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エルでいいって(sideあずさ)

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「エルヴィン、さま?」

「エルで良いって」

 私は、彼に連れられて北の来賓室と呼ばれる部屋に入る。エルヴィンと名乗った青年? 少年? の手はとても温かく、それでいて力強かった。

「あの、どうして私はここにいるのでしょう……?」

「えっと、聖女召喚っていう儀式があって……。それで、えっと……あー、もう。エステルがいればちゃんと説明してくれるのに」

 なんでこんな時に限っていないんだよ、どこ行っちゃったんだと、彼は悲しそうな顔をする。その人に対してキレるのではなく、二度と会えなくなることを恐れている。

 彼にとって「エステル」はとても大切な人なのだろう。

「その方って、どういう方なんですか?」

「あー、まだ言ってなかったっけ。エステルっていうのは、僕の専属のメイドで、すっごく優秀な人! 怒らせるとすごく怖いけど、いつもはすごく優しいんだ」

 いつもは優しいけど、怒るとめちゃくちゃ怖い。その人は彼にとって母のような存在なのだろうか。少し、会ってみたい気がする。

「エルヴィン様、その……」

「ねぇ、あずさ。君がいた世界ってどんな感じだったの?」

 弾む話、時間を忘れてしまうほどに。

 私は学校でのことをエルヴィンに話す。みんなのキラキラした青春、ちょっと苦手な勉強、そして私のこと。

 彼は聞き手としても話し手としても、言葉のキャッチボールが上手だった。だから、話しててすごく楽しかった。

「僕はそんなに頭よくないからさ、いつもエステルに頼りきりなんだ。もし良かったらだけど、僕に向こうの学校でやった勉強を教えてくれないかな……?」

「えっと、その……」

 どう答えて良いかわからない。うんうんと悩んでいる間に、ドアをノックする音が聞こえた。

「ご歓談中のところ、失礼いたします」

 銀髪ショートの少女。クラシカルな感じのメイド服を身に付けている。どことなくエルヴィンに似ているような気がするが、きっと気のせいだろう。

 一緒にいるのは、金髪で水色の瞳をした青年。確か、彼の名前はウィリアム第一王子。召喚された際に、一番最初に話しかけてきた人だ。

「エステル! どこ行ってたんだよっ、心配したじゃないか……」

 エルヴィンがエステルに駆け寄る。だがそれは、ウィリアムの手によって遮られた。

「それについては私から説明させてもらおう」

 彼はよく通る声で、私達に話しかける。

「兄上!? 僕のエステルに、へ……変なこととかしてないよなっ!?」

「その点においては誓うよ。私がエステルに手を出す必要など、どこにもないからね」

「……人の頭を散々撫でておいて、今さら何を言ってるんですか」

「あれは挨拶の一種だよ……っと、そろそろ本題に入ろうか。エステル、私から言ってしまって構わないかい?」

「ええ、構いません」

 エステルさんは、とても深刻そうな顔をしている。そう。エルヴィン様専属のメイドが第一王子と一緒にいる時点で何かおかしいのだ。

「では――――エステルは本日付で第三王子の専属メイドから外されることとなった。これは正式な決定であり、エステルも納得している」

「なっ!? なんでだよ! いくら兄上でも、そんなの職権濫用だろっ!!」

「そうですっ! エルヴィン様はエステル様をとても大切に……あっ、ご、ごめんなさい」

 でも、駄目だ。部外者の私が勝手に口を出しちゃ。

「……エル、話は最後まで聞くものだよ。そして君に関係ない話でもないからね、紺野あずさ」

「えっ、あっ。はい」

 首を突っ込んでから言うのもあれだが、いきなり話を振られるとやはりテンパってしまう。それも相手が絶世のイケメンであればなおさら。

「エステルはエルの専属から外され、君の所に異動となったのさ。エルにとっても悪い話でもないだろう?」

「はい。本日よりあずさ様にお仕えすることになりました、エステルと申します。以後お見知りおきを」

 彼女は、長いスカートの端をつまみ、綺麗なお辞儀をする。前髪の一部がさらりと顔にかかる。紺色のドレスに銀髪ってすごく映えるよな……じゃなくって。

「ひゃいっ! こ、紺野あずさですっ。エステルさん、これからよろしくお願いします。それと、その……様付けで呼ばれるのは落ち着かないというか。うん……」

「でしたら、慣れるまで様付けで呼んで差し上げます」

「ええっ!?」

 悪戯っぽい白銀の笑顔。今まで見た彼女の表情の中で、一番可憐で美しかった。
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