上 下
148 / 165
忠告15 あなたと一からはじめたい

しおりを挟む

 レンズの奥の切れ長の綺麗な目が、みるみるうちに、大きく見開いた。

 その表情がどんな感情なのか読めずに、慌てて弁解の言葉が口から突いて出てきた。

「えっと、何か理不尽なことがあったときにはと、思っていただけ、ですよ……? 何かの拍子に話されたり、窮地に陥れられたら、と考えていただけで……」

 実際、クリスがどう出るのかわからなかっただけに、最悪の状況は想定していた。
 図書館のときみたいに、智秋さんひとり責められたらたまらないから。パーティーじゃ、周囲の目だってある。
 窮地に陥った時には、智秋さんを守りたいと強く思っていた。

 何より――
 会長なら正直に話せば、わかってくれるような気がしたし……。

「くっ……くくっ」

 ……だと言うのに。
 慌ててあれこれ弁解していると、私の頭上から密かな笑い声が聞こえて来た。

 ――え?

 急いで顔を上げると、智秋さんが手で顔を覆い、私から背けながら声を上げて笑っている。

「正直に謝るなんて、作戦でも何でもないでしょう……ふふっ」

 こんなに笑ってるのは、婚姻届を突きつけ、偽装結婚を快諾した、あの日以来だ。
『可愛い……』と見とれつつも、今日は頬がどんどん熱くなるのを感じた。
 それはそうだ。反抗心が芽生えてしまうくらいに、私たちは数ヶ月前よりも親しくなっているのだから。

「だ、だから、大したことないって言ったのに――」
「くく……っ! それも、正直にって……、実に、桜さんらしい……」

 そりゃぁいつでも直球勝負の自覚はあるけれども。どんどんいたたまれない気持ちになってきた。

 し、真剣に考えていたのに……。
 智秋さんが言ってっていうから、言ったのにぃ……!。

「笑いすぎですよ……。恥ずかしくなるじゃないですか」

 赤い顔を覆ってくるりと背を向ける。
 このまま先に車内に逃げてしまおうと、一歩踏み出したとき、「ごめん、ごめん」と罪の意識を感じないほどの軽い謝罪の声。

「ちょっとまだ、話しをさせて――」

 そして、同じタイミングで腕を引き止められた。

「? はなし……?」

 よくわからないまま、足を止める。

 振り返ると、智秋さんはひとしきり笑ったあと、先ほどトランクに乗せた大きな箱に手を伸ばした。

 そこから出てきたものに、呼吸が止まってしまいそうになった。

 ――なんで……こんなところから……。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転生漫遊記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,267pt お気に入り:1,187

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,342pt お気に入り:2,091

悪魔の甘美な罠

恋愛 / 完結 24h.ポイント:504pt お気に入り:779

カンパニュラに想いを乗せて。

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:10

追放令嬢は六月の花嫁として隣国公爵に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,585pt お気に入り:30

初めてのリアルな恋

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:19

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,333pt お気に入り:3,617

やらかし婚約者様の引き取り先

恋愛 / 完結 24h.ポイント:22,004pt お気に入り:323

側妃は捨てられましたので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:468pt お気に入り:8,865

処理中です...