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第一章 最後の戦い、始まりの戦い
第9話 優しい月
しおりを挟む「――ヨ君、――イヨ君! ねぇイヨ君!!」
途切れ途切れの声が耳に入ってくる。
その声を聞くと、俺はひどく落ち着かない気分になった。
「トト、トト、泣くなよ」
すぐに口を動かしてそう言った。
本当なら体を起こして「泣くのをやめてくれ」そう言いたかったのだが、生憎俺の体は石に変わってしまったかのようにピクリとも動いてくれなかった。
「イヨ君イヨ君ー! 大丈夫? どこか痛い所とかない?」
そう言われ肩を揺さぶられる。
俺は言われるがままに意識を巡らせ、体の具合を確認してみた。頭、肩、腕、胸、足と順番に。幸な事にどこにも強い痛みは無いようだ。トトが治癒魔法でも唱えてくれたのだろう。ただ、その体を動かすエネルギーにあたる体力とか精神力が空っぽなだけのようだった。
「大丈夫。治癒魔法を唱えてくれたんだろ。ありがとう」
「ううん、いいんだよ。それに私、治癒魔法が下手だから、応急処置くらいにしかなってないと思うけど……」
「十分だ。助かったよ。これで生きて最後を迎えられる」
「そうだね! とりあえず生きてて良かったよー!」
トトは涙を拭うと、いつもの晴れやかな笑顔を見せてくれた。
そう、それでいい。俺もやっと落ち着いたよ。
「そういえばあいつは?」
「あそこにいるよ」
トトの指先が、向かって右側にゆっくりと流れる。
俺はその指先に従い、瞳だけを動かしてみた。
そこには月の光を浴びて床で丸くなっている赤髪の少女がいた。
彼女は赤色の髪を床に広げ、うたた寝でもしてるかのように柔らかな表情で目を閉じていた。
「また倒せなかったな」
『魔王が消滅していない』それだけで全ての結果が分かる。
俺はまた負けた、結局一度も勝てずに終わったのだ。――まぁ、殺されなかっただけ良しとしよう。誰も死なずに終わりを迎えるなら、それもそれでいいだろ?
「そんなこと言って、倒さなかったんでしょ」
トトがにやけた顔で言っていた。
何を言ってるのだろうか、俺は全力で戦ったさ、ちゃんと戦ったんだ。
「そういや、もうすぐこの世界も終わるな」
話題を逸らす為にそう言った。
戦いの天才に事細かく追及されちゃ、いくらなんでも敵わないと思ったからだ。
「まぁ、私としてはどっちでもいいけどさ!」
トトはそれ以上の詮索はしてこなかった。
というかさして興味も無さそうだった。彼女はいつものように軽い調子で鼻唄を歌い始め、小さな頭を小さく揺らしていた。
俺は天井に視線を戻し、大きく大きく息を吐く。「ふぅー」
天井にはぽっかりと大きな穴が空いていた。そこからはやけに大きな月が顔を覗かせていて、まるで広間の中央で眠る赤髪の少女を優しく見守っているようだった。
広間には時折ひんやりとした風が通り抜けていった。
あちこちの窓を小さく揺らし、夜の雲をどこかに運び去って行く風達だ。俺は石化から解けつつある体をゆっくりと動かし、夜空に手をかざした。
「終わったなー」
――何となく、これで良かった気がした。
「最後はゆっくり過ごそうよ」
トトは夜風に揺れる銀髪を後ろに流すと、ポケットからクッキーを取り出した。
そしてそれを、夜空にかざしてから口に放り込んでいく。
「そうだな、ゆっくり過ごそう。ついでにあいつも一緒にいいか?」
俺はそう言って広間の中心に指先を向けた。
その指先を見たトトは「うぇう!」と変な声を発していた。
時刻は23時58分。もう少しで『終わり』がやって来る。
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