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山菜日和!
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気温、少しひんやりするくらい。
天気、曇り。
うーん最高。
私は額の汗を首元のタオルで軽く拭き取って、空を見上げた。
今日は最高の山菜取り日和だ。
後ろを見ると、母親はタラの芽探しに没頭しており、私とは反対方向へ進んでいく。
今日の晩御飯を獲得するべく、母と私は山菜取りに来ていた。
今日の狙いはタラの芽とよもぎ。ふきのとうは先月がピークで、今はもう花が開いてしまっているので収穫しない。
こうして山菜取りに来るのは毎年恒例。
我が家は決して裕福では無いから、こうして毎年春になると山菜を採って晩ごはんの足しにする。
ちなみにメニューは天ぷら。
天ぷらは最高。山菜はとりあえず天ぷらにすれば美味しく頂けるし、天ぷら粉を買っておくだけでさっと揚げれば作れる。
なにより天ぷらにする事でかさ増し出来る。
天ぷらにする山菜はゼロ円。そして天ぷらでかさ増し。最高の節約メニューだ。
母はタラの芽を探しているので目線と同じ高さくらいの木の枝を見ている。
私はよもぎ探しのためにしゃがみ込んで地面を舐めるように見ながら山の中を進むことにした。
よもぎを採っては、手に持つレジ袋に突っ込んでいく。
ふと足元から目線を外して前を見ると、そこにはみた事ないくらい沢山のよもぎ、よもぎ、よもぎ!
今日の晩ご飯は豪華になるぞ!
そこからは一心不乱によもぎを手に取っては袋に入れ、自然と口元が緩んでニヤニヤしてしまう。
学費も払えず休学中の私は、なんとしてでもお金を貯めて復学したい。
そのためなら土で汚れようが、虫に刺されようが頑張ってみせる。
そのうち袋がパンパンになり、ポケットに入れていたレジ袋をもう一つ取り出した。
これなら、よもぎ芋もちも作れるかもしれない。
スーパーの特売で安く手に入れたジャガイモがまだ残ってるし、よもぎ入りで作れば美味しいだろうなあ・・・。
よーし、作るぞよもぎ芋もち!と再度道を見てみると、十メートルほど離れたところに洞窟らしいものがあった。
ずーっと地面ばかり見ていて気づかなかったけど、こんなところに洞窟なんて聞いたことがない。
え?遭難した?山の中で?
この山には何度も山菜採りに来ているし、知ってる道だと思って進んでたのに・・・。
後ろを振り返ると、母の姿はおろか、乗ってきた車もなにも無い。
まっすぐ進んできたから見えるはずなのに。
嘘だろ・・・?遭難した・・・?
どうしよう、この辺り熊とか出るのに。
めざせ復学!なんて浮かれてる場合じゃ無かった!
焦る私に追い打ちをかけるように、頬へ落ちる冷たい何か。
思わず上を見上げると今度は目の中に直撃!
「おぎゃあ!最悪!」
雨だ。
遭難した上に雨とは、前世の私は一体何したんだ。そんな悪いことしたのか。
雨に濡れては体温が奪われる。仕方なしに私は目の前にあった洞窟へ逃げ込んだ。
洞窟の中は思っていたより深いようで、奥から風が吹いてきている。
温くて湿った風が頬を撫で、今の自分が普段とは違う状況に置かれている事を再確認する。
仕方ない。雨宿りするか。
遭難とあれば救助を待たなきゃならないし、下手に動かない方がいいよね。
私は背負っていたリュックから小さめのレジャーシートを取り出した。
山菜を取った後、車が汚れないようにと持ってきたものだ。
無地の青色の、ありふれたレジャーシートを広げて地面に座り込む。
冷たいかな?と思ったけど、その予想に反して地面はほんのり暖かさを感じた。
へ?ここ洞窟だよね?なんで?
温泉近いとか?
でも、私の知る限りこの山に温泉なんて聞いた事ないし・・・。
そこまで考えて、私の頭の中に嫌な想像が浮かんだ。
そもそも、山菜を取っていた山じゃないとしたら?
距離的にはそんなに進んだつもりじゃ無かったけど、実は自分はすごく遠いところまで来てしまったのではないかと、胸の奥に冷たいものが広がっていく。
もしかしなくても、今置かれてる状況ってかなりまずいのでは?
