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忠告12(前編) あなたには、ひとりで母国へ帰ってもらいます
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しおりを挟むそんなわけだけど。さて、頭を切り替えて――。
「私も、参考書をちょっと見て来てもいいですか?」
目的フロアの案内表示を確認し、隣を歩く智秋さんの袖を控えめに引いた。
もちろん見たいものがあるから、ここにきた。
「わかりました、俺も借りたいものがあるので、終わったらそっちに向かいます」
ポンと頭に触れる大きな手。
そうして、一旦返却コーナーへ向かう智秋さんに行き先を告げ、私たちは別方向へと移動した。
語学の本、どのくらいあるかな……。
先日の会食での節々を思い出しながら、足を前へ動かした。
今回は社長からの要請を受け、臨時でグレン氏の会食のセッティングを任されけれども、改めて外資秘書にとっての語学の大切さを痛感した。
智秋さんの通訳がなければ、私はグレン氏と会話することも難しく、あんなふうにわかり合えることはなかっただろう。
今後のスキルアップのためにも、話せる語学を増やしていきたい。時間はかかるかもしれないけれど。
そして――
同じ秘書としても、智秋さんの隣を堂々と歩けるような、そんな自分になりたい――。
そんな思いで廊下を突き進み、参考書フロアへ入る。
見つけたビジネス書棚を奥へ進むと、ずらりと様々な国の語学本が並んでいた。
フランス語だけでも、いっぱいある……。 気になるタイトルを何冊か手にとってペラペラとめくってみた。
でもこんなにありすぎると、どれにすればいいのやら……。初心者向けも結構ある。智秋さんが来てから、相談したほうがいいかなぁ。
出し入れを繰り返しながら、順番にタイトルを確認していたら、
自分の身長よりも少し高い場所に、ふと、惹かれるタイトルが目に入ってきた。
『世界一簡単なフランス語』
あからさま過ぎるタイトル……けど、気になる。
背伸びをして手を伸ばそうとした。そのとき。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね――サクラ」
背後から落ちてきた、英口調のテノールボイス。
同時に取ろうとしていた本がするりと棚から引き抜かれて、振り返った私の目の前に「はい」と差し出された。
そこにいたのは。
「……クリス! なんでこんなところに……?」
チョコレート色のくせ毛。
グレーがかったグリーンアイには、大きな眼鏡をかけて。
ゆるいトレーナーにゆとりのあるジーンズ、スニーカー。
会社のイメージからはかけ離れているのに、こっちのがしっくりくるのは、私が彼の昔の姿を知っているからだろう……。
クリスは少し猫背の体を丸めて、ニッコリ。
「これはこっちのセリフだよ! 僕はチアキが、ここは調べ物に最適だって前に教えてくれたから、用事を終えたあと文獻あさりにきたんだ~。ここは、アウトサイドも多いと聞いてね。
で、――帰ろうとしたら、サクラがこの部屋に入って来るのが見えて……来ちゃった」
「全然気づかなかった」
だけど、いつも通りの笑顔のクリスから一瞬違和感に似たようなものを感じた……。
何かが見え隠れするような。鋭かったような……。
いや、気のせいかな……?
「なに見てたの?」
立ち去る気は無いようで、隣に来て本を覗き込まれる。
「えっと、フランス語もちょっと勉強したいなって思って……。社内図書室には、ひとつも語学の参考書がなかったから――」
やっぱり、私の気のせいだったらしい。
違和感を感じたのは一瞬で、いつも通りの無邪気さで受け答えしてくれた。
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