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✳✳✳
――その日の仕事帰り。
スッキリしない気持ちを引きずったまま仕事を終え、運転手つきの大道寺家の車で帰路につく。
通勤を心配する隼人さんの計らいで、帰りはいつも世話になっている。
自宅のある高級住宅街ともいわれるアッパー・イーストサイドまでおよそ十分。
マンションのロータリーで降ろしてもらい、コンシェルジュさんに笑顔で出迎えられる。
「大道寺さま、お帰りなさいませ」
「いつもご苦労さまです」
郵便物や荷物を受け取り、部屋に向かう。
目を通しながらエレベーターで最上階に登っていると、スマホが1通の新しいメッセージを受信し確認した。
「あっ、ナンシーだ」
私は義務教育の間同じ敷地内の校舎に通う、いわゆる私立の一貫校に通っていた。ナンシーは、そのほとんどを同じ教室で過ごしたクラスメイト。
メッセージの内容は、クラスパーティー――日本で言う同窓会のお誘いだった。
日時は一週間後。私の誕生日の二日前の夜6時から。
場所は会社からそれほど離れていないターミナル駅付近のおしゃれな完全会員制のバー。
これと言って仕事柄、残務で遅くなることもない故、仕事が終わってからも参加可能だ。
今までも何度かお誘いがあったけれど、これまで参加したことはない。
親しい友人とは、こまめに会えているし。協調性のあまりない私には、これと言って必要性を感じなかったから。
だけど――
『ハヤトにヤキモチを妬かせる……つまり――ジェラシーで気持ちを煽る作戦よ!』
ふいに、蘇ってきたメアリーの声。
嫉妬とかそういうのをなしに考えても。
こうしてモヤモヤしてるくらいなら……。
たまには友人たちと気分転換するのもいいかも――
✳✳✳
「へぇー、クラスパーティーか」
「はい。来週の金曜日なんですが……」
「もちろん構わないよ。行っておいでよ」
――数日後。
帰宅が早かった隼人さんに相談してみると、案の定サラリと快諾される。
やっぱりメアリーの言ったジェラシー作戦なんて、はなから無駄なことがわかった。
「あぁ…でも――」
ちょっとだけチクリと胸をいたませていると、
そう言ってソファからパジャマの手をグラスにのばす隼人さん。
私もミネラルウォーターを傾けながら、意識はそちらに流れる。
「帰りはきちんと俺に連絡してほしい、迎えに行くから」
え! 慌てて首を横に降る。
今回は私が気分転換を求めて参加を希望した。隼人さんの手を煩わせることはしたくない。
「大丈夫ですよ。ここからそんな離れていませんし、遅くもなりませんから」
アメリカは場所によっては、治安の悪いところもあるが、このあたりは比較的問題ないい。
だから、夜の外出にしてもさほど心配はいらない。
――だけど。
「……ダメだ。ここは、日本みたいに安全じゃないんだから。それに夜なんて考えられない。俺が迎えに行く。みなは何もわかっていない」
……わかってないって。
まるで根本的なものを否定するような言い方に、少しだけムッとした。
「……ここに住んで割と長いので理解はしているつもりですよ……? 危ない場所には近づきませんし、タクシーで乗り合わせてうちの前まで帰って来るつもりですし」
「……それでもだ。それに、俺はここで、香田家のご両親から君を預かってる身でもあるから、危険因子は常に取り除いておきたい」
その瞬間、ガツンと頭を殴られたようなショックを受けた。
――両親から預かってる……?
