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銀翼の王女

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 銀翼の王女。それは彼女の見た目を指しているのか、それともこれからの功績を期待されて付けられたのか。第三子かつ女性でありながら、ルーカスよりも王位継承順位は上であった。

 ルーカスにしてみれば、五つも下の女の子の方が継承順位が高いなんて許せなかったのだろう。何かにつけてちょっかいをかけていた。大人たちは、それを兄妹ゲンカの延長だと微笑ましそうに見ていた。

 そう。彼らは根本的に見誤っていたのだ。ルーカスの王位に対する執着を。そして目的のためには手段を選ぼうとしない執念を――――



 五年前の鎮魂祭。あの日も、私たちは王都の外の別荘に向かった。ルーカスとエルヴィンは別の方角の別荘に行っていたそうだ。エルヴィンはウィリアムと離れるのを、とても嫌がっていたっけ。

 馬車の中。二人は隣に座る。というか、何度移動してもウィリアムが隣に移ってくるから諦めたといった方が近い。

 お母様たちは、別のやつに乗っていたからここにはいない。

「また見ないうちに大きくなったね。君はどこまで大きくなってしまうのだろう」

「やめてください、お兄様。髪型が崩れてしまいます」

 彼は彼女の髪をぐしゃぐしゃにする。不器用というべきか、それとも素を出せる相手が他にいなかったのか。彼女に対する距離だけは、異常なほどに近かったという。

 むしろ、彼女以外には心を開いていなかったと言った方が正しいだろう。彼女だけは彼のことを、政治の道具ではなく対等な人間として見ていたから。

 でもそれも、鎮魂祭の日まで。

 祭の朝、彼女らのメイドが持ってきた紅茶。それが彼女の人生を狂わせた。それを疑うことなく飲んだ母は、即死だった。苦しむ素振りすら見せず、ただの抜け殻となった。

 娘は、どうすれば良いのかわからなくなった。泣こうにも、涙が出ない。誰かを呼ぼうにも、足が動かない。

 結局、昼食に来ないのはおかしいと思った彼が探しに来るまで、彼女は何も出来なかった。

 彼は、その状況を見ただけで全てを察したようだった。誰かが彼女と彼女の母を暗殺しようとしたこと、それなのに彼女は生き残ってしまったこと。

 彼女の母の実家という後ろ楯も、そのうち使えなくなること。そして、女の子一人で生きていくには、この世界は厳しすぎるということ。

「僕は君に、生きて欲しいと思っている。もちろん君がそうじゃないなら、僕に止める権利はないけどね」

「……」

 彼女は無言で、彼の手を取る。その瞬間、銀翼の王女は死んだ。死んだことになった。生きるために、王族であることを捨てた。王族としての自分を殺した。

 それから彼女は、ただの女の子として生きることになった。もちろん、彼の庇護下にはあったけれど。

 彼女は彼女自身の葬儀に参列し、銀翼の王女の死を確認する。誰も彼女が死んだことを疑っていない。でも彼女は、それで良いと言った。

 彼女の生存を知っているのは、彼と彼の母、そして第三王子であるエルヴィンの母だけであった。その他の人に知らされることは無かった。彼女の存在は諸刃の剣のようなものだからだ。
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