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いつ頃からだろう。
就寝準備を整えベッドに入ると、心臓がドキドキと割れんばかりの鼓動を刻むようになったのは――。
この日も廊下から近づいてくるスリッパの音に反応して、読んでいた洋書からハッと顔をあげた。
――きた。
いつもこの瞬間は、ドキドキする。
新調したばかりのレースのナイトウェアの襟元をきれいに直し。ベッドで投げ出していた素足が少しでも魅力的に見えるよう、短めの裾を整えた。
今日こそ……。
祈るような気持ちで再び読んでいた洋書を膝に乗せ、その場をカムフラージュしていると――
「起きてたんだな……みな」
ドアが開き、お風呂上がりの旦那様――隼人さんが顔を出す。
湿ったブラウンのミディアムヘアに、色素の薄い中性的な美貌。薄い唇には、人懐っこい笑み。
まるで、絵本の中から出てきた王子様のような風防の彼は、三ヶ月前に結婚した十歳上の三十二歳になる――私の旦那様だ。
私を見てほんの一瞬、目を見開いたような気がしたけれど。次の瞬間にはいつもの笑みに戻っていた。私の希望的観測らしい。
「あ、はい……。最近ずっと帰りが遅かったから、少しお話ししたくて……」
読んだふりしていた本をひょいとサイドボード移動させ、近づいてきた隼人さんに甘えるように両手を伸ばす。
会社を経営する立場にある彼は、ここのところ大きな事業に携わっていて帰りが遅かった。
こうして一緒に夜を過ごせるのは何日ぶりだろう。
「……寂しい思いさせて悪いな。もう少しで落ち着くから」
「うん、待ってる――隼人さん、すき。キスして」
「可愛いな……俺のほうが好きだよ。みな――」
色気たっぷりにささやく彼は、包容力のある広い胸で私を抱きしめながら、日課となる甘い甘いキスを繰り返す。
はじめ触れ合うだけだった口付けは、すぐに滑らかな舌が差し込まれ口内を探られる。音を立てて吸い付かれると、お腹の奥が熱くなって、鼻にかかった声が漏れる。
「んっ……あっ」
「もうそんなとろけて……。ほら、舌を絡めて……久々なんだから――」
言われた通りに動くと、彼はご褒美とでも言うように、弱い箇所を舐めあげ、うっとりするほどの快感を与えてくれる。
舐めて、吸って。吐き出す熱い息を飲み込むように。舌の根を絡め取るように。ちょっぴりえっちに。
あぁ……今日こそ。
今日こそ――お願い。
シルクのパジャマに包まれた広い背中に腕を回して体をすり寄せる。
そのまま脱力した私の体は、キスを交わしながらベッドに押し倒されて――
「……さて、もう寝る時間だよ、みな」
サッと体にシーツを載せられて、ベッドから立ち退く隼人さん。
……え?
一瞬理解に遅れるものの、慌てて起き上がる私。
「――なっ、は、はやとさん……っ」
そんな私を見て、隼人さんは困ったように笑って大きな手を頭にぽんと乗せた。
「もう遅いから。みなも、明日も仕事だろう?」
「だったらこのまま一緒に寝て――」
「俺はまだ仕事が残ってるから」
仕事……。
まるで、聞き分けの悪い子供を諭すように告げられてしまい、何も言えなくなる。
これが一度や二度ではない。いつもなのだ。
胸が苦しくなって、シーツを握りしめてうつ向くと、ベッドがギシリと音を立てて、そっと肩を引き寄せられ抱きしめられた。
「可愛いみな。そんな顔しないで……世界一愛してるよ。いい子だから先に寝ててくれ」
「……」
「みな」
「……わかり、ました」
そんな何度も優しく囁かれたら、返事をするしかない。
隼人さんは、むすっとした私のこめかみに唇を押し付けると、「おやすみ」と甘く微笑んでいつものように隣の書斎へといってしまった。
……今日もダメだった。
ニューヨークで出会って二年。交際から一年。そのうち三ヶ月はすでに結婚して夫婦として日々を過ごしている私たち。
だけど隼人さんは、私と未だ体を重ねようとしない。
今みたいなキスで翻弄するだけで、いつもなにかと理由をづけて交わされてしまう。
「はぁ……」
これも無駄になっちゃった。
ベッドに倒れ込み、大きくデコルテの空いた、白のレースのネグリジェのフリルをつまんで、さらに深くはぁ……と溢れる息。
数日前、ショップの店員さんに勧められて、一番人気のものを買ってきたんだけど。
結局、彼はネグリジェの上から私を抱きしめてキスをするだけで、衣類には乱れすらない――。
少しくらい、触れてくれたって……。
隼人さんの気持ちを疑ったことはない。ストレートに言葉で愛情表現してくれるし、大手企業の経営者という多忙のなか、いつも気にかけて大切にしてくれているのも感じる。
キスだって、私の心ごと大きな愛で包み込んでくれている。
でも、どうしてなのか触れ合おうとしてくれない。
大好きな人と結婚した。キスだけじゃ物足りないし、この先彼との間に子供だってほしい。
3ヶ月前に大学を出たばかりの私は、隼人さんにとって、まだ『抱きたい』と思えるような、大人の女性ではないんだろうか……。
二週間後は、誕生日だってあるのに。