「なんだかそれ……私、子供みたいですね」
「えっ?」
隼人さんに悪気がないのはわかってる。むしろ厚意で説得してくれようとしているって。
だけど、ずっと心の中で培ってきた不安のタネを逆なでされたように感じズキズキと心が傷む。
信頼を受けるソフィアさんと無意識に比べてしまっている。
わかってる。これは私が神経質になりすぎてるだけだって。でも、止まらない。津波のように押し上げてきた感情が、ふたから顔をだそうとする。
「どうしたんだ? みな? そんな悲しそうな顔して……。俺は君を子供だなんて思ってないよ。危険をきちんと分かって欲しいからそういっただけで――」
異変に気づいた隼人さんが、両肩に手を乗せ、優しく言い聞かせようとしてくる。
――が、ヒートアップした心は止まらなくて、
「……なら、なんでキス止まりなんですか……」
とうとう聞いてしまった。
髪に触れようとした隼人さんの指先が不自然に止まったけれども、私はもう止まらなかった。
「……ほんとは子供だと思ってませんか? 私……結婚してからずっと触れ合いたいと思って、努力してきました。隼人さんもわかってるでしょう? でも、隼人さんはどんなに頑張っても、私には見向きもしてくれない」
「――みな……それはちがう」
隼人さんは真剣な顔でなだめようとするけど、私は構わず続けた。
「年が離れてるからそういう対象にならないとかですか? ソフィアさんみたいな大人な女性じゃないと……ダメなんですか?」
「なんで、ソフィアがでてくるんだ……?」
勢いのあまりで出てきた名前を指摘され、一瞬口ごもる。
隼人さんは噂を知らないんだ。
『恋人だったんですか?』
いや。聞けるわけがない。ふたりの関係を知ったところで、私たちにプラスになるものはなにもない。
「ふたりがとても……お似合いに見えて――」
「は……?」
限りなく本音に近い言葉をぶつけると、隼人さんの端正な顔が一気に不機嫌そうに歪む。
でも今の私には、もうそんなの目に入らなかった。
「隼人さんみたいないつも余裕のある大人の男の人には……、私みたいな年下じゃつり合わな―――わっ」
ソファが軋んで、隼人さんが立ち上がると同時に私の身体も浮上する。
浮上、いや違う。お姫様だっこされている。
「なっ、ちょっと、おろして……っ」
「……おろさない。今のはちょっと傷ついた」
傷つく…?
私を抱いたままリビングを移動し、奥のベッドルームのドアを器用にひらく。
そして、部屋の真ん中でひときわ存在感を放つ、キングサイズのベッドに、すこしだけ乱暴に私を投げた。
「わぁっ……!」
ぼふん!とマットレスに沈まる体。
「みながなんて言おうと、俺には君しかいない。子供扱いしてるって思うなら、わかるまで思い知らせてあげる――」
そして、咄嗟に起き上がろうとした体を覆いかぶさってきた彼に押し留められ、
「はやっ……んんっ」
そのまま噛みつくように唇を重ねられた。
手をシーツに縫い付けられ、すぐに舌がねじ込まれる。
息が苦しいほど奥まで絡ませられ、ねっとりと私のすべてを食べ尽くすかのように口内を愛撫される。
いつもの反応を見ながら繰り返されるキスとは違う。
どこか切羽詰まった、寂しげで彼らしさの欠片もない荒々しいキスだ。
盛大にパニックになっていると、押さえていた手が離れパジャマの上から体に触れはじめる。
「あっ……」
「本当だったら今すぐドロドロに溶かして、何度も奥まで突いて俺のものにしたいっていったらどうする……」
前髪の隙間から、瞳が欲に濡れたように色めき、ふるりとお腹の奥を熱くさせる。
どういうこと……?
そのままネグリジェのボタンがいくつか解かれ、首筋に熱い唇が這わせられる。
鎖骨、そして胸元へ移ると鼻にかかった甘ったるい声しかでなくなる。
「……俺はみなが思っているような、できた男じゃない」
なにもかも理解できないまま――再び呼吸を止めるようなキスを施され、ふたりベッドに沈んでゆく。
翌朝――。
瞼の奥に光を感じて目を覚ます。
……あれ?
