あの日、あの場所で

藤原アオイ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

あの日、あの場所で

しおりを挟む
 木にロープを引っ掛けて作った、僕らだけの秘密基地。小さい頃に作った、私たちだけの居場所。

 今はもう残っていなかったとしても、私の思い出の中でそれはずっと生き続けている。



「ただいまー」

「あーもう、こっち帰ってくるならもっと早く言って頂戴。あんたの好きなものいくらでも作ってあげるのに」

 実家への帰省。有給休暇をこれでもかというほど使って、ようやく得られた長期休暇。もちろんそのままリタイアする系の有給消化ではなく、お偉いさんの方針である。

 どうやら私が勤めている部署の有給の消化率が良くないらしく、社外や新卒で入ってくる子へのアピールに使えないのだとか。まっ、そんな事情知ったこっちゃないけど。

 ……っと、ここでお仕事の話はナンセンスってものか。折角帰れたわけだし、ここは家事とか全部お母さんに任せてのんびりしてしまおう。

 襖からタオルケットと布団を出して、畳の上に適当に敷く。そうそう、この匂い。私の汗とか涙とかその他諸々が染み込んだ、ある意味呪いのアイテムである。

 どうやら十八年分の思い出は、洗濯機では落としきれなかったなかったらしい。良かったような、良くなかったような。

 とりあえず乙女的には大問題である。……元から女子力なんて無いようなものだから、今さらそんなこと気にしないけど。でもちょっとショックかも。

「ちょっと来てー!」

「なーにー! 今ゴロゴロするのに忙しいんだけどー?」

「あんたねぇ、それは忙しいって言わないでしょうが」

 窓の外から、というか二階のベランダから母の声が聞こえる。あー、洗濯物を取り込めと。あんたの方が背が高いんだから以下略。このやり取り、すごく久しぶりだなぁ。

 私がぐたーっとしていると、母は洗濯物をドサッと布団の側に置く。言いたいことはわかるぞ、畳めということだよな。だが断る。

 そんなこんなで一日目を溶かし、二日目を棒に振り、ただ自堕落に休日を消化していく。母の手料理は相変わらずで、なんかすごく安心した。

「あんたねぇ、ちょっとは外に出たらどうなの?」

 三日目の朝。痺れを切らしたのだろうか、母が私に問いかける。

「こっちでしか買えないやつは一通り買いに行ったから、外に出る理由が無いんだもん。あと単純に蒸し暑い。無理」

 別に会いたい人とかいないし、たとえそんな人が存在したとしても、どうせここにはいないだろうし。

 ……どうせ、私のことなんて覚えてないだろうし。

「そんなこと言わないで、ほら。今日は市民フェスの最終日なんだから」

 憂鬱そうにしている私に、母は市の広報誌を見せる。一面トップに掲載されているのは、駅の方でやってる大規模なイベント。確か、商工会主催の夏祭りみたいなやつだっけ。で、そのフィナーレは。

「……あー、花火か」

 そういえば、あの場所ってすごく見晴らしが良かったような。一人で酒を飲みながら見るには最適かもしれない。

「ちょっと行ってくるわ」

「花火は夜からよ? まだ夕方じゃない」

「場所取りー!」

「気をつけて行ってらっしゃい。危ない所には入っちゃ駄目だからね」

「いくつだと思ってんの、もうお子さまじゃないんだから」

 走る、ただひたすら走る。お祭りのメイン会場からはとても離れた、でも街が一望できるすごい場所。

 屋台には目も繰れずに、ディスカウントストアに駆け込む。やっぱりこっちの方が面白いのあるじゃん。カゴにお菓子とかお酒とかを適当に放り込んでいく。カードを切って、レジ袋を勢いよく掴む。

 坂を駆け上がっ……いや無理だわ。そんなに身体軽くなかった。まだまだ若いはずなのにな。これは結構ショックかもしれない。

 片手に袋を提げながら、のんびりと登っていく。どうせ時間はまだまだあるんだ。

 あの時とは違う目線、でも視界に広がる景色は同じ。なんか、懐かしいな。

 私たちが秘密基地を作ったのは、この公園の端っこの方。森みたいなエリアの、隅の一角。

 ここからこの街を、世界を「せーふく」しようって言い合ったっけ。あれからもう、二十年くらい経ったんだ。

 彼はいつからか来なくなって、私はしがないOLになって。世界征服からすごく離れた所にいる。当たり前っちゃ当たり前のことだけどさ。

 ああ、ちょうどあの場所。太い枝と枝をロープで結んで、ブルーシートがかけられていて――――

「えっ……?」

 そこにあったのは、私たちが作った……いや、あんな構造物が二十年も残っているはずがない。残っているはずなんて、ないんだ。でも確かにあれは、私たちが作ったのと全く同じ秘密基地。

 シートの向こうからは、子ども二人の声が聞こえてくる。女の子と男の子が一人ずつ。男の子の方は慌てているのか、すごく大きな声で喋っている。

 よく聞こえないから近付こうとして……そこで足を止める。そうだ。ここはもう、私たちの場所じゃないんだ。

 引き返そうとした時に、木の陰に隠れている人を見付ける。年齢的には多分、私と同じか一つ二つ上くらいだろうか。私よりもずっと背の高い男性。

「もしかして、あなたがあのロープを?」

 その場所を見つめる視線は、保護者のそれじゃない。どちらかといえば、思い出に浸っているような――――

「ええ、放っておけなくて。あの場所は僕にとってとても大切な場所ですから」

 太陽が沈んだ。ずっと離れた会場から、開幕の挨拶らしき音が聞こえたような気がした。

「昔、あの場所に秘密基地を作っていたんです。女の子と一緒に遊んでいたんですが、その、夏の初めの頃に親の転勤でこの地を離れることになってしまい……」

 公園の所々に設置された街灯が消える。目に映るのは、二十年前とほとんど変わらない街の灯りだけ。

 名前は知ってたけど、名字は知らなかった彼。どこに住んでるのかもわからなかったし、来なくなった理由も知らなかった。嫌われてしまったんだって、ずっと思っていた。

「あの時に別れを告げられなかったのが心残りで、毎年この日だけは必ずここに来てるんです」

 花火が、上がる。遅れて届く音と、流れ落ちる涙。

「ここからなら、花火がすごく綺麗に見えるでしょう?」
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.11 花雨

お気に入り登録しときますね(^^)

藤原アオイ
2021.08.11 藤原アオイ

ありがとうございますっ!!

解除

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。