私の思考と比例するように強まっていく雨足。
洞窟の入り口近くに座っていた私の所にも雨が当たりそうになり、一度レジャーシートを持ち上げもう少し奥に・・・と移動しようとした瞬間だった。
バリバリィッ!
耳が圧迫されるほど大きな音と、激しい光が視界を奪う。
もしやこれって。
「か、雷ぃぃ!?いやあぁぁ!!」
私の天敵、雷。
危険だとか、捜索されても見つかりにくいとか、そんな事頭に浮かぶ余裕なんてなくて。
一目散に洞窟の奥へと走って行った。
無理!雷とか聞いてない!さっきまで曇りで急に雨降って雷まで鳴るとか!
走っている間もずっと「ひい」とか「おぎゃあ」とか、とても可愛くはない声をあげながら、涙目のまま、ただ走った。
疲れ切って足を止めた頃には、入口の方から入ってくる光がかなり遠くなっていた。
息を整えようと膝に手をつくも、膝が恐怖と疲れでガクガク。
なんで、こんな目に遭ってるんだろう。
震える膝を抱えてしゃがみ込み、熱くなる目頭に手の甲を押し付けた。
元から裕福では無かった。
服も親戚や近所の人からお下がりをもらって着ていたし、おもちゃも高いものは買ってもらえなくて、習い事も諦めてきた。
それでも、自分でアルバイトをして大学に通うという目標に向けて頑張っていた。
大学に入学できた後、父の収入の減少、母が祖母の介護のために辞職、私のバイトのシフトが減る、学費が払えず休学。
大学に行けない事も、不運だけど何とかなるって、そう思って頑張ってきた。
なのに。
節約のために山菜をとりにきたら遭難。
遭難したのは私の責任でもあるけど、この激しい雷雨じゃ見つけてもらえるのはいつになるかわからない。
もう少しで復学できるって、そう、信じてたのに。
「こんな仕打ち、あんまりだよぉ・・・!」
19歳にもなって、大きな声をあげてわんわん泣いた。
怖いよ、誰か助けに来て・・・。
そう思ったその時だった。
「誰かいるのか?」
若い男性の声が、洞窟の奥の暗闇から聞こえて、反響して消える。
先ほどの雷の時とは打って変わって、恐怖で声が出ない。
暗い洞窟の中、男の声、遭難した女。
どう見ても最悪な事しか頭をよぎらない。
怖くて震えていると、男の声はまた洞窟内へ響き渡った。
「ああ、驚かせてすまない」
カチカチッという音の後、暗闇に浮かんだのは青白く光る人の顔。
顔だけが暗闇に浮かんで、すっごく不気味。
「ここだ。君は僕を助けに来てくれた人かい?」
「え?ということは貴方も遭難者?」
青白く光る顔に少しだけ近づくと、その顔はとても端正な顔立ちをしていて、役者やアイドルみたいに綺麗な男の人だった。
近づいた事で、辛うじて首や髪の毛、肩も照らされて見えて、幽霊ではなさそうだと少しだけホッとした。
「正確に言えば遭難ではなく、仲間に置いてかれてしまってな。この暗さだから気付かれずに置いてかれてしまって。その上、足を挫いて動けないから困っていたんだ。」
か、可哀想・・・。
さっきまで自分の不運を嘆いて泣いてしまったけど、世の中には沢山の不運な人が居るんだと思うと、少しだけ冷静になれた。
「君は怪我はない?」
「はい。ピンピンしてます。」
「よかった。君はこの森に迷い込んでしまったのかい?それで帰り道がわからなくなってしまっているとか?」
「そんな所です・・・。」
少し堅苦しいというか、お芝居じみた話し方はするけれど、なんとか会話の通じる人でよかった。
というか、さっきから気になってたんだけど・・・。
「なんで顔だけ照らしてるんですか・・・?」
「この光はそこまで周りを照らせないから、せめて顔が分かれば安心するかなって。」
正直、暗闇の中で端正な男性の顔だけが青い光に照らされてるの、すごく面白い。
光自体は弱いってほどじゃないけど、光源が小さくて辺りを照らすには向いてない。
そんな光を顔に浴びて話すの、失礼かもしれないけどかなりシュールで面白い。
そんな事を考えて笑いを堪えていた時にふと、頭の中をよぎった。
周りを照らせないなら、照らせるようにすればいいんじゃない?