いつ頃からだろう。
就寝準備を整えベッドに入ると、心臓がドキドキと割れんばかりの鼓動を刻むようになったのは――。
この日も廊下から近づいてくるスリッパの音に反応して、読んでいた洋書からハッと顔をあげた。
――きた。
いつもこの瞬間は、ドキドキする。
新調したばかりのレースのナイトウェアの襟元をきれいに直し。ベッドで投げ出していた素足が少しでも魅力的に見えるよう、短めの裾を整えた。
今日こそ……。
祈るような気持ちで再び読んでいた洋書を膝に乗せ、その場をカムフラージュしていると――
「起きてたんだな……みな」
ドアが開き、お風呂上がりの旦那様――隼人さんが顔を出す。
湿ったブラウンのミディアムヘアに、色素の薄い中性的な美貌。薄い唇には、人懐っこい笑み。
まるで、絵本の中から出てきた王子様のような風防の彼は、三ヶ月前に結婚した十歳上の三十二歳になる――私の旦那様だ。
私を見てほんの一瞬、目を見開いたような気がしたけれど。次の瞬間にはいつもの笑みに戻っていた。私の希望的観測らしい。
「あ、はい……。最近ずっと帰りが遅かったから、少しお話ししたくて……」
読んだふりしていた本をひょいとサイドボード移動させ、近づいてきた隼人さんに甘えるように両手を伸ばす。
会社を経営する立場にある彼は、ここのところ大きな事業に携わっていて帰りが遅かった。
こうして一緒に夜を過ごせるのは何日ぶりだろう。
「……寂しい思いさせて悪いな。もう少しで落ち着くから」
「うん、待ってる――隼人さん、すき。キスして」
「可愛いな……俺のほうが好きだよ。みな――」
色気たっぷりにささやく彼は、包容力のある広い胸で私を抱きしめながら、日課となる甘い甘いキスを繰り返す。
はじめ触れ合うだけだった口付けは、すぐに滑らかな舌が差し込まれ口内を探られる。音を立てて吸い付かれると、お腹の奥が熱くなって、鼻にかかった声が漏れる。
「んっ……あっ」
「もうそんなとろけて……。ほら、舌を絡めて……久々なんだから――」
言われた通りに動くと、彼はご褒美とでも言うように、弱い箇所を舐めあげ、うっとりするほどの快感を与えてくれる。
舐めて、吸って。吐き出す熱い息を飲み込むように。舌の根を絡め取るように。ちょっぴりえっちに。
あぁ……今日こそ。
今日こそ――お願い。
シルクのパジャマに包まれた広い背中に腕を回して体をすり寄せる。
そのまま脱力した私の体は、キスを交わしながらベッドに押し倒されて――
「……さて、もう寝る時間だよ、みな」
サッと体にシーツを載せられて、ベッドから立ち退く隼人さん。
……え?
一瞬理解に遅れるものの、慌てて起き上がる私。
「――なっ、は、はやとさん……っ」
そんな私を見て、隼人さんは困ったように笑って大きな手を頭にぽんと乗せた。
「もう遅いから。みなも、明日も仕事だろう?」
「だったらこのまま一緒に寝て――」
「俺はまだ仕事が残ってるから」
仕事……。
まるで、聞き分けの悪い子供を諭すように告げられてしまい、何も言えなくなる。
これが一度や二度ではない。いつもなのだ。
胸が苦しくなって、シーツを握りしめてうつ向くと、ベッドがギシリと音を立てて、そっと肩を引き寄せられ抱きしめられた。
「可愛いみな。そんな顔しないで……世界一愛してるよ。いい子だから先に寝ててくれ」
「……」
「みな」
「……わかり、ました」
そんな何度も優しく囁かれたら、返事をするしかない。
隼人さんは、むすっとした私のこめかみに唇を押し付けると、「おやすみ」と甘く微笑んでいつものように隣の書斎へといってしまった。
……今日もダメだった。
ニューヨークで出会って二年。交際から一年。そのうち三ヶ月はすでに結婚して夫婦として日々を過ごしている私たち。
だけど隼人さんは、私と未だ体を重ねようとしない。
今みたいなキスで翻弄するだけで、いつもなにかと理由をづけて交わされてしまう。
「はぁ……」
これも無駄になっちゃった。
ベッドに倒れ込み、大きくデコルテの空いた、白のレースのネグリジェのフリルをつまんで、さらに深くはぁ……と溢れる息。
数日前、ショップの店員さんに勧められて、一番人気のものを買ってきたんだけど。
結局、彼はネグリジェの上から私を抱きしめてキスをするだけで、衣類には乱れすらない――。
少しくらい、触れてくれたって……。
隼人さんの気持ちを疑ったことはない。ストレートに言葉で愛情表現してくれるし、大手企業の経営者という多忙のなか、いつも気にかけて大切にしてくれているのも感じる。
キスだって、私の心ごと大きな愛で包み込んでくれている。
でも、どうしてなのか触れ合おうとしてくれない。
大好きな人と結婚した。キスだけじゃ物足りないし、この先彼との間に子供だってほしい。
3ヶ月前に大学を出たばかりの私は、隼人さんにとって、まだ『抱きたい』と思えるような、大人の女性ではないんだろうか……。
二週間後は、誕生日だってあるのに。
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