。その為にシェル君とノノちゃんに手伝って貰って、この世界を修復して回ってるんだ。だからさ、二人にはもう少しだけ待ってて欲しいんだ」

「エンディングをやり直す……。あの、俺達にも何かできる事はないんですか」

 俺はその優しすぎる笑顔に何も言い返せず、ただそう訊ねる事しかできなかった。もう少し何か言い出せれば良かったと思う。俺達も一緒について行きます、とか、どのくらい待てばいいんですかとかの意地の悪い事も言えたんじゃないかと思う。だけど、何故か彼女にはそれを相手に言い出させない独特な雰囲気があった。

「ちょっと大変かもしれないけど、君達二人には少しの間この美しく素晴らしい世界を自由に楽しんでて欲しんだ。それがゲームマスターとしてのお願い。あ、でも、あんまり危ない事はしちゃだめだよ」

 八千代さんはそう言い終えると、シェルに向かって「お願い」と手を合わせた。その合図を受け取ったシェルは無言で頷き、何かしらの呪文を唱え始めたようだった。彼の足元に浮かび上がってきた魔法陣に見覚えがある。たしか、風の移動魔法だっただろうか。

「安心して、この世界は君達の事が大好きだからさ。あ、こっちが落ち着いたらまたすぐに顔を見せにいくから心配しないでね」

 嵐の様な風がどこかから吹き始めていた。
辺りに漂っていた様々な風が八千代さん達の元に押し寄せてきているようだった。木々を揺らす風が、地を這う風が、青空を漂う風が、俺達のすぐ横を通り抜けて八千代さん達の側で渦を巻き始めた。

「そうだ! イヨ君!」

 大きくなっていく風切り音に混じって八千代さんの声が聞こえた。俺は返事の言葉が喉から出てこず、彼女に視線を向けて返事をした。

「君が良かったらだけどさ、」

 そう切り出した八千代さんは再び優しい笑顔を見せた。

「あの子に会いに行ってあげて欲しいんだ。きっとあの子も寂しがってると思うから」

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