私は手に持っている、まだよもぎが入っていない方のレジ袋を握り直した。
「あの、その光にこれ、被せてみてもいいですか?」
「ん?暗くて君が何を持ってるかは見えないけど、なにか策があるのかい?それなら別に構わないよ。」
顔から少し離れた光源。その青い光に私は空気を入れて膨らませたレジ袋を被せた。
すると、先程まで小さかった光は、レジ袋を被せる事で大きな光となり、あたりをふんわりと優しく照らした。
「辺りが明るくなった・・・!君、一体何をしたんだ・・・い・・・?」
先ほどの声の主である端正な顔立ちの男の人は、若くてスタイルの良さそうな人だった。
ただ服装がちょっと変わってて、マントみたいな布を羽織ってて、中二病なのかなって一瞬思った。
それよりも気になったのは彼の反応。
いきなり言い淀んだかと思えば私の顔を見ている。
「あの・・・?」
私が声をかけると、彼はハッと我に帰ったように目を見開いた後、すごく優しい微笑みを浮かべた。
「すまない、思っていたより可愛らしいお嬢さんだったから驚いてしまった。」
は?可愛い?
今までおじいちゃんとおばあちゃんからしか言われた事ない言葉を、この美形な男の人に言われるとは思えなくて、フリーズしてしまった。
十九歳というお年頃にも関わらず、髪はいつもお母さんに切ってもらったショートヘア。
化粧っ気なし。今日は山菜採りのためにウィンドブレーカー上下。しかもその中は中学の時の学生ジャージ。
可愛いという言葉からかなりかけ離れていると思うんだけど・・・。
もちろんメイクやオシャレに興味がないわけじゃないけど、私には贅沢すぎる。
服を買うお金でお米を買えば、半月は食いつなげられるもん。
そんな芋っぽい私にお世辞でも可愛いと言えるその性格、凄いな。
私が勝手に彼の性格に感心していると、その当の本人は先ほどのレジ袋をまじまじと見つめてる。
「君、これどうやったんだい?あの小さな光を辺りが照らせるようにするなんて。」
「そのレジ袋を被せただけで何もしてないですよ。」
そう、これは災害時とかに役立つ技だ。
懐中電灯って光は強いけど、部屋の照明にするには部屋全体を照らせないから、停電時不便だったりする。
だが懐中電灯に広げて膨らませたレジ袋を被せる事で、光がレジ袋に反射し、簡易的なランタンのような、辺りを広く照らす明かりになる。
私の家で電気が止められた時は、ハンドルを手で回して充電する懐中電灯を必死に交代で回してから、今みたいにレジ袋を被せて凌いでいた。
ちなみにその懐中電灯は小学校の時に防災グッズとして学校から支給されたやつ。
結構便利だったんだよね。
彼は目をキラキラさせてずっとレジ袋ランタンを眺めている。
そんなに感動するものかな。たまーにテレビでこのレジ袋ランタン紹介されてたし、珍しいものではないと思うんだけど。
「凄いな、このレジ袋・・・」
「このレジ袋が凄い訳じゃないですよ、白っぽいレジ袋なら大体できますから。」
そんな特殊なレジ袋なんてある訳ないでしょ、とツッコミを入れそうになったのだが、次に飛び出す彼の言葉に、そんなツッコミは頭から吹き飛んでしまった。
「所で、レジ袋ってなんなんだ?」
唖然。
ん?どういう事だ?
レジ袋知らない人とか居る?
私は改めて彼をまじまじと見つめた。
金髪。今時染める人も珍しくないけど、もしかして海外の人?
日本語がお芝居じみた話し方なのもそのせいなのかな・・・?
服装も、布をマントみたいに羽織っていたのも、もしかしたら海外の服装だからって事なのかな。
「あの・・・つかぬ事を聞きますが、日本じゃない所から来たんですか?」
「ん?僕はリュクスタニア王国の者だが・・・?」
やっぱり海外か!
でもそんな国あったっけ?
