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忠告7 なんであなたが飲まされている
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しおりを挟む「――『恋人』ではなく夫なので、やめてもらえますか」
けれども、その瞬間……クリスの腕の中に包み込まれるその瞬間。不機嫌さを凝縮したような声が近づき、後ろから巻き付いた腕に、ベンチから引き下ろされた。
――わっ……!?
バランスを崩した体を、さわやかなグリーンの香りが包みこみ、ダークスーツから伸びた腕がふわりと私を抱きとめる。
……半ば意識朦朧としていたけれど……誰かなんて、声を聞いた時点でわかっていた。
「ち、あき、さん……?」
眼鏡の奥の怜悧な瞳は、同じように「……チ、チアキい?」と困惑気味に私たちを見つめるクリスをとらえていた。
つい、名前で呼んでしまったことなど気づかないくらいドキドキしていて。でも、それと同じくらい私を抱き寄せる彼の胸から、早い鼓動が伝わってくる。
……急いできてくれた……?
「……ちょ、ちょっと待って、君たちって――」
驚いた一瞬、察したクリスは頭を抱えてサーッと顔色を青くさせる。
「伝えるのが遅くなりましたが、彼女は……桜さんは……私の妻です」
「Chiaki's wife――?!」
「なので、いくらクリスが私のボスとはいえ、その要望を聞き入れることは……できない」
続いた智秋さんの言葉にクリスがさらに目を剥く。
私も、仕事に私情を交えることを嫌うと聞く彼が、わざわざ口にするとは思わず、ものすごく驚いた。
とても静かで丁寧な言い方だけど、それ以上に強い響きを持っているように聴こえてしまって。
私が、望むような意味合いでないことはわかっているのに。
胸が熱くなった。
しばし雷に打たれたように固まっていたクリスは、
「OH~……なるほどねぇ」
ほどなくして頭を切り替えて、カラリと笑いながらベンチから立ち上がる。
「Chairmanが言ってたのは、そういうことか……。今更ながら、意味がよくわかったよ」
会長……?
よくわからないことを言いながら、こちらに近づいてきて。
「そんな怖い顔しないで、チアキ。キミたちの関係性はよーく分かった。キミはとても厳しい男だが、この一週間で信頼できる人だとも知っている。引き裂く気はないよ」
「――――」
クリスは昔から人の本質を見抜くことに長けている人だ。
まだ日が浅いが、きちんと智秋さんの人柄を見抜いているらしい。
「まぁ……もちろん、キミたちに隙があるなら別だけどね」
クリスはそうジョーダンぽく肩をすくめたあと
「騒がせてごめんね」
と何事もなかったように微笑んで、もう一度私を見て謝ったあと、ラウンジへと戻っていった。
さり際の横顔がとても寂しそうだったのは見間違いだと……思いたい。
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