一緒にベッドに入っていたはずの隼人さんの姿はなく、代わりにサイドボードの上に一枚のメモが残されていた。
『みなへ、仕事の対応が入りました。よく眠ってるようなので、このまま行きます。ゆっくり寝ててね』
はぁ……。
膝に額を押し当て、大きく息を吐く。
――結局、昨夜も彼は体を重ねることはしなかった。
何度も呼吸を奪うようなキスを落とし、服の上から魔法をかけていくように触れるだけ。
触れられた箇所から、電流が流れるように熱が走りその先を私の口から求める前に、息を荒くした甘美な口づけに塞がれる。
初めての体の疼きに、初めて感じる彼の体の熱さ。
想像はしたけれども、現実はよりドキドキしてして、他のことを考える余裕すらなかったように思う。
けれど、そうした触れあいが続くだけで先に進むことはなく、しだいに意識が遠のいてしまった。
『みな……もう少しまってて』
瞼を閉じる直前、ぼんやりした意識のなかでそんな言葉が聞こえてきたのは、たぶん夢だろう……。
「……結局、何もわからなかった」
ソフィアさんのことも。
私を抱いてくれない理由も。
隼人さんの考えていることが、ますますわからないよ。
心に巣食っていた暗雲の影がどんどん色濃くなってゆくのがわかった――、
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――その日の仕事帰り。
スッキリしない気持ちを引きずったまま仕事を終え、運転手つきの大道寺家の車で帰路につく。
通勤を心配する隼人さんの計らいで、帰りはいつも世話になっている。
自宅のある高級住宅街ともいわれるアッパー・イーストサイドまでおよそ十分。
マンションのロータリーで降ろしてもらい、コンシェルジュさんに笑顔で出迎えられる。
「大道寺さま、お帰りなさいませ」
「いつもご苦労さまです」
郵便物や荷物を受け取り、部屋に向かう。
目を通しながらエレベーターで最上階に登っていると、スマホが1通の新しいメッセージを受信し確認した。
「あっ、ナンシーだ」
私は義務教育の間同じ敷地内の校舎に通う、いわゆる私立の一貫校に通っていた。ナンシーは、そのほとんどを同じ教室で過ごしたクラスメイト。
メッセージの内容は、クラスパーティー――日本で言う同窓会のお誘いだった。
日時は一週間後。私の誕生日の二日前の夜6時から。
場所は会社からそれほど離れていないターミナル駅付近のおしゃれな完全会員制のバー。
これと言って仕事柄、残務で遅くなることもない故、仕事が終わってからも参加可能だ。
今までも何度かお誘いがあったけれど、これまで参加したことはない。
親しい友人とは、こまめに会えているし。協調性のあまりない私には、これと言って必要性を感じなかったから。
だけど――
『ハヤトにヤキモチを妬かせる……つまり――ジェラシーで気持ちを煽る作戦よ!』
ふいに、蘇ってきたメアリーの声。
嫉妬とかそういうのをなしに考えても。
こうしてモヤモヤしてるくらいなら……。
たまには友人たちと気分転換するのもいいかも――
✳✳✳
「へぇー、クラスパーティーか」
「はい。来週の金曜日なんですが……」
「もちろん構わないよ。行っておいでよ」
――数日後。
帰宅が早かった隼人さんに相談してみると、案の定サラリと快諾される。
やっぱりメアリーの言ったジェラシー作戦なんて、はなから無駄なことがわかった。
「あぁ…でも――」
ちょっとだけチクリと胸をいたませていると、
そう言ってソファからパジャマの手をグラスにのばす隼人さん。
私もミネラルウォーターを傾けながら、意識はそちらに流れる。
「帰りはきちんと俺に連絡してほしい、迎えに行くから」
え! 慌てて首を横に降る。
今回は私が気分転換を求めて参加を希望した。隼人さんの手を煩わせることはしたくない。
「大丈夫ですよ。ここからそんな離れていませんし、遅くもなりませんから」
アメリカは場所によっては、治安の悪いところもあるが、このあたりは比較的問題ないい。
だから、夜の外出にしてもさほど心配はいらない。
――だけど。
「……ダメだ。ここは、日本みたいに安全じゃないんだから。それに夜なんて考えられない。俺が迎えに行く。みなは何もわかっていない」
……わかってないって。
まるで根本的なものを否定するような言い方に、少しだけムッとした。
「……ここに住んで割と長いので理解はしているつもりですよ……? 危ない場所には近づきませんし、タクシーで乗り合わせてうちの前まで帰って来るつもりですし」
「……それでもだ。それに、俺はここで、香田家のご両親から君を預かってる身でもあるから、危険因子は常に取り除いておきたい」
その瞬間、ガツンと頭を殴られたようなショックを受けた。
――両親から預かってる……?