うーんと頭を悩ませていると、ますます頭をかき乱すような言葉が飛び出す。
「所で、にほん?って国はどこの国だ?君の出身なのかい?」
はい?
「いや今思い切り日本語話してますよね?」
「え?いやいや、今僕たちが話してるのは大陸の共通言語、ルクシ語だろう?」
る、ルクシ語?
聞いたことない言語を話してることになってんの、私?
お互いに困惑。どういう事?
だって私は日本に住んでて、山に入って遭難しただけ。海に囲まれた日本じゃどう頑張っても気がついたら海外に来てましたって事は無いはず。
二人してうーんと唸ることしかできずに居ると、次第にレジ袋ランタンの光が弱くなっていった。
そう言えば暗くてよく見てなかったけど、あの光ってなんの光なんだろう?懐中電灯の割には青い光だし。
電池なんて持ってないし、明かりががなくなるのは困るなあと焦ると、彼はランタンを見るなり石を二つ拾い上げ、その二つをぶつけ始めた。
え?何してんの?
さっき明かりがつく前になったカチッという音が洞窟の中で反響してる。
さっきの音、懐中電灯つける音じゃなかったってこと?
彼は石をぶつけ、片方の石が割れた。
「うそ!?」
割れた断面が強く、青く光っている。
こんなの、私の好きなアニメ映画の世界でしか見たことないんだけど!?
「ここの洞窟は全て水属性の魔法岩石で出来ているんだ。だから明かりには困らないな。」
困らないな。って言われましても、私にはそこに登場した水属性も、魔法岩石も全く知らないし、というか魔法なんて存在する訳・・・。
いや、する訳ない。と言いたいけれど、実際目の前には割ると光る石があるわけで。
私は深く、それは深ーく深呼吸をして、覚悟を決めて聞いた。
「あの、ここはどこなんですか?」
その言葉に彼は一瞬だけ不思議そうな顔をした後、すぐに柔らかな笑顔に戻って告げた。
「ここはリュクスタニア王国の水の都、エメラルドベイの最も国境に近い森。通称、水魔法誕生の森だよ。」
ああ、今頃タラの芽をとっているお母さん。
どうやら私は違う世界にまよいこんだようです。
天気、曇り。
うーん最高。
私は額の汗を首元のタオルで軽く拭き取って、空を見上げた。
今日は最高の山菜取り日和だ。
後ろを見ると、母親はタラの芽探しに没頭しており、私とは反対方向へ進んでいく。
今日の晩御飯を獲得するべく、母と私は山菜取りに来ていた。
今日の狙いはタラの芽とよもぎ。ふきのとうは先月がピークで、今はもう花が開いてしまっているので収穫しない。
こうして山菜取りに来るのは毎年恒例。
我が家は決して裕福では無いから、こうして毎年春になると山菜を採って晩ごはんの足しにする。
ちなみにメニューは天ぷら。
天ぷらは最高。山菜はとりあえず天ぷらにすれば美味しく頂けるし、天ぷら粉を買っておくだけでさっと揚げれば作れる。
なにより天ぷらにする事でかさ増し出来る。
天ぷらにする山菜はゼロ円。そして天ぷらでかさ増し。最高の節約メニューだ。
母はタラの芽を探しているので目線と同じ高さくらいの木の枝を見ている。
私はよもぎ探しのためにしゃがみ込んで地面を舐めるように見ながら山の中を進むことにした。
よもぎを採っては、手に持つレジ袋に突っ込んでいく。
ふと足元から目線を外して前を見ると、そこにはみた事ないくらい沢山のよもぎ、よもぎ、よもぎ!
今日の晩ご飯は豪華になるぞ!
そこからは一心不乱によもぎを手に取っては袋に入れ、自然と口元が緩んでニヤニヤしてしまう。
学費も払えず休学中の私は、なんとしてでもお金を貯めて復学したい。
そのためなら土で汚れようが、虫に刺されようが頑張ってみせる。
そのうち袋がパンパンになり、ポケットに入れていたレジ袋をもう一つ取り出した。
これなら、よもぎ芋もちも作れるかもしれない。
スーパーの特売で安く手に入れたジャガイモがまだ残ってるし、よもぎ入りで作れば美味しいだろうなあ・・・。
よーし、作るぞよもぎ芋もち!と再度道を見てみると、十メートルほど離れたところに洞窟らしいものがあった。
ずーっと地面ばかり見ていて気づかなかったけど、こんなところに洞窟なんて聞いたことがない。
え?遭難した?山の中で?
