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第二章 ゲームの世界へ

第17話 千代乃八千代

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「トトちゃん、どこか痛い所とか無い? 気分が悪いとかは――」

 眼鏡の女性はトトの様子を今度は注意深く確認し、優しく声をかけていた。それは傍から見ると本当にトトの事を心配しているように見えた。だけどもやはり、眼鏡の女性の所々に見える、小さくて大きな違和感が俺を不安にさせた。

服装一つにしたってそうだ――。

 彼女は白いTシャツをオーバーサイズ気味に着て、ハーフパンツを履いている。そのサイズの合ってないTシャツの前面には、アニメ風に描かれた黒い犬のイラストがプリントされており、ハーフパンツにも恐らく、犬か狼だろうイヌ科の動物の刺繍が施されているようだった。どちらを見たって、とてもじゃないがこの剣と魔法の世界の服装には見えない。どう見たってお気楽が過ぎている。
どちらかというと、パソコンの前に座っている時の俺達のような風貌なのだ。

「大丈夫……です。ありがとうございます」

 トトは小さく頭を下げて礼を述べると「それで……」と切り出し辛そうに眼鏡の女性を見上げた。俺も同じように彼女を見る。なんにせよ、この状況を説明できる人がいるのなら、その説明を聞かない訳にはいかないだろう。

「あぁ、ごめんね。色々聞きたい事があるよね。ええっと、どうしようかな……。あぁ、そうだ、まずは、私の自己紹介からしようかな」

 眼鏡の女性はそう言うと、そそくさとハーフパンツのポケットから数枚の厚紙を取り出し、それを丁寧に両手で差し出してきてこう言った。「こういう者です」

「ありがとう……ございます」

受け取ったそれはどうやら名刺のようだった。
俺とトトに一枚ずつ配られ、俺達はその名刺をまじまじと見つめた。

――"ゲームマスター" 千代乃八千代《ちよの やちよ》

名刺にはこの文字だけがでかでかと印刷されていた。

「ごめんね。こうやって自己紹介するのが癖なんだ」

そう言って彼女――チヨノヤチヨと名乗る女性は小さく笑った。

「ゲームマスターって……、あのゲームマスターですか?」

気が付けば、俺とトトは名刺に並ぶ文字と目の前の眼鏡の女性とを何度も見比べていた。そしてそれを得意にでも思ったのか、目の前の女性はその度にコクンコクンと満足気に頷いている。

「本当に?」

俺達が口を揃えてそう訊ねると、

「ホントーに」

ゲームマスターを名乗る眼鏡の女性は静かにそう答え、静かに笑った。


 『ゲームマスター』というキャラクターの存在は噂程度にだが知っていた。
 知っていたのだが、それはあくまで架空の話――都市伝説の類なのだろうと思っていた。というのも、レジェクエ内には昔からそういった頓珍漢な噂話がいくつもあったからだ。『隠しマップを見つけた』だとか『ボスモンスターを仲間にした』だとか『NPCと朝まで語り合った』だとか、果てには『幽霊を見た!』とかいう粗雑な噂話も耳にしたことがあった気がする。

そんなトンデモ話の一つに『ゲームマスター』という噂話も並んでいたはずだ。

「じゃあ、その、ええと、……」

さんでも、さんでも、好きな様に呼んでよ。イヨ君」

口ごもってしまった俺にさんはそう言って優しい笑顔を見せてくれた。

「あ、でも、ゲームマスターさんなんて呼ばないでよ? それはなんだか寂しいからね」
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