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忠告4 俺なりに最大限だいじにします
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しおりを挟むそれから、半ば魂が抜けそうな状態で島田さんに椅子まで引いてエスコートしてもらって、3人で円卓を囲みゴージャスなレストランでの『見合い』は始まる。
――と言っても、『見合い』というのは名ばかりで、特に畏まった紹介をするわけもなく、ただただ、次々と運ばれてくる最高級のフレンチのコースを談話しながらいただくだけだった。
「今日は、忙しいところ時間をもらって悪いなぁ、國井さん」
「いえ、とんでもない。むしろ美味しいランチをご馳走になってしまい」
アミューズの帆立貝柱とお野菜のマリネをはじめ、オードブルのフォワグラのソテーに、オマール海老を贅沢に使用したポワソン。
どれもこれも、新鮮な食材や旬の食材をふんだんに使った、見目麗しい料理たちだ。
私には手の届かない、セレブの味……。
「――ここのシェフの料理はとてもうまくてね。漆鷲家にもよく出張に来てもらうんだ」
「自宅に、ですか」
さ、さすが、会長は格が違う……。
「あぁ、少し前に永斗たちと島田をうちに呼んだときもここのシェフだったかのぉ?」
会長がそれとなく反対側の島田さんに話を振る。
「来美さんが妊娠される前なので随分と前ですが……、そうですね。今回もとても絶品です」
来美さん……とは確か先月お子様が産まれたばかりの永斗さんの奥様の名前だっけ。
「國井さんの口にも合うといいんだがなぁ」
「ふふ、とても美味しいです。ありがとうございます」
会長は終始気遣うように両者に会話を投げ、笑いを交えながらうまく話を引き出していく。本当にさすがだ。
もちろんニコニコしてるのは私と会長だけで、綺麗な所作で食事をするポーカーフェイスは何を考えているのか、ちっとも読めない。けれど、私は念願の時間を過ごせただけで大満足だ。
そんなふうにして、相槌を重ねていると――
食後のコーヒーが出てきた頃、会長はそれ口にしながら、どこか懐かしむようにして問いかけてきた。
「そういえば、島田は覚えているのか?」
さっきまでの場を盛り上げようといった雰囲気とはうって変わり、意識はそちらに流される。
島田さんはコーヒーに伸ばす手を止めて、顔を上げた。
「國井さんにはこの前言ったが、実は島田に見合い相手をと考えていたら、ふと、あのときのことを思い出してね……。國井さんが無理をして、医務室に運ばれたときのこと――」
会長はコーヒーを口に運んだあと、記憶を遡るように促す。
まさかこんなところで持ち出されるとは思わなくて、スプーンを持ったまま、私も聞き入ってしまう。
「これまで特に会話などは無かったふたりだが、あのときから似たようなものを感じることに気づいたんだ」
「似て、いる……?」
よくわからず、つい、口を挟む私。
「ふたりは、いつも仕事に熱心で、業務だろうと時間外だろうと、当たり前のようにわしを気にかけてくれる優しさを持っているだろう。これはいくら秘書でも、なかなかできることではない」
胸の奥がじわりと熱を持ちはじめる。
島田さんの方も黙って会長を見たままだ。
「性格や雰囲気は正反対だが、自分には無いものを持ち寄っているというのも興味深いな。長いこと生きてきたが、人間が成長していくうえで、そういった刺激というものは大切なことだ。まぁ、こうして引き合わせたからと言って、無理矢理どうこうしようとは思っていないが……二人ならいい関係を築いていけそうだ、なんて今日改めて思った。若い二人に食事に付き合ってもらえて、いい日になったよ……」
私には勿体ないほど嬉しい言葉で締めくくろうとする会長に「会長……」と静かにつぶやく。
『君なら悪いことにはならないだろう』
『わしのことも常に気にかけてくれる優しい君なら、あいつの懐にも入れるような気がしたんだ』
確かにこの前もそう言って、このお見合いを勧めてくれたけれど。
思っていた以上に私たちを見てくれていた姿に、ジーンと胸が熱くなる。
いい関係――。
そうなれたら、どんなに素敵だろう。
けれども……心で頭を振る。
会長は、私が忠告を受けていることを知らない。
『どうなっても知らないですよ』
さっきも、耳元でそう囁かれた。
何も知らない会長は、嬉しい妄想ばかりしてくれるけれど、彼にとっては迷惑極まりないことなのだ。
ちらりと、隣で優雅にコーヒーを口に運ぶ島田さんに視線を向ける。
冷静になってみれば、私が出さなければならない返事は明らかだ。
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