この山には何度も山菜採りに来ているし、知ってる道だと思って進んでたのに・・・。
後ろを振り返ると、母の姿はおろか、乗ってきた車もなにも無い。
まっすぐ進んできたから見えるはずなのに。
嘘だろ・・・?遭難した・・・?
どうしよう、この辺り熊とか出るのに。
めざせ復学!なんて浮かれてる場合じゃ無かった!
焦る私に追い打ちをかけるように、頬へ落ちる冷たい何か。
思わず上を見上げると今度は目の中に直撃!
「おぎゃあ!最悪!」
雨だ。
遭難した上に雨とは、前世の私は一体何したんだ。そんな悪いことしたのか。
雨に濡れては体温が奪われる。仕方なしに私は目の前にあった洞窟へ逃げ込んだ。
洞窟の中は思っていたより深いようで、奥から風が吹いてきている。
温くて湿った風が頬を撫で、今の自分が普段とは違う状況に置かれている事を再確認する。
仕方ない。雨宿りするか。
遭難とあれば救助を待たなきゃならないし、下手に動かない方がいいよね。
私は背負っていたリュックから小さめのレジャーシートを取り出した。
山菜を取った後、車が汚れないようにと持ってきたものだ。
無地の青色の、ありふれたレジャーシートを広げて地面に座り込む。
冷たいかな?と思ったけど、その予想に反して地面はほんのり暖かさを感じた。
へ?ここ洞窟だよね?なんで?
温泉近いとか?
でも、私の知る限りこの山に温泉なんて聞いた事ないし・・・。
そこまで考えて、私の頭の中に嫌な想像が浮かんだ。
そもそも、山菜を取っていた山じゃないとしたら?
距離的にはそんなに進んだつもりじゃ無かったけど、実は自分はすごく遠いところまで来てしまったのではないかと、胸の奥に冷たいものが広がっていく。
もしかしなくても、今置かれてる状況ってかなりまずいのでは?
私の思考と比例するように強まっていく雨足。
洞窟の入り口近くに座っていた私の所にも雨が当たりそうになり、一度レジャーシートを持ち上げもう少し奥に・・・と移動しようとした瞬間だった。
バリバリィッ!
耳が圧迫されるほど大きな音と、激しい光が視界を奪う。
もしやこれって。
「か、雷ぃぃ!?いやあぁぁ!!」
私の天敵、雷。
危険だとか、捜索されても見つかりにくいとか、そんな事頭に浮かぶ余裕なんてなくて。
一目散に洞窟の奥へと走って行った。
無理!雷とか聞いてない!さっきまで曇りで急に雨降って雷まで鳴るとか!
走っている間もずっと「ひい」とか「おぎゃあ」とか、とても可愛くはない声をあげながら、涙目のまま、ただ走った。
疲れ切って足を止めた頃には、入口の方から入ってくる光がかなり遠くなっていた。
息を整えようと膝に手をつくも、膝が恐怖と疲れでガクガク。
なんで、こんな目に遭ってるんだろう。
震える膝を抱えてしゃがみ込み、熱くなる目頭に手の甲を押し付けた。
元から裕福では無かった。
服も親戚や近所の人からお下がりをもらって着ていたし、おもちゃも高いものは買ってもらえなくて、習い事も諦めてきた。
それでも、自分でアルバイトをして大学に通うという目標に向けて頑張っていた。
大学に入学できた後、父の収入の減少、母が祖母の介護のために辞職、私のバイトのシフトが減る、学費が払えず休学。
大学に行けない事も、不運だけど何とかなるって、そう思って頑張ってきた。
なのに。
節約のために山菜をとりにきたら遭難。
遭難したのは私の責任でもあるけど、この激しい雷雨じゃ見つけてもらえるのはいつになるかわからない。
