上 下
18 / 24
番外編SS

さえちゃんのおねがい ①

しおりを挟む

EPISODE  さえちゃんのおねがい

(※掲載中の番外編「さえちゃんのおねがい」と「さえちゃんの初恋?」については、書籍化前に書いたものです。書籍版との多少のズレがあるかと思いますが、ご了承ください。)





都内のグランツで、愛しの彼女に二度目のプロポーズをしてからしばらく――。

仕事の繁忙期を終えて、生活にゆとりがでてきたこの頃、俺はものすごく満ち足りた毎日を過ごしていたのだが――

この日、ちょっとだけそれが脅かされる。

「……すぐるさん。私、“すぐるさんにしてもらいたいこと”決めました」

いつものように彼女が準備してくれた夕食の席で、意を決したように切り出したさえの言葉に、胸の中がぱぁっと華やぐ。

「そうか、良かった」

飲んでいた食後のコーヒーから口を離して、笑顔を向ける。

そういえば昨夜、“考えてみます”で流れていたんだったな。

さえの要望とあらばなんでも聞くつもりだが、こういう形で聞き出すのも悪くない、うん。

「それで? 俺の愛しの奥さんは何がお望みかな?」

どこかに旅行に行きたいとか?

それとも、服とかジュエリーをねだってくれるとか。

さえがそんなことを言うのは、少し想像つかないが、初めてのことに、気持ちが浮足立つのがわかる。

そして、彼女は小さな肩をキュッと上げて言ったんだ。

「すぐるさんが手帳に入れているという、私たちの写真がみたいですっ!」

「ぐふっ!?」

あまりにも衝撃的で、口にしていたこの日のデザートである、本橋屋の和菓子が喉を通っていってくれなかった。

「わ、すぐるさん、大丈夫ですか?! お水、お水、飲んでください!」

青ざめて、胸をとんとん叩いていると、目の前にミネラルウォーターの入ったグラスがやってきて、すがるように口に運んだ。かいがいしく世話を焼いてくれる彼女を横目に、そっと青ざめる。

まさか、そうくるとは思わなかった。

そういえば、なんだかんだ忙しくて、見せていなかったな。

咲人にオジサンと言われていた、あの頃の写真――

✳✳✳

そんな自分の首を締める事態を起こす発端となったのは、昨夜のこと――。

夕食後、いつものようにさえの顔を見たいばかりに、居間で仕事をしていたときのことだった。

「――すぐるさん、どうぞ」

「……もう、そんな時間か」

彼女のちいさな手が、俺の目の前にカモミールティーを置く。

だいたいこれが行われるのは作業を初めて2時間ほど経過したとき。俺のみを案じる、彼女なりの控えめなアクションなのだと思う。

「そろそろお休みにならなくて大丈夫ですか? 明日もお仕事なのに」

「大丈夫だよ。いつも言ってるけど、俺はこうすれば癒やされるから――」

自分の分のカップをテーブルに置いて、隣に座ろうとした彼女を捕まえて、自分の膝の上に下ろす。

「――わっ」

びっくりしたような愛らしい声がするが、構わず引き寄せて、後ろから深く抱き込んで動きを封じる。休憩時間、もとい癒やしの時間だ。

両腕の中にすっぽり収まって、柔らかくて温かい。髪からは、彼女の愛用するシャンプーの香り。

あぁ、幸せだ。

家に帰るといつも笑顔でさえが出迎えてくれて、着替えて彼女のもとに行く頃には温かい夕食が並べられいて。
浴室にはさり気なく俺の好む、オイルの香りが漂い、仕事に没頭して一息つきたくなった頃に、カモミールティーがやってくる。

そしてベットに入れば――

『さえ……愛してるよ――』

『ふふ、私も、だいすき』

てな流れで、情熱的な夜を過ごし……

――ん? ちょっと待て、俺。

彼女をひたすら甘やかしたいと思うのに、どうしてなのか、俺ばかりが得をしているような気がするが……

――気のせいか?