「なんだかそれ……私、子供みたいですね」
「えっ?」
隼人さんに悪気がないのはわかってる。むしろ厚意で説得してくれようとしているって。
だけど、ずっと心の中で培ってきた不安のタネを逆なでされたように感じズキズキと心が傷む。
信頼を受けるソフィアさんと無意識に比べてしまっている。
わかってる。これは私が神経質になりすぎてるだけだって。でも、止まらない。津波のように押し上げてきた感情が、ふたから顔をだそうとする。
「どうしたんだ? みな? そんな悲しそうな顔して……。俺は君を子供だなんて思ってないよ。危険をきちんと分かって欲しいからそういっただけで――」
異変に気づいた隼人さんが、両肩に手を乗せ、優しく言い聞かせようとしてくる。
――が、ヒートアップした心は止まらなくて、
「……なら、なんでキス止まりなんですか……」
とうとう聞いてしまった。
髪に触れようとした隼人さんの指先が不自然に止まったけれども、私はもう止まらなかった。
「……ほんとは子供だと思ってませんか? 私……結婚してからずっと触れ合いたいと思って、努力してきました。隼人さんもわかってるでしょう? でも、隼人さんはどんなに頑張っても、私には見向きもしてくれない」
「――みな……それはちがう」
隼人さんは真剣な顔でなだめようとするけど、私は構わず続けた。
「年が離れてるからそういう対象にならないとかですか? ソフィアさんみたいな大人な女性じゃないと……ダメなんですか?」
「なんで、ソフィアがでてくるんだ……?」
勢いのあまりで出てきた名前を指摘され、一瞬口ごもる。
隼人さんは噂を知らないんだ。
『恋人だったんですか?』
いや。聞けるわけがない。ふたりの関係を知ったところで、私たちにプラスになるものはなにもない。
「ふたりがとても……お似合いに見えて――」
「は……?」
限りなく本音に近い言葉をぶつけると、隼人さんの端正な顔が一気に不機嫌そうに歪む。
でも今の私には、もうそんなの目に入らなかった。
「隼人さんみたいないつも余裕のある大人の男の人には……、私みたいな年下じゃつり合わな―――わっ」
ソファが軋んで、隼人さんが立ち上がると同時に私の身体も浮上する。
浮上、いや違う。お姫様だっこされている。
「なっ、ちょっと、おろして……っ」
「……おろさない。今のはちょっと傷ついた」
傷つく…?
私を抱いたままリビングを移動し、奥のベッドルームのドアを器用にひらく。
そして、部屋の真ん中でひときわ存在感を放つ、キングサイズのベッドに、すこしだけ乱暴に私を投げた。
「わぁっ……!」
ぼふん!とマットレスに沈まる体。
「みながなんて言おうと、俺には君しかいない。子供扱いしてるって思うなら、わかるまで思い知らせてあげる――」
そして、咄嗟に起き上がろうとした体を覆いかぶさってきた彼に押し留められ、
「はやっ……んんっ」
そのまま噛みつくように唇を重ねられた。
手をシーツに縫い付けられ、すぐに舌がねじ込まれる。
息が苦しいほど奥まで絡ませられ、ねっとりと私のすべてを食べ尽くすかのように口内を愛撫される。
いつもの反応を見ながら繰り返されるキスとは違う。
どこか切羽詰まった、寂しげで彼らしさの欠片もない荒々しいキスだ。
盛大にパニックになっていると、押さえていた手が離れパジャマの上から体に触れはじめる。
「あっ……」
「本当だったら今すぐドロドロに溶かして、何度も奥まで突いて俺のものにしたいっていったらどうする……」
前髪の隙間から、瞳が欲に濡れたように色めき、ふるりとお腹の奥を熱くさせる。
どういうこと……?
そのままネグリジェのボタンがいくつか解かれ、首筋に熱い唇が這わせられる。
鎖骨、そして胸元へ移ると鼻にかかった甘ったるい声しかでなくなる。
「……俺はみなが思っているような、できた男じゃない」
なにもかも理解できないまま――再び呼吸を止めるようなキスを施され、ふたりベッドに沈んでゆく。
翌朝――。
瞼の奥に光を感じて目を覚ます。
……あれ?
一緒にベッドに入っていたはずの隼人さんの姿はなく、代わりにサイドボードの上に一枚のメモが残されていた。
『みなへ、仕事の対応が入りました。よく眠ってるようなので、このまま行きます。ゆっくり寝ててね』
はぁ……。
膝に額を押し当て、大きく息を吐く。
――結局、昨夜も彼は体を重ねることはしなかった。
何度も呼吸を奪うようなキスを落とし、服の上から魔法をかけていくように触れるだけ。
触れられた箇所から、電流が流れるように熱が走りその先を私の口から求める前に、息を荒くした甘美な口づけに塞がれる。
初めての体の疼きに、初めて感じる彼の体の熱さ。
想像はしたけれども、現実はよりドキドキしてして、他のことを考える余裕すらなかったように思う。
けれど、そうした触れあいが続くだけで先に進むことはなく、しだいに意識が遠のいてしまった。
『みな……もう少しまってて』
瞼を閉じる直前、ぼんやりした意識のなかでそんな言葉が聞こえてきたのは、たぶん夢だろう……。
「……結局、何もわからなかった」
ソフィアさんのことも。
私を抱いてくれない理由も。
隼人さんの考えていることが、ますますわからないよ。
心に巣食っていた暗雲の影がどんどん色濃くなってゆくのがわかった――、
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