もう少しで復学できるって、そう、信じてたのに。
「こんな仕打ち、あんまりだよぉ・・・!」
19歳にもなって、大きな声をあげてわんわん泣いた。
怖いよ、誰か助けに来て・・・。
そう思ったその時だった。
「誰かいるのか?」
若い男性の声が、洞窟の奥の暗闇から聞こえて、反響して消える。
先ほどの雷の時とは打って変わって、恐怖で声が出ない。
暗い洞窟の中、男の声、遭難した女。
どう見ても最悪な事しか頭をよぎらない。
怖くて震えていると、男の声はまた洞窟内へ響き渡った。
「ああ、驚かせてすまない」
カチカチッという音の後、暗闇に浮かんだのは青白く光る人の顔。
顔だけが暗闇に浮かんで、すっごく不気味。
「ここだ。君は僕を助けに来てくれた人かい?」
「え?ということは貴方も遭難者?」
青白く光る顔に少しだけ近づくと、その顔はとても端正な顔立ちをしていて、役者やアイドルみたいに綺麗な男の人だった。
近づいた事で、辛うじて首や髪の毛、肩も照らされて見えて、幽霊ではなさそうだと少しだけホッとした。
「正確に言えば遭難ではなく、仲間に置いてかれてしまってな。この暗さだから気付かれずに置いてかれてしまって。その上、足を挫いて動けないから困っていたんだ。」
か、可哀想・・・。
さっきまで自分の不運を嘆いて泣いてしまったけど、世の中には沢山の不運な人が居るんだと思うと、少しだけ冷静になれた。
「君は怪我はない?」
「はい。ピンピンしてます。」
「よかった。君はこの森に迷い込んでしまったのかい?それで帰り道がわからなくなってしまっているとか?」
「そんな所です・・・。」
少し堅苦しいというか、お芝居じみた話し方はするけれど、なんとか会話の通じる人でよかった。
というか、さっきから気になってたんだけど・・・。
「なんで顔だけ照らしてるんですか・・・?」
「この光はそこまで周りを照らせないから、せめて顔が分かれば安心するかなって。」
正直、暗闇の中で端正な男性の顔だけが青い光に照らされてるの、すごく面白い。
光自体は弱いってほどじゃないけど、光源が小さくて辺りを照らすには向いてない。
そんな光を顔に浴びて話すの、失礼かもしれないけどかなりシュールで面白い。
そんな事を考えて笑いを堪えていた時にふと、頭の中をよぎった。
周りを照らせないなら、照らせるようにすればいいんじゃない?
私は手に持っている、まだよもぎが入っていない方のレジ袋を握り直した。
「あの、その光にこれ、被せてみてもいいですか?」
「ん?暗くて君が何を持ってるかは見えないけど、なにか策があるのかい?それなら別に構わないよ。」
顔から少し離れた光源。その青い光に私は空気を入れて膨らませたレジ袋を被せた。
すると、先程まで小さかった光は、レジ袋を被せる事で大きな光となり、あたりをふんわりと優しく照らした。
「辺りが明るくなった・・・!君、一体何をしたんだ・・・い・・・?」
先ほどの声の主である端正な顔立ちの男の人は、若くてスタイルの良さそうな人だった。
ただ服装がちょっと変わってて、マントみたいな布を羽織ってて、中二病なのかなって一瞬思った。
それよりも気になったのは彼の反応。
いきなり言い淀んだかと思えば私の顔を見ている。
「あの・・・?」
私が声をかけると、彼はハッと我に帰ったように目を見開いた後、すごく優しい微笑みを浮かべた。
「すまない、思っていたより可愛らしいお嬢さんだったから驚いてしまった。」
は?可愛い?