「すぐるさん、どうしました?」

彼女の肩口に顔を埋めたまま動かなくなった俺を心配したのか、さえが遠慮がちに俺の頭に触れて気遣う。

顔を上げて絡む視線は、チワワのように大きく揺れて潤んでいる。そのまぶたに口づけたくなるが……自分の至らなさに気づき、いやまてよ、と思考に戻る。

――いや、たぶん気のせいじゃない。

ふと、さらに思うことがあり、思考を巡らせる。

そうだな、就寝前も確か――。

俺は一瞬考えめぐらしたあと、

「やっぱり、そろそろ休もうかな……」

唐突にそんなことを言ってみせると。

「――あ、では、ちょっとお待ちください」

彼女は案の定、笑顔で立ち上がってベッドルームへ向かう。俺は、すかさずその後ろをさり気なくついて歩いた。彼女はそのままベットの横にあるデェフューザーで足を止め、そこにしゃがみ込んだ。

そして、アロマオイルの箱を取り出して、吟味しようとしたところで、後ろから彼女の行動を制した。

「――へ? すぐるさん?」

「――やっぱり、そうだよね……。あれもこれも、全部、君の心遣いだったわけだ……ありがとう――」

嬉しいが、参ったな。

ちんぷんかんぷんといった彼女の手から箱を取り上げ、棚の上に避ける。そのまま「え? へ?」と小さくつぶやく彼女を腕の中に招き入れ、感謝の意に浸る。

少し前の頃から就寝時の寝室に優しい香りがすると思ったんだが――これも彼女が前もって準備をしていたに決まってるよな。

あれもこれも、さっき挙げたことを含めれば、俺は彼女の与えてくれる癒やしの空間で、ただ偉そうにあぐらをかいているだけではないか……?

それもベッドに入れば癒やしてくれた彼女をガンガン鳴かせて疲労させているのは誰だ……?

……俺だな。

腕の中でキョトンとする愛らしい唇をそっと奪い、そのままベットに座るように誘導する。

両肩に手を置いて視線を合わせると、何が何だか分かっていない彼女は、脳内がクエスチョンマークでいっぱいのようだ。

さえは見返りとかを求めるタイプではないからな。

「あの――」

「さえ、いつも俺のためにありがとう。俺も君のために何かしたい――」

彼女が俺を気遣う前に、キッパリと告げる。

「え? いきなりどうしました……?」

「――俺は気づけば君が整えてくれた空間の上で、当たり前のように生活してたことに気付いた……。俺のワガママで家にいてもらっているというのに」

家のことをやりたいと言ってくれる彼女に甘えすぎたな。

とはいえ、口にはしないが、先延ししてもらっている求職だって、正直なところあまり乗り気ではなかったりする。

心の狭い男だろうと思われるかもしれないが……彼女はこんなに可愛いんだ……。絶対に変な虫が寄り付くに決まっているだろう?

これに関してはゆくゆく対応が必要だと思う。

――というのは置いておいて。

「そんなことありませんよ。私が、好きでやってることです。それに、当たり前だなんてとんでもない……、すぐるさんは、どんなことに対しても“ありがとう”と言ってくれます」

そんなの当たり前のことを、さぞかし偉大なことのように言ってくれるのは彼女の懐の深さだ……。

またそれが愛おしくて、ついつい押し倒して情事に持ち込みたくなるが、コラコラと自分を叱咤し、きちんと思いを伝える。このままではいけない。

「俺の気が収まらないんだ。さえにとっては普通でも、俺はそうは思わない」

「うーん」と眉毛をハの字にして、明らかにどうしていいのか困った様子のさえ。

「なら――言い方を変えよう」

「言い方?」

俺の声に大きな瞳をパチクリして首をひねる彼女。

「ああ。さえが、俺にしてほしいことはないか? もちろんなんだっていい。ものだって、行きたい場所だって、なんだって」

最近、二人でゆっくり過ごせていないからな。要望はたくさんあるはずだ。

「……すぐるさんに、してほしいコト? なんだって?」

案の定、言い方を変えただけで、俺の言葉に興味を惹かれたようにオウム返ししてくる、可愛らしいさえ。

「あぁ、もちろん、なんでも。いくつでも」

そう言って気持ちをさらに煽る。

さえのことは誰よりも知ってる自信があるが、情けないことに、女性の好むものやほしがるものに関しては疎いと自覚している。

それに、さえが周囲と同列のことを望むようにも思えない。

一緒にいたいとか、どこかへ行きたいとか、そういうこと些細なことを求める可能性もある。

斜め上を見たまま一生懸命考え連ねている彼女。
俺はその可愛らしい様子を、眼を細めて見守っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。