今までおじいちゃんとおばあちゃんからしか言われた事ない言葉を、この美形な男の人に言われるとは思えなくて、フリーズしてしまった。
十九歳というお年頃にも関わらず、髪はいつもお母さんに切ってもらったショートヘア。
化粧っ気なし。今日は山菜採りのためにウィンドブレーカー上下。しかもその中は中学の時の学生ジャージ。
可愛いという言葉からかなりかけ離れていると思うんだけど・・・。
もちろんメイクやオシャレに興味がないわけじゃないけど、私には贅沢すぎる。
服を買うお金でお米を買えば、半月は食いつなげられるもん。
そんな芋っぽい私にお世辞でも可愛いと言えるその性格、凄いな。
私が勝手に彼の性格に感心していると、その当の本人は先ほどのレジ袋をまじまじと見つめてる。
「君、これどうやったんだい?あの小さな光を辺りが照らせるようにするなんて。」
「そのレジ袋を被せただけで何もしてないですよ。」
そう、これは災害時とかに役立つ技だ。
懐中電灯って光は強いけど、部屋の照明にするには部屋全体を照らせないから、停電時不便だったりする。
だが懐中電灯に広げて膨らませたレジ袋を被せる事で、光がレジ袋に反射し、簡易的なランタンのような、辺りを広く照らす明かりになる。
私の家で電気が止められた時は、ハンドルを手で回して充電する懐中電灯を必死に交代で回してから、今みたいにレジ袋を被せて凌いでいた。
ちなみにその懐中電灯は小学校の時に防災グッズとして学校から支給されたやつ。
結構便利だったんだよね。
彼は目をキラキラさせてずっとレジ袋ランタンを眺めている。
そんなに感動するものかな。たまーにテレビでこのレジ袋ランタン紹介されてたし、珍しいものではないと思うんだけど。
「凄いな、このレジ袋・・・」
「このレジ袋が凄い訳じゃないですよ、白っぽいレジ袋なら大体できますから。」
そんな特殊なレジ袋なんてある訳ないでしょ、とツッコミを入れそうになったのだが、次に飛び出す彼の言葉に、そんなツッコミは頭から吹き飛んでしまった。
「所で、レジ袋ってなんなんだ?」
唖然。
ん?どういう事だ?
レジ袋知らない人とか居る?
私は改めて彼をまじまじと見つめた。
金髪。今時染める人も珍しくないけど、もしかして海外の人?
日本語がお芝居じみた話し方なのもそのせいなのかな・・・?
服装も、布をマントみたいに羽織っていたのも、もしかしたら海外の服装だからって事なのかな。
「あの・・・つかぬ事を聞きますが、日本じゃない所から来たんですか?」
「ん?僕はリュクスタニア王国の者だが・・・?」
やっぱり海外か!
でもそんな国あったっけ?
うーんと頭を悩ませていると、ますます頭をかき乱すような言葉が飛び出す。
「所で、にほん?って国はどこの国だ?君の出身なのかい?」
はい?
「いや今思い切り日本語話してますよね?」
「え?いやいや、今僕たちが話してるのは大陸の共通言語、ルクシ語だろう?」
る、ルクシ語?
聞いたことない言語を話してることになってんの、私?
お互いに困惑。どういう事?
だって私は日本に住んでて、山に入って遭難しただけ。海に囲まれた日本じゃどう頑張っても気がついたら海外に来てましたって事は無いはず。
二人してうーんと唸ることしかできずに居ると、次第にレジ袋ランタンの光が弱くなっていった。
そう言えば暗くてよく見てなかったけど、あの光ってなんの光なんだろう?懐中電灯の割には青い光だし。
電池なんて持ってないし、明かりががなくなるのは困るなあと焦ると、彼はランタンを見るなり石を二つ拾い上げ、その二つをぶつけ始めた。
え?何してんの?
さっき明かりがつく前になったカチッという音が洞窟の中で反響してる。
さっきの音、懐中電灯つける音じゃなかったってこと?
彼は石をぶつけ、片方の石が割れた。
「うそ!?」
割れた断面が強く、青く光っている。
こんなの、私の好きなアニメ映画の世界でしか見たことないんだけど!?
「ここの洞窟は全て水属性の魔法岩石で出来ているんだ。だから明かりには困らないな。」
困らないな。って言われましても、私にはそこに登場した水属性も、魔法岩石も全く知らないし、というか魔法なんて存在する訳・・・。
いや、する訳ない。と言いたいけれど、実際目の前には割ると光る石があるわけで。
私は深く、それは深ーく深呼吸をして、覚悟を決めて聞いた。
「あの、ここはどこなんですか?」
その言葉に彼は一瞬だけ不思議そうな顔をした後、すぐに柔らかな笑顔に戻って告げた。
「ここはリュクスタニア王国の水の都、エメラルドベイの最も国境に近い森。通称、水魔法誕生の森だよ。」
ああ、今頃タラの芽をとっているお母さん。
どうやら私は違う世界にまよいこんだようです。